文にはご用心?!














「昌浩、ありがとう。助かったわ…」

「ううん、退出したとこだったからちょうど良かったよ…」

「そうそう、荷物持ちは昌浩に任せておけ、彰子。」



ある日の退出後、

昌浩と物の怪はたまたま市の近くを通っていた。

久々の市に何気なく物色していると、

突然、後ろから声をかけられた。

昌浩と物の怪が振り返ると、そこには

現在、安倍家と一緒に住んでいる少女…

彰子の姿があった。

ひとりでいる彰子に昌浩は慌てたが

当の本人は「あら、いつものことよ」と、

のほほんとしている。

そして、勿論、

彰子はひとりではなかった。

徒人には視えないが、

彰子の側には十二神将である天一と朱雀が控えていた。

それに安堵した昌浩は彰子の買い物に付き合い、

皆揃って安倍邸へと帰っていった。



「まったく…相変わらず彰子のことになると

 余裕がないな、昌浩。」

「うぐっ……」



図星をつかれて昌浩は黙り込んでしまった。

確かに自分は彰子のことに関しては

特に余裕がないかもしれない。

一緒に住むようになって2年ちょっと。

初めて出会った頃はまだ少し幼さを残していて。

しかし、一緒に住むようになって

自分の母から様々な事を学んで

少しずつ大人の女性へとなっていく。





まるで自分だけが何も変わらないかのように…











それから数日。

昌浩は幾多の視線を浴びながら仕事に励んでいた。

家系のこともあり、いつもと思っていたが

何故かいつもに増してヒソヒソと囁かれていた。

どこかキツイ視線も感じたが

いちいち構うのも面倒臭く、無視を決めこんでいた。



「ねぇ、もっくん。なんかやたら視線を感じるんだけどー…」

「あぁ、だな…」



仕事中、さすがに気になりだした昌浩は

物の怪に話しかけた。



「別に目立つような事してるつもりないのにな…(表立っては)」



本当に誰かさんに似てしまったよな、と

物の怪はつくづく思った。





昌浩に対するイヤガラセは

出仕を始めた頃からあった。

もちろん初めは色々と我慢をしていた。

どんなことでも上手く対処していた。

しかし、昨年

昌浩の限界はついに臨界点を超えてしまった。

それからというもの

昌浩の裏の一面を知った輩は

恐ろしくて仕事を押し付けなくなったのだ。



「昌浩殿。」

「はい…、何でしょうか?」



呼ばれて振り向くと、陰陽生が数人立っていた。

彼等はどちらかと言えば真面目な方で

昌浩に仕事を押し付けた事は無い側であろう。



「昌浩殿…昨日一緒にいられた姫は

 どちらの方であろうか?」

「………はぃっ?」

「たまたま昨日、見かけてな…、

 その…昌浩殿と仲がよさ気だったもので…」



そう言う陰陽生は顔をうっすら染めて、

モゴモゴ言った。

つまり、その姫に一目惚れしてしまったのだろう。

一方、昌浩はというと

突然に彰子の事を尋ねられ半ば呆然としていた。

さすがにこれはマズイ、と思った物の怪は

昌浩の足を思いっきり踏んだ。



「いっ………?!」

「どうかしたのか、昌浩殿?」

「いぇ……なんでもありません…(もっくん〜〜っ!)」

「(さっさと何でもいいから誤魔化せ!)」

「(わかってるよ…)」

「昌浩殿?」

「あぁ…、かの姫は安倍の遠縁の姫でして、

 とある事情で我が邸で預かっているのです。」

「我が邸で……って、一緒に住んでいるのかね?!」

「えぇ…まぁ…」



突然、身を乗り出した陰陽生に昌浩は後ずさりした。

何をそんなに驚くことなのだろうか、と。



「そうか…、よく分かった。

 ありがとう、昌浩殿。でわ私はこれで。」

「はぁ………」



昌浩は、何故にお礼を言われたのか分からないまま

去っていく陰陽生を見ていた。







「これはまた一波乱ありそうだな…」



ポツリとつぶやいた物の怪の言葉は

誰にも届いていなかった。

















「勾…、これ何だと思うか?」

「どうみても文だろう。」

「だよな…」



安倍家に遠縁の姫が引き取られた、という噂が流れて1カ月。

噂が出てからというもの、

安倍家には姫宛の文が届くようになった。

送り主は陰陽寮の陰陽生から貴族の子息まで。

そのことによって慌てたのは、

彰子本人ではなく、昌浩でもなく…何故か物の怪だった。







昌浩の彰子への特別な想いは

家族から十二神将まで皆、知っていた。

だからこそ、彰子宛に文が届いている事を知った昌浩は

確実にショックを受けるであろう、と誰もが思っていた。

しかし、予想に反して、昌浩は普段通り日々を送っていた。

いや、そう見えたと言った方が正しい。

表向きはそう見えていても、心の中では黒い感情が渦巻いていた。

それに気付いたのは、やはり1番近くにいた物の怪だった。

ある日、昌浩の目が笑っていない笑顔を偶然見てしまった物の怪は、

十二神将最強でありながら、久々に恐怖を覚えたものだった。



「これって…彰子宛…か?」

「まぁ、昌浩宛って事もなくはないがな。」



「あれっ?もっくんに勾陳…何してるの?」



突然の声に物の怪と勾陳は一瞬、ビクッとした。

後ろを振り向くと、自室から出て来た昌浩が立っていた。



「…いや、ちょっとな…」

「あぁ、昌浩か。ここに誰か宛の文があってな…、

 騰蛇とどうしようかと話してたんだ。」

「お…おぃ、勾っ…!!」

「文…??」



辺りを見回すと、1通の文が昌浩の目に止まった。

何も変哲もない“ただ”の文の様に思われる。



「あっ…コレ、俺のだ。きっと風でここまで飛んじゃったんだね。」

「んっ、確かに…微かだが伽羅の香りもする。」

「さすが物の怪のもっくん♪鼻がいいね。」

「誰が物の怪だっ!!」

「そんなことより昌浩、その文は誰かに送るものなのか?」

「おい、勾っ!“そんなこと”で流すのか?!」

「うん、そうだよ勾陳。あと少し仕上げをして、飛ばすんだ♪」