只今、異文化学習中?
















さやさやと葉の擦れる音が静かな空間に音色を奏でていく。


真ん丸に光満ちた蒼い月は、その光を静かに地へと降り注いでいた。






ぽかんと、随分間抜けな表情を自分はしているんだろうな・・・・。

頭の片隅でそんなことを考えつつ、昌浩は己の目の前に佇んでいる少年をまじまじと見ていた。
相手の少年も己と同じ心境なのだろうことは、驚きに瞠られた目を見れば一目瞭然である。きっと自分も目の前の少年と同じような表情をしているに違いない。

相対していた少年の顔を、月影が柔らかな光で照らし出している。それはこの場に立っている己にも言えることだろう。




「・・・・・・俺がいる・・・・・・・・」




聞きなれた声が空気を震わせた。
先に声を発したのは己か、相手か、もしくは二人同時だったか・・・・・。
相対している少年達の顔は、まるで鏡写しのように瓜二つであった。違いを挙げるとすればその身に纏う衣装の違いくらいだろう。



こうして1000年の時を挟んだ『昌浩』達の出会いは、酷く間の抜けた形で幕開けとなった―――――。







                        *    *    *







時を越えるという異常事態にどうしたらいいのかわからない(平安の)昌浩達は、取り敢えず(現代の)昌浩達の家へとお邪魔することになった。


「つ、疲れた・・・・・」

「右に同じく・・・・・」


安倍邸の門前まで辿り着いた平安組は、ぐったりとした有様になっていた。
そんな平安組の様子に(現代の)昌浩は不思議そうに首を傾げた。


「?そんなに疲れるようなことあった??」

「あ〜、何というか・・・・驚きすぎて疲れた、か?」

「そ、そうだね。鉄の箱が物凄い勢いで走ってたりとか・・・・色々」


あれと暴走した朧車とどっちが速いかな〜など、少々現実逃避したくなったのはつい先程であった。


「鉄の箱・・・・・もしかして車のこと?」


車が通り過ぎていった時にかなり驚いていた平安組の様子を思い出している現代組の昌浩のすぐ横で、現代組の物の怪が『あ〜、成る程』と視線を遠くに飛ばしていた。


「確かに。そりゃあ、驚くよな〜。平安時代の時と比べれば、今はかなり様変わりしてるしな・・・・・・・」


現代組の物の怪達は、時代の流れに沿って現在に至っているので、文化・・・人々の暮らしの移り変わりはこの目で見ていたので何ら驚くようなことはない。
しかし、平安組は違う。平安から現代に一気に約1000年の時を越えてやって来ているのである、暮らしぶりが全然違うことに驚いても無理はない。


「まぁ、取り敢えずさっさと邸の中に入れ。いつまでもこんな所で立ち話をしていると風邪をひくぞ?」

「そうだね。春になったって言ってもまだ風は冷たいし・・・・・・・ねぇ、もっくん。今、じい様って起きてるかなぁ?」

「ん?起きてると思うぞ?」


それがどうかしたか?と聞いてくる物の怪に、現代組の昌浩は、憂鬱げに溜息を吐いた。


「そっか、なら彼らについて説明しに行かないといけないよね?」

「そりゃあ、報告せんと始まらないだろうが・・・・色々と」

「そうだよねぇ・・・・。はぁ、じい様に報告・・・・やだなぁ」


あのたぬき、顔を合わせたら合わせたで必ず人のことをおちょくるからなぁ。うわぁ、尚更行きたくない!

・・・・と、考えているのは彼の表情を見れば一発でわかる。
そんな現代組の遣り取りを見て、平安組は『現代の彼も相変わらずなのか・・・』と何となく悟った。

何だかんだと言いつつ、彼らは晴明の部屋へと足を向けるのであった―――。









「―――ほぅ?平安時代からお主らはやって来たと・・・・・?」

「あぁ、この時代があの時代から1000年も経った後っていうのにも驚いたがな。・・・・まぁ、それはここまでやって来た道のりで嫌というほど良くわかったからな」


ひょんと白い尾を振りつつ、平安組の物の怪は答えた。
かなり複雑な表情をしている平安組を見て、晴明は彼らが嘘を言っていないことはわかった。


「それで、時を越えてしまうような現象が起こった原因などについて、何か心当たりは?」

「あ、それはあります」


晴明の問いに、今度は昌浩の方が答えた。
そしてその原因について説明をし始めた。

要約すると、あちら(平安)で妖の調伏を行っていた昌浩達は、無事に調伏を終えたのだが、その時直ぐ傍にあった神社の境内に納められた鏡が唐突に光を放ったのだそうだ。あまりの眩しさに目を瞑っていた昌浩と物の怪は、奇妙な浮遊感が通り過ぎていった後にはもうこちら(現代)へと来てしまっていたらしいとのことだ。


