他人の話はちゃんと聞きましょう
















ひゅおぉぉぉぉっ!と風が吹き抜けていく。

ばさりと、狩衣の裾がはためいた。
そしてその狩衣を纏っている少年――昌浩は、表情の一切を失くした能面のような表情で己の前方を睥睨していた。
彼の視線の先には、亀の姿に似たような妖が一匹対峙していた。


「・・・・・お前が、今回人喰いの妖として騒がれているやつか?」


昌浩はとても抑揚を欠いた声で亀のような妖へと問いかけた。
その質問に対し、妖はくつくつを喉の奥を震わせて哂い返事を返した。


「くっくっくっ!そのとおり。最近この辺りで人を喰っているとしたら、それは吾しか当て嵌まらんな・・・・・」


そもそもこの辺り一体に妖の姿は一匹もいない。
それは何故か、答えは簡単である。喰ったのだ、この目の前にいる妖が・・・・・。
この妖は、まず手始めに己が周辺にいる妖達を狩っていた。そして妖を狩り尽くしてしまったので、そこを通りかかる人間達を狩り始めたのであった。
今では味を占めて人間ばかりを喰い貪っていた。

そんな妖の言葉を聞いて、昌浩はゆらりと俯けていた顔を持ち上げた。


「そう・・・・・・・それはよかったよ。これで憂さ晴らしができる・・・・・・」


そこで初めて昌浩の顔に表情が浮かんだ。
歓喜と愉悦に彩られた、凶悪に禍々しいくも綺麗な笑みがその口元に浮かんだ。
笑みによって細められていると思われた目は、しかし凍傷を起こしかねないほどに冷え切っていた。

そんな昌浩の様子を見て、じりじりと後ろへ後退したのは彼に対峙する亀の妖ではなく、彼の足元にいた白い物の怪であった。
そして彼の背後に控えている鳶色の髪の神将――六合は、すっと視線を横へと逸らした。よくよく彼の頬を見てみると、つぅっと一筋の汗が流れ落ちていた。
更に六合の隣にいる女の神将――勾陳は、そんな彼らを含んだこの空間全体を面白そうに眺めていた。ある意味彼女が一番肝が据わっているだろう。


「今まで十何人もの人を喰ってるんだ。身体はそれなりに強くなってるよね―――?」


確認するようににっこりと笑みを浮かべた昌浩は、その懐から札を取り出した。


「なら、簡単に死なないでよ?」


ぶわり!と、その場を威圧するほどに凄絶な霊力が放たれた―――――。







                        *    *    *







ここ最近、昌浩は特に機嫌が悪かった。

何故かと言うと仕事先である陰陽寮での、彼への嫌がらせが特に顕著になっていたからである。
少しでも時間があれば日向に日陰にわざと聞こえる程度の声音で嫌味を言い、これって自分達が処理しなきゃならねーんだろーが!と言いたくなるような仕事を次々と回して寄越し、その為にあちらへこちらへと忙しく駆け回る昌浩を捕まえては無駄口をほざきやがる。
てめーら揃って暇人だな、をい!と昌浩が心の中で突っ込んでるなどと彼らは知らないだろう。

・・・・まぁ、そういうことがあって昌浩は表面上は笑顔、しかしその下では苛々を必死に抑えるという実に精神的・肉体的に苦痛な日々を送っていた。
更にそれに上乗せして祖父である晴明からはいつもの如く「ちょっと行って払って来い」と言い渡されてはその妖を調伏する日が続き、睡眠不足もそれに拍車をかける。

昼は陰陽生の阿呆どもにいびられ、夜は夜で糞狸におちょくられる。
昌浩の限界はとうの昔に臨界点を迎えていた。
そして今日、とうとう晴明とのやり取りにてぷっつん!と堪えていた糸が切れてしまったのであった。






