※注)本編の流れではどうなるかはわかりませんが、このお話では果て無き誓い(略)後、じい様達は先に都に戻り、昌浩とその護衛についた神将数名のみがいまだに出雲に残っている設定です。









白妙の闇を振り解け〜壱〜
















じわじわと広がっていく白。




それはありとあらゆる色を己が色へと塗り潰していく。




消えていく。何もかもが。




全てが、その無垢な色へと取り込まれていく――――。









「―――昌浩!」


ふいに己の耳朶に届いた声に、昌浩は閉じていた瞼を徐に持ち上げた。

明けた視界には、穏やかな陽光が降り注いでいる森の景色と冴え渡る青を湛えた空が映った。
昌浩が居る場所は見晴らしの良い崖の上、比較的足場のしっかりしている所であった。
ゆったりとした流れで吹き抜けていく風に髪を遊ばせながら、昌浩は声の聞こえてきた方へと視線を向けた。
その視線の先には灰黒色の狼――たゆらを連れた比古の姿があった。


「比古・・・・・それにたゆら」

「ここに居たのか。探したんだぞ?神将達にお前の居場所を聞いても知らないって言うしな」

「だろうね。皆に内緒でここに来たんだし・・・・・。ごめん、探させちゃったんだよね?」

「別に。すぐに見つかったしな」

「とか何とか言っているが、物凄く心配顔で探していた」

「なっ、馬鹿なこと言うなよたゆら!」


至って平静な表情を取り繕って言葉を返していた比古の隣で、たゆらがあっさりと真実をばらしてしまった。
もちろん、本当のことを言われて慌てるのは比古。しかしそんな比古の様子などお構いなしに、たゆらは明後日の方を向いて「事実だろ?」としれっとした態度で止めの言葉を紡いだ。
事実なだけに反論もできず、うっと言葉に詰まる比古。
そんな彼らの遣り取りを見て、昌浩はくすくすと楽しげに笑いを零した。


「・・・・・・・・笑うなよ、昌浩」

「(くすくす)・・・・ごめん。でも、二人の遣り取りを見てるとつい、ね」

「お前と白い物の怪の姿をした十二神将の遣り取りだって似たようなものだろうが」

「そう?」

「そうだ」


笑われたことに些か不機嫌顔になる比古。
昌浩はそれに更に笑いの衝動が起こるが、そこは何とか堪えた。
が、そのことは空気で何となく察せられたらしく、比古の顔は一層憮然としたものとなり、とうとう顔を背けられてしまった。
昌浩はそれに「しまった・・・・」と内心で苦笑を零しつつも、彼に声をかけることにした。


「比古?比ぃー古!」

「・・・・・・・」

「比古!・・・・・・もぅ、瑩祗(あつみ)比古ってば!」

「―――なんだよ」

「はぁ・・・。俺が悪かったって。もう笑わないからさ、機嫌直してよ」


最近、漸く見せてくれるようになった少年っぽさの残る仕草に嬉しさを感じつつ、昌浩は比古と向かい合った。

比古。瑩祗比古。
昌浩にとって友と呼ぶことができる初めての人物。
昌浩は今まで己の年に近しい者と対峙する機会がなかった。
それは彼の特殊な家柄の所為でもあったし、彼を取り囲む人達の顔触れでもあり、また彼の位置づけがあの晴明の後継者であることも要因の一つであるのかもしれない。
とにかく、様々な原因によって昌浩は同年代の者達との交流が疎遠であった。
かと言ってそれに不満があるわけではない。ないのだが、やはり気安く話せる間柄の外部の者がいないということに一抹の寂しさを覚えないわけでもなかった。
元服より以前はあまり邸の外へ出ることはなかったし、またそれ以降は陰陽寮での仕事に追われてそのような機会に恵まれずにきたのだから、この地で彼と出会うことができたのは僥倖なことであった。


