亡者の嘆きを切り払え〜壱〜 |
「全く、晴明様の孫だかなんだか知らないが、いい気になってんじゃねーよ!」 どん!という鈍い音が陰陽寮の一角―――あまり人目につかない場所に響いた。 鈍い音の発生源、壁に背を打ち付けられた昌浩は、その衝撃に息を詰まらせた。 「―――っ!」 「あーぁ、職務怠慢な直丁で困るねぇ。今回は晴明様直々のお達しで出雲へ赴いていたらしいが、こうもちょくちょく長期間空けられると困るんだよ」 「そうそう。お前が陰陽寮にいない間は俺達陰陽生が、くだらない雑用を分担させられる羽目になったんだよ。お陰でこちらの時間は大きく削られるしな」 「こっちは雑用ごときに手間を取らされるほど暇じゃないってのにな」 「そういう意味では直丁殿は時間の余裕があるだろ?何せまだやれる仕事といったら雑用だけだからな!俺達みたいに陰陽道に関しての勉強を本格的に始めているわけでもないし、暇な時間はたっぷりあるだろ?」 「ほんっと腹立つよなぁ〜。俺達の苦労も知らないで、定時になればさっさと帰る。一体何様のつもりなんだか・・・・・・・・」 昌浩を壁際に押し付け、その周囲を取り囲む陰陽生達。 昌浩が塗籠へと巻物を返しに行こうとした際、運悪く彼らに捕まってしまったのだ。 普段であれば、その場ですれ違い様に嫌味の一つや二つを言い置いて去っていくのだが、今回は虫の居所が悪かったのか態々人気の少ない場所へと引き摺り込まれてしまった。 しかも運の悪いことにいつも傍にいる白い物の怪は、ちょうど晴明に呼ばれていて席を外していたのである。 そして彼らは上記のとおり、昌浩を壁へと突き飛ばし口々に責め始めたのであった。 「ったく、こっちは都を徘徊する死霊の調伏でここ連日休む暇がないというのに・・・・・」 「そうそう。皆が皆毎夜奔走しているというのに、直丁殿は随分とのんびりしているのだな」 「違うだろ、直丁殿はこのぴりぴりとした空気が察せられないほど鈍くていらっしゃるだけだ」 「なるほど!」 「全くそのとおりだな!!」 休む間もなく次々と浴びせられる毒の言の葉に、昌浩は顔を俯けて必死に耐えていた。 普段から何かと嫌味を言ってくる彼らではあるが、今回はそれに輪をかけて荒れている理由を昌浩は知っていたからである。 死霊の徘徊、それが理由であった。 昌浩達が珂神比古の事件を解決して出雲から帰ってくると、それ以前には起こっていなかった死霊の徘徊という不可解な出来事が都全土に渡って発生していたのである。 他人にとって無害な霊から、濃厚な怨嗟を振りまく霊まで実に多種多様であるが、それが毎晩のようにして都のあちこちに出回っているのだ。むろんそのようなことは陰陽師の一人や二人で何とかなる規模ではないので、陰陽寮に属する陰陽師という名のつく者は全員その対応に当てられていたのである。 そんな中、まだ直丁である昌浩はむしろ足手纏いだということで調伏に参加させられることもなく早々に帰されていたのだが、彼らにとってはそれが気に喰わないのであろう。 もちろん、昌浩は日課である夜警にてこっそりと、しかし誰よりも多く死霊達の相手をしているのだが、そんなことは彼らの預かり知らぬところである。 「ちっ、だんまりを決め込むんじゃねーよ!」 「!――ぁっ!」 何を言っても無言を貫く昌浩が気に入らなかったのか、ある一人の陰陽生がとうとう昌浩を乱暴に投げ倒した。 何の前触れもない陰陽生の暴挙に、昌浩はなすすべもなく床へと倒れこんだ。 その拍子に昌浩の懐から道反の巫女より貰った丸玉が転がり落ちた。 そしてころころと転がった丸玉は、陰陽生達の足元でその転がりを止めた。 それを見つけた陰陽生の一人がそれをひょいと拾い上げた。 「ん?なんだ?この玉は・・・・・」 「!ぁ、返してください!」 昌浩は陰陽生が拾い上げた物が何なのかを理解した瞬間、初めてこの場でまともに口を聞いた。 丸玉は昌浩が失くした見鬼の才を補う働きを持っているが、それよりももっと重要な『天狐の血の暴走を抑える』という働きを持っている。それを肌身から離すのは非常に不味いことであった。 陰陽生はいきなり口を開いた昌浩に驚いたように目を瞠ったが、その理由が手元にある玉であることを悟って、にやりと意地の悪い笑みをその口に浮かべた。 「ほぅ?この石ころが直丁殿にとっては大事と見えるな」 「それを返してください!!」 「・・・・何やら随分と必死だな。何だ、懸想相手から貰ったものか何かなのか?それは面白いな・・・・・・・」 何やら勝手に自己解釈をした陰陽生はその拾った丸玉を昌浩には返さずに、隣にいた仲間の陰陽生へと手渡した。