注)このお話は以前フリー小説で書いた「双龍の寵愛を受けしもの」設定で書いております。ご注意ください。











お気に入りの理由?













都の外れ、貴船の麓にガラガラと車輪の回る音が響き渡る。
音の発信源―――車之輔は、そこまでやってくるとその足(車輪?)を止めた。
そしてその車之輔から彼の主である昌浩、そして物の怪が出てきた。


「―――確かこの辺りだったよね?恐ろしい妖が出る場所って」

「あぁ、雑鬼達はそう言っていたな」

「まぁ、十中八九、ここで間違いはなさそうだな。辺り一帯、濃い瘴気が漂っているからな」

「って、おわぁっ!じ、じい様?!何でここにいるんですかっ!!?


当たり前のようにその場に立っている晴明に、昌浩は思わず後ろに飛び退いた。
そんな昌浩を、晴明は面白そうに見ている。彼の護衛としてついて来た玄武と六合は、そんな彼を呆れたように見ていた。


「いや、なに。この頃妖の調伏はお前にまかせっきりだったからな、私もたまには動かないと勘が鈍ってしまいそうだからな。今日はこうして出てきてみたわけだ」

「出てきてみたって・・・・・離魂の術を使ってですか?・・・・・いくら使い勝手がいいからっていって、そうほいほいと魂を飛ばさないでくださいよ。それ、絶対にじい様の身体なり何なりに負担が掛かってますから・・・・・・」

「おや、昌浩。私の身体を気に掛けてくれているのか?」

「違います!さして必要性も無いのに魂なんか飛ばしたりしたら、青龍か天后あたりが物凄く怖い顔するじゃないですか!他の神将達だって良い顔はしません。少しは自重してください!!」

「そうかそうか。昌浩はそれほど私のことが心配か」

「人の話を聞け――っ!!!」


機嫌良さそうに昌浩の頭をくしゃくしゃと撫でてくる晴明に、昌浩は怒り顔である。
まぁ、昌浩がいくら怒ろうとも柳に風。全く効果がない。
そんな晴明の様子に、昌浩ははぁ・・・・・と呆れたように溜息を吐いた。
そしてそんな晴明に呆れた顔をするのは何も昌浩だけではない。晴明の護衛としてついて来た玄武や六合、更には昌浩と行動を共にしている物の怪も同じであった。


「・・・・・・諦めろ、昌浩。これは俺たちがいくら忠告を言ったところで聞きやしない」

「全くだ。これの頑固さには呆れるな」

「晴明、少しは我らの気持ちも汲んでほしい・・・・・・」

「って、彼らは言っていますよ?じい様」

「全く、お前達は揃いも揃って心配性だなぁ。・・・・・まぁ、気をつけるようにするさ」

「「「「(絶対に口先だけだな・・・・・・・・)」」」」


飄々とした態度で言葉を返す晴明に、その場にいた全員が胡乱げにじと目で見遣っていた。
晴明はその視線に敢えて気づかない振りをし、周囲へと視線を走らせた。と、何かに気がついたように、一点に視線を固定した。
晴明のその行動に合わせて、神将達もそれぞれ素早く身構えた。
それに一呼吸遅れて昌浩も何が起こったのかを悟り、彼ら同様に身構えた。

漆黒の闇が包み込む道の向こう、その先から今までよりも更に強く、濃厚な瘴気が漂ってきた。
その瘴気が近づいてくるにつれ、暗闇の向こうから黒い影が姿を現した。


『何やら強い気配がすると思えば・・・・・美味そうなのが揃っているな』


そう言ってのそりと闇より出てきたのは、牛の姿に似た妖。


「アツユ・・・・・・!」


その妖の姿に覚えがあったのか、晴明がその妖の名を紡いだ。

アツユ――
牛の如くで赤い身、人面で馬足、その声は嬰児のようで、人を食う。
己の名を言い当てた晴明を、アツユは面白そうに見遣った。


『ほぅ?我が名を知るか・・・・面白い。貴様、もしやあの窮奇を倒したと聞く人間か?』

「!どこでそれを―――」

『ふん、我らには我らの情報網がある。奴が倒されたことなど、それこそ水面に広がる漣の如くに広く知れ渡っているさ』

「・・・・・・・・・」


そう言ってアツユはニヤリと口を笑みの形に歪めた。
晴明達はそんなアツユを険しい視線で睨みつける。


『まぁ、お喋りはこれくらいにしよう。貴様らのその血、肉。我が喰わせて貰おうかっ!!』

「ふざけたことを言ってくれる。昌浩と晴明には指一本たりとも触れさせはしない!!」


物の怪から人型へと戻った紅蓮が、その金眼を鋭く細めてアツユを睨みつけた。
そして昌浩達へと一直線に飛び掛ってくるアツユに、炎蛇を繰り出す。


「はあっ!」

『こざかしいっ!!』

「なっ?!」


アツユは紅蓮の放った炎蛇をいとも簡単に打ち破り、さらに突進を続けた。


「オンアビラウンキャンシャラクタン!」

「効かぬわ!」


そして昌浩が迎撃に放った真言さえもあっけなく弾いてしまった。


「晴明!奴の足を止めろ!その隙に攻撃を仕掛ける!!」

「わかった。―――縛!」

『うぐっ?!』


晴明の術によってその動きを止めたアツユに、六合が槍で斬りかかる。
一呼吸遅れて、紅蓮も取り出した緋炎の槍でさらに攻撃を加えた。
二人の攻撃によって、アツユの身体に裂傷が無数に走る。


