亡者の嘆きを切り払え〜弐〜


















闇に揺蕩う魂あらば、醒めて現、時渡り。地に染み渡る歌あらば、冥き鎖に囚わるる・・・・・・」


人気の全くない荒地の中に、ぽつんと佇む影一つ。
その人影はまだ年若い女であった。

女は朗々と高くもなく、低くもない声で禍き祝詞を紡いでいく。
ただでさえ重苦しい空気が更に重みを増し、どんどん瘴気が溢れ出てくる。
それに合わせて、地の奥深くで眠っていた亡者達が現世へと蘇ってくる。
初めはぽつりぽつりと現れてきた死霊達は、しかしあっという間に数えられぬほどの数へと増えていった。


「聞こし召せ、聞こし召せ。誘う禍歌を。祈りをぞする願ごとを、神よ聞かずば絞め殺さんぞ、ただいまのう・・・ち、に・・・・・・っ、ごほっごほっ!ぐっ、かはっ!」


祝詞を謡っていた女は、最後には苦しげに咳き込み、吐血した。
当然だ、女は陰陽師でもなければ、法師でもない。徒人である女が術を使えば、その許容範囲を越えてしまった術は己が身を蝕む。
命の削られた結果が吐血であり、その吐血は女の命がつきかけていることを証明していた。
赤く塗れそぼる己が手のひらを見ても女は動揺しなかった。むしろその口の端を持ち上げて、艶然とした笑みさえ浮かべた。



「はっはっ・・・・・ふふっ、ゆる・・・さないわ、陰陽師・・・・・みんな、皆死んでしまえばいいのよっ・・・!」


口の端を流れ落ちる雫など気にせず、女は死霊達が飛び交う宙へと視線を向けた。
そしてもう一度哂うと、とうとう力尽きてどさり!と地面に倒れ伏した。
そのすぐ後に女の身体から魂が抜け出て来て、それは黄泉の旅路へつくことなくその場に留まった。
魂・・・・いや、怨霊へと姿を変えた女は、すっと大内裏の方へと指を向けた。


『行きなさい!お前達を屠った者共はあちらにいるわっ!!』


オオォォォォォォッ!!!

女の掛け声と共に、死霊達は一斉に女が指差した方―――大内裏へと向かっていった。


『あはははっ!呪いころしてやるわっ!!』


女はさもおかしげに哄笑をあげると、自身も大内裏へとその身を飛ばしたのであった――――――。







                        *    *    *







一方、気を失っている昌浩を発見し人を呼びに行った敏次は、ちょうど渡殿を歩いていた成親を発見した。そして昌浩が倒れていることを説明すると、一緒に昌浩を何も使われていない部屋へと運び込んだのであった。


「――やれやれ、うちの弟はこんな人気がない場所で何をやっていたのやら・・・・・」

「あぁ、成親様。そのことについてお話が・・・・・・・・・」


そこで漸く敏次はことの経緯(といっても推測だが)を成親に話し聞かせた。
敏次の話が進むにつれ、成親の表情も段々険しいものへとなっていく。


「・・・・・・ということですので、私の予想では彼らが昌浩殿に危害を加えたのではないかと」

「・・・・・・そうか。では、それを確かめないとな・・・・・敏次殿、悪いが昌浩が目を覚ますまでの間ついててやってはもらえないだろうか?」

「いえ、昌浩殿には成親様がついていてあげてください。彼らへの確認は私がします。私は彼らと同期でありますし、彼らが何かしたにせよしなかったにせよ、話を聞いて不振がられないのは成親様よりも私の方でしょうから」

「すまないな、では彼らの方は君に任せるとしよう」

「はい。それでは私はこれにて失礼させていただきます」


敏次はそう言って一礼すると、先ほどすれ違った同僚達を探しに部屋をでていった。
それを見送った後、成親は再びいまだに意識を戻さない弟へと視線を戻した。


「まったく、お前も色々と苦労が絶えんな」


人のあずかり知らぬところで暗躍している弟の苦労を思い、その苦労が報われないことに成親はちょっぴり切なさを感じた。
と、そんな中、それまで席を外していた物の怪が漸く姿を現した。