どうやら返す気はさらさらないらしい。 「なっ、返してください!」 「うるさいな・・・・少しは黙れよ」 「――っ、うぁっ!」 玉を取り返そうと手を伸ばしてくる昌浩を、その陰陽生は一切の加減なく思いっきり突き飛ばした。 その弾みで昌浩は高欄の方へと倒れこみ、その角へと頭を打ってしまいそのまま意識を落としてしまった。 流石のこれには陰陽生達も若干の焦りを覚えた。 「――おい、今のはちょっとやりすぎなんじゃないか?」 「はっ、頭を打ってちょっと気を失っただけだろ?放っておいてもいずれ気がつくさ」 「けど・・・・・・」 「さっさと行くぞ。もうここには用もない」 「なぁ、この玉はどうするんだ・・・・?」 玉を手渡された陰陽生は、戸惑い気味に手の中の玉へと目を落とした。 返すべきか、返さないべきかで迷っているようだ。 そんな彼に、昌浩を突き飛ばした陰陽生は何かを企んだような顔をして口を開いた。 「その玉はお前が持ってろ」 「え、でもよ・・・・・・・」 「その玉を持っていれば、こいつは取り返しにくるだろ?余程大事なものみたいだしな・・・・・・その時は思いっきりからかってやって、その後に返してやればいいだろ」 「・・・・・・そう、だな」 「わかったらさっさと行くぞ!」 「お、おぅっ!」 そして陰陽生達はその場を慌しく立ち去っていった。 「――――おっと!」 「!あ、敏次さん!すみません」 簀子を歩いていた敏次は、角から急に姿を現した陰陽生達とぶつかりそうになり、反射的にその場に足を止めた。 そんな敏次に、陰陽生達は申し訳なさそうに謝る。 「いや、大丈夫だ。・・・それより君達はこんなところで何をしている?そちらの方にはほとんど使われていない物置の部屋があるだけのはずなのだが・・・・」 「あ、いや!何でもないんです!ちらりと妖の類の姿が見えたような気がして・・・・・それであちらの方に顔を覗かせて見たのですが、気のせいだったようです」 「・・・・そうか、ならばあまりこんな所で油を打たない方がいい。上の者に叱られてしまうぞ」 「はい!ではっ、失礼します!!」 どこか落ち着きのない様子で去っていく同僚の陰陽生達の姿を見送った敏次は、ふと彼らが姿を現した方へと視線を向けた。 「妖と言っていたな・・・・・・・・一応、念の為確認しておくか」 ここ内裏では化生の類を見かけることは日常茶飯事ではあったが、何かしら良くない妖ももしかしたらいるのかもしれない。その場合早急に対応した方がいいのだろうから・・・・と、敏次は大事を取って彼らが出てきた部屋の方へと足を向けた。 そしてそこで見つけたのは予想だにもしなかったものであった。 「―――!なっ、昌浩殿?!」 敏次は高欄へ寄り掛かるように倒れこんでいる直丁の姿を見つけ、驚きのあまりに目を大きく見開いた。 慌てて駆け寄ってみると、その直丁は気を失っているようであった。 「一体どうしてこんなところ・・・・・・!まさかっ!」 巻物を塗籠に片付けに行ったはずの直丁が思わぬところで倒れているのを見て困惑の表情を隠せずにいた敏次であったが、先ほどすれ違ったばかりの陰陽生達の不審げな様子を思い出してもしやという考えに至った。 敏次のその推測はほぼ間違いなく的を射ているのだが、本人にしてみれば今現在においてそれを確かめる術はない。 取り敢えずゆすり起こしてみようかと昌浩の肩に手をかけた敏次であったが、万が一頭を打っていたらそれは不味いと判断してその行為を中断した。 「くっ・・・・・とにかく、人手がいるな。誰かを呼びに行かなくては―――」 敏次はそう素早く判断を下すと、昌浩をなるべく振動を与えないように丁寧な仕草で床へと横たえさせ、他人を呼びにその身を翻した。 その時の彼の表情は、とても憤慨しているものであったと追記しておこう――――――。 ※言い訳 はい、このお話はリクしてくださった方が長編にしてほしいと仰られたので、あまり長くはできませんが数話程度の小連載を書いていこうと思います。 第一話目、昌浩がほとんど喋っていなくて申し訳ありません;;しかも、かなり不運な目にあっているし・・・・。うちのサイト、とっしーに対しては比較的優しいようです。もう、とっしーがかなりいい人設定でこのお話は書く予定なので・・・・・。あ、昌浩に乱暴を働いた陰陽生がとっしーに対して礼儀正しい態度をとっているのは、やはり陰陽生筆頭という実績と、彼の厳格な人柄故だと思います。私的にはとっしーは優等生というか・・・・現代ではクラス委員長とかしていそうだと思うので。やはり尊敬というか、彼を慕う人は多くいそうだなと思います。 2007/8/7 |