『ぐぅおっ!・・・・ふっ、弱い、弱いなっ!窮奇を倒したと聞く貴様らの力は、本当にこの程度か?』


ぽたぽたと流れ落ちる血を大して気にしたふうでもなく、アツユは平然とした様子で昌浩達を嘲笑った。
アツユを見遣っていた昌浩は、あることに気づいて咄嗟に声を上げた。


「!傷がっ!」

「なっ、治癒していく、だと?!」


昌浩や紅蓮の言うとおり、アツユの身体に負わせたはずの傷が、シュウシュウと音を立ててあっという間に癒えていった。


『これくらいの切り傷など、すぐに癒すことができるわ!』

「・・・・となると、そう易々と治癒ができないほどの手傷を負わせるしかないか・・・・」

「そういうことだな・・・・・・」


この状況を冷静に見ていた玄武は、そう言葉を漏らした。
晴明もそれに首肯して、目の前の妖へと視線を向ける。


「お前達、少し時間を稼げ」

「・・・・わかった」


昌浩と神将達は晴明が呪文を唱えている間の時間稼ぎをすべく、再びアツユと戦闘を開始した。
こちらへと突っ込んでくるアツユに昌浩が足止めの術を掛け、その隙に紅蓮と六合がそれぞれ攻撃を加える。それに対抗して放たれるアツユの強大な瘴気の爆発を、玄武が障壁を築いて防ぐ。
そうこうしている間に、晴明の呪言が完成した。


「―――万魔拱服、急々如律令 !」


瞬間、晴明の凄絶な霊力の奔流がアツユへと襲い掛かる。


「やったか?!」

「―――っ」


術によって立ち上った土煙の中、晴明達はその煙幕の先にいる妖へと注意深く視線を飛ばす。
そして土煙が晴れてきたその向こうに、全身を血で染め上げながらもしっかりと大地に足をつけて立っているアツユの姿を見つけた。


『・・・くっくっ!この程度の傷では我を倒すことなどできぬぞ?』

「くっ、また傷が癒えていく・・・・・・・」

「晴明の攻撃で与えた傷でさえ、すぐに治せるのか・・・・・!


先ほど紅蓮や六合が与えた傷よりはその治る速度は遅いが、しかし確実に晴明が与えた攻撃の怪我も徐々に癒されていく。
昌浩達はその様を悔しげに見ていた。


「くそっ!あの治癒力さえなければ易々と倒せるんだがな・・・・・」

「あぁ、しかし奴の治癒力は凄まじいものがあるな。奴が動けないほどの傷を負わせるとなると、骨が折れそうだな」

『ぬるい、ぬるいわ!所詮は人間、そして人へと下った式神だな!・・・・・いや、この国の神自体が弱いのか』

「・・・・・・・・なんだと?」


ぴくりと、その場にいた全員の眉が微かに寄せられた。
剣呑に睨んでくる昌浩達をアツユは一笑に付し、嘲りの言葉を続ける。


『事実であろう?この国の神の力など高が知れてるわ!確か、ここの山にいる神など、上位に位置するくせにあの窮奇にその身を封じられたと聞いているぞ?上位の神でさえ、妖に良い様にされるのだ、まして人の配下へと下った神崩れがどうして強いと言えようか?』

「貴様っ!侮辱するのもいい加減にしてもらおうかっ!!」


紅蓮の金眼が、怒りの為に爛々と輝く。
ゆらりと、彼を取り巻く空気が熱を帯びて蠢く。


「・・・・・・・・全く、そのとおりですね」


そんな一触即発な中、底冷えするほどに冷然とした声がその場に落とされた。
はっと、その場にいた全員の視線がその声の出所へと向けられた。

その先にいたのは、先ほどの声を発するのにこの場では最もそぐわない子どもであった。
子ども――昌浩は、その外見に似つかわしくないぞっとするような冷笑を、その口元に浮かべていた。


「ま、昌浩・・・・・?」


困惑げな表情を浮かべて、紅蓮は常の様子とは異なる昌浩へと声を掛ける。
が、昌浩はそれを黙殺し、依然として冷え切った視線を目の前にいる妖へと向けていた。


「三下風情がよくもまぁ大口を叩いてくれますね。益してや、我が主である淤加美神への罵詈雑言・・・・・それなりの覚悟があって口にしたと思っていいのですね?」


昌浩――いや、この口調であれば澪と言っていいだろう。澪はすぅっと己が双眸を細めた。
それと同時に澪の体から、ぶわりと霊力が放たれる。しかもその霊力には、明らかに天狐を思わせる妖気も混じっていた。
それにアツユは驚きを隠せずに叫んだ。


