玉敷きの都を護り抜け












「裂破!」


言霊と共に放った呪札が、猛禽に姿を変えて次々と妖達を屠っていく。
しかし、妖の数があまりにも多く、猛禽はその全てを滅っさぬうちに消滅する。
それを横目で確認しながら、昌浩は息継ぎする間さえ惜しむように真言を紡いでいく。


「オンキリキリバザラウンハッタ」


群がってくる妖達に完成した真言を叩きつけ、その霊力の刃をもって再起不能に切り刻む。
が、払えども払えども妖達がその数を減らす気配はない。


「くそっ!多い―――っ」

「おいおい、これしきのことで根を上げてくれるなよ?晴明の孫」

「うっさい!こんな非常事態の時まで孫言うな、もっくん!」

「誰がもっくんだ!この姿の時は紅蓮だと何度言えばわかる!」


魑魅魍魎が跋扈する中、昌浩と物の怪―――今は紅蓮がいつもの問答を始める。
ぎゃいぎゃいと言い合いつつも、周りの妖をしっかり払っているのは己の本来の仕事を忘れていないためであろう。


「あははっ!余裕だなぁ、昌浩と騰蛇は」

「成親。そんな二人を見て笑っていられるお前も、十分に余裕そうに見えるぞ・・・・・」


二人を見て笑っている成親を見、勾陳は呆れたように溜息を吐く。
もちろん、その間も手はしっかりと動いていて、妖の喉笛を掻き切っている。


「ははっ・・・・私にはどちらも余裕そうに見えて羨ましい限りですよ、兄上」

「何を言うか。戦闘に向いていない俺がこれほどに頑張って妖を払っているんだぞ?もう霊力が底を尽きそうで冷や汗を垂らしながら戦っている兄に、その言葉はないだろう?」

「・・・・・冗談でもそんなことを言わないでください。言霊というものがあります、今それが現実になられると大いに困りますから」

「・・・・・はは、すまない」


成親と昌親は互いに背中合わせになりながら、術を放って妖達を倒していく。
本音を言えば、二人とも己の霊力の残量についてはかなり不安なのである。何せ払っても払っても妖達は湧いて出てくるようにその数を衰えさせない。


現在、この平安京全体を妖の大群が襲撃している。
この襲撃に関しては事前に占いで知ることができたのであるが、規模があまりにも大きすぎて前準備などあってないようなものである。
そしてこの度の襲撃で一番の難点が、彼ら陰陽師が護らなければならないのが”都全体”であるということだ。陰陽師一人に対する守護範囲が広すぎる。

そこで思案した結果、わざと『抜け道』を作り、妖達が都へと侵入してくる経路を限定させるということである。
普段、この平安京は全土を覆いつくすほどに大きな結界を張っている。
その結界全てを破られてしまえば、どこからでも好き勝手に侵入されてしまうこと請け合い。なので彼らはその結界にわざと”穴”を―――通り抜けが簡単な場所を作ることによってその進入経路を限定しようと考えたのだ。
後はその”穴”の前で待ち構え、進入してきた妖達を払っていくだけである。


今、昌浩達がいる場所一帯には、安倍三兄弟と神将達以外は誰もいない。
他の陰陽寮の者達は、それぞれ別の担当区域で自分達と同じように妖を払っていることであろう。

一応、一つの穴につき六〜七人くらいつくように分担されているのだが、彼らには十二神将という有難い助っ人がついているので、そこのところは十分に補われている。
それどころか、十二神将達がついてるんだから、むしろ一番大きい”穴”を担当しろと言いつけられる始末。
もし、事情を知らぬものがここの担当は誰かと質問したのなら、その回答は『安倍の者達になっております』とだけ返されるだろう。誰が、とか何人で、ということは一切教えられないはずだ。
当然だろう、一番大きい”穴”を三人で―――しかもその内の一人はまだ直丁が討伐にあたっているなどと知ったら、怪訝に思われてしまうこと間違い無しである。


「あ〜、できればもう少し”穴”の小さいところがよかったなぁ」

「何今更すぎる愚痴言ってんのよ!愚痴を零す暇があったら、真言の一つや二つくらい唱えなさいよぉっ!」


ゴゥッ!と荒々しい風を操り、妖達をふっ飛ばしながら太陰が癇癪をおこしたように叫ぶ。
無理もない、もう彼此二刻ほど戦いっぱなしである。もういい加減にしてくれ!と言いたくなっても仕方ないだろう。