「―――それで、昌浩(あきひろ)達に会ったわけです」

「ふむ、成る程・・・・・」


昌浩の説明に、晴明は軽く相槌を打った。

ちなみに、昌浩(あきひろ)という名は現代の昌浩の名前である。無論晴明も名前の漢字は同一であるが、読みは(はるあき)となっている。
(以降本文中で彼らの名前は”アキヒロ”、”ハルアキ”と表記することにする。)


「アキヒロ、昌浩達と出会った場所に神社はあったか?」

「あ、はい。ありましたよ」

「ふむ、そこの神社の名前はわかるか?」

「え〜っと、確か・・・・・・・・・・」


アキヒロの告げた神社の名前を聞いた晴明は、納得したように一つ頷いた。


「・・・・確かに、あそこの神社のご本尊は鏡であったな。だとすると、その鏡があちらでお主らをこの時代へと飛ばした鏡である確立が高いのぅ」

「俺もそうだと思いますよ。突然強い光が現れたのを見てもっくんと直ぐに駆けつけた時には、昌浩達はすでにそこに立ってましたから・・・・彼らがそれ以前に移動していたなら話は違いますけど」

「いや、俺達はあの場から一歩も動いていない」

「うん、光に眩んでいた目が漸く慣れてきた頃にアキヒロ達はやって来たから、動き回る時間なんてなかったよ」

「ふむ、ならばそれで決まりじゃな。お主らが時渡りを行った原因はその鏡であろう」


そう話が一段落ついた所で、平安組の物の怪がハルアキに問い掛けた。


「俺達が元の時代に帰る手段はあると思うか?」

「・・・・・そうさのぅ、それはわからぬ。一応その神社の資料を探して、何か掴めればとは思うが・・・・・今夜はもう遅い、そういった作業は明日からにした方が良いじゃろう。・・・・・取り敢えず、アキヒロ。昌浩をお前の部屋に案内しなさい。布団は紅蓮に持って行かせる、お前は昌浩に服を貸してあげなさい」

「あ、はい。わかりました・・・・・じゃあ行こっか、昌浩」

「えっ・・・うん。えっと、お世話になります・・・・・」


ぺこりと丁寧に頭を下げた昌浩を、アキヒロはずるずると引き摺っていく。
そんな二人の遣り取りは、あたかも兄弟のように見えて何とも微笑ましかった。

二人がその場から去って行くのを見送った三人(一人と二匹?)は、改めて居住まいを正した。


「・・・・すまない、何かと世話になる」

「いや、構わぬよ。・・・・しかし、あの子がわし等のご先祖様とはのぅ」

「!・・・そういえば、お前達は転生したとはいえ前世の記憶はないんだったな」

「そうなのか・・・・?」


しみじみとした様子で話す現代組の物の怪に、平安組の物の怪は訝しげに問い返す。
記憶がないと言うが、見てくれも、性情も、どう見ても彼らは平安時代の彼らと全く一緒のように見える。

そんな胡乱げな物の怪の問いには、ハルアキが大きく頷いて答えた。


「当たり前じゃ。そのような人並み外れたようなことができるわけなかろう?」

「今でも十分人並みは外れているように思えるが・・・・・」

「何か言ったか?紅蓮よ」

「いや、何でもない」


じと目で視線を寄越してくるハルアキに、現代組の物の怪はしれっとした様子で返した。
そんな彼の隣では、平安組の物の怪がやや引き攣ったような表情を浮かべている。


「ふぅ・・・まぁ、よい。ほれ、アキヒロの部屋にちゃっちゃと布団を運んでやれ」

「あぁ、言われなくとも。・・・・行くぞ」

「お、おぅ;;」


そう言って、物の怪達もハルアキの部屋から早々に出て行った。
部屋に一人残されたハルアキが、『明日が楽しみじゃのぅ・・・』と呟きを漏らしていたことを、彼らは知らない。







                        *    *    *







翌朝。

パタパタと軽快な足音が、安倍邸の廊下に響き渡る。
足音はとある部屋の前にまで来ると、その音を途絶えさせた。


「あっきひろー!起きなさい!そろそろ朝、ごは・・・ん、の・・・じかん・・・・・・・・よ・・・・・」


スパーン!と扉を勢い良く開け放った十二神将・太陰は、目の前に広がる光景に、扉を開け放った体勢のままその場に固まった。


これは、夢か何かなのだろうか?






