※注)本編の流れではどうなるかはわかりませんが、このお話では果て無き誓い(略)後、じい様達は先に都に戻り、昌浩とその護衛についた神将数名のみがいまだに出雲に残っている設定です。









白妙の闇を振り解け〜参〜














脈々と受け継がれていく血。



その血には記憶が刻まれている・・・・・・・。



その血の持ち主が知らぬ歴史でも、その血自身は克明に覚えているのだ。



血族達の無念を、嘆きを―――。



記憶の名は”天狐”。



その血を受け継ぐ者の名にして、一族の歴史全ての総称である――――。









「忘れはしまいさ・・・・。記憶がなくとも、”我”が覚えている・・・・・・・・」


ぽつり、冷えた声が闇へと落とされた。







                       *    *    *







最近、村の人達の様子がおかしい―――。


村の外れにある、細い小川に小さな足を浸しながら、沙世はそう考える。

昨日、二軒向こうの善くんのお父さんが、突然刈り草用の鉈を持って暴れ始めた。
まだ日も高かった頃なので、暴れる善くんのお父さんを村の人達が皆で取り押さえていた。
幸い、死んだ人はいなかったけど、振り回される鉈で怪我をした人は何人かいた。
二日前は火事があった。八重おばさんの家が全部燃えた。
八重おばさんは、壊れたように笑いながら燃える家を眺めていたらしい。お母さんがそう言っていた。
三日前は一雄おじさんの所の牛と馬が殺された。隣の家の弥一お兄ちゃんが殺したらしい。
牛と馬を殺す時、大きな抵抗にあったらしく、弥一お兄ちゃんは大怪我をした。今は家で寝込んでいる。

その前の日も、前の前の日も、毎日何かしら事件は起こっていた。
このような事件が起きるようになってから、かれこれ七日は経っている。
最近では、次に誰が狂ってしまうのかと、皆が皆お互いを探り合うように見ている。かと言って農作業を怠るわけにもいかず、皆気を張り詰めてぴりぴりとした空気が村中に漂っている。
今朝なんか、ほんの些細なことから喧嘩に発展し、挙句に殴り合いにまで至ってしまったものまであった。

本当に、皆どうしてしまったのだろう・・・・・。

皆が和気藹々と笑い合っていた日々が懐かしい。
ほんの何日か前まではそうであったのに、今はこんなに暗く淀んでしまっている。
本当に仲の良かった人達が、喧嘩をするようになった。
つい前日まで優しく笑っていた人達が、他の誰かを傷つけていく。

崩れ去った暖かな日常が悲しくて、寂しくて、沙世の目には涙が込み上げてきた。


「・・・・っ、ふぇ・・・・・ひっく!」


零れる涙を小さな手で何度も何度も拭い去るが、それに追いつかない勢いで涙は流れていく。
仕舞いには膝を抱え込み、沙世は顔を埋めて泣き声を殺した。


「どうしたの?」


唐突に生じた声と共に、ふわりと暖かな手のひらが沙世の頭に乗せられた。


「――っ!?」

「大丈夫・・・・?」


ばっと顔を上げると、己を心配そうに覗き込んでくる十代前半位の少年の姿があった。
括られていない長い黒髪は肩から滑り落ち、同色の瞳には呆然とした顔の自分の姿が映りこんでいた。


「・・・・・・お兄ちゃん、だれ?」


そう質問したのは、目の前にいる少年を村で見かけたことがなかったからだ。
そもそも、目の前の少年の纏っている衣装からして違う。
自分達が着ているような着物ではなく、肩が剥き出しになっている濃紺色の衣。その姿はさながら、以前一度だけ見たことがある仏像の様に似ていた。
だからだろう、次のような言葉を紡いでいたのは・・・・・。


「お兄ちゃん・・・・・もしかして、神さま?」


神さま?と問われた少年は、面食らったように目をぱちぱちと瞬かせていた。
が、それもほんの数秒の間の話で、少年は苦笑にも似た笑みを零した。


「残念・・・・。俺は神様じゃなくって人間だよ」

「そう、なの・・・・・?」

「うん、そう。・・・・・君は、どうしてこんな所で一人、泣いているのかな?」

「あ・・・うん。ちょっと、悲しくて・・・・・」

「悲しい?」


少年は沙世の言葉に軽く首を傾げる。
そんな少年に、沙世はこくんと頷いて言葉を続けた。


「うん・・・・。あのね、みんな怖いの。いつ、だれが暴れだすのかって・・・・」

「そうか・・・・だから君は悲しいんだね」

「?」

「大好きな人達が、大好きな誰かを傷つけていく・・・・・それが怖いと同時に、悲しい」


あぁ・・・・。と、沙世は少年の言葉に納得した。

そうだ、皆大好きなのに、皆傷ついていく。傷つけた人も、傷つけられた人も、相応に悲しい思いをする。
だって、それは望んでいたことではないから・・・・・。望んでやっていることではないくらい、幼い沙世にだってわかる。
大好きな人を、望まないのに傷つけてしまう。それはどんなに苦しく、辛いことだろうか。
そのことを思い、沙世は悲しんで涙する。


「みんな、傷つけていく・・・・傷ついていく・・・・・・・」

「そう、だから悲しい。・・・・・・君は優しいね」

「・・・優しい?」

「うん。だって、君は自分の身を案じるより何よりも、周りの人達を気に掛けている。それを優しいって言うんだよ」

「それじゃあ、お兄ちゃんも優しいね」

「えっ・・・・・」


沙世の言葉に、少年は驚いたように目を見開いた。
意外なことを言われたと、その大きく開かれた瞳は語っていた。
そんな少年の様子などお構いなしに、沙世はにっこりと目の前にいる少年に微笑んだ。


