過ぎた保護と書いて過保護と読む
















「・・・・・昌浩、いい加減覚悟を決めたらどうだ?」

「い、いやだ!」


ふぅー・・・と、呆れたように息を吐いてこちらへと視線を寄越してくる勾陳に、昌浩は引き攣った表情のまま力一杯首をぶんぶんと横に振って拒否する。
頭が激しく振られるている中でも、その視線は勾陳の手元・・・・控えめで落ち着いた色合いだが、しかし目にも鮮やかな衣へと注がれている。


「昌浩様・・・・そうは仰られましても、こればかりは・・・・・・」

「はぁ・・・。そうですよ、昌浩。妖を退治するため、ひいてはどこぞの姫君を守るためです。往生際が悪いですよ」


少々困り顔の天一と、聞き分けない子どもを叱るよな調子で話しかけてくる天后の手には、化粧道具がしっかりと握られている。
思わず一歩後ろへと足を引いてしまった昌浩は、しかし後ろに控えている人物に軽くぶつかってしまい、思わず背後へと振り返り、そして固まった。
その人物の手元に、しっかりと櫛が握られているのを見て・・・・・・・。


「あ、彰子・・・・・それは・・・・・」

「昌浩、きっと大丈夫。ばれないくらいに綺麗に、皆で仕上げるから」


きらきらと、それはもう楽しげに瞳を輝かせてそう言い切る彰子に、昌浩はつぅ・・・・と一筋汗を流した。

彰子さん、どうしてそんなに楽しそうなんですか?

思わず問いかけの言葉が、胸中で零れた。
しかし、そんな昌浩の思いを断ち切り、止めを刺す言葉が無情にも放たれた。


「あー、もうっ!じれったいわね!昌浩だったら若菜の若い頃にそっくりなんだから、女の格好をしたって似合うわよ!いい加減観念なさい!!」

「ちょっ、太陰やめっ!やめてくれぇ―――っ!!!」


そして安倍邸に、昌浩の絶叫が響き渡った―――――。







                      *    *    *







「沙耶子様・・・・・そろそろ就寝の時間です」

「そう・・・・わかったわ、昌(しょう)」


沙耶子は読み進めていた本を閉じ、少し離れたところに控えている同い年位の少女――昌へと視線を向けた。


「妖は、本当に来るのでしょうか・・・・?」


妖――それは最近巷で有名な、娘のもとに現れるという妖のことであった。
何でもその妖は娘の前に現れては、「この娘は駄目だ・・・・・」という言葉を残して去っていくらしい。
何が駄目なのかはわからないが、とにかくある条件を満たす娘を探しているのは確かなようだ。
後わかっていることと言えば、その妖が現れる前日には必ず菖蒲の花が贈られてくることくらいか。

そして、妖が訪れる娘には共通点というものがあった。
それは容姿が優れているということ・・・・・・。
何故そうもはっきりと言い切ることができるのかというと、答えは単純にして明快だった。
なんせ妖が訪れる娘というのが、皆「綺麗」、「可愛い」と十分に評せる娘達ばかりなのだから・・・・。

沙耶子もこの条件に十二分に該当するほど、可愛い娘であった。
が、当人はそんな自覚はないし、その条件が確かなものであったとしても、妖が訪ねてくるなどと嬉しくも何ともないだろう。
事実、沙耶子も嬉しくはなかった。寧ろ平凡よりやや優れている程度の容姿で妖に襲撃されるのであったら、いっそのこと平凡な容姿でいいとさえ思えた。それに・・・・・・


「ご安心ください。もし、妖が襲ってきたとしても、お・・・・・私が必ずやお守り致します」


そう言って己を安心させるように微笑を見せるこの目の前にいる少女の方が、余程自分よりも綺麗――もしくは可愛い容姿をしていると思った。

昌という少女は、彼の有名な陰陽師の家系である安倍家より、今宵己のもとへと訪れる妖から守るために遣わされた人物であった。
沙耶子が身近な男の人はともかく、赤の他人である男の人に酷く怯えてしまう話を聞いて自分の護衛に彼女が選ばれたようであった。


