※注)お話は果て無き誓い(略)後、じい様達は先に都に戻り、昌浩とその護衛についた神将数名のみがいまだに出雲に残っている設定です。その上、原作の流れは完全無視の方向となります。








まつろわぬ者達の哀咽〜後編〜














一方、突然怨霊の大群に襲われている陰陽寮は、それこそ蜂の巣を突付いたように物凄い騒ぎとなっていた。


「た、大変です!怨霊の群れがこちらに向かってきています!!」

「結界はどうしたっ?!」

「駄目です!向こうの勢いが強すぎて長くは保ちません!!」

「できるかぎりの人員を怨霊調伏に当たらせろ!怨霊どもを内内裏に近寄らせるなっ!!」

「晴明様への知らせは?!」

「既に向かわせております!!」


ばたばたと慌しい足音があちらこちらに響き渡り、誰もがその顔に浮かべる表情は険しかった。
手の空いている者達は全て屋外へと出、怨霊達を調伏するための準備を整える。
もちろん、その中には成親や昌親の姿もあった。


「まったく、何故暦博士である俺まで怨霊達の出迎えに立ち会わねばならんのだ」

「そうは言いますがね、兄上。陰陽生・天文生・暦生関係なく、少しでも調伏を行えるものであれば全員が出ていますよ?ほら、あそこに父上もいますし・・・・」


昌親がそう言ってついと指差した先には、下の者に指示を出している天文博士である父の吉昌の姿があった。
そんな父の姿を見て、成親は観念したように息を吐いた。


「やれやれ。父上がああして動いているからには、俺も指示をださねばな」

「是非ともそうしてください。先ほどから助けを求めるような必死な視線をあちらこちらから感じます。早く指示を出してあげてください」

「ははっ!手厳しいなぁ、昌親は・・・・・では、行ってくる」


成親はそう言い置くと、彼に指示を仰ぎに来ている暦生の許へと向かっていった。
成親を見送った昌親は、気持ちを切り替えて自分も怨霊達の調伏の準備を行うべくその場を後にしたのであった――――。












そしてついに大内裏一帯に張り巡らされた結界が、怨霊達の勢いに負けて砕け散ってしまった。

結界が消滅するまでにいくらか怨霊達の数が削れたが、それでも尚、向かってくる怨霊達の勢いはそがれることはなかった。
結界がなくなったことにより、一気に怨霊達が内裏へと雪崩れ込んでくる。
そして、その雪崩れ込んでくる怨霊達を、陰陽寮の者達は全力をもって調伏に当たった。
大内裏のさらに中――内内裏に張られた結界は未だ健在であるが、それまでもを破らせるわけにはいかない。
皆、必死の形相で怨霊達を調伏していく・・・・・が、それでも怨霊一体を調伏するのに時間がかかり大幅にその数を減らすには至らなかった。

そうこうしているうちに、怨霊達はある一点を集中的に狙うようになった。
そのある一点というのが未だ結界に囲われた場所―――内内裏であった。


「ちっ!狙いは内内裏・・・・帝か!」


怨霊達の意図するところに気がついた成親は、舌打ちをしつつ次から次へと襲い掛かってくる怨霊達を調伏する。
しかし、調伏が行われる速度よりも、結界に与えられる負荷が溜まっていく速度の方が勝っているらしく、とうとう結界がきしり・・・と悲鳴を上げ始めた。


「まずいっ、このままでは結界が――!」


結界の軋む音を聞きつけ、吉昌が苦々しく声を上げる。
また、吉昌のように声を上げずとも、その場にいる陰陽師達の誰もが同じことを思った。

心の内に湧き上がる焦燥とは反比例に、遅々として現状を覆すことができない己を誰もが叱責した。


そして、一際高く結界が軋みの音を上げた時、それは起こった―――――!


びゅおぅ!!と、突然強い突風がその場に巻き起こったのであった。
その場にいた者達は、皆咄嗟に腕を目の前に翳して目を閉じる。
荒れ狂う風は一瞬のうちに鎮まり、それに代わるように怨霊達の絶叫が周囲に響き渡った。
閉じていた目を開けた者は、開けた視界に飛び込んできたその光景に大きく目を見張る。

