一瞬の油断も命取り
















「い、いない?!昌浩どこだぁ―っ?!!」


ある日の昼下がり、安倍邸に成親の悲鳴が轟いた。









「ちょっとちょっと!大声で叫んだりしてどうしたのよ?成親」

「うむ。実に大きな叫び声であった」


成親の絶叫を聞きつけて、十二神将の太陰と玄武がその場へと駆けつけてきた。

そこはここ数年に新しく生まれた晴明の孫である昌浩の部屋であった。
成親はその部屋の中央、空になった褥の前で硬直していた。
そんな成親の様子に、二人の神将は訝しげに首を傾げた。


「一体どうしたのだ?成親」


玄武が今一度問いの言葉を重ねた。
それに対し、成親はひどく緩慢な動作で彼らを振り返った。


「ま、昌浩が・・・・・・いない」

「昌浩?」


青褪めた顔でそう言ってくる成親に、太陰は小首を傾げる。
確かに、目の前にある褥は空っぽである。部屋の中を見渡しても小さな子どもの姿が見当たらない。
しかしそれだったのなら、誰か別のところ―――例えば露樹のところへ行ったりしているのではないのだろうか?
そう思い、成親に言ってみるともう既に確かめたという返事が返ってきた。

成親も最初は昌浩の姿がいなくなっていたのを見て、きっと母である露樹の許へでも行っているのだろうと思った。
念の為その姿を確かめに露樹の許を訪ねたのだが、しかし予想に反して小さな弟の姿はそこにはなかった。そこで露樹に昌浩はここを訪れたのかと尋ねてみると、朝餉の時以降は今日はまだ顔を合わせてはいないとのことであった。
では祖父である晴明の部屋にでも行っているのだろうと当たりをつけた成親は、今度は晴明の部屋を覗いて見た。が、またまた予想を大きく裏切って弟の姿はそこにもなかった。

それ以降、邸内の部屋の中、庭を問わずにくまなく弟の姿を捜索してみたのだがその姿は一向に見つからない。最後の望みを託して、一番初めに探した昌浩の部屋へと戻ってみたのだが、やはりその姿はなかった。
そこで初めて、成親は冒頭のように絶叫を上げたのであった。


「やばい、物凄くやばい・・・。このままではおじい様に吊し上げ・・・・・・いや、お叱りを受けてしまう」


成親は頭を抱え、このままでは間違いなく訪れてしまうであろう未来に戦慄を覚えた。
あの末孫大好きの爺馬鹿な晴明がこのことを知ったら、絶対間違いなく!にっこりと食えない笑みを浮かべつつ、その額に青筋を立てるであろう。
そしてその責任追及は昌浩の面倒を頼まれた、現在物忌み中の成親へと向けられる。

どよ〜んと暗雲を背中に背負う成親に、太陰は励ますように声を掛ける。


「で、でも!もしかしたらすれ違っていただけで、どこかに昌浩はいるんじゃない?」

「じゃあ、一体どこにいるんだ?」

「う゛っ・・・・・・け、気配を探れば一発で見つかるわよ!」


待ってて、今探してあげるから!と、太陰はそう言って邸内の気配を探り始めた。
成親はそんな太陰を縋るかのように注視する。これで弟が見つからなかった暁には、彼の明るい未来はない。
気配を探っていた太陰の表情が、時間を追うごとに難しいものへと変じていく。
太陰は散々うんうんと唸った後、閉じていた目を開けて困ったように視線を泳がせた。


「えーと、なんか昌浩の気配、邸内にはないみたい・・・・・・・・・」

「―――どうやらそのようだな。我も昌浩の気配は感じ取れない」

「・・・・・・・・・・・・」


終わった・・・・・・・・・。

神将二人から止めの一言を貰い、成親はがっくりと床に膝を着いた。
そんな成親の様子に、太陰は慌てて言葉を続ける。


「そ、そんなに落ち込まないでよ成親!確かに邸の中に昌浩はいないみたいだけど、外に出た気配がまだ残っているから、その気配を追えば昌浩もすぐに見つかるはずよ!」

「気配を追うって・・・・・俺は一応物忌みで今日邸にいるのだが・・・・・・」

「そんなことつべこべ言っている暇があるの?!これでもし昌浩に何かあったら、それこそどうなるか・・・・・・・・」

「それは・・・・・・・」


雷が落ちる。自然現象ではなく、人工的なそれが。
成親は腹をくくった。どのみちそのつもりであったし、弟の身の安全に比べたら自分の風評の一つや二つ下がることなど安いものである。
そう決めた成親は、太陰に弟の気配がどこに向かっているのか訪ねることにした。