「おー、成親。昌浩を見なかったか―――って、昌浩?!一体どうしたんだっ!!?」


のんびりした足取りでやって来た物の怪であったが、成親の隣で横になっている昌浩の姿を見つけ、血相を変えて昌浩へと駆け寄った。


「騰蛇殿・・・・・・」

「成親、一体何があった?」

「いや、俺の方からは何とも・・・・・・ただ、敏次殿から聞いた話でよければ話すが?」

「・・・・・・・なんでここであいつの名前がでてくるんだ?」


敏次の名前が出た途端、機嫌を降下させる物の怪。彼の敏次嫌いは徹底的であった。
そんな物の怪の様子に苦笑を漏らす成親。
本当にこの物の怪姿の彼が、あの誰からも恐れられる十二神将騰蛇なのであろうか?彼の本来の姿と今の姿がなかなか重ねにくく、いまだに困惑を感じる時がある。
まぁ、それは横に置いておくとして、成親は敏次から聞いた話を物の怪へと話し聞かせた。


「くそっ!俺がいない間にそんなことがあったとはな・・・・・何があっても離れなければよかった」

「騰蛇殿・・・・あまり気に已まない方がいい。これは誰のせいとも言えないだろう。しいて言えば昌浩を昏倒させた者達が悪い」

「・・・・そ、うか・・・・そうだな。昌浩をこんな風にしたやつらが一番悪い、よな!」


もう、彼らの中では昌浩は敏次の言っていた陰陽生達が原因とみなされていた。まぁ、確かに今回は彼らが十中八九悪いのだが・・・・。


「・・・・・ぅ、うん・・・・・・」


とその時、昌浩がやっと目を覚ました。


「昌浩!」

「・・・・っ・・・・もっ・・・・くん?」

「大丈夫か?昌浩。どうやら頭を打ったみたいだが」

「成親兄上?どうして・・・・・」

「気を失っていたお前を敏次殿が見つけてくれてな。彼が私のところに教えに来てくれたのだよ」

「敏次殿が・・・・・?」

「あぁ。・・・・・ところで、お前はどうしてこんなところで倒れていたんだ?」


敏次から話は聞いていたが、如何せんそれは推測の領域を出ないので、ここは手っ取り早く本人から話を聞くことにしたのだった。
そんな成親の直球の質問に、昌浩は顔を曇らせて口篭った。


「そ、れは・・・・・・・・」

「陰陽生の輩にからまれたんだろ?」

「!どうして・・・それを」

「図星か・・・・。いや、敏次殿が人気の少ないところから出てきた陰陽生を見かけたらしくてね、もしやと思ったのだが・・・・・・・推測は当たっていたわけだ」

「・・・・・・・・・・」


昌浩は見事に成親の誘導に引っかかってしまい、自ら陰陽生達にからまれていたことを暴露してしまった。
そしてその事実を知った物の怪は、「今からヤりに行こうか・・・・・」とぼそりと物騒な発言を零した。
が、その物騒な発言が有言実行されるよりも先に、昌浩から大きく上げられた悲鳴に全て吹き飛ばされてしまった。


「そ、うだ・・・・・玉!道反の巫女から頂いた丸玉はどこっ!?」

「どこって・・・・・それはお前がいつも大事に懐にしまってるだろうが」


物の怪は何を言ってるんだと、不思議そうに言葉を返した。
そんな物の怪の言葉に、昌浩はとてももどかしそうに首を横に振った。


「いいや、さっき突き飛ばされた時に落として・・・・それを陰陽生の人に拾われちゃって。それを取り返そうとして思いっきり突き飛ばされてそのまま欄干に頭をぶつけちゃったから・・・・・・どうしよう、一体どこにあるんだろう?あれはとっても大切なものなのに・・・・・・」

「・・・・・そこらへんに転がっているわけはないだろう。おそらく、陰陽生がそのまま持ち去ったんだろう」

「くそっ!人の者をどうどうと持ち去るとはいい盗人根性じゃねーかっ!」

「どうしよう。もし割られたりしたら・・・・・・」


割れてしまったら丸玉の効力もなくなってしまう。それは非常にまずい。
おろおろうろたえる昌浩に、成親は落ち着かせるべく声を掛けた。


「落ち着け。まだその丸玉が割られたどうかはわかっていないのだ、まだ間に合うかもしれんだろ?」

「・・・・・そう、ですね。じゃあすぐに彼らを探さないと・・・・・・っ!!」


そう言って腰を浮かしかけた昌浩は、何かに気づいたようにはっと顔を上げた。
それとほぼ同時に成親も同じように反応を示した。


「!これは・・・・かなり強い妖気だな」

「ちっ!間の悪い・・・・・今、昌浩は見えないんだぞっ?!」


そう、この内裏に向かって大量の妖気が近づいていることが感じ取れたのだ。
昌浩達はそれぞれ厳しい表情を浮かべた。
妖払いの専門家である陰陽師が集うこの内裏に襲ってくるとは、全く恐れ入る。
確かに今の時刻は夕刻であるが、しかしまだ魑魅魍魎が跋扈するには些か早い時間である。