・・・・・・アキヒロと物の怪が、二人いる。






「ぇ、
えぇえっっっ?!


太陰の絶叫が、朝の安倍邸に轟いた。
太陰の叫び声を聞きつけ、直ぐ近くにいた玄武がやって来た。


「一体どうしたのだ?太陰。全く朝から騒々し、い・・・・・・・・・」


渋面を作っていた玄武であるが、太陰の視線を辿り、同じようにアキヒロの部屋の中へと視線を向けると、太陰同様にその動きを止めた。


・・・・・・アキヒロと物の怪が、二人いる。


図らずとも、太陰と全く同じ感想を玄武は抱いた。


「ちょっ、一体どうなってるのよ!何でアキヒロと騰蛇が二人になっちゃってるわけ?!」

「わ、我にもわからぬっ!一体何が何やら・・・・・」

「どうした?アキヒロの部屋の前で二人とも騒いで・・・・・」

「勾陳!」


思わぬ事態にうろたえている二人に、不思議そうな顔をして勾陳がやって来た。
助かったっ!とばかりに、太陰が口早に今見た光景を説明する。
普段なら太陰よりも冷静に状況を説明するであろう玄武は、いまだに動揺が抜けきっていないのか、視線をうろうろさせているだけである。

状況説明受けた勾陳は数瞬考え込んだ後、一つ頷くとさっさとアキヒロの部屋の中へと入っていった。


丁度その時、流石に周りが煩かったのだろう、二人と二匹は布団からそれぞれ起き上がっているところであった。
勾陳はその光景を見て、ふむとまた一つ頷くと、ベッドの上で欠伸をしているアヒキロへと声を掛けた。


「おはよう、アキヒロ」

「ふわぁ〜。・・・おはよう、勾陳」

「で、早速寝起きに悪いのだが、この状況を説明してはもらえないだろうか?」

「この状況って?・・・・・・あ」


不思議そうに勾陳を見上げたアキヒロであったが、勾陳の視線が彼女の足元・・・・いや、寝起きで目を擦っている昌浩へと向けられていることに気づいて、どう説明したものかと視線を泳がせる。
なかなか返答を返さないアキヒロを見て、勾陳は再び足元へと視線を落とした。と、丁度顔を上げた昌浩と目が合った。


「おはよう」

「・・・・あ、おはよう勾陳」

「・・・・・何故お前がここにいるんだ?―――昌浩」

「何故って・・・・・・・何でだろ?」


お互いに不思議そうな顔で見合っていたが、そこは元気良く大音量で上げられた太陰の叫び声によって遮られた。


ま、昌浩ですって―――っっっ?!!


「っ、・・・・・太陰、耳が痛いよ・・・・・・」


アキヒロのささやかな苦情は、見事最後まで受け付けられなかった。














「ほっほっほっ!なかなか楽しい展開になっておるようじゃの?」

「全く笑い事じゃないわよ!本当にもうビックリしたんだから!!」


扇を広げてほけほけと笑う主に、太陰はがぁっ!と噛み付いた。
本当に心臓に悪かった。もう、二度とあんな思いはしたくない。

あの後、大座敷に集められた安倍家の者、並びに十二神将達は、ひょっこりと二人に増えた子どもに呆然唖然としつつも、ハルアキの説明を聞いて漸く平常を取り戻した。
朝ご飯を作っていて運悪くハルアキの説明を聞くことができなかった六合は、料理を運んでいる時にうっかり昌浩とアキヒロに遭遇してしまい、その場に固まってしまうという事故に遭ってしまった。

今朝一番の被害者は、事前に連絡を受けずに彼らと遭遇してしまった太陰と玄武、六合だろう。(勾陳にはあまり影響がなかったので除外)











「・・・・・ほんと、皆に迷惑かけちゃったなぁ・・・・・」

「いや、あれは絶対に昌浩は悪くないと思う。間違いなく、じい様は皆にわざと説明しなかったんだって。・・・・あ、リモコン取ってくれる?」

「それは、俺もそう思うけどさ。・・・・・・『りもこん』ってどれ?」

「全く、人のことおちょくって楽しむ性悪たぬきめっ!・・・・長方形の、表面に沢山小さい凹凸がついているやつ」

「それは俺も同感。・・・・・あぁ、これか。はい」

「ありがと。ん〜、どの番組見ようかなぁ」

「おぉっ?!絵が変わった!!」


仲良くテレビを見ながら会話をする二人を、その場にいた天一と勾陳は微笑を浮かべながらその様子を見守っていた。
今朝初めて見た時こそ驚いたが、慣れてしまえば彼らが二人揃っている姿は違和感など全くない。どこからどう見ても仲の良い双子の兄弟である。
電化製品など、平安時代に無かったものを珍しげに眺める昌浩と、そんな彼に細々と説明をするアキヒロ。思いの外相性が良いようである。


