亡者の嘆きを切り払え〜参〜 |
「―――しかし、こんな玉のどこが大事なんだか・・・・・・」 玉を宙に放り投げては手の平で受け止めて、宙に放り投げては手の平で受け止めてを繰り返していた陰陽生の一人は、つまらない物を見るかのように手の中にある玉を見遣った。 見たところ何の変哲もないただの玉だ。あの直丁がそれこそ表情を崩してまで取り返そうとする物でもなさそうに見える。 玉を目の上に翳したり、手の中で弄くってみたりするが何ら目新しい発見もなかった。 ではやはりこの玉をくれたものに思い入れでもあるのかと、下世話な解釈をしてその陰陽生は面白そうににやついた。 「これ、あいつの目の前で壊してやったらどういう反応するだろうな?」 「え・・・・それは、やりすぎなんじゃないか?随分必死に取り返そうとしてたし・・・・・・・・」 「おいおい、こんな石っころのどこにそんな価値があるってんだよ?どうせそこら辺から拾ってきたもんだって」 「でも・・・・・・」 「いいじゃねーか。直丁殿もこれを機に少しは反省するだろーよ。ちょっといい気になってたってな。こんな石ころがあの直丁にとってどの程度大事かは知んねーけどよ」 くつくつと喉の奥で笑い、その陰陽生はまたぽーんと玉を宙へと抛る。 「ほぅ?なかなか興味深い話をしているな」 陰陽生が玉を受け取るのとほぼ同時に酷く冷めた声がその空間に響いた。 はっとなって意識を声の聞こえてきた方へと向けると、これまた先ほど聞こえてきた声と同じくらいに冷え冷えとした視線を向けてくる敏次の姿があった。 「とっ、敏次さん?!」 「・・・・私の耳に間違いがなければ、君達は他人の物を勝手に奪い取り、あまつさえそれを壊そうというように聞こえたのだが?」 「あ、いや、それは・・・・その・・・・・・・」 普段の頼りになって情に厚いという彼の印象は鳴りを潜め、淡々と、それでいて険しく厳しい視線を敏次はこちらへと向けてくる。 今までに見たことがない敏次の様子に、その場にいた陰陽生達は全員その身を強張らせた。 「・・・・その玉は昌浩殿の物のようだが・・・・一体どうしたんだ?」 「こ、これは直丁殿が落としたので拾って・・・・それで・・・・・」 「実は、先ほど人気の少ないところで頭を打って気を失っている昌浩殿を見つけたのだが・・・・・・先ほど必死に取り返そうとしていたと言ったな?まさかその時に突き飛ばした、なんて話ではないだろうな?」 「―――っ!」 敏次に図星をつかれた陰陽生達は、言葉も返せずに息を呑んだ。 まさか彼があの直丁を見つけるとは・・・・・・。しかも、たった今まで行っていた会話も逐一聞かれていたようである。これでは言い逃れができない。 そんな彼らの動揺する様に目敏く気づいた敏次は、すっと目を細めた。 「どうやら当たっているようだな」 「あ・・・・う・・・・・」 「その玉を置いて立ち去れ。そうすればお上に報告することだけは止めておこう。・・・・・・・人を構う暇があれば、己を磨くことに時間を割くことだな」 「は、はいぃぃぃっ!!」 とうとう場を支配する威圧感に耐えかねてか、陰陽生達はその場に丸玉を置くと脱兎の如き速さでその場から駆け去っていった。 敏次はそんな彼らを見送った後、呆れたように一つ溜息を零した。 「・・・・・まぁ、大層な口を叩いた私も、そう偉そうなことを言えた身ではないのだがな・・・・・・・・・」 今は兎も角として、彼の直丁が長期の休み明けた頃、敏次も彼にかなり厳しく当たったものだ。 そんな自分の行いを省みれば、彼らの行いに対してもそう強く言うことはできないだろう。 しかし、だからといってこの様な悪しき行いに目を瞑るわけにもいかない。 敏次は軽く頭を振って己の思考を振り払うと、その場に置き去られた丸玉へと歩み寄りその玉を拾い上げた。 「ふむ・・・・。この様なものを昌浩殿が持っていたようには見えなかったが・・・・・・おそらく懐にでも入れていたのだろうな」 一見何の変哲もないただの丸い玉にしか見えないが、それでも本人にとっては違うのかもしれないと思い直し、敏次はそれを落とさないようにと大事に仕舞い込んだ。 さて、直丁を突き飛ばした者達には軽くお灸も据えたことだし、この玉を早々に届けにいくか。 敏次がそう考えながら歩みだそうとしたその時、ふいに強大な妖気がこの内裏へと近づいてくるのに気づいた。 「!なっ!こうしてはいられない。これは後で届けることにするか・・・・・・・」 拾った丸玉をどうするか即座に決め、敏次は近づいてくる妖気に対応すべく他の者達が集っているであろう場所へ向けて走り出した―――――――――。 * * * 翳る空。 宙を飛び交う怨霊達の多さに思わず溜息を小さく零す。 「数もさることながら、一体一体がこの強さというのも骨が折れるな・・・・・・・」 己へと襲い掛かってくる怨霊に向けて術を放ちながら、成親は思わず言葉を零した。 