と、そこで空を見上げた昌浩があることに気がついた。


「空がっ・・・・・・!」


本来、夕焼け色に染め上げられているであろう空は、しかしいつの間にか曇天へと様変わりしていた。
あたり一体が夕刻を少し過ぎた時間帯とさして変わりないほどに暗くなる。


「とっ、とにかく何とかしないと・・・・・」


はっと我に返った昌浩が、動こうと腰を浮かせる。が、それを成親が肩に手を置くことで押し止めた。
昌浩はそんな兄の行動に訝しげな表情を作った。


「兄上・・・・?」

「いい。お前はここで大人しくしていろ」

「なっ!」

「お前、ここは陰陽寮だぞ。お前が動かずとも、他の者達が動いてくれる・・・・・・・・・第一、今お前は視えないんだろ?そんな状態では容易に調伏もできないだろう」

「それは、そうですけど・・・・・・・」


そう、丸玉がない状況では昌浩は妖の姿を視ることができない。
視えない状態で妖と対峙することの大変さは、以前出雲で実感した。
けれど、この状況で何もしないという選択肢を昌浩は選べずにいた。
そんな昌浩の心情を理解してか、成親は宥めるように言葉を続けた。


「まぁ、ここは俺達に任せろ。・・・・・・・・もし、どうしても危ない時になったら手を貸してくれ」

「兄上・・・・・。うん、わかった。本当に危なくなった時、飛び出すことにする」

「よし。ではこうしてられんな、俺は現場の方に行く。騰蛇殿、昌浩のことを頼んだぞ」

「言われるまでもない」


物の怪の返答にそれもそうだなと笑い、成親は足早にその場を去っていった。


「もっくん・・・・・・・」

「駄目だ。お前自身わかっているだろう?妖を視ることのできないお前は、今はむしろ足手纏いになるだけだ」


昌浩が全部言葉を紡ぐよりも前に、物の怪は先回りをして否定する。
己の身も十分に守ることができない昌浩を現場に行かせるなど冗談ではない。
そんな物の怪の心の声を知ってか知らずか、昌浩は尚も言い募る。


「なら、せめて近くまで・・・・・手は出さない。けど、兄上達の様子は見ていたいんだ」

「昌浩・・・・・・・・」

「もし、兄上達が危なくなった時は・・・・・もっくん、手を貸してくれるか?」


あまりにも真剣な表情で真っ直ぐと見つめてくる昌浩に、物の怪は言葉を詰まらせた。
覆すことは容易にできない確固たる意思がそこにはあった。
どうして、その眩しいまでの光を否定することができようか―――。


「・・・・それがお前の望みならば、俺はその期待に全力で応えよう」

「ありがとう、もっくん」

「勘違いするなよ?俺が出るのは本当の本当に切羽詰った時だけだ。あいつらが対処できそうだと判断している間は手を出すつもりはない。いいか、これはお前にも当てはまるんだからな?」

「うん、わかってるって」

「本当かよ・・・・;;」


へらりと笑みを返す昌浩に、物の怪はやや胡乱げに見返す。
しかし昌浩はそんな物の怪の視線には取り合わずに、成親達が向かった方向へ移動を始めた。
物の怪はそんな昌浩に溜息を隠すことなく吐き出した。

全く、世話の焼ける奴め・・・・・・。

内心でそう言葉を零した後、先を進む昌浩に追いつくべく自分も動いた。








亡霊の群れはもうすぐそこまでとやって来ていた――――――。











※言い訳
昌浩、漸くまともに出せた――っ!!前回、あまりにも出番がなさ過ぎて泣けてきましたからね、今回前半はともかく、後半はそれなりに出すことができて嬉しいです。
成親兄の口調がよくわかりません!もし違っていたら申し訳ないです;;
さて、これもフリー配布ですので、皆さんご自由にお持ち帰りしてください。



2007/8/9