※注) |
白妙の闇を振り解け〜肆〜 |
日は沈み、夜の帳が地を覆いつくしていく。 微かな灯火の光を外へと漏らしている小さな村を、一つの人影が見下ろしていた。 括られることのない長い黒髪は夜気を含んだ風によって宙を踊り、その持ち主である人物の顔を隠している。 くすり・・・。 ふいに微かな笑い声が零れた。 「さぁ、血の宴を始めようか・・・・・・・」 そう言って軽く眇められた瞳の奥には、力強く燃え上がる白き炎が垣間見える。 空にかかっていた雲が晴れ、現れた月がその光で黒髪の人物を照らし出す。 月影によって露になった人影の姿は、まだ少年といって差し支えのない風貌をした子どもであった。 少年は徐に両手を広げると、その身体より強力な妖気を立ち上らせる。 「狂い踊れ、忌まわしき人間達―――!!!」 そして禍々しき気が村全体を覆いつくした―――――。 * * * 「―――っ、なんだこれは!?」 紅蓮達が件の村へと足を運び、まず初めに口をついて出たのはその言葉であった。 神将達と比古とたゆら、そしてこの村へ向かう際に同行を申し出た風音は、赤に染め上げられている村を驚愕の面持ちで見遣った。 目の前に広がる光景は、正に阿鼻叫喚の一言に尽きた。 家々の所々が破壊されて燃え上がり、地面には誰が流したともわからない血が転々と落ちているという惨状の中、人々は混乱を極めていた。 正気を失くしたかのように暴れ回る者、そしてそんな者をなんとかして取り押さえようとする者、暴力の矛先から逃れるために奔走する者―――とにかく、何もかもが滅茶苦茶であった。 霊脈の乱れている地域の下見としてやって来た紅蓮達であったが、予想を大きく上回る光景に一瞬唖然とする。 しかし、そんな状態も一瞬の話で、すぐさま次に起こすべき行動について考え始める。 「っ、私と騰蛇、六合で暴れている者達を何とかする!太陰と玄武は燃えている家の炎を沈静化させろ!比古とたゆら、そして風音はこの村を覆う嫌な気配について調べて欲しい」 「「「「「「「わかった(わ)」」」」」」 咄嗟に判断を下した勾陳の指示に、それぞれが返答を返すと動き出した。 勾陳、紅蓮、六合の三人は混乱する人々の隙を突いて暴れる者を昏倒させる。 玄武と太陰は玄武が水を操って火勢を大幅に弱めたところを、太陰の突風が吹き消すという荒業で鎮火させていく。 そして比古とたゆら、風音達は村全体を覆いつくしている禍々しい気の出所を探すために疾走していた。 「たゆら、本当にこっちから嫌な気配が流れてきているのか?」 「自信はないが、な・・・・・何となく、こちらのような気がする」 「大丈夫、合っていると思うわ。段々と禍気が強くなってきているから!」 そうして幾ばくかもしないうちに、三人はとうとう村の外れまでやってきていた。 「・・・・大体この辺りだとは思うのだが・・・・・」 「確かに、息が詰まりそうなくらいに濃厚な妖気だな」 「恐らく妖か妖気を宿すものか、とにかく妖気の元がどこかにあるはずよ・・・・」 「それはわかるけど・・・・こう気配が強いと・・・・・」 油断なく周囲を見渡す比古達。 ふと、たゆらが足元から漂ってくる強い妖気の流れに気がつき、訝しげに地面へとその鼻先を寄せる。 それと共に更に強くなる妖気を感じ取り、たゆらは二人へと知らせる。 「地面だ!地面の下に、何か妖気を発するものが埋まっている!!」 「!本当か、たゆら?!」 たゆらの言葉を聞き、比古は慌ててたゆらの許へ駆け寄る。風音もその後へ続く。 「ここだ!ここから一番強く妖気が感じられる」 「取り敢えず地面を掘り起こしましょう。きっと妖気を宿した何かしらが出てくるはずよ」 風音の言葉に頷いた比古達は、早速妖気が一番強く漂ってくる辺りの地面を掘り起こした。 程なくして地面から禍々しい妖気を放つ一房の髪の毛が出てきた。 「!これね・・・。どいて、私が浄化するわ」 比古とたゆらに場所を空けてもらった風音は、妖気を放つ一房の髪へと手を伸ばし、小さく呪を唱えた後にその髪へと触れる。 すると、妖気を放っていた髪が突如としてぼっ!と燃え上がり、瞬く間に塵と化して消えていった。 「・・・・これで妖気の元は無くなったわ。後は村中に漂う妖気さえ浄化すれば元通りになるはずよ」 「よし。それじゃあ村中へ戻るか・・・・」 取り敢えず禍気の元を断ったと判断した比古達は、村へと引き返すべく踵を返そうとした。 と、ふいに空気がざわりと大きく揺れ動いた。 「あーあ、見つかっちゃったか」 「「「!!?」」」 幾分か、幼さを含んだ声が暗闇に木霊する。 その声を聞いて、比古達は驚愕に目を見開いた。 この場に第三者の声が唐突に響いたからではない。それがここ最近では聞き慣れた、そして今はその姿を眩ましている探し人の声であったからだ。 「なっ!?」 勢い良く振り返った比古の視界に、人影が飛び込んできた。 人影は暗がりにいて初めはその容貌を判別することができなかったが、その人影がこちらへと歩み寄ってくることでそれは解消された。 月明かりが人影を茫と照らし出す。