目の前に広がる光景――それは無残にもちりぢりに切り裂かれた怨霊達の姿でだった。


「なっ!これは一体―――」


目の前に広がる光景に思わず言葉を無くした者達は、しかし唐突に姿を現した新たな人影を見つけ、それが誰であるのかを理解した時思わず声を大にして叫んだ。


「せ、晴明様っ!!!」


そう、この場に新たに姿を現したのは大陰陽師こと安倍晴明その人であった。









そして、歓声の声を向けられた張本人である晴明はというと――思わずといった感じで、誰に気づかれることもないようにしながらも深々と溜息を吐いていた。

晴命が溜息を吐くのも無理はない。白虎の風に運ばれて内裏へとやって来た晴命であるが、ついて早々その場にいる怨霊達の数が予想していたよりも多く残っていたのだった。もう少し数を減らしていて欲しいと思っても悪くはないだろう。
万全な状態であれば目の前を跋扈している怨霊達の群れなどどうとも思うことはないのだが、今は多大な疲労が身に残っている状態なのだ、疎ましく思えてしまう。

心中でげんなりとしながらも、晴明はすぐさま怨霊の調伏へと取り掛かった。
晴明から凄絶な霊力が迸り、辺りを飛び交う怨霊達を一掃していく。
また、そんな主の行動に合わせて、神将達も次々に怨霊達を屠っていく。

放たれた霊力が怨霊達を弾き飛ばし、風が吹き荒れ、術が放たれていない方向にいる怨霊達が切り刻まれていく――――。
そう時間を空けずに怨霊達の数は目に見えて減っていったのであった。

この調子で調伏を行っていけば何とかなるだろう。と陰陽寮の誰もが心中でほっと息を吐いたその時、その場を取り巻く空気が一変した。




おぉおおおおぉ―――っ!!




地の底から這い上がってくるような、背筋を凍らせるような声が空気を震わせる。
誰もがその声に動きを縛られる中、『それ』は姿を現した。



『憎い・・・憎い・・・・神の血を引く者、帝ぉおぉぉ――!!』



禍々しい妖気と共に姿を現したのは、一匹の妖。


鬼の顔、虎の胴体、そして八つの長い蜘蛛の足―――その妖の名は『土蜘蛛』



「なっ!土・・・蜘蛛!」

「土蜘蛛だとっ!?あの、古の天皇に滅ぼされた民の霊が集って生まれたと言う・・・・・」


姿を現した妖の正体を知ったことにより、陰陽寮の者達の間にざわめきが起こる。
そうこうしている間に、土蜘蛛は未だに張られている内内裏の結界に向かって突進する。
どうやら、従えていた怨霊達で破ることができないことに痺れを切らし、自ら結界を破ろうとしているようだ。


「!そのようなことはさせん!オンキリキリバザラバジリホラマンダマンダウンハッタ


土蜘蛛の意図を即座に読み取った晴明は、それを阻むために直ぐさま術を放った。
あの妖力と図体で体当たりをされてしまえば、いくら堅固な結界といえどそう長持ちはしないだろうと判断したからである。

晴明より放たれた術は、しかしそれに気づいた土蜘蛛により回避された。
それと共に土蜘蛛の意識が結界から晴明――もとい陰陽師へと移された。


『邪魔をするな!陰陽師どもぉっ!!』

「くっ!!」

「うわあぁぁぁっ!!」

「ひぃっ!!」


土蜘蛛が声を上げると同時に、強大な妖気が一気に爆発した。
爆発した妖気の衝撃により、力のない陰陽師・あまり場数を踏んでいない陰陽師達は意識を失い、そうでない者達も意識を失わずにすんだがかなりの負担を負ってしまった。
もともと、土蜘蛛が現れる以前に行っていた怨霊達の調伏で随分と力を消費していたのだ。そこにさらに強力な妖気をぶつけられてしまえば、いかに優秀で力ある陰陽師といえどまったくの無事ではすまされない。
その場に立っていられたのは晴明を含め、十数名ほどであった。


「青龍!白虎!足止めを!!」


鋭く飛んだ晴明の指示に、青龍と白虎は直ぐさま応じる。
神将達が土蜘蛛と残っている怨霊達の相手をしている間に、晴明は真言を唱える。


ナウマクサンマンダ、バサラセンダ、マカロシャナタヤソワタラヤ、ウンタラタカンマン


真言を唱え終えると同時に、晴明の霊力が爆発する。
土蜘蛛に向かって放たれたそれは、違わず直撃した。


『ぐ、ぐああぁあぁぁぁっ!!』


土蜘蛛は悲鳴を上げながらその場に倒れこんだ。
だが、直ぐさま起き上がろうと身動きをしているところを見ると、完全に仕留めていないことがわかった。


「止めだ・・・・」

『なめるなぁあぁぁっ!!!!』

「!避けろっ、晴明!!」

「なっ、しま―――」


止めを加えようと晴明が刀印を組んだ時、土蜘蛛が怒りに目を爛々と光らせながら晴明達に向かって大口を開いた。
そして、その口からは大量の糸が吐き出された。
吐き出された糸は晴明を捕らえ、更にはその周囲にいた陰陽師達の身も捕らえた。
身体に巻きつく糸はかなり頑丈にできているようで、人の力だけでは到底引き千切ることさえできない。
完全に身動きを封じられた晴明達に、体勢を立て直した土蜘蛛が襲い掛かる。