「昌・・・・・私、とても怖い。すぐ傍にいて頂戴・・・・・」

「・・・・・はい、すぐお傍に控えさせて頂きます。どうかそのままお休みください」

「えぇ・・・・わかったわ。おやすみなさい」


昌に緩く暖かい笑みを向けられ、ほっと息を吐いた沙耶子は、そのまま眠りの淵へと沈んでいった―――。




しばらくした後、沙耶子からすぅすぅと静かな寝息が聞こえ始めたのを確認して、昌――もとい、女装をしている昌浩は漸く安堵の息を吐いた。

男の人を極度に怖がる沙耶子に、いつ正体がばれてしまうかとかなり冷や冷やしていた。
言葉遣いを気をつけないといけないし、女物の着物は重いし、鬘は重いしで、昌浩は妖と退治する前から疲労困憊の風情であった。

小さな声で呪を唱えて、沙耶子に眠りの術を施しておく。
これで大きな音が立っても、彼女は朝になるまで目覚めることはないだろう。
と、そこで沙耶子に術を掛け終わるのを見計らって、勾陳が姿をあらわした。


「・・・・・・昌浩」

「勾陳・・・・。外の様子はどうだ?」

「今のところは問題ない。・・・・・・しかし、随分化けたものだな」


目の前にいる少女・・・・にしか見えない昌浩の姿をまじまじと見て、勾陳は感嘆の息を吐いた。
きっと本人にいったら間違いなく、力一杯に否定しそうだが、今の昌浩はどっからどう見ても少女。それも超がつくほどの美少女と評していいほどの見てくれをしていた。
この渾身の仕上がり具合に、彼を飾り立てた者達は皆満足げに笑ったのはつい数刻前の話だ。

――しかし、女装を終えた昌浩を男性陣に見せた時の反応は面白かった。
物の怪は目を大きく見開いて口をあんぐりと開け、六合は滅多に動かさない表情を驚きのものにし、玄武は思わず硬直していたし、悪戯の発案者もとい昌浩が女装する原因となった晴明など、あまりの似合いっぷりに目をぱちくりとさせていた。

うん、あの瞬間が何よりも楽しかった。

などと勾陳が心の内で考えていることなど、昌浩にわかろうはずもない。
いつまでたっても逸らされることのない勾陳の視線に、昌浩は居心地悪そうに身じろぎをした。


「・・・・・とにかく、これ以上この件を長引かせるわけにもいかない。今のところ実際に手を出された人はいないみたいだけど、妖気に当てられたりした人はいるみたいだし・・・・・今夜でけりをつける」

「あぁ、そうだな」

「俺はこのまま沙耶子様の傍についているから、勾陳達は外の方を頼む」

「了解した。お前も、くれぐれも注意を怠るな」

「わかってる。・・・・かならず調伏してやる」


勾陳の言葉に大きく頷いて返している昌浩の心内では、「これいじょう女装なんてしたくないし・・・・」という呟きが漏らされていたのは、当人だけ知るところであった。







                       *    *    *







そして夜も大分更けた頃、その妖はやって来た。

唐突に妖気が現れたかと思うと、昌浩が張り巡らせておいた結界をぶち破って妖は部屋へと侵入してきた。
部屋へと侵入してきた妖の姿を、月影がぼんやりと照らし出す。
灰色の腰まで伸ばされた長い髪、縦に細長く割れた瞳孔をした金の瞳――その姿は人型で、とても整った容姿をしていたが、その身に纏う空気はどこか爬虫類めいたものがあった。


「姫・・・・・・」


妖は寝入っている沙耶子へと近づき、その顔を覗き込む。
数秒の間沙耶子の顔を眺めていた妖は、落胆したように息を吐いた。


「この娘も駄目か・・・・・・・・」


ぽつりと言葉を零した時、部屋に鋭い声が響いた。


「オンアビラウンキャンシャラクタン!」


迸る霊気の塊を、その妖は素早くその場を飛びのくことでかわした。
さっと、眠る娘を庇うように一人の娘が飛び出してきた。

一体何事かと怪訝そうにその飛び出してきた娘を見た妖は、しかしその娘の顔を見ると驚愕したように大きく目を見開いた。







(くっ!外したか・・・・こいつ、意外に素早い!!)

