※注) |
白妙の闇を振り解け〜碌〜 |
「はぁっ!」 鋭い掛け声と共に、生み出された妖を十二神将達は次々に屠っていく。 切り伏せられ、塵へと返っていく妖を、昌浩――もとい天狐は冷徹な眼差しで見遣った。 「ほぅ・・・やはりこの程度の妖では相手にもならないか・・・・・・」 「貴様っ、一体どういうことだ!この村の者達に呪詛を掛けていたとは?!」 きっときつい眼差しを向けてくる紅蓮に、天狐はうっそりと笑い返した。 「そこの女の言うとおりさ。我がこの村人に呪詛を掛けていたのさ。まぁ、それも先ほど浄化されてしまったが・・・・・・。狂わすには四つ辻、殺すには宮の下に呪具を埋めるという方法がある。そして我が呪具を埋めたのは村の外れにある四つ辻―――」 「・・・・つまり、この村人を狂わそうとしたのか?」 「その通り!刹那的な死ではなく、終わりの見えぬ狂気に苦しむ様は見ていて実に愉快であったな」 「なっ!」 いくら意識は紅蓮達の知る昌浩ではないといえども、その口から普段の昌浩であれば決して口にしないような言葉を聞いて、紅蓮達は一瞬言葉を失くす。 「何故だ・・・・・・」 ふいにぽつりと声が落とされた。 その声の主は寡黙な神将――六合であった。 「何故、村人を苦しめようとする?」 「何故?――憎いからだ!我は人間など嫌いだっ、虫唾が走るほどになっ!!特に、この村の人間達を見ていると腸が煮えくり返りそうだ!!!」 その銀灰の瞳に憎悪の光を宿して天狐は叫ぶ。 彼の感情の高ぶりに呼応して、ゆらりと白き炎の影が立ち上る。 それに合わせて今は括られていない長い黒髪も、妖気の放出に合わせてざわりと揺れた。 「特に?・・・この村の者達はお前に何かしたというのか?」 ふと、先の天狐の言葉で気になるところがあった勾陳は、素直に疑問を口にした。 『特に』などと形容するのだから、それなりの理由があるはずである。 勾陳のそんな考えを読み取ったのか、天狐は大きく頷いて勾陳の疑問を肯定した。 「そうだ。でなくばこれほどまでに憎悪の心を抱くことなどできようはずがないだろう?ここの村人共は我ら天狐一族を追い遣った!有無も言わさずになっ!!」 「追い遣った?」 「あぁ・・・・・遥か昔、まだこの地に人の村ができていなかった頃、ここには我ら天狐一族が住んでいた」 『!!?』 「我ら一族は静かに暮らしていた。・・・・だというのに、人間共はそんな我らの暮らしを踏み躙るかのようにそれなりの頻度で我ら一族に襲い掛かってきた!」 天狐は忌々しげな表情を浮かべながら過去を振り返る。 外へ干渉せず、ひっそりと生を送っていた天狐一族。 しかしそんな彼らを、人間達は放っておかなかった。 一族の天珠目当てに命を刈ろうとする者 天狐を狩って名声を上げようとする者 何もしていないというのに彼らの存在に怯え、害あるものとみなして屠ろうとする者 そして人間達はとうとう天狐一族をこの地から追い遣った。 もともとあまり数の多くない天狐達は、更にその数を減らしながらもこの地より生き延びた。 「人間など身勝手で浅ましく、忌々しい者ばかりだ!!我らが何をしたという?!ただこの地で生きていただけではないか!!この地に人が生きるのは良く、妖であれば駄目などと、そのような考えは傲慢というものだ!!!」 「確かにっ、言い分は分からなくもない!しかし、それは昔の出来事なのであろう?!今この地に生きる者達には何の関りも―――」 「黙れっ!そのようなこと、言われずとも分かっている!!だがこの憎しみ、奴らにぶつけなければ気が晴れぬ!!」 そう叫んだ天狐は、村を破壊すべく強大な妖力を練り上げる。 ――と、その時、天狐の前に小さな影が飛び出してきた。 「お兄ちゃんやめて!!!」 そう叫んで天狐の前に身を踊りだしたのはまだ押さない子ども。 その子どもは以前村外れにある小川で泣いていた沙世という名の子どもであった―――。 「なっ!子ども!!?」 「しまった!気づかなかった?!」 天狐の前に無謀にも立ちはだかる子どもに、神将ならびに比古達は動揺した。 そんな彼らの反応を尻目に、天狐は冷ややかな眼差しで沙世を見下ろした。 「子ども、邪魔立てするな。・・・それともお前から屠ってやろうか?」 「お、おねがいっ!沙世は、どうなってもっいいから!こ・・・これ以上、みんなをいじめないで!!」 必死に言葉を紡ぎ、沙世は縋りつくように天狐の纏っている衣の裾を握り締めた。 そんな危険極まりない行動に出る沙世を見て、他の者達ははっと息を呑む。 まずい、このままではあの子どもが危ない!! 神将達が駆け出すよりも早く、天狐が衣の裾を握る子どもの手を素早く掴み取っていた。 「邪魔だと言っているのがわからないのか、子ども。どのように請い願われようとも、我の意志が覆ることはない」 天狐はそう言い捨てると、ぐっと沙世の手を握る手に力を込め、衣から引き剥がそうとする。 しかしその動きもふいに止まる。 沙世の手を握る手に、生暖かい雫が零れ落ちたからだ。 天狐は思わずぴくりと手を震わせたが、それも一瞬のこと。気を取り直し、再び沙世の手を引き剥がす行動に取り掛かる。 とその時、唐突に横合いから伸ばされてきた手がそんな天狐の行動を阻んだ。 天狐は己の行動を阻むその手の持ち主を睨め付けると、低い声で一言言葉を紡いだ。 「放せ」 「断る」 間髪入れずに帰ってくる拒絶の言葉。 天狐はそれを聞いて忌々しげに舌打ちをした。 「放せと言っている」 「だから断る。昌浩、お前は一体何をやってるんだ?こんな小さな子にまで手を出そうとして・・・・」 天狐の腕を捕らえて放さないのは比古であった。 比古は天狐――昌浩の眼を真っ直ぐと見据え返し、至極冷静な態度のまま言葉を紡ぐ。 天狐はそんな比古の言葉に不愉快げに眉を寄せて言葉を返す。 「だからそれは我の名では・・・・」 「誰がお前のことを呼んだ?俺は昌浩に話しかけているんだ。・・・なぁ、昌浩。これが本当にお前が望んでいることか?人を狂わせて、それを愉しんで、そして今は小さな子どもに乱暴を働こうとする。これはお前が望んでやっていることなのか?」 「貴様っ!」 「答えろ!小さな子どもを泣かせてまでお前は何をやっている!安倍昌浩!!」 比古の大声に反応してか、昌浩の身体がびくりと大きく震えた。 すぅっと、銀灰色が薄れ、本来の色彩が昌浩の瞳に戻ってくる。 その唇が微かに震えた。 「・・・・だ、れ・・・・・?」 「!昌浩っ、俺だ!比古だっ!!」 「ひ・・・こ・・・・・・比古・・・・・あぁ、比古。俺は・・・・・・・・・」 「昌浩!良かった、元に戻ったんだな?!」 いまだどこか茫洋とした目線であるが、己へと向けられる確かな昌浩の意思に比古は嬉しさに顔を綻ばせた。 しかし、それは昌浩が首を微かに横に振ったことですぐに奥へと引っ込められた。 「だめ・・・だ。天狐の、意思の方がっ強すぎて・・・・・・・」 「!昌浩っ、しっかりしろ!!」 「昌浩?それは、俺の名前??・・・・・・だめ、思い出した先から、全部持ってかれて・・・・・」 「おいっ!昌浩!!」 宙を彷徨う昌浩の視線は、ふいに沙世に止まった。 そして昌浩の眼が微かに見開かれる。 「き、みは・・・・・・・駄目じゃないか、隠れてないと・・・・・・・・言ったのに・・・・・・・・」 「・・・・お兄ちゃん?