亡者の嘆きを切り払え〜肆〜















憎め、恨め。

彼の者達を、忌々しき陰陽師どもを。

その怨嗟、力の限りに叩きつけなさい――――!!





「あらあら。なかなか頑張るのね、陰陽師」


宙を飛び交う怨霊達の相手をしていた成親達の耳に、涼やかな声が届いた。
はっとしてそちらへと視線を向けると、まだ年若い女の霊が一人、宙に悠然と浮かんでいた。


「どう?彼らの嘆きの声は、思いは・・・・・・・」


女は愉しげな口調で、歌うように言の葉を紡いだ。
成親はそんな女の様子に眉を顰め、次いで疑問の言葉を発した。


「まさか・・・・・。この怨霊どもはお前が甦らせたのか?」

「えぇ、そうよ」

「・・・・・何故、このようなことを・・・・・・・・」

「もちろん、復讐よ。お前たち陰陽師どもに対する」

「復讐、だと?」


女の返答に、成親達は訝しげに眉を寄せた。
そんな成親達を、女は憎悪できらきらと燃え滾る瞳で睨みつけた。


「そう、我が父を亡き者にした陰陽師。許せるはずがないでしょう?だからこうしてここを襲撃するために、同じ思いをした魂を甦らせたの」


まぁ、中には逆恨みのものもいるみたいだけど。

女はそう言ってさもおかしそうに哂った。

実際にそのようなことをしている陰陽師はそう多くはないのだが、それでも女にしてみれば違いなど無きにも等しかった。陰陽師。その名前で括れる者達であれば、それは皆憎悪の対象であった。
そしてここは陰陽寮。女の憎悪する陰陽師達が集う場所。襲う場所としてこれほどに打ってつけの場所はない。


「かねてからの恨み、晴らさせてもらうわっ!!」


女はそう叫ぶと己の長い黒髪を操り、成親目掛けて放った。
女の意思をもって蠢く髪は、さながら黒い蛇のようであった。
その髪は成親の許へまっすぐと伸びで行くと、成親の足、腰、胸、腕、首など様々なところに絡みつき縛り上げ、成親を宙へと持ち上げた。


「ぐっ・・・・!」

「兄上!!」


ぎりぎりと容赦なく締め上げてくる女の髪に、成親は苦しげに顔を歪めた。
兄の窮地に気づいた昌親が加勢しようとするが、それを数体の怨霊が阻んだ。


「あっはっはっはっ!そのまま窒息死してしまいなさい!!」


女が一際高く哄笑を上げたその時、





「斬っ!!」





鋭い声と共に、霊力の刃が成親を締め上げる髪の毛を断った。


「ぐ、ごほっごほっ!!」

「兄上!大丈夫ですか?!」


女の髪から解放され、急激に入ってくる空気に咽こんでいる成親に、怨霊どもを何とか一掃した昌親が駆け寄った。


「あ、あぁ・・・・何とかな。それより、一体誰があの攻撃を・・・・・・・・!昌浩っ!?」


生理的な涙で霞む視界を攻撃の放たれた方へと向けると、そこには地面に蹲っている昌浩の姿があった。
やや辛そうに顔を歪めている昌浩の周りを、ほんの薄っすらと白い靄みたいなものが取り巻いている。
それが天狐特有の炎であるということを成親達は知らないが、それでもあまり良くない事態であろうということは直ぐにでも察せられた。

慌てて昌浩の許へ駆け寄ろうとした成親達の行く手を、女の影が遮った。


「子ども・・・・・お前も陰陽師?全く忌々しい。お前から片付けてやるわっ!!」


そんな女の叫びに呼応して、数体の怨霊達が昌浩目掛けて襲い掛かる。
しかし、そんな怨霊達の行く手に白い影が立ちはだかった。


「怨霊風情が・・・・・昌浩に手を出すなっ!!」


白い影――物の怪の鋭く紡ぎだされた声に合わせて、緋色の闘気が迸る。
怨霊達はなす術もなく、その闘気によって消し飛ばされた。


「昌浩っ!大丈夫か?!!」

「もっ・・・くん。・・・・な、んとか・・・・・・」


物の怪は周囲を飛び交っている怨霊達に油断無く身構えつつ、背後に庇っている子どもの様子を心配げに見遣った。
昌浩はそんな物の怪に心配をかけまいと必死に笑みを取り繕おうとするが、苦痛に歪んだ表情は上手く笑みを形作ることはなかった。
そして内心では己の迂闊さに唇を噛んでいた。

失念していた。今、己には血の暴走を抑える丸玉を持っていなかったのだ。
宙に吊り上げられた兄を見て思わず飛び出し、視ることができないというのにただ勘のみで兄を縛り上げる『何か』を術で断ち切ったのは良かった。しかし、その直後に己の胸を唐突に襲った力強い脈動に耐え切れず、昌浩は思わず膝を折っていた。

おかしい。以前ならば丸玉が無い状態でも、術を一つや二つ放ったくらいでここまで血が騒ぎ立つことなどなかった。
だというのに今はたった一発、たった一発ばかり術を放っただけで平静を保っていられないほどの苦痛が襲ってくる。やはり先日の出雲の件で相当無理をしたことが祟ったのだろうか?
激痛に苛まれる胸の上の衣を掻き握り締めながら、昌浩は思考の片隅でそのようなことを考えていたが、次第に強くなっていく拍動に段々と思考を巡らせることさえできなくなっていった。


「おい、昌浩っ!!」

「う、ぁ・・・・・も・・・っく・・・・」


昌浩の只事ではない様子に、物の怪は焦ったように昌浩に声をかけた。
昌浩は荒い息のもと、何とか物の怪に返答を返そうとするが、それももはやきちんとした言葉の形になどならなかった。


と、丁度その時、晴明と共に別の場所で怨霊の掃討にあたっていた太陰がその場に現れた。


「成親、こっちは粗方片付け終わったわよ――って、昌浩っ!一体どうしたのよ!!?」


ひょっこりと顔を出した太陰は、昌浩が苦しそうに蹲っているという予想だにもしていなかった光景に驚きと焦りを露にした。
そして彼女が次に起こした行動とは、主にそのことを知らせるということ。


「せ、晴明!昌浩が大変よっ!!」


太陰のそんな叫び声をどこか遠くで起こっている出来事のように聞いていた昌浩は、段々と脈動が強くなっていくことに気がつき。その原因が何であるのかを何となく悟った。


「・・・・ぁめだ、た・・・いん・・・・・じい・・・まを・・・・っちに・・・・・・」


駄目だ、太陰。じい様をこっちに連れてきては―――。

そう必死に言葉を紡ぐ昌浩の思いも空しく、祖父が十二神将を伴ってその場に姿を現した。



どくんっ・・・・!



「う・・・・・ぁ、
うわぁあぁああぁぁぁぁっ!!!


それとほぼ同時に一際強く脈動が起こった。
昌浩は堪えきれずにとうとう叫び声を上げた。









瞬間、白光がその場一体をその色に染め上げた―――――――――。













※言い訳
短っ!短すぎる、今回のお話・・・・・・。でも、ここが一番区切りをつけやすかったんです;;他の部分だとずるずると延びていきそうなので・・・・・・。次はもう少し長めに書きたいと思います。
何か段々と無理矢理な展開になってきてしまって申し訳ないです;でも、こうでもしないとまた段々と話数が延びていってしまうので・・・・ご勘弁くださいませ。



2007/9/7