「・・・まぁ、こんなことで一々腹立てても仕方ないからな。それよりもお前だ昌浩!」

「う、うん。何?」

「睡眠!・・・・・あんまり取れてないんだろ?顔色が悪い」

「っ!そんなことは・・・・・・」

「ないなんて言うなよ?目の下に隈を作りながら言っても説得力の欠片もないからな」

「・・・・・・・・・」


昌浩は比古の指摘の言葉に、ついと視線を逸らした。
しばしの間、沈黙が流れる。
が、その沈黙も昌浩が逸らしていた視線を比古へと戻すことによって終わりを告げる。


「あ〜・・・・わかる?」

「あぁ。ばっちり目の下に出てるからな。・・・・・・・・どうした、何か困りごとでもあるのか?」


良かったら聞くぞ?と、比古は真摯な眼差しを昌浩へと向けてくる。
昌浩はそんな比古の気遣いを有難く思いつつ、少しだけ困ったように眉の端を垂れ下げた。


「困りごとって言える困りごとはないんだけどね・・・・・ちょっとだけ、夢見が悪いみたい」

「みたい?」

「うん。俺自身、その夢の内容を覚えてないんだ。けど、何となく良い夢じゃないってのはわかる。ただそれだけなんだ」


そう、昌浩はここ最近夢見が悪くて碌に睡眠時間を取れずにいた。
しかも夢見が悪いといってもそれは悪夢というはっきりとした形にはならず、「何となく嫌な感じ」程度に留まっており、じわじわと真綿で首を絞めていくようなそんな不快感を伴うものであった。


「ふーん。それっていつから?」

「さぁ、どうだろ?俺自身自覚はなかったから何とも言えないけど、ここ三日はそんな調子だったみたい」

「だったみたいって・・・・・。それ、お前自身のことなんだろ?そんな他人事みたいに言うなよな」

「あははっ!でも本当にこればかりは何とも言えないんだよね。もしかしたら今までずっと見てきたのかもしれないし、ここ三日ばかり見始めた夢なのかもしれない。・・・・・そんな曖昧さなんだ」

「・・・・・そうか」


これ以上追求しても明瞭な答えは返ってこないと判断した比古は、その話題をそこで打ち切ることにした。
が、この判断を比古は後に後悔することになる。




あの時もっとよく話を聞いておけば良かったと・・・・・・。








意を決した比古は、すたすたと昌浩に歩み寄りその腕を引っ張り上げて昌浩を立たせ、そのまま昌浩の腕を引いて歩き始めた。


「え?え?比古・・・・?」


比古の突然の行動に面食らった昌浩は、困惑の表情を前面に押し出しながら疑問の言葉を紡いだ。
しかし比古からは返事が返ってこない。
助けを求めるように彼の足元にいたたゆらに視線を向けるが、彼も比古の考えを察したのか黙って彼の隣を歩いている。
が、このままわけもわからず行動を起こすことに戸惑いが生じるので、昌浩は今一度比古に問いかけた。


「比古、どこに行くんだ?」

「ん?どこって決まってるだろ?」

「へ・・・・?」

「睡眠が足りてないんだろ?昼寝をしにいくぞ」


俺がとっておきの所に連れてってやるよ。

比古はそう言って笑みを浮かべると、「ほら行くぞ」と急かすように昌浩の腕を引いた。
昌浩はそれに慌てたように頷くと、歩みを速めて彼の隣に並んだ。



そして二人と一頭は仲良く談笑しながら、森の中へと消えていった―――。











                       *    *    *










目覚めさせろと白が足掻く。




その抗いの力は強く、楔は徐々にぼろぼろと崩れていく。




熱が想いを焦がしていく。




鮮やかな彩りが、虚無の白に侵食されていく。






「い・・・・・やだ・・・・・!」


食い潰していくなと、心が悲鳴を上げる。
しかし白の侵食は止まらない。止まるどころかその食(は)む速度を上げてその悲鳴さえも飲み込んでいく。

どくり、どくりと心臓が脈動し、激痛などと表現するには生易しい痛みが全身を駆け巡る。


『拒むな・・・・・・』


ふいに脳内に声が響いた。
目を大きく瞠り、はっと息を呑む。


『抗うな。我を解き放て』


どくんっ!と一層強く心臓が脈打つ。
視界を薄い紗が幾重にも覆い、その景色を奪っていく。
懐を握り締める手に、より強い力が込められる。

嫌だ。怖い。このままでは失ってしまう―――!

心が、魂が、ありったけの警鐘を打ち鳴らす。
意識を・・・自我を手放してはいけない。
そう、直感的に悟る。

が、”声”はそんな必死の抵抗さえも押し退け、己を取り込んでいく。


『目を逸らすな!我はお前だ!!!』

「俺は、俺・・・・・―――――」


意識が重なる。


自我の境界が崩れていく。








俺は、俺。





俺は――――我だ。










そして全てが『白』になった――――――――。














※言い訳
やっと書き始められた昌浩天狐化。
随分とお待たせしました〜。これから頑張って書いていきますので、よろしくお願いします!

さて、今回一番書きたかったシーン。言わずともわかりますよね?そうです!昌浩が比古を『瑩祗比古』と呼ぶところです!!これは書きたかった!いや、もうマジで!!だって本編で昌浩が比古を『瑩祗比古』って呼ぶことがなかったんだし!ここは是非とも呼んでもらいたいところでした。それだけです。
ほんと、自己満足ですみません;;続きも頑張って書きたいと思います。



2007/11/18