「!――おい、あれを見ろ」


何かに気づいた六合が、上空を見るように全員を促す。


「なっ・・・・・・!」


空を仰いだ一同は、目に入ってきた光景に息を呑んだ。
先ほどまで自由気ままに宙を飛び交っていた妖達が、一箇所へと集いだしたのだ。それが東西に一箇所ずつの計二箇所。


「何を・・・するつもりなんだ・・・?」


視線を空へと固定したまま、昌浩は訝しげな呟きを漏らした。
そうこうしてる間に、一箇所へ集まった妖達は互いに共食いをし始めた。
その様を見て、今度こそ昌浩達は言葉を失くした。
共食いを始めた妖達は、その姿を徐々に少なくしていく。
やがてその影は一つとなり、その姿は蝙蝠の翼を背に生やした巨大な蛇へとなった。それが二体、平安京の上空を悠然と泳ぎ出す。


「あの方角は・・・!まずい、奴ら内裏を襲うつもりだ!!」


蛇の行く先を察し、昌浩達はその顔を一層険しくさせた。
どう見ても親玉級が二体、明らかに内裏を目指して空を突き進んでいく。


「内裏・・・・・あそこにはおじい様がおられるが・・・・・・・」

「待て、いくらなんでもあれを二体同時は、流石に晴明もきついところがあるのではないか・・・?」


内裏は晴明が護りの要として控えている。彼の大陰陽師には他の神将達もついている。そう、滅多なことではやられはしないだろう。
そう思えど、ちっとも安心感が持てないのは、その向かっている蛇が共食いの果てに生まれた妖であり、その力が計り知れないからである。


「じい様・・・・・・・」


昌浩は心配げな面持ちで内裏がある方角へと視線を向けている。
そんな昌浩の肩に、成親はぽんと軽く手を置いた。


「行って来い。・・・心配なのだろう?」

「えっ、でもここの守りが・・・・・・」

「そんなこと心配するな。第一、ここら一体を飛び交っていた妖達は皆いなくなってしまったみたいだから、後は新たに進入してくる妖を倒せばそれで済む」


まぁ、さっきの奴らが全部だったようだからな、後はそれに引かれてやってくる小物を片付ければいいようだ。

お前よりは楽ができるさと、成親は笑って見せた。
成親の隣で、昌親も同様に笑って頷き返した。


「弟のこと、頼みます。皆さん」

「承知した。・・・・・しかし本当に大丈夫なのか?」


昌親の言葉に返答を返した勾陳は、しかし怪訝そうに聞き返した。
この場から主戦力である昌浩と十二神将達が揃って抜けるのだ、いくら相手の数が激減したと言えどすでに疲労の色を顔に窺わせている成親達のみを残していくなど、果たして許されるだろうか―――。
この場に神将のうち誰かが残った方がいいのかもしれないと勾陳が思案している時、新たな声がその場に加わった。


「彼らには私がついていましょう。勾陳達は昌浩様とともに、晴明様の許へと行ってください」

「!太裳か・・・・・」


新たに加わった声の主は、十二神将の太裳のものであった。
その場に成親はよく見知った、それでいて昌浩にとってはあまり会う機会のない神将が姿を顕す。


「はい・・・・。私は戦う術は持っておりませんが、その代わりに守りの力は特化しています。万が一、彼らが疲労に倒れることがあったとしても、必ずやお守り致しましょう」


柔和な風貌の青年は、その口元に笑みを乗せてそう言う。
そんな太裳に対し、勾陳はそうかと頷いて返した。
彼がいれば成親達の身の安全は保障されるだろう。
成親とは一番長い付き合いなのが彼の神将である。心配せずとも彼らを無事に守り抜くだろう。


「――では、後を頼んでもいいだろうか?」

「はい。こちらのことは気にせず、あちらへと向かってください」

「わかった・・・・。太陰、晴明の許へ運んでくれるか?」

「え、えぇ・・・・。大丈夫、よ」


勾陳に話を振られた太陰は、物の怪の姿へと転じた騰蛇にちらりと視線を向けつつも、些か強張った顔で頷き返した。やはり彼への苦手意識は解消されないようだ。
そう心の片隅で思った勾陳ではあるが、それを口にせず目線だけ彼女に投げ遣って頼むと一言述べた。