「なっ、馬鹿な!?人の身で妖気だとっ!貴様、一体・・・・・・・」

「黙りなさい。私の前でその汚らわしい口を開かないでいただきたいですね・・・・・・・・虫唾が走る


もう、澪の目は完全に据わっていた。彼の最後に吐かれた言葉など、それはもうかなりの重低音で紡がれていた。
晴明達はそんな昌浩もとい澪の様子に、思わず頬を引き攣らせた。
やばい、かなり本気で怒っている・・・・・・・。
初めは同じく怒りを見せていた紅蓮も、あまりの昌浩(澪)の切れっぷりに今ではたらりと冷や汗を掻いている。


「死んで詫びなさい」


澪はそう言うと己の手に霊力(妖気も込み)を集め、それを一気にアツユへと放った。


『ぐっ、ぎゃああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!』


アツユは澪の攻撃をもろに受け、治癒の暇さえも与えられずに完全に消し飛ばされた。
後には、亡骸の塵一つでさえも残らなかった。

そんな澪の容赦のなさに、晴明達は依然として頬を引き攣らせたままである。
一方、アツユを完全消滅させた澪は、すっきりしたような表情をしていた。そして漸く晴明達へと視線を向けると、彼らが固まっている様子に気がつき、不思議そうに首を傾げた。


「・・・・・あれ?どうかしたのか?皆」

「・・・・・・・・いや、何でもないさ。昌浩・・・・・・・・・・」


よかった、元に戻ってる・・・・・・・。

普段通りの昌浩の口調へと戻ったことを確かめた晴明達は、そこで漸く肩の力を抜いた。
色んな意味で怖かった・・・・。昌浩(というか澪)を怒らせないようにしなければ・・・・と誓いを立てた瞬間であった。

と、そこへ更なる精神負担がやってきた。


「―――我が膝元で何を騒いでいる?」

「全くだ。騒がしい奴らだな・・・・・・」


凛と放たれた言葉と共に、清冽な神気がその場に顕現した。


「!高淤加美神、闇淤加美神・・・・・・・」


そう、その場に現れたのはすぐ目の前に聳え立つ山――貴船の祭神である高淤加美神、闇淤加美神の両名であった。
いくら膝元であっても山から出てきていることには変わりはないのだ、強大な神気(しかも二人分)が辺り一帯を支配する。
その神気に圧倒させられる晴明達。しかし、そんな中でも当人達を抜かして平然としていられる者が約一名・・・・・・そう、昌浩こと澪がいた。


「騒ぎ立てして申し訳ありません、淤加美神。少々口の悪い羽虫を一匹、始末をしていただけなのですが・・・・・・・」

「ほぅ?その羽虫程度でお前が本気にならなければならなかったのか?」


そう、高淤達が姿を現した理由はここにあった。何も貴船の麓で晴明達が妖と戦っていた程度では、その腰を上げるはずがないのだ。昌浩の――というか澪の気配が強く感じられたので何事があったのかと思って、態々この場に顕現したのであった。


「・・・・いえ、これは私の自制が効かなかった故のことです」

「澪が?珍しいなぁ、お前が自制できなかったなどと・・・・・。なんだ、何か悪口でも言われたか?」

「えぇ、言われましたね。私の敬愛する淤加美神の悪口を・・・・・・・・・」

「は?俺達の・・・・か?自分のではなくて」

「えぇ、そうです」


驚いたようにやや目を見開く闇淤に、昌浩――澪はしっかりと頷いて肯定した。


「―――ですがどうかご安心ください。淤加美神を侮辱した愚か者は塵も残さずに完全に消滅致しましたので・・・・・・・・」

「そうか、ごくろうであったな澪」

「いえ、私は当然のことをしたまでです。高淤の神」


我が主を悪しように言う輩は一匹たりとも許しませんから・・・・・。

そう言って、澪は誰もが見惚れるような嫣然とした笑みを浮かべた。
そんな澪の様子を見て、晴明達は悟った。
きっと、昌浩として生きる以前の澪は、きっとこのような遣り取りをよくしていたのだろう・・・・・と。









高淤の神達がどうして澪のことを気に入っているのか、その理由を何となく察せられた晴明達であった―――――。













※言い訳
えっと、これは以前書いたフリー小説の「双龍の寵愛をうけしもの」設定で書いております。
わからない方に軽く説明。昌浩・・・・文中で出てくる澪ですが、彼は天狐です。今は訳あって昌浩として生きております。それ以前は高淤達に仕えていました。
で、ついでに説明。文中に出てくる闇淤の神。彼は高淤の神の片割れ・・・・つまりは双子です。

さて、説明はこれくらいにしておきます。で、初めに言っておきたいことが・・・・。澪は腹黒ではありません!!それっぽい言動があったとしても、黒いわけではありません。「羽虫」発言あたりも、純粋に、心底そう思っているわけなので・・・・;;天狐時代の澪はずっとこんな調子でした。
えーと、これもフリー配布なので、どうぞご自由にお持ち帰りください。



2007/8/3