「太陰、では昌浩の気配を追えるか?」

「ちょっと待ってて、今気配を追っているところだから・・・・・・・・・・・・・・・・あ゛っ」

「――?どうかしたのか?太陰」


昌浩の気配を辿っていた太陰が、唐突に濁点音つきの声を上げたので、成親は怪訝そうに太陰に尋ねた。
しかし太陰は成親の質問に答えず、ただ哀れむような視線を向けてきた。
そんな太陰の様子に、成親は戸惑いを隠せない。
何故そんな視線を自分へと寄越してくるのか。その答えは太陰の紡いだ次の言葉で全て氷解した。


「昌浩、何故かは知らないけど・・・・・・・・・・・・・・・晴明の所にいるわよ」

「・・・・・・・・・・・」


もう、別の意味で手遅れであった。
ふっ、これで仕置きは決定だな・・・・・。と視線を遠くに投げ遣っている成親に、太陰はただ一言のみ声を掛けた。


「ま、まぁ昌浩は無事だったわけだし・・・・・・・頑張りなさい」

「・・・ははっ・・・・・」


どこか諦めたような視線を送ってくる太陰と玄武に、成親はそう乾いた笑みを浮かべるしかなかった。








そして数刻後、昌浩を伴って晴明が邸へと帰ってきた。


「ただいまー、あにうえ!」

「・・・・・お帰り、昌浩。ところで、どうしてお前がおじい様と一緒にいるんだ?」

「じいさまのおしごとしてるところがみたくて、だいり?っていうところにいってみたから!」

「・・・・一人で、か?」

「ううん、ちがうよ。とちゅうでしんせつなおじいさんが、だいりまでおれのことつれていってくれたの!」


曰く、邸をこっそりと抜け出したまではよかったのだが、どうやら途中で道に迷ってしまったらしい。どうしたらいいのだろうと昌浩が途方に暮れていたところ、丁度そこを通りかかった見ず知らずのおじいさんがどうしたのかと声を掛けてきたとのこと。
そこで昌浩は自分の祖父に会いに内裏へと行こうとしたのだが、道に迷ってしまったことを説明した。
その話を聞いたおじいさんは、親切にも態々内裏へと昌浩のことを送り届けてくれたらしい。

その話を聞いた成親は、疲れたように頷いて一言だけ言った。


「・・・・・そう、か・・・・」


どこの誰かは知りませんが、親切なおじいさん、弟を無事内裏へと送ってくれてありがとうございます。
もうあれだ。この際開き直って弟の無事を喜ぶしかない。

しかしそんな中、ひどく静かな声が成親へと掛けられた。


「成親よ・・・・」

「!!」


成親はその声の主は誰なのかを理解し、ついで大量の冷や汗を背中に流し始めた。
きた!恐怖の大王がっ!!!

恐る恐る声のした方へと顔を向けると、そこには
ごっつええ笑みを浮かべた晴明が立っていた。むしろその笑みが穏やかすぎて怖すぎるくらいだ。
その笑みが晴明の怒り具合を如実に表していた。
そんな晴明を見た成親は、音を立てて凍りついた。


「成親よ、後で話がある。
一人でわしの部屋に来なさい」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」


この意味がわかっているであろう?と目線で話しかけてきた晴明に、成親は悄然と頷くしかなかった。
昌浩はそんな二人の遣り取りを、不思議そうに見遣っていた。









その後、成親は晴明の自室にて寒風に晒されることとなった―――――――。














※言い訳
あ〜、リクエストの内容とほんの少し異なったものになってしまって申し訳ないです。昌浩の出番がかなり少ない・・・・・。
末孫に甘いじい様だったら、昌浩が邸を一人で抜け出したことに(主にその責任者に)怒髪天を突く勢いで怒るんじゃないんでしょうかね?今回のその対象は、昌浩のお守りを頼まれた成親。自分で書いておいてなんですが、憐れだ・・・・・・。
このお話はフリー配布なので、ご自由にお持ち帰りください。



2007/7/30