一方、沙耶子を庇うために飛び出してきた娘――もとい昌浩はというと、妖が予想外なほどに素早い動きを見せたことに、内心歯噛みしていた。
本当なら一撃で仕留めるはずだったのだが、その試みは見事に失敗した。
今夜は女物の着物を着ていることによって、身軽な動きができない。だからこそ、初撃で妖を調伏したかったのだが、そう上手くはいかないものである。

だからといって目の前にいる妖の調伏を諦めるわけにもいかない。
昌浩はすぐさま次の真言を唱え始めた。


「ナウマクサンマンダ・・・・・・」


と、そこで妖が動きを見せた。
僅かに身じろぎをしたかと思えば、妖は昌浩との距離を一瞬の間に詰めていた。

そして刀印を結んだ昌浩の手を取り、一気に己へと引き寄せる。


「っ!しまっ・・・・」


あまりにも唐突な動きについていけずに焦りの表情を見せる昌浩を他所に、その妖は昌浩の顔をまじまじと眺める。
そんな妖の視線に僅かに怯んで身を硬くした昌浩だが、妖が次に発した言葉に別の意味で硬直することとなる。


「う・・・・美しいっ!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」


長い沈黙の後思わず零れた昌浩の疑問の声などお構いなしに、妖は感極まったように瞳を潤わせて一人言葉を紡ぎ続ける。


「美しい!可憐だ!まさに私の好み!幾人もの娘達を見て回り、漸く巡り合う事ができた!」

「えっと・・・・あの、・・・・・」

「私の求めていた人物そのものだ!あぁっ!今宵はなんて素晴らしいことか!!」

「・・・・・・・・・・・」


誰かこのどこまでも独善的に突っ走る妖を止めてくれと叫びたくなる。
と、ふいに浮遊感を感じ、はっと我に返った頃には妖に軽々と抱き上げられていた。


「なっ・・・・・・・・」

「さぁ!共に行こう我が花嫁!!」

「って、はあぁあぁぁぁ?!」


何ぬかしやがるんだ、この妖は!つか、さっさと下ろせ!!

昌浩の叫び声にはそんな声が多分に含まれていた。
そこで漸く外の警戒にあたっていた神将達が現場へと駆けつけてきた。


「昌浩!無事かっ!?」


そう言って真っ先に駆けつけてきたのは白い物の怪。
次いで勾陳、六合、太陰、玄武とお馴染みの面子がその場に姿を現す。

現場へと駆けつけた彼らは、妖に抱きかかえられている昌浩の姿を見て、驚きに目を見張った。
つーか、昌浩を横抱きに抱えるたぁいい根性してるじゃねーか、妖!!
神将達からは怒りの念が立ち上る。


「もっくん、皆!!」

「ちっ!邪魔者が現れたか!!」

「昌浩?!貴様、昌浩を離せっ!!」


瞬く間に人型へと戻った紅蓮が、炎槍を取り出して構える。
が、攻撃はしない。いや、できない。
何せ昌浩と妖の距離があまりに近すぎるのだ。万が一にも誤って昌浩を傷つけるようなことがあってはならない。

そんな神将達の逡巡を察してか、妖は優越の笑みを口に浮かべて昌浩を抱えたまま後ろへと大きく跳躍した。


「ふっ、この娘は頂いていくぞ。安心しろ、我が花嫁として後生大事に育てていくことを約束しよう」

「はなっ!って、おい待て!!そいつはっ!!」

「さらばだ」


ごぅっ!!と激しい風が局所的に吹き荒れる。
一瞬の間だけ視界を奪われた神将達が、次に目を開けた時には、妖と昌浩の姿はその場になかった。

神将達はあまりのことに、少しの間呆然としていた。


「・・・・・・・・・・Σはっ!呆けている場合じゃないわ!昌浩が連れ去られちゃった!!?」

「いくら我々が出遅れていたとはいえ、こうも容易く連れ去られてしまうとは・・・・不覚だな」

「急いで探し出さねば」

「そもそも昌浩は男だ。素性がばれた時、あの妖が何をしでかすか・・・・・・」


玄武の言葉に、勾陳は頷いて言葉を返す。


「最悪、殺そうとするだろうな・・・・・・」


さぁぁっ!と神将達の顔から血の気が失せていく。

まずい。それは大いにまずい!
一体何がまずいかって?それはもう、彼らの主である晴明の反応が、だ。
これで昌浩に大怪我をさせて連れ帰ってしまえば、あの孫馬鹿な主のことだ。大層怒り狂うに違いない!
口に微笑を湛え、一切笑いの含んでいない冷え切った眼を向け、手にしている扇をぱちん!と閉じる彼の姿が嫌でも目に浮かぶ。