「だってお兄ちゃん、こうして沙世のことを気にかけてくれてるでしょ?それって自分じゃなくて他の人を気にしてくれてるってことだよね?だったら、お兄ちゃんは優しいよ」

「・・・・・・・・・」

「?お兄ちゃん??」


ふいに口篭った少年を、沙世はどうしたのだろう?と仰ぎ見た。
けれど、逆光の為か、少年の表情を窺い見ることはできなかった。

少年は沙世の頭を一撫ですると、徐に立ち上がらせ、ぽんとその背を村の方向へと軽く押し遣った。


「・・・・そろそろ、家に帰った方が良い。じきに夕暮れだ、魔が騒ぎ出す前に早くお帰り」

「お兄ちゃん・・・・・・・」

「今夜は・・・・絶対に家から出ては駄目だよ?
(今夜は満月だから・・・・)

「え・・・・?」

「命は一つしかない。君と、君の大好きな人を思うのなら・・・・
(そして命が大切なら・・・)




            「決して、外へ出ないことだ
(狂った血の宴が始まる―――)




ざあぁっ!と、強い風が唐突に吹いた。

思わず目を瞑ってしまった沙世が次に目を開けた時には、そこにはもう少年の姿はなかった―――。







                        *    *    *







その話が出たのは、昌浩が失踪してから二十日も過ぎた頃であった―――。


「霊脈が・・・・おかしい?」

「あぁ、霊脈が乱れているというか・・・・そう感じられる所が一ヶ所あった」


ここ毎日の如く昌浩を探しに出かけていた比古とたゆらは、今日発見したことを一応神将達に告げた。
霊脈が乱れているなどということは、昌浩の失踪と全く関係ないように思われたが、念のため教えておくことに越したことはないだろうと判断した為であった。


「先の一件が原因か・・・・・?」

「いや・・・・違う。と思う。本当に極々一部の乱れのようだし・・・・・・ただ、その霊脈がこの辺り一帯で一番太くて、力のあるっていうのが問題なんだけどな・・・・・」

「昌浩の失踪と関係がありそうか?」

「さぁ・・・それははっきりと言えないな。何せ近くを通りかかった時に、軽い違和感を覚えただけだしな」


勾陳の問いの言葉に、比古は難しそうに顔を顰めて答える。

昌浩の失踪と関係しているか否か。
それは比古ももちろん考えてみた。しかし、これに関してはどうだとはっきりと言うことができない。
何せその霊脈を遠めに見て、引っかかりみたいなものを感じただけだし、もっと近くへ行ってよくよく観察しなければその違和感の原因もわからないことだろう。
そしてその原因が昌浩に関っているかどうかは、また別の話ということになる。

そう比古が答えると、神将達はそれぞれ考え込んだ。
そして、一番最初に口を開いたのは物の怪姿の神将であった。


「――取り敢えず、その霊脈が乱れているという所に行ってみるか?」

「・・・・いいのか?」


昌浩の行方を追うことで手一杯だろう?というたゆらの言葉に、物の怪はひょんと尾を一振りして答えた。


「あぁ・・・一向に昌浩の行方も掴めないことだしな。もしかしたら、それによって何か手がかりを掴める可能性だって無いわけじゃないんだ。行ってみる価値はあると思う」

「・・・・そうだな。俺も騰蛇のその意見に賛成だ」

「そうね・・・。うん、私も賛成よ!闇雲に探すよりは何ぼかましってもんだわ!」

「我も、そう思う。今は少しでも手がかりがほしい。それが昌浩の行方と関係するかはわからぬが、何もしないよりはいいだろう」


物の怪の言葉に、六合、太陰、玄武と続いて賛成の声が上がる。

本当に、昌浩の行方の手がかりがなくて手詰まりであったのだ。
少しでもその手がかりが見つかる可能性があるのであれば、それに時間を労することも厭わない。

意見が満場で一致したことを確認して、勾陳は改めて比古へと視線を向けた。


「決まりだな。比古、その霊脈が乱れているという所へ案内を頼めるか?」

「あぁ、その場所は覚えているから大丈夫だ。・・・・けどいいのか?もう直ぐ日が暮れる、何だったら明日にでも・・・・」

「いや、今日は軽く下見をして、明日になったらより隈なく調べることにする」

「そっか・・・。だったらこっちだ。山を越えた先・・・・・周囲を山に囲まれた小さな村がある。例の霊脈が通っているのはその辺りだ」

「わかった。では、行こうか」


彼らはお互いに無言で頷き合うと、徐に走り出した。








その小さな村へと向かって―――――――。













※言い訳
はい、久々の更新となります。随分と間を空けてしまって申し訳ないです;;

えっと、初めに謝っておきます。捏造甚だしくてすみません!!
お話の序盤の数行ですが、完っっぺきに!オリジナルな設定に走っています。血に記憶が刻まれているってなんだよ!とか、記憶の名前が天狐ってなんだよ!!とか、色々突っ込みたいところはあるかとは思います。ですが!そこはまぁ二次創作だからってことで軽く流してやってください。
いい加減、主人公を出さないとやばいよなぁ〜と呟きながらお話を書いていました。多分、次こそは昌浩が出てくる・・・・はず、です。(自信なさげだなぁ、おい!)
地道に書き進めていきたいと思います。



2008/2/25