そして姿を現した人物は―――― 「!昌浩っ!!」 そう、この二十日間ずっと探し続けていた人物――安倍昌浩がそこに立っていた。 漸く見つけることができた嬉しさに駆け出そうとする比古を、たゆらがその身体をもって制止した。 そんなたゆらの行動を、比古は訝しげに見遣った。 「たゆら・・・・?」 「油断するな、比古。・・・・何だか様子がおかしい」 「え・・・?」 警戒の光を双眸に浮かべ、鋭い視線を昌浩に向けているたゆらに、比古は困惑を隠せずにいた。 どうして、たゆらはこんなにも昌浩のことを警戒しているのだろうか? たゆらの言葉を反芻し、比古は改めて昌浩の様子を注意深く窺った。 昌浩は地面が穿たれている場所――妖気を宿した髪が埋まっていた場所まで来るとその歩みを止めた。 「あー、完全に浄化されちゃってるね。酷いなぁ、折角丹念に力を注いだ呪具だったのに・・・・・」 「ま・・・・さひろ?一体何を言って・・・・」 比古は昌浩が一体何を言っているのかわからなかった。いや、わかってはいる。わかってはいるのだが、その意味するところを理解したくないというのが本音だった。 何故なら、村の異変の原因であろう妖気を宿した髪(昌浩はそれを呪具といった)をそこへ埋めたのが、昌浩自身であると言っているように聞こえたからだ。 「おい・・・・あの妖気を纏った髪を埋めたのは、お前なのか・・・・?」 声を低くして問うたゆらに、昌浩は地面に向けていた視線をゆったりと移動させた。 そして、くすり・・・と愉しさを滲ませた笑みを浮かべてたゆらの問いに返答した。 「そうだよ?でも、君達が浄化しちゃったからね。これじゃあ完全に狂い殺せないね」 まだ、一人も狂い殺せてないのに・・・と、酷く残念そうに言う昌浩を、比古は愕然とした面持ちで見遣った。 これは誰だ。 その思いだけが比古の胸中を一杯にする。 今、目の前にいる人物は紛うことなき昌浩だ。見た目も、口調も、態度も何も変化はない。 しかし、その昌浩の口から紡ぎ出される言葉が、常の彼ならば絶対に口にしないようなものであることに大きな違和感を覚える。いや、これは違和感などという生易しいものではない。明らかに異常と呼べるものだ。 気がついたら、比古は大声で叫んでいた。 「お前っ!何を言ってるんだ、昌浩!!」 思いのほか大声で叫んだというのに、昌浩はきょとんとした表情を作るのみである。 そして、次に昌浩の口から紡がれた言葉に、更なる衝撃を受けた。 「昌浩?それは誰のこと??」 「なっ?!」 まるで初めて聞いた名だとでもいうかのように、不思議そうに首を傾げる昌浩。 そんな昌浩を見て、比古は二の句を次げなくなってしまった。 と、比古に変わって口を開いたのは風音であった。 「安倍昌浩。これは貴方の名前でしょう?まさか忘れたなんて言ったりしないわよね?」 「安倍、昌浩・・・・ね。知らないなぁ。だって、俺の名前は別にあるし」 「別の、名前・・・・・?」 風音は昌浩の言葉に怪訝そうな表情をした。 目の前にいる人物は安倍昌浩に違いない。だというのに本人はその名を否定し、あまつさえ別の名があると言う。一体何が彼の身に起こったというのか。 「そう、別の名前。そうだね、ここで名乗っておくのも礼儀か・・・・・・・・・我が名は天狐。この身に流れる血の名であり、この身に宿る魂の名だ」 突如として昌浩の口調が変わる。 それと同時に彼の身体より強烈な妖気が立ち上る。その妖気は先ほど風音が浄化した髪に宿っていた妖気と全く同質のものであった。 徐に持ち上げられた瞼の下から現れたのは銀灰色の瞳。 そしてそこに宿るは白き炎であった――――――。 ※言い訳 うわぁー、これまた久々の更新となります。随分と間を空けてしまってほんと申し訳ないです;; やっとこさ続きをUP。色々企画ものが溜まっていますが、取り敢えずこちらのお話を完結させようと思います。 今回は比古と風音の出番が多かったと思います。普段は私の書く小説の中にあまり登場しないキャラクターの二人ですので、今回沢山書くことができて嬉しかったです。 さて、今回漸く昌浩が登場しました!!まともに描写されるのは本当に久々ですね〜。 現在病院実習にてほとんどお話を書くことができずにいますので、「・・・・あれ?昌浩ってこんな話し方だっけ??」と自問自答しながらお話を書いていました。多少原作と差異があってもお許しください;; で、軽く説明を加えたいと思います。 このお話の設定、いまだにきちんと明かされていないので、お話を読んでいて「ん?」と思われる方は多いでしょう。そこの細かい説明は次回のお話で明らかにします。 しかし、ここで説明を加えるとしたなら、このお話は天狐の血に呑まれる=死ではなくて、天狐化するという解釈(もとい設定)のもとに書かれたお話だということです。 比古、昌浩を元に戻すのが大変そうだな〜と思いつつ、それを書かないといけないのは自分じゃん?!と自分へ突っ込みを入れつつ書いてますね、はい。 次回はそう時間をあけることなく更新すると思います。 2008/7/13 |