いいや!そんなことはどうでもいいのだ。(いや、どうでもよくはないが・・・)
問題は昌浩だ。今の昌浩の格好は動き辛いことこの上ない着物姿。
抵抗しようにも碌に抵抗などできるはずがあるまい。
そんな状態であの妖の毒牙にかかろうものなら・・・・・・・


「大変!昌浩の貞操の危機よ!?」

「いや、流石に貞操は大丈夫だと思うが・・・・・・」


何せ男だし。という玄武の反論は、勾陳の次の言葉に打ち消される。


「もし、両方・・・・・なら、まずいな」

「「「・・・・・・・・・・・・」」」


思わず重い沈黙が流れる。


「いや―ぁっ!昌浩が!!!」

「っ、叫ぶ暇があったら昌浩の気配を追え!まだ気配が残っているはずだ!!」

「!?わ、わかった!!」


太陰はすぐさま昌浩の気配を辿り始める。

と、そこまでの遣り取りの中、勾陳はあることに気がついた。
・・・・・先ほどから、騰蛇が一言も話していない。
思わず隣に佇む紅の神将へと視線を遣り・・・・・・固まった。


昌浩が花嫁昌浩が花嫁昌浩が花嫁昌浩が花嫁昌浩が花嫁・・・・・・・

「・・・・・・・・・」


やばい、昌浩より先に騰蛇が壊れた。

どこか遠くへと視線を投げ遣り、ひたすら同じ言葉をぶつぶつと繰り返す紅蓮の姿は、痛々しいを通り越して怖かった。
勾陳はやおら腕を持ち上げると・・・・・・思い切り紅蓮の後頭部をどついた。


昌浩が花嫁昌浩が花嫁・・・ぐはっ!?・・・・一体何をするんだ勾!」

「漸く正気に戻ったか・・・・」


はぁ・・・と疲れたように息を吐きながら勾陳は紅蓮へと呆れたような視線を向ける。
親馬鹿もとい昌浩馬鹿なのは悪いとは言わないが、時と場所を選んでほしいものだ。


「今太陰が昌浩の気配を追っている。場所がわかり次第、私達も後を追うぞ」

「あ、あぁ・・・・すまない。少し意識を飛ばしていたようだ」

「・・・・・・・・・・・」


全くだ。と口に出しては言わない。むしろ先ほどの彼の姿は記憶から即行で消し去りたいとさえ思う。
面白かったと言えば面白かったが・・・・・物の怪姿ならいざ知らず、人型の状態であのような様を見せられると複雑な気分に駆られる。