「あ!そういえば昌浩、夕ご飯はカレーライスだってさ」

「?『かれぇらいす』って??」

「そっか、平安時代にカレーライスは流石にないよね。・・・えっと、カレーライスっていうのはね、人参や・・・・・・」


今度は夕飯のカレーライスについて講義を始めたようである。
未知なる食べ物に興味津々の昌浩。
そのカレーライスを初めて食べた感想はというと・・・・・・・









「辛っ!?舌がひりひりするっ!そして味が濃い?!」

「ま、昌浩大丈夫?!」


一口食べた途端、そう感想を口にした昌浩は、口元を押さえて肩をプルプルと震わせている。
そんな昌浩の様子に、アキヒロは慌てて水が注がれているコップを昌浩に手渡す。
アキヒロからコップを受け取った昌浩は、ゴッキュゴッキュと勢い良くその水を飲み干した。
ふぅ〜と、一息吐いた昌浩の眦には、微かに涙が浮かんでいる。


「本当に大丈夫?昌浩・・・・・」

「アキヒロ・・・・うん、何とか」

「・・・・・あぁ、そうか。平安の頃にこんな刺激的な食べ物なんてなかったもんな〜」

「それに、味付けも今の方が昔と比べて遥かに濃くなっているからな」

「迂闊だった。そこらへんのことをもう少し考慮して作るべきだったな・・・・・」


朱雀や白虎は、手元にある己の分のカレーライスを見下ろして、納得したように頷いた。
新たに水を注いだコップを昌浩に手渡しながら、六合も反省したように言葉を紡いだ。
朝は普通に和食で、昼は簡単に食べられるサンドウィッチだったので、そういった点を見逃してしまっていたようである。


「・・・・となると、中華はあまり作らない方がいいか?」


中華料理はかなり味が濃い。
しかし今の昌浩の反応を見るからに、あまり口に合わなさそうである。
あれはあれで大人数に対して作る料理としては適していたものであったので、作れないとなると食事のレパートリーとしては些か欠けたものとなってしまうだろう。


「いや、かに玉とかシュウマイとか八宝菜なんかなら大丈夫なんじゃないか?マーボウとかエビチリは辛味を抑えたものにするしか、対策はとれないが・・・・・・」

「そうか、考えておく」


台所に立つ機会の多い六合と紅蓮は、お互いに意見を出し合って今後の食事メニューを検討する。

その頃、三杯目の水を飲み干した昌浩は、漸く辛味の取れた舌にほっとしていた。


「・・・・・恐るべし、カレーライス」

「昌浩、食べれそうになかったら、無理して食べない方がいいよ?何だったら後で六合におにぎりでも握ってもらえばいいし・・・・」

「い、いや!頑張って食べてみる!!」


手に持っていたスプーンをぐっと握って勇ましく宣言する昌浩。・・・・が、その内容が内容なだけにちょっぴり情けない気もする・・・・・。
アキヒロは応援の言葉を口にする代わりに、そっと新たに水を注いだコップを昌浩の手にへと渡した。



涙目になりながら必死にカレーライスを食べる昌浩を、周りの者達は微笑ましく見守るのであった――――。










※言い訳
リクを頂いてから随分と間が空いてしまって申し訳ないです。

昌浩達が未来に行くというお話しでしたが・・・・・・彰子が登場していないことに、書き上がってから気づきました(ヲイ!)。本当にすみません;;
どちらの昌浩も”まさひろ”では書きにくいので、申し訳ないですが名前をちょっとだけ変えさせて頂きました。平仮名だと読みにくいと思ったので片仮名に。
昌浩とアキヒロの遣り取りを書くのがとても楽しかったです。ほのぼの〜。
平安時代の食べ物の味付けって、結構薄いみたいですね。調味料らしい調味料は備え付けの味噌とからしいと聞いたことが・・・・・。そんな時代の昌浩が、現代の濃い!辛い!が代名詞のカレーライスなんて食べたら凄いことになりそうですね。

これはフリー小説ですので、もし気に入っていただけたらどうぞご自由にお持ち帰りください。