「それじゃあ、行くわよ!」


太陰の掛け声とともに、当たり一帯を強風が駆け回る。
その風が収まった頃には、昌浩と十二神将達はその場から姿を消していた。
それを見送った成親は疲れたように溜息を一つ吐き、隣にいる昌親に苦笑を零しながら声を掛けた。


「では、我らが弟の昌浩が親玉を叩いてくれるんだ。俺達も残党狩りに勤しむとするか」

「そうですね。・・・・・おじい様と昌浩には本当に苦労をかけますね」

「歯痒いことに、な。俺達もあれぐらいの才があれば同じ様に手伝いもできるだろうが、それは無いもの強請りというものだ。俺達は俺達のできる範囲のことをするしかあるまい」

「それはわかっているのですが・・・・・・」


直丁として陰陽寮に顔を出すようになってすぐ、立て続けに二回もその体調を崩していた昌浩を思い出す。事情はわからぬが、その裏で彼の弟が苦労していることは何となくでも察せられた。
何も言ってくれないのは、口止めされているか、態々言わずともよいと思っているからだろう。けれど、何も言ってくれないことが一番不安を煽るのだと、あの弟はわかっているのだろうか?
出雲の長旅から帰ってきた成親から、その裏側の一端を離し聞いたりもしたのでその心配も一押しである。


「大丈夫だ。あいつのことは、おじい様と神将達が守ってくれる・・・・」

「そうですよ、昌親様。昌浩様には騰蛇達がついているのです。何も心配はありませんよ」

「そう・・・ですね。えぇ、彼らがついている」


昌親は弟を取り巻く神将達を思い出し、確かに彼らがついていればそう滅多なことはないだろうと思った。
何せ弟についている神将達は、仲間内の中でも四闘将のうちの三人。これほど心強いこともないだろう。


「さて、心配も解消されたところで残党狩りに行くとするか」

「はい、兄上」



彼らは頷き合うと、夜の大路へと駆け出していった――――――――。







                        *    *    *







一方、内裏でも夜天を埋め尽くすほどいた妖達が、互いに共食いを行って一つになる様は見えていた。


「巫蟲・・・・・・・」


呆然と空を仰ぐ者達の内、誰かがぽつりと呟きを零した。

巫蟲。そう、妖達が共食いし合う様は、さながら皿の上で互いを喰らい合う蟲達のそれを思わせた。
巫蟲といっても、それを用いる蟲主(こしゅ)が初めからいないので、それを巫蟲と呼ぶのは相応しくないだろう。
その妖は共食いによって何倍にも増した力を手に入れた。結果から言えばそれだけになる。
むしろその数を数多からたったの二体に減らしさえしたのだ。調伏の手間を考えたのなら好都合というものである。
しかしそれ故に、もう一般的な陰陽師の手に負える代物ではなくなってしまった。
そんな妖の相手ができるのは一流の中でも上位に位置する・・・・それこそ頭に超のつく一流の陰陽師でなければならない。
妖の放つ強大でおぞましい妖気が、その事実を告げていた。
妖の討伐に当たっていた誰もが、内裏にその身を構える大陰陽師に思いを馳せた。
安倍晴明。彼の人ならばあの強力過ぎるほどの妖をきっと払ってくれるだろう。

そう確信めいた期待を、誰もが内心で呟いた―――――。


「やれやれ。この老体を労わるということは、誰も考えんのかのぅ・・・・・・・・・」


期待の矛先である当人の晴明は、呆れたように息を吐いた。
晴明の目にはこちらへと真っ直ぐに向かってくる異形の姿が映っていた。
彼の背後には十二神将の青龍と天后が控えている。
二人以外にも、天一や朱雀、玄武や白虎もいる。


「だから言っただろう。あんな雑魚の相手はあの子どもにでもやらせて、お前は邸でゆっくりしていろと。内裏の出頭要請だかなんだかは知らないが、そんなもの一蹴していまえばいいものを・・・・・・」


