※注)本編の流れではどうなるかはわかりませんが、このお話では果て無き誓い(略)後、じい様達は先に都に戻り、昌浩とその護衛についた神将数名のみがいまだに出雲に残っている設定です。









白妙の闇を振り解け〜伍〜












「天狐って・・・・・それは種族の名でしょう?それは個を指す名ではないわ」


喉が渇きを覚える中、風音は努めて冷静に言葉を返した。

目の前にいるどこか幼さを残している子どもは、確かに安倍昌浩だ。
しかし、彼の身に纏う濃厚な妖の気配は風音や比古の知る昌浩とはかけ離れた存在であった。
その確たる証拠が彼の瞳。常は茶みを帯びた黒である瞳は、今は銀灰色へと変じている。

風音の言葉を聞いた昌浩は、くすりと微かな笑みを零した。


「確かに、天狐は種族の名だ。けど、それだけじゃない。天狐とはその血筋であり、魂であり、そして歴史だ。親から子へ、脈々と受け継がれるもの。血脈に生ける歴史書、それが”天狐”だ」

「生ける、歴史書?一体どういう意味なんだ・・・!」

「そのままの意味だよ。例え当の本人が知らぬ一族の過去であっても、その身に流れる血が全て覚えている。一族の喜びも、悲しみも・・・・全て余すことなく、ね。だから憎いんだよ、欲に塗れた醜い人間がっ!!!」

「「っ!!?」」


瞬間、昌浩の身に纏わりついていた妖気が一気に爆発した。
比古と風音はあまりにも急なことに思わず息を詰めた。


「この胸の内を焦がす憎悪の炎、晴らさないと気がすまない!・・・・そう、あの村の人間共を全員狂い殺してやらなければならないほどにはね!!」


昌浩がそう叫んだ瞬間、白炎が昌浩を中心に一気に膨れ上がった。
比古達の視界一杯に白色が広がる。
白炎が収まる頃、そこには既に昌浩の姿はなかった。


「なっ!いない!?」

「っ!きっと村へ向かったのよ!急いで戻りましょう!!」

「あぁ、そうだな!」


そうして、消えた昌浩の姿を追って、比古と風音、たゆらは急いで村へと引き返すのであった。







                        *    *    *







視界を白が覆い尽くす。





右を見ても左を見ても、上を見ても下を見ても全てが無垢なる色で塗り潰されている。



ここはどこなのだろう?という呟きは音を成さない。

それ以前に自分が誰なのか、それすらもわからない。

思い出そうと巡らす思考の端から白が蝕み、その意識さえも奪い去っていく。




何も考えるな。

白き世界に燃え上がる焔が意識に直接囁きかける。




何も考えるな。お前はただ血の示すままに在ればいい・・・・・・・。

姿無き声はそう言って己を包み込んでくる。





あぁ、早く帰らなければ。




一体何処に?という疑問を浮かべる間もなく、意識は再び白き闇の底へと沈んでいった――――。







                         *    *    *







一方、混乱を極める村中にて、脚力村人達に気づかれないようにしながらも救出活動を行っていた神将達は、こちらへと物凄い速さで近づいてくる強力な妖気を察して素早く身構えていた。

ごうっ!!という吹き荒れる風と共に、その妖気の持ち主は姿を現した。


「―――なっ!?ま、さひろ!!?」


強大な妖気をその身から発していようと、身に纏う衣が狩衣や生成りでなく、自分達の身に纏っているそれに近しいものになっていようと、それは間違いなく彼らが探していた子ども―――安倍昌浩であった。


「っ、昌浩!!」

「それは誰の名?我が名は天狐。それ以上でもそれ以下でもないっ!!」


慌てて昌浩の許へと駆け寄ろうとした紅蓮を、昌浩は妖気を放ってその場へと押し止める。


「ちょっと、一体どうしちゃったの昌浩!?」

「わからぬ。昌浩の身に何かあったのであろうが・・・・・」


常と変わらぬ態度でこちらへと攻撃してくる昌浩の姿に、太陰達は狼狽の表情をその顔に浮かべる。

と、昌浩の様子を注意深く観察していた紅蓮は、昌浩の瞳に宿る白き炎に気がつき、一気に表情を険しいものにした。


「くっ、まさか天狐の血が暴走しているのか?」

「その可能性は大きい。何せ先の八岐大蛇の件であれはかなり無茶をしたからな、血の抑制が緩くなったのかもしれない」

「えぇっ!?それってもしかしなくても、とっても不味いんじゃないの?!このまま暴走したら命だって――!」

「その心配はないよ」

「「「「「!!?」」」」」


昌浩の身を案じる太陰の言葉に対し、簡素に返された昌浩の言葉に神将達全員が驚いたようにその言葉を紡いだ本人へと視線を集めた。
そんな神将達の視線をものともせず、昌浩はうっそりと嘲笑じみた笑みをその口元に浮かべた。


「確かに、この身体は人の身だけど・・・・でも、それも時間の問題だよ。天狐の血が覚醒した今、この身は人から天狐のものへと書き換えられる。――つまりは、完全な妖になるってことだね」

「なっ!馬鹿な!!天狐の血に目覚めれば、その血が魂を蝕んで死んでしまうのではなかったのか!!?」

「それは血が暴走した場合でしょ?ただ血が目覚めて暴走するのと、天狐として覚醒するのでは話が違うんだよ」


昌浩はそう言って己の手を徐に持ち上げる。
それを合図に、昌浩の身から先ほどとは比べ物にならないくらいに強い妖気が立ち上る。妖気は白い炎という形で視化できるほどに濃厚なものであった。
しかし、当の昌浩本人は力を使うことで苦痛を味わうという今までの反応は見せず、至って平然としている。