そんな勾陳の心情は、決して悪いなどとは言えないだろう。それどころか大いに共感を得そうだ。


「!わかったわ!ここから東に少し行ったあたりの、今は使われていない古い邸よ!!」

「!そうか、すぐに後を追うぞ」


勾陳の掛け声と共に、神将達はすぐさま動き出した。



彼らの愛し子を救い出すべく―――――。







                        *    *    *







一方、妖に連れ去られた昌浩はというと・・・・・・まさに妖ににじり寄られているところであった。

妖は改めて昌浩の顔を眺め、ほぅ・・・と熱い吐息を吐いた。


「あぁ、やはり綺麗だ。何故もっと早くに彼女に出会わなかったのだろう?今までの苦労が無駄に思える・・・・いや、苦労を経てこそ手に入れられるものがあるのだろう」

「あの・・・・」

「まさに運命!私と彼女は出会うべくして出会ったのだ!!」

「あの!」

「そして彼女こそ、この美しい私に相応しい!!」

「あの!・・・・・・・・・・え?(汗)」


先ほどから懸命に妖へ声を掛けていた昌浩は、しかし問題発言を聞き逃すことができずに思わず固まった。

妖は自己陶酔した風情でまだまだ言葉を続ける。


「我が蛟(みずち)一族の中でも随一の美貌と謳われるこの私!しかし、そんな私に釣り合う花嫁がこれがまた見つからない・・・・・」

「・・・・・・えと・・・・・」

「しかし、それも今日までのこと!今宵、とうとう私に相応しい花嫁を見つけ出すことができた!!婚儀の準備は既に整えてある!後は花嫁の衣装――」

「あの!!」

「――ん?何かね??」


昌浩の大声に妖――彼の話から蛟であることがわかった――は漸く反応した。

熱に潤んだ瞳を向けられて昌浩は一瞬怯んだ(そりゃ誰でも怯むと思う)が、意を決して先ほどから言おう言おうと思っていた言葉を漸く紡いだ。


「俺、
です!!」

「・・・・・・・なんだって?」

「ですから!俺は
なんです!!」

「・・・・・・・・それは真か」

「証拠ならあります!ほらっ!!」


昌浩はそう言うと蛟の手を掴み、己の胸元まで引き寄せると触らせてみせた。
もちろん、男である昌浩に女の人特有の膨らみがあるはずもなく・・・・・・


「胸が、ない・・・・・・」

「そういうことです。わかってくれましたか?」


信じられない!といった風情でぺたぺたと平らな胸を触ってくる蛟に、昌浩は呆れたような視線を向ける。

そもそも、どうして男であるはずの自分を、女の格好をしているとはいえ見間違えるのだろうか?そこからしてわけがわからない・・・・。


「・・・・胸がない」

「そうですね」

「女じゃ、ない」

「そうです!」

「・・・・・・・・・・・・まぁ、良しとするか」

「そうで・・・・・
はぁっ?!


何か今ありえない発言を聞いた気がする・・・・・気のせいだよな?気のせいだよね?!

驚愕に目を零し落とさんばかりに大きく瞠った昌浩の姿を、蛟はあらためてしげしげと眺めていたが、満足そうに一つ頷くと(頷くな!)にっこりと笑みを浮かべた。


「女でないことは残念だが、顔は私の好みのど真ん中を射抜いているわけだし、傍に置くだけなら全くもって問題ないわけだ」


いやいや!問題大有りだろう?!!


「子孫を残すことは大事であるが、なぁーに我らの寿命は長いし、それまで適当に相手を見繕っておけば問題ないだろう」


んな大事な相手を適当に見繕うな!!


「とにかく、私は君を気に入った。だから私の傍にいなさい」


独善的にもほどがある。
あんまりな物言いに、流石の昌浩もかちん!ときた。


「じょっ!冗談じゃ・・・・・」

「冗談じゃないわよ――っ!!!」


思わず上げかけた昌浩の抗議の声を遮り、怒りに満ちた幼い声が暴風と共に叩きつけられた。
蛟は容赦なく吹っ飛ばされた。

激しく吹き荒れる風が漸く収まり、恐る恐る目を開けた昌浩の目に、半泣き状態の太陰の顔が飛び込んできた。


「昌浩!無事?何か変なことされてない?どこか触られたとか!!」

「や、特には・・・・・・」

「本当に本当!?」

「あ・・・ぅ、む、胸くらいしか・・・・・・」


あんまりにも凄い勢いで問い詰めてくる太陰に、昌浩は耐えかねてもごもごと答える。
しかし、触られたと言っても、初めは昌浩が触るように仕向けたことだし、そこは彼の妖には否がないように思われる。
その旨を伝えようと顔を上げた昌浩は、太陰の表情を見て固まった。

・・・・・・・・鬼だ。鬼がここにいる。

そう思わずにはいられないほど、太陰の表情は般若というか・・・・・・・まぁ、その、怒りに満ち溢れていた。


「・・・・・・ほぅ、それは聞き捨てならないな」

「!?こ、勾陳??」


常よりも低い声にそちらへと視線を向けると、半眼になった勾陳の姿が見えた。
その後ろに続く紅蓮、六合、玄武も同様の表情である。

一体彼らに何がっ!?と思わずにはいられない昌浩であったが、その理由を問う前に太陰が動きをみせた。


「さ・・・・
最低―っ!!死んで詫びなさいっ!!!