眉間にきつく皺を寄せた青龍が、晴明の愚痴を聞き取って返答を返してくる。
そんな青龍の言葉に、晴明は苦笑を零しながら言葉を返した。


「そうはいってもなぁ、宵藍や。都の一大事にわしが出んことに、一体誰があれらを退治する?」

「そんなもの、お前が出てこないとわかれば他の誰かが勝手に退治しようとするだろう。まぁ、退治できるかどうかは別問題だがな」

「じゃから、誰も退治できんからわしの許に調伏依頼がくるんじゃろうて・・・・・・」

「あの子どもがいるだろう。お前の後釜なんぞおこがましいが、あれには騰蛇がついている。そこら辺の妖に遅れをとるような真似はしないだろう」


だからあれに全部押し付けてしまえと言う青龍に、晴明は驚いたように目を丸く瞠った。
あの青龍から、ひどく屈曲してわかり辛いが昌浩の力を認めるような言葉が出てくるなど珍しい。
自然と、綻ぶ顔を隠しもせずにそうかと晴明は笑って頷いた。


「・・・・・何を笑っている」

「いや、宵藍もとうとう昌浩を認めるようになったのじゃなぁと・・・・」

「勘違いするな、俺はただ純然たる事実を述べているだけだ。安倍の者達の中で、お前を除けは一番使えるのがあの子どもだ。それ以上の意味は無い」

「ほほぅ?宵藍や、それを”認めている”とは言わんのかのぅ?」

「違う」

「ふぅ・・・・。全く頑固なやつじゃ」


からかい口調で問いかけた晴明に、青龍は頑として頑なな態度を崩さない。
そんな青龍を、晴明はほとほと呆れたように見遣った。
今の会話で青龍の眉間の皺が常より一本多くなっている。
晴明は内心で残念そうに息を吐いた。
全く、この神将が末孫のことを素直に認めるのは、一体いつになるのだろうか――――。

まぁ、今はそんなことを心配しているわけにはいかない。
蛇の姿に蝙蝠の羽を生やした妖は、もうすぐ目の前にまでやって来ている。


「白虎よ、お前の風であれらの動きを止めよ。無理を言うようであればあれを空から引き摺り下ろしてほしい」

「・・・・努力しよう」


白虎は晴明の言葉に苦笑を漏らすと、風を巻き上げて空を泳いでくる妖へと向かった。
それを見送った晴明は、背後にいる神将達を振り返る。


「お主らも、時間稼ぎを頼むぞ」

「「「「「わかった(わかりました)」」」」」


晴明の言葉に、神将達はしっかりと頷いて答えた。
戦う術のある者は己を獲物を構え、そうでないも者はいつでも晴明の身を守ることができるように身構えた。


「来たれ、闇を裂く光の刃――――」


そんな彼らを脇目に、晴明は静かに呪言を唱え始めた。
晴明が詠唱している間、神将達は己へと下された命を全うすべく動いていた。

白虎は風を自在に操って妖の進行を止め、地へと叩き落すことは流石にできなかったがその高度を限りなく地上へと近づけさせた。
青龍達はそんな妖に、己の武器を携えて踊りかかる。
そして天一達は、妖が吐き散らす毒の息を障壁を築いて防いだ。
そうこうしているうちに晴明の詠唱が完了する。


「―――電灼光華、急々如律令!」


術の完成とほぼ同時に、夜天を白光が切り裂いた。
目に焼きつくほどの激しい光とともに、純白の稲妻が妖達へと突き刺さる。
当たり一帯に轟音が響き渡った。
濛々と土埃が立ち込め、視界が一時期きかなくなる。


「・・・・・・やったか?」


煙が段々と晴れていき、その先に黒焦げになった妖の姿が現れる。
その様を見て、周囲で様子を窺っていた陰陽師達が歓声を上げた。


「―――!いや、まだだっ!」


上空から妖を見下ろしていた白虎は、黒焦げになって倒れ伏している妖は一体だけであったことに誰よりも先に気づいて声を上げる。
白虎の声にはっと顔を上げ、慌てて周囲の様子を窺おうとした晴明達に、彼らの死角へと回り込んでいた妖が突如として襲い掛かってきた。