「どう?お前達は天狐の血について少しは知っているようだけど・・・・。天狐として覚醒すれば血が魂を苛むことはない。だって、身体も魂も人から天狐になるんだからね。血が宿体を蝕むことはなくなるってこと」


そもそも、人の器には収まらぬほどに甚大な力だからこそ、器は耐えかねて悲鳴を上げるのだ。
つまり、器がその力を受け止めることができるだけのものとなれば、その血が暴れるということもなくなるのだ。


「・・・・おい、魂も天狐化すると言ったな?それでは昌浩は・・・人としての魂は一体どうなる」

「もちろん消えるよ。・・・いや、消えるっていうのは正しくないか。天狐としての魂に取り込まれて一つになるんだよ。人であった頃の人格はそのままに、この身は今世で唯一の天狐となる」

「っ!そんなことはさせない!!」

「へぇ・・・どうやって?最早この身と魂は天狐のものだ。一体如何するというのだ、神に席を置くものよ・・・・・・」


徐々に口調が変わっていく昌浩。それと共に表情の雰囲気も異なり、空気を圧する妖気の強さもいや増した。
昌浩は鋭い視線を向けてくる紅蓮を見遣り、口の端を吊り上げた。それは冷笑と呼べるほどぞっとするような笑みであり、昌浩が浮かべるような笑みでは決してなかった。


「とうとう本性を現したわね!!」

「うむ。先ほどよりも一層妖気の強さが増したな・・・・」


雰囲気のがらりと変わった昌浩を見て、太陰は険しい表情を浮べながらびしりと昌浩へ指先を向ける。
そんな太陰の言葉を聞いて、昌浩は更に笑みを深く冷たいものにした。


「本性と言われてもな・・・先ほどまでの人格とて確かに我なのだぞ?今は天狐としての意識が強いが、人であった頃の我も確かに我であるのだ。人としての生で築いた人格が表に出るか、この血に宿る天狐としての人格が表に出るかの違いであるだけであって、大差はないのだぞ?」

「大有りよ!昌浩は昌浩よ!あんたじゃないわ!!どんなに口調や仕草が同じでも、心の在り様が違うでしょうが!!」

「我も太陰の言うことに同意見だ」

「あぁ、太陰の言う通りだ。お前は俺達の知る昌浩という子どもではない」

「全くだな。昌浩という人の意識を他へ追い遣り、その代わりに表へと出た天狐という存在でしかない」

「つまり、俺達にとって貴様は昌浩の身体を乗っ取り、操っている悪しきものでしかない。だから、貴様から昌浩を取り返す!!」


口々に言葉を紡ぐ神将達。しかし、そんな彼らに昌浩もとい天狐は酷薄な笑みを浮かべた。


「ほぅ?して、どうやって取り返すと言うのだ?我はこの身に流れる天狐の血だぞ?この身体より切って取り捨てることなど叶わぬ。それともこの身より全ての血を抜いてみるか?ははっ!そんなことをすれば意識がどうのという以前にこの身体が出血により死んでしまうがな!!」


言外に、己をこの身体から追い遣ることはできないのだと天狐は紅蓮達に告げる。
哄笑を上げる天狐を見て、神将達は悔しげに顔を歪める。

相手が妖や霊といった存在であれば、昌浩の身体から追い遣る術はあるのだが、その身に流れる血を媒介にしているものであれば手の出しようがない。
しかし、昌浩を助けるためにはそれを何とかせねばならないのだ。
それでなくば、昌浩は天狐と化し、二度と自分達の許へは帰ってこないだろう。


「ふっ・・・できぬことは口にしないことだな。・・・・・・さて、随分と時間を取られた。そろそろ当初の目的を果たさせて貰おうか」

「当初の・・・目的だと?」

「彩輝!!」


天狐の言葉を聞いて神将達は訝しげな表情を作る中、どこか切羽詰ったような声が遠くより響いた。
声のしてきた方へと視線を向けると、風音と比古、そしてたゆらがこちらへと駆け寄ってくる姿が見えた。


「風音・・・・・?」

「その子を・・・・昌浩を捕まえて!!村人を狂わせる呪詛を放っていたのは、その子なのっ!!」

「なんだと!」


あまりの言葉に愕然と眼を見開く神将達。
その隙に天狐は己の髪に手をやり、ぷつりと何本か抜き放った。
放たれた髪一本、一本に強力な妖気が宿っており、それは重力に従って地へと落ちた。


「この地に眠る怨嗟よ・・・・・・我が力を持って今一度形を成し、生あるもの達を喰らい尽くせ!!」


その言葉を合図に、地面の底から黒い瘴気が立ち上った。
瘴気は放たれた髪の毛一本一本に宿り、霧状のそれから確たる形を成していく。

あっという間にかなりの力を持った歪な形をした妖が数体出来上がった。






「行けっ!!」






鋭く放たれた声を受け、妖達は一斉に地面を蹴った―――――。













※言い訳
あははっ!終わらなかった・・・・・・・・。今回で終わらせたかったんですけどね・・・・天狐とは何かという説明を細々と入れていたらかなり長くなってしまって・・・・。といいますか、脳内設定のそれを上手く文章化することができず、かなり苛立っていました。きっと、伝えたかったことの半分も伝えられていないのではないかとおもったり・・・・・。
あぁ、文才が欲しいです。切実に。

次でお話を完結させます。(言い切った!?)
このお話はフリーですので、ご自由にお持ち帰りください。

2008/7/21