『まずは貴様らから喰ってやる!!』

「晴明!」

「晴明様!!」


土蜘蛛が真っ先に晴明に狙いをつけていることに気づいた者達が悲鳴を上げる。

土蜘蛛の顎(あぎと)が晴明を捕らえようとした正にその瞬間。彼らの間に突風が突如として巻き起こった。

高く鋭い鳴き声と共に、その突風の中から白い影が躍り出る。
白い影はそのまま土蜘蛛へ突進すると、その目に鋭い爪を突き立てた。


『ぎぃ、ぎゃあぁああああぁっ!!!』

オンキリキリバザラバジリホラマンダマンダウンハッタ!


目に攻撃を受けたことによって土蜘蛛がひるんだ隙に、更に追撃が加えられる。
その追撃の際に放たれた声がどこか聞きなれたもののように思え、その場にいた者達はその声の発生源へと視線を集めた。そして、その声の主が誰であるのか気づき大きく目を瞠った。
見慣れぬ格好――生成の衣装を身に纏ってはいるが、その場に立っていたのは現在物忌み真っ最中のはずである直丁だったからだ。
更に、そんな彼の隣には同様の衣装を身に纏った、同年齢位の少年が立っている。

驚愕のあまりに固まっている陰陽寮の者達など歯牙にもかけず(ただ気づいていないだけ?)、素早く現状を把握して神将達に指示を飛ばす。


「皆は怨霊達の掃討とじい様達の護衛を頼む!俺はこいつの相手をする!!」

「「「「「わかった(わ)!」」」」」


昌浩の頼みを聞いた神将達は、それぞれの判断で行動を起こす。
それを確認する間もなく、昌浩は目の前にいる妖――土蜘蛛と対峙した。


『おのれぇ、邪魔をするな子どもぉ!!』


またもや己の行動を邪魔されたことに、土蜘蛛は怒りの咆哮を上げる。
次の瞬間には、昌浩に向かって糸を吐き出していた。


「破!!」


襲い掛かってくる糸に、昌浩は霊力でできた刃を放つ。それによって糸は散り散りに斬り捨てられた。
昌浩はそのままの勢いで土蜘蛛へと攻撃を加えようとする。


「オンキリキリ―――」

『甘いわぁあぁぁっ!』


土蜘蛛の声に合わせ、いつの間にか神将達の攻撃を掻い潜った数体の怨霊が昌浩の背後へと回り込み、襲い掛かってきたのだ。


「しまっ―――」

「甘い!」


慌てて背後を顧みようとする昌浩を他所に、影が割り込んできた。
銀閃が奔り、怨霊達が斬り捨てられた。
怨霊を斬り捨てた影の正体が誰であるのかを悟った昌浩は、嬉しそうにその人物の名を呼んだ。


「比古!」

「余所見をするな!後ろは俺とたゆらがきっちり守ってやるから、お前はそいつに意識を集中しろ!!」

「!うん・・・ありがとう!」


背中合わせになりながら互いの相手を定めると、二人は同時に地を蹴った。
昌浩は土蜘蛛に、比古は未だ宙を飛び交っている怨霊に向かって―――。


その後、さほど時間を置かずに土蜘蛛を昌浩が倒し、残っていた怨霊達も神将と比古達によって全て片付けられたのであった。







無論、その後に昌浩達の格好や実力、比古達の存在について陰陽寮の者達から問い詰められたのは言うまでもない――――。











※言い訳
というわけで、何とか終了しました!
珂神編をあまりよく覚えていないので、もしかしたら所々設定がおかしな所があるかもしれませんがスルーしてください。
リクエスト内容にもっくんをおいて・・・とありましたが、どこにおいてなのか文脈から読み取ることができなかったため、申し訳ありませんがそこの部分は抜かせて頂きました。後はおおむねリクエストどおりのものが書けたのではないかと思います。ただ、長編・・・と呼べるほどの長さのお話を書けなかったことが気がかりですが・・・・。

【土蜘蛛について】
平安時代にいたとされる大蜘蛛で、神武天皇によって滅ぼされた山の民の怨霊が妖怪になったものだそうです。(それ以外でも天皇に従わなかった豪族の蔑称でもあるそうです)
本来であれば源頼光らによって倒される妖怪なのですが、このお話の中ではそこらへんをサクッと無視して登場させて頂きました。

それでは、このお話はフリー配布なので、ご自由にお持ち帰りください。



2008/12/17