「じい様?昌浩です」

「おぉ!昌浩か。入りなさい」

「失礼します・・・・・・」


夕餉を終えた後に晴明の自室を訪ねてくるように言い渡されていた昌浩は、その言葉に従って晴明の部屋を訪ねた。


「――・・・・・それで、一体何の用なんですか?」

「うむ、そのことなんじゃが・・・・まさ「あ、ちなみに俺、今日は夜警にでませんから」


先制を打つかのように、昌浩は晴明の言葉を遮った。
晴明は昌浩の常ならない行動に面食らったように目を瞬かせたが、構わずに話を続けることにした。


「最近、右京の外れで人が妖に喰い殺されている事件が多発しているらしくてのぅ・・・・・・・」

「人の話を聞いてるんですか?じい様。俺は今日は邸から一歩たりとも外へ出るつもりはありません」

「その数も十数名に上っておる。・・・・昌浩、ちょっと行って払ってきなさい」

「・・・・・・・・・・・・」


晴明は昌浩の言葉を完全に無視して話を進めていき、挙句昌浩に妖を調伏するように命じた。
昌浩はそんな晴明の言葉に返事を返すわけでもなく、じと目で睨み返した。そんな昌浩を、隣で二人のやり取りを見ていた物の怪は気の毒そうに眺めやっていた。
昌浩の様子を見て、晴明は閉じていた扇を広げその口元を隠した。そして孫を焚きつけるべく、例のからかい口調を開始した。


「なんだ昌浩。不満そうな顔じゃのぅ・・・・・・・」

「・・・・・そう見えるんだったら、そうなんでしょうね。事実、不満ですから」

「ほぅ?一体どこが不満だと言うのじゃ?」

「じい様、人の話を聞く耳はお持ちですか?俺、今日は夜警には出ないと先ほどから何度も申し上げているでしょう!」


昌浩は先ほどから何度も口にしていた言葉を、もう一度強い口調で晴明へと告げた。
しかし、晴明はそれに対して飄々とした態度を崩さず、むしろからかいの材料を得たと言わんばかりに顔を笑みに緩ませた。


「何じゃ珍しいのぅ。お前、いつもであればわしがなーんにも言わずともほいほいと夜警に出かけるのに、じい様がお願いをする時に限ってどうしてそう素直じゃないんじゃ・・・・・」

「(んなの周囲(主に紅蓮)への点数稼ぎに決まってるじゃん)・・・・・俺はそんなつもりはありません。今日はじい様にお願いされる以前から、夜警に出ないと決めていました。じい様も歳ですね、孫の本心に対して捻た物の考えをするなんて」

「・・・・・昌浩、今日は口の滑りがかなり良いみたいだのぅ」

「それほど俺も必死ということですよ、じい様。いい加減、ここで睡眠を取らないと身体が持ちませんから」


そう、昌浩が夜警に出ない理由がここ最近の睡眠不足にあった。
実は今この瞬間も意識が飛びかけているのだが、そこは気合いで祖父と向かい合っている。
これが普段であったのなら、いくら夜警を連続で行っているからといって昌浩が寝不足を訴えるわけがないのだ。これはそれに昼の精神的疲労が上乗せされた結果故のことであった。
本当なら昌浩とて普段どおりに夜警へと出たいところではあったが、それを上回って強く主張してくる睡魔に勝てず、已むを得ずに今日は早々に寝ることにしていたのであった。

なのに晴明のこの呼び出し。
正直言って勘弁してほしい・・・・・。
大体にして十二神将の誰かに退治させてしまえばいいのに、敢えて自分へと回してくることに今は苛立ちさえ感じてくる。

しかし、晴明は昌浩のそんな心情に気づくことはなく、更に追い討ちをかけてきた。


「昌浩や、じい様は情けないぞ。いくら寝不足で目の下にくまを作っておるからといって、それを理由に妖の調伏を断るなどとは・・・・・・お前が邸でぐーすか寝ている間にも命を落とす人が出るかもしれんというのに、お前は自分の睡眠欲を優先するのか。うぅっ!じい様はお前をそのような薄情な子に育てた覚えはないぞ・・・・・・・!」


ぶちっ!

ここにきて、とうとう昌浩の堪忍袋の緒が切れた。


「それはそれは、すみませんね。こちらとしてはその覚えが一つどころか両手でも足りないほどにある気がするんですが・・・・まぁ、いいです。じい様のお望みとおり調伏してきましょう。・・・・・・・・・ただし、その周りにどんな被害が被っても知りませんよ?何せ俺は「薄情な子」ですから」

「ま、昌浩?一体どうしたのじゃ・・・;;」


いつもとは様子の違う昌浩に違和感を拭えず、晴明は漸く焦り始めた。
何か、おかしい・・・・・。いつもの切れ方と異なっている。


「ふふっ!今、俺本当に眠くて意識もあやふやですけど・・・・・妖に術を当てるくらいには支障はないでしょう。あ、手元が狂って間違って他の人を攻撃しちゃう恐れも出てきますけど、まぁそれは運がなかったと諦めてもらうしかありませんね」