「晴明様!」


顎(あぎと)を大きく開けて突っ込んでくる妖に、神将達は主へと鋭く叫んだ。
妖の強襲に気づいた晴明は、間一髪でその牙から逃れるものの、すかさず振られた尾に当たり吹き飛んだ。


「晴明!」


己の方へ目掛けて吹っ飛んでくる晴明を、玄武は小さな身体で受け止める。
が、如何せん体格差があり過ぎて勢いを殺すどころか、共に吹き飛ばされてしまう。
そしてそのまま近くに生えていた木へと激突した。


「晴明!玄武!」


一番近くにいた朱雀が、慌てて二人へと駆け寄る。


「うっ・・・・・・・」


晴明が呻き声とともに、身動きをした。
朱雀はなるべく丁寧な動きで晴明を抱き起こし、下敷きになっている玄武からその身を離した。


「玄武!大丈夫かっ!?」

「ごほっ!・・・・・あ、あぁ。少々肋骨を痛めてしまったようだが、問題ない。・・・・・晴明は?」

「っ・・・・・!わしの、方も大丈夫じゃ。じゃが、少々背を打ってしまってのぅ、身動きはとれなんだな」

「なっ!我より悪いではないか!朱雀、早く晴明を安全なところへ・・・・・・・・」


連れていかないと・・・・と、続くはずであった玄武の言葉は、妖の甲高い叫び声に掻き消される。
しまった!と気づいたころには、妖は再び晴明達へと突っ込んできているところであった。


「晴明様っ!!」


遠くから彼らの戦闘を傍観していた陰陽寮の者達が、今まさに妖に襲われんとしている晴明の姿に悲鳴を上げる。


「晴明!う、ぐっ!」

「くそっ!」


襲い掛かってくる妖に気がつき、慌てて障壁を張ろうとした玄武であったが、胸の傷が響いてそんな余裕などはなかった。
片腕に晴明を抱えた状態で朱雀は大剣を構えるも、正直言ってこの体勢で妖の攻撃を完全に防ぎきる自身は無かった。
己の身体で晴明を庇い、その牙から少しでも遠ざけようとする。

妖の牙が彼らを捕らえようとした正にその瞬間、





万魔拱服、急々如律令!」





どこか幼さの残る、凛とした声が闇夜に木霊した。

次の瞬間、凄烈な霊力の奔流が妖を吹き飛ばした。
間髪入れずに炎蛇がその妖の身体に絡みつく。
妖の耳障りな悲鳴が周囲へと響き渡る。

ゴウッ!と荒々しい風が巻き起こるとともに、昌浩と十二神将達が姿を顕した。


「紅蓮はそのままそいつを抑えてて!他の皆はじい様をっ!」

「「「「わかった(わ)!」」」」


昌浩の指示で、彼らはそれぞれ動き出す。
勾陳、六合、太陰は素早く晴明の許へと駆け寄り、その護衛をする。
紅蓮はそのまま炎蛇を維持させた。
昌浩は印を組んで鋭く叫んだ。


謹請し奉る、降臨諸神諸真人、縛鬼伏邪、百鬼消除、急々如律令―――!」


唱えられた祝詞とともに、昌浩の身体から強大な霊力が立ち上る。
そして放たれたその霊力は、妖を跡形も無く消し飛ばした。
妖が後には、塵一つさえ残らなかった。

昌浩は妖が完全に消え去ったことを確認してから、新たに神咒を紡ぎだす。


伊吹戸主神、罪穢れを遠く根国底国に退ける。天の八重雲を吹き放つごとくに、禍つ風を吹き払う。伊吹、伊吹よ。この伊吹よ、神の息吹となれ ・・・・・・・」


周囲を清冽な霊気が包み込んでいく。
その余韻が引いた頃には、辺り一帯に残っていた妖気の残滓が綺麗に消え去っていた。
完璧な邪気払いに、流石だなと脇で見ていた紅蓮は内心で呟いた。
完全に妖気の残滓が消え去ったことを確認した昌浩は、そこで漸く祖父へと振り返った。


「じい様!・・・・大丈夫ですか?」


昌浩は晴明の許へと駆け寄り、心配げにその顔色を窺う。
晴明はそんな昌浩に、大丈夫じゃよと笑って返した。
それを見てほっと安堵の息を吐く昌浩。
その時、少し離れた所から戸惑ったような声が掛けられた。