・・・・・・」 「・・・・・・・比古・・・・ひこ・・・お願いだ、俺を―――――」 ふいに昌浩の言葉が途切れる。 慌てて顔を覗き込もうとした比古を、昌浩が力いっぱい突き飛ばす。 「―――っ、全く無駄な足掻きを・・・・・・お前は我の意思に従っていればいいのだ」 「昌浩!」 「煩いっ!その名を口にするな!!!」 「くっ!!」 昌浩――天狐は再び銀灰色に戻った瞳を苛立たしげに眇め、比古に向かって妖気を放つ。 比古はそれを咄嗟に横へ飛び退くことで避けたが、肝心の昌浩と距離を空けてしまった。 「くそっ!折角元に戻ったというのに!!」 「何とかして元に戻せないの?!」 比古と昌浩との遣り取りを固唾を呑んで見守っていた神将達は、再び天狐の意思が表へと出たことを察して悔しげに顔を歪めた。 「・・・・もしかしたら、元に戻せるかもしれないわ」 「!!本当か?風音!?」 ふいに零された言葉に、神将達の視線は風音に集中する。 そんな彼らの視線を受け、風音はこくりと頷いた。 「えぇ・・・さっき昌浩は天狐の意思が強すぎてと言ったわ。なら、その血を抑え込んでしまえばその意思というものも抑え込めると思うの。そうすれば昌浩の意識が表へと出られるはずよ」 「だが、血を抑え込むなどどうすればいいのだ?我々にはその様な真似は・・・・・」 方法はわかった。しかし肝心の手段が思いつかず苦い表情をする玄武に、風音は凛とした声で告げた。 「私がやるわ」 「!風音!!」 「私は道反大神の娘よ。一時期だけなら私の力で天狐の血を抑え込むことができるわ!」 「風音・・・・・・・・すまない。頼んでもいいだろうか?」 「えぇ、構わないわ」 静かに目線を向けてくる勾陳に、風音はしっかりと頷いてみせた。 と、ふいに風音の肩に微かな重みと温もりが重ねられた。 「風音・・・・・・・・」 「!彩輝・・・・。大丈夫よ、この間みたいに痛みを肩代わりするわけではないわ」 「すまない・・・・」 「いいのよ。これは私が自分の意思で決めたことなんだから」 「・・・・・・わかった。だが、無理はするな」 何もすることができない己に悔しさを感じつつ、六合は風音を静かに見つめた。 そんな六合に、風音は微笑を返し、次いで真面目な表情をその顔に浮かべた。 「私が天狐の血を抑えるのはいいわ。でも、それだけでは足りない・・・・昌浩の意識を完全に呼び戻さないと、また先ほどみたいに天狐の意識が表へと出てしまうわ」 「なら!俺があいつの意識を呼び戻す!!」 「比古?」 「この前の件であいつは俺の意識を呼び戻そうと何度も俺のことを呼んでくれたと聞いた。なら今度は俺があいつを呼び戻す番だ」 静かながらも確固たる意思を宿した比古の眼差しを見て、紅蓮は微かに息を吐いた後、苦い表情を浮かべつつ縦に首を振って了承した。 「・・・・わかった。なら俺達は昌浩の動きを封じることに専念するとしよう。・・・二人とも頼んだぞ」 「ああ!」 「えぇ!」 紅蓮の言葉に二人はしっかりと頷いて返した。 「・・・・・一体何をごちゃごちゃと相談している?」 「それは・・・貴様から昌浩を助け出すための相談だ!」 「なっ!貴様、放せ!!」 「断る!いい加減、昌浩を返してもらおうか!!」 一瞬の隙をついて身動きを封じられた天狐は、紅蓮の戒めから逃れようと激しく抵抗する。 それに合わせて、彼より放たれた妖力による攻撃を残りの神将達が防いだり打ち消したりする。 無論、天狐自身を押さえ込んでいる紅蓮は天狐との距離があまりにも近すぎてもろに攻撃を浴びてしまっているが、それでもその戒めを解くような真似はしなかった。 