そう叫んだかと思うと、唐突に風の鉾を生み出し、蛟へと容赦なく投擲した。
蛟はそれを辛うじて避けるが、荒れ狂う風の中、思うように身動きがとれないでいた。

そして、それに乗じて繰り出される攻撃がもう一つ・・・・・。


「ふ・・・ふふっ!昌浩に手を出すとはいい根性しているな・・・・・
生き地獄を見せてやろう


ひっくぅ〜い声でそう宣言し、炎蛇を繰り出すのは、親馬鹿の称号を得ている十二神将・騰蛇こと紅蓮だ。
風に煽られ、勢いの増した炎蛇は暴風をものともせずに蛟へと向かって真っ直ぐに突き進んでいく。


「ちょ、太陰!紅蓮!!」


二人の突然の暴挙と言える行いに、昌浩は思わず声を上げる。
一体何がそんなに彼らの怒りを買ったのか、昌浩にはちっとも理解できなかった。



「勾陳!頼む、二人を止めてくれ!!」

「ん?何故だ??」

「な、何故って・・・・・・・」


にっこりと、普段はお目にかかれないほどに鮮やかな笑みを浮かべた勾陳を見て、昌浩は思わず口を噤んだ。
何故だろう。目の前の神将は笑っているはずなのに、とても怒っているような気がする・・・・。


「えっと・・・俺を連れ去ったのは、確かにあっちだけど・・・・・・その、それほど怒ることじゃあ・・・・・・・」

「あぁ、そうだな。お前が連れ去られたことでお前の身に危険が及んでしまうのかという心配や、もしお前に傷を負わせてしまった時の晴明の反応に我が身の心配はしたが・・・・怒るほどではないな」

「・・・・・・・・・」


何か今さらっと凄いことを聞いてしまった気もしなくはないが、そこを敢えて突っ込む勇気は昌浩にはなかった。


「昌浩、今のお前の姿はどんなものだ?」

「?えっと・・・・・一応、女装してるけど・・・・・・」


それがどうかしたのか?という昌浩の視線での問いに、勾陳は更に笑みを深めた。


「そう、女装だ。どこからどう見ても、紛うことなき女に見える状態だ。そんな状態のお前の胸に触った。これは大いに問題がある」

「(色々突っ込みたいけど)・・・・・・・・・・問題?」

「いいか、何も知らぬ第三者から見れば、その行いは傍から見れば立派な猥褻行為だ。そう、十二分に制裁を与えるに足りる行いだ」

「・・・・・・・・よくわかんないだけど;;」

「まぁ、つまりだ。お前は気にしなくてもいいということだ」


そして私達は奴をぼこる。それはもう完膚なきまでに。

そう言いおいて、勾陳は筆架叉を携えて集団私刑もとい制裁へと加わっていった・・・・・。

思わず彼女を引きとめようとした昌浩の肩を、大きな手のひらが引き止める。
はっとなって手の主を振り仰ぐと、鳶色の髪の神将がゆっくりと頭を振っていた。


「・・・・彼らの好きにさせておけ」

「え・・・・・でも」

「それより、ここだと攻撃の余波が及びかねない。少し距離を置こう・・・・・」

「うむ。念のため我の結界も張っておこう」

「あぁ、頼んだぞ玄武」

「え?え??」


困惑顔の昌浩を抱き上げ、制裁区域から非難する六合。それに玄武も続いた。
ある程度距離を置いたところで玄武が結界を張り、仲間の制裁する様子を眺める。

昌浩は混乱する思考の最中でも見た。仲間の様子を見守る二人の神将の表情は、普段あまり動かぬことに反し、酷く満ちたりたものであったということを・・・・。



昌浩はその日悟った。



神将達は己に対して、行き過ぎるほどに過保護だということを―――――。









・・・・・制裁の音はまだ鳴り止まない。












※言い訳
えーと、まずは謝っておきます。ほんと、ごめんなさい!!
リクエスト内容が総受けだったのですが・・・・危うく危ない方向に行ってしまうところでした;;(ヲイ!!)まぁ、私にそんなシーンが書けるはずもないんですがね・・・・。
最後の方、紅蓮がかなり壊れちゃっていることにはどうか目を瞑ってください。太陰もどこか箍が外れちゃってるような気もしなくはないですが、そこもスルーで。

・・・・こんなしょーもない話でも良ければ、どうか貰ってやってください。