「あ、の・・・・・晴明様・・・・と、昌浩、殿?」


声の方へと視線を向けると、声にも増して困惑な表情を浮かべた陰陽寮の者達がいた。


「・・・・・・・・・あ」


昌浩はそんな彼らを見て、間抜けたような声を出した。
そんな彼の隣では、晴明が忘れておったわ・・・・とどこか決まり悪げに小さく呟いていた。


「昌浩殿、その霊力は・・・・・・・?一体どういうことか、説明していただきたいのですが・・・・・・」

「え・・・・あ、あのっ;;」


昌浩は一体どう答えていいのか、その言葉に詰まる。
心配で現場へと駆けつけた途端に、晴明が襲われている場面に出くわすと思ってもいなかった昌浩は、それはもう大層に驚いた。
気がついたら、何かを考えるよりも先に術を放っていたのであった。
周囲の状況など、何一つ目には入っていなかった。なので、もちろん周囲で呆然と立ち尽くしていた役立たず・・・陰陽寮の者達の姿など認知していなかったのである。
昌浩は助けを求めるように晴明を振り仰いだ。
昌浩の視線に気がついた晴明は、ほぅ・・・と息を吐くと徐に口を開いた。今回、昌浩の実力がばれたことは不可抗力であろう。


「皆様方、どうか落ち着いてください・・・・・」

「晴明様!ならばあなたからご説明ください!!」

「説明も何も、見たとおりですよ。我が孫は実はかなりの力を持っております。しかし私の命で普段はその力の片鱗も見せないようにと言い聞かせていたのですよ」

「な、なぜ・・・・・!?」


陰陽寮の者達は晴明へと食って掛かった。
何せ出仕当初から覚えもめでたい晴明の末の孫である。どうして態々その実力を出し惜しみする必要があるのか、さっぱり検討も吐かなかった。
最初から実力を見せていれば、その期待に違わぬ存在だと誰からも認められようものを・・・・。


「いらぬ摩擦を失くすためですよ。まだ直丁の身でありながらも、昌浩の秘めたる才能は皆様も先ほどご覧になりましたでしょう。それは身分不相応だと判断し、来たる時まで黙しておくようにと言っておきました」

「で、では出仕を始めたばかりの頃の長期の休養は・・・・・」

「それは先日の人攫いの原因であった妖の調伏で負った怪我の所為ですな。流石に死に掛けるほどの重症の身で出仕しろなどとは言えませぬからな」

「じゅ、重症?!」


晴明が告げた真実に、陰陽寮の者達は驚愕に目を大きく見開いた。
病弱気質で、その所為で休みをとっていたとばかり思っていた直丁は、その実裏で暗躍し、事件の解決に励んでいたなどとは寝耳に水である。ましてや、その所為で生死が関わるような怪我をしていたなどと、どうして信じられようか。
半分疑いの視線を向ける彼らに止めを刺したのは、晴明の次の言葉であった。


「本当ですよ。何でしたら貴船の祭神にお伺いを立ててもらっても構いませんよ?何せ、この昌浩の一命を取りつないだのは彼の神のお陰なのですからな」

「・・・・・・・」


もう、絶句するしかない。
晴明の言葉のみならまだしも、神の名前まで出されてしまえば疑いの予知は無い。
突き刺さるような視線を一身に浴びている昌浩は、流石はじい様、口で敵うはずも無いと妙に納得した風情で内心頷いていた。









その後、昌浩の実力については人伝にあっという間に広がり、その実力で直丁などにはしておけないと昌浩は急遽陰陽生へと召し上げられるのであった―――――。














※言い訳
長かった。やっと書きあがりました。
昌浩の実力を知った後の陰陽寮の人達の反応を書くのが難しかったです。青龍は原作よりちょこっとだけ昌浩を認めているような設定です。一応、天空を除いた十二神将全員は出すことができたかと思います。ただ、天一と天后の二人だけ一度もまともな会話文を書くことができませんでしたが・・・・・・・。そこだけが心残りですね。
えっと、このお話はフリー配布なので、どうぞご自由にお持ち帰りください。



2007/7/20