そんな彼の愚痴めいた言葉に、昌親も同意の言葉を返す。 「そうですね、怨霊一体一体の怨念がどれもかなりのものですからね。一体払うだけでもそこら辺にいる妖より手間がかかりますよ」 「ついでに霊力もな」 一体倒すのに己の全力を掛けねば払えないような怨霊(あくまで一般基準。安倍家の者達は除外)がわんさかいるのだ。多勢に無勢。いくら陰陽師達が集う場所――陰陽寮といえど、そこにいる陰陽師達は一流から三流まで様々である。 この位の怨霊ともなれば、一対一で相手にできるのは安倍家のようなその道に優れた者達でなければ無理であった。それ以下ともなれば二・三人一組になって一体の怨霊を相手にするしかない。しかしその程度の者達であれば、皆及び腰になってしまっていて正直使い物にならない。 頼みの綱とも言える彼の大陰陽師は、こことは別の場所を一人で(と言っても十二神将達もいるが・・・・・)怨霊達の掃討にあたっているのだ。これ以上の泣き言など言えまい。 成親達は顔色を青褪めさせながらも必死で怨霊を払おうとしている者達を見て、落胆したように密かに息を吐いた。 これならば見鬼の才のない弟の方がまだましに戦えるかもしれない。 成親達が内心でそう思ってしまうほど情けない姿であった。 ちなみに、今昌浩がこの場にいない(調伏にあたれない)理由を、昌親は成親から聞き及んでいる。 「・・・・そもそも、俺は専門とするところが違うぞ。俺が得意とするところは暦であって、調伏ではないはずなのだが・・・・・」 「嫌ですね兄上。兄上がそのようなことを仰っても嫌味の一つにしか聞こえませんよ?」 「・・・・・・・お前もな」 己へと突っ込んでくる怨霊どもに霊力を叩きつけてやりながら、二人は案外余裕があるようで会話を交わしている。 確かに、こんな様子で調伏が専門外と言っても、誰も信じてはくれないだろう。 時が経つごとに怨霊と対峙している者の数も少なくなっていく。 もちろん、怨霊の数も初め頃に比べれば少なくはなっているが、それでもこの人数に対してならば多すぎるだろう。 今はまだ調伏に励んでいる者の中にも、何人かは辛そうに顔を歪めている者がいる。これでは怨霊達を払いきるよりも先に、こちらが全滅しそうである。 そして彼らが奮闘している中、少し離れた目立たないところでその様子をやきもきとした思いで見つめている者が一人。そう、今は見鬼の才を失ってしまっている昌浩その人であった。 「兄上達・・・・・・・」 昌浩は心配を多大に込めた瞳で、調伏にあたっている兄達を見ていた。 現在の己の眼では怨霊達の姿を捉えることはできないが、この場に漂う負の気の濃さから見てもまだ多くの怨霊達がいることくらいは察せられた。 一人、また一人と脱落者が出る中、休む間もなく調伏を行っている兄達をただ黙ってみていることは昌浩にとってはとても辛いことであった。 できることなら今すぐにでもその場へと駆けていって共に戦いたい。 そうは思えど、昌浩の足元に控えている物の怪がそれを許しはしないだろう。 どくどくと常よりも速く脈打つ己の心臓。心配のあまりに固く握り締められた手は、とても冷たく冷え切っていた。 今にも駆け出そうとする己の足を全身全霊で押し留め、昌浩はただ只管と戦う兄達の姿を見ていた。 「昌浩、わかっているとは思うが・・・・・・」 「・・・・・うん、今の俺じゃあ足手纏いだってことはわかってる。こんな状態で飛び出していっても、何の役に立たないことも、ね」 「あぁ、今のお前では術を当てるどころか、相手に返り討ちに合わせられることの方が確率的に高いからな」 「・・・・・・・・・・」 物の怪の言葉に、昌浩は悔しげに唇を噛んだ。 肝心な時に大事な人達の力になれないことが、何よりも辛く苦しいことに感じられた。 飛び出していくわけにもいかず、ただじりじりと心が焦るだけ。 昌浩はそんな逸る心を必死に自身で宥めすかし、血の滲むような思いでその場に留まっていた。 が、それもある光景が目に入ってくるまで。 「っ!兄上っ!!」 「!お、おい!昌浩っ!!」 その光景を目にした昌浩は、物の怪の呼び止める声も聞かずに全ての思考をかなぐり捨てて心の向くままに飛び出していた。 昌浩の目に入ってきた光景。 それは『何か』によって首を絞められ、宙にその身を浮かび上がらせた成親の姿であった――――――。 ※言い訳 ちびちび前進。あんまり話の展開が進んでませんね〜。 今回もとっしーが出張りました。なんかとっしーがとっしーじゃないような・・・・;;まぁ、深くは突っ込まないでください。とっしーかなりいい人設定。作者のとっしー贔屓が露になっている文ですね・・・・。 頑張ってる兄ちゃんず。そして未だに出番がやって来ないじい様と十二神将達・・・・・・・。次には登場させたいです。 2007/9/4 |