「・・・・・・・・・;;」

「それでは、行って参ります」

「ま、待つのじゃ昌浩!お前がどうしてもと言うのなら、調伏は明日にしても・・・・・」


かなり色々と危ない発言をしている孫の姿に、晴明はとうとう制止の声を上げた。
しかし、それに対し昌浩はにっこりと・・・・それはもう
にっっっこりと笑みを浮かべて言葉を返した。


「嫌だなぁ。何言ってるんですか、じい様。じい様がたった今言ったばかりじゃないですか、『邸でぐーすか寝ている間にも命を落とす人が出るかもしれん』って・・・・自分の発言にはしっかりと責任を持ってください。じい様が俺の話を無視して調伏させようっていうくらいに、即行に消し去ってやらないといけないやつなんでしょう?ならさっさと塵に還してやった方が世の為人の為、ひいては俺の安眠の為です」


なので、今更言葉を撤回するような真似をしないでくださいね?

昌浩は彼の言葉によって石化した晴明へとそう言い置くと、びくつく物の怪と青褪めている六合、更には好奇心丸出しの勾陳を伴って妖を滅殺しに夜の都へと出て行ったのであった―――――。







                      *    *    *







「―――ほら、さっきまでの勢いはどうしたんだよ?さっさと立ち上がって向かってきなよ」


昌浩は地面を無様に這いずる妖へと嘲笑を飛ばし、ひらひらと指に挟んでいる札を揺らす。
妖はそんな昌浩の動作一つ一つに、びくりと怯えたように身体を跳ねさせる。
昌浩はそんな妖に、つまらなさそうに鼻を鳴らした。


「はっ!所詮は雑魚か。一般のほとんど抵抗しない人達を喰っただけで何をいい気になってるんだか・・・・・・」

「くっ、馬鹿な!吾は人を喰って力を増したはずだ!!」

図に乗るなよ?こっちは妖調伏が本職なんだよ、力を持たないただの人を何人か喰ったくらいで増す力なんて高が知れてるんだよ。―――さっさと失せろ」

「ぐ、わああぁぁあぁぁぁぁぁっ!!!!」


最後の言葉と共に放たれた真言によって、妖は跡形もなく消え去っていった。
昌浩は妖の最後を確認することもなく、その場に背を向けた。


「じゃあ、早く邸に帰ろうか。俺ももう限界だし・・・・・・・・」


あ〜眠い。と言ってふらふらとした足取りで邸への帰路につく昌浩を、神将達は沈痛の面持ちで眺めやっていた。


「やばい、昌浩がどんどん腹黒くなっていく・・・・・・・・」

「あぁ、あれは・・・・・良くない」


どこか影を背負って、物の怪と六合はそう感想を漏らした。
本当にあんな昌浩の姿を見るのはよろしくない。精神的外傷として後々まで残りそうだ・・・・。


「そうか?私は見ていて面白いのだが」


そんな中、さして気にもしない者が一人。そう、勾陳である。


「正気か?!あいつが黒くなってもいいと?!!俺は冗談じゃないぞっ!!!」


あんなに素直だった昌浩が、これ以上性格が捻じ曲がっていくのを黙って見ていられるかっ!!










親心全開な物の怪は、夜天に向かってそう吼えるのであった―――――――。













※言い訳
・・・・・これは黒昌浩と言っていいのか?微妙にスレた感じの昌浩になっている気がしてなりません;;まぁ、黒もスレも大して変わりはありませんけどね・・・・。書き終わって気づいたのですが、昌浩一人で妖を払っていました;;リクエストの内容と微妙に異なって申し訳ないです・・・・。
紅蓮への点数稼ぎ発言は、昌浩はただ純粋に紅蓮にはいい子(といっても今回は腹黒いところを見られてしまいましたが)で見てもらいたいという心情があるからです。紅蓮って親馬鹿というか、昌浩を本当に大切に思っていますから、昌浩としてもそんな紅蓮の心情を無視できなかったりしたらいいなぁと思います。
フリー配布小説なので、どうぞご自由にお持ち帰りください。



2007/8/6