その間に己の気を高めていた風音は、その高まりが最高潮に達すると天狐との距離を一気に詰めた。 「なっ!?」 「はあぁああっ!!!」 驚愕に眼を大きく瞠る天狐をよそに、風音はその額に手を触れると己の力を昌浩の身体へと注ぎ込んだ。 「こ、この力は・・・あの忌々しい玉の力と同じ!?くそっ、放せ!放せえぇええええっ!!!」 「比古!!」 「わかってる!昌浩!聞こえるか昌浩っ!戻って来い!!!」 風音によって注ぎ込まれる力に対し、激しい抵抗をみせる天狐などを気にすることなく、比古はただひたすらに昌浩へと呼び掛けた――――。 ――――っ!―――ひろ! ・・・・・・・?声が聞こえる。 ―ま――ろっ!まさ――ろ!! 誰だろう?必死に・・・・呼んでるの?? ―まさ・・ひろ!まさひろ!! まさひろ?それは誰の名前だっけ・・・・・。 まさひろ!昌浩!!聞こえているなら返事をしろ!! まさひろ・・・・・昌浩。あぁ、思い出した。 昌浩は――― 俺の名前だ。 瞬間、光が弾けた。 視界を覆い尽くす白が物凄い速さで晴れていく・・・・・。 それと共に戻ってくる色彩。 あぁ、何で今まで思い出せなかったのだろう。 『昌浩!!!』 この声は 己の名を必死に呼ぶ声は――――― 「比古だ」 呟きと共に、白き枷が粉々に砕け散った。 「ぐ、ああぁああぁぁぁぁっ!!!」 風音によって力を注ぎ続けられていた天狐は、一際苦しそうに叫び声を上げると、徐々に抵抗を弱めていった。 ふつりと、叫び声が途切れた。 それに合わせて昌浩の体からがくりと力が抜けた。 それまで荒れ狂っていた妖気は完全になりを潜め、僅かに残っていた残滓も程なくして風に溶け去っていった。 しばらくの間沈黙が流れる。 と、昌浩が微かに身じろぎをした。 その場にいた全員が息を詰めて見守る中、昌浩は閉じていた目をゆっくりとした動作で開いた。 果たして、持ち上げられた瞼の下から現れたのは見慣れた黒の瞳であった。 「っ、昌浩!!」 「・・・・比古。ありがとう、名前を呼んでくれて・・・・・・」 昌浩は掠れた小さな声でそう言うと、弱々しいながらも穏やかな笑みをその顔に浮かべた。 それは実に二十日ぶりに見る、昌浩本来の笑顔であった。 「おかえりっ!昌浩!!」 誰もが皆、喜びと共に彼の名を呼んだ。 山の端より出でた朝日が、彼らを静かに照らし出していた――――――。 〈完〉 ※言い訳 お、終わった・・・。何とか宣言通りにお話を完結させました!! 如何だったでしょうか?私としてはかなりお話の内容を端折りましたので、随分と穴の開いたお話になってしまったのではないかと冷や冷やしているのですが・・・・。 天狐さんの細かい設定とかあまりいらなかったような気がひしひしとするのですが・・・・まぁ、私としては頑張って書いたと思います。 今回、かなり捏造度の高いお話となってしまったので、皆さん話の内容を読み取るのに苦労したのではないかと思います。そこの所はかなり申し訳なく思っています。自分としても途中で何を書いているのかさっぱりに・・・(ヲイッ!?)かなり混乱しながら書き上げたので生かしきれなかった設定部分も多くあったような気がします。天狐さんとか沙世ちゃんとか・・・・・。 まぁ、今回は比古を(あとは風音!)前面的に出して書けたと思うので、そこは個人的に満足しています。 神将達がほとんど空気扱いになってしまったのは申し訳ないのですが、今回のリクの内容では比古がメインなのでご容赦ください・・・・。 というわけで、フリー小説なので気が向いた方はどうぞお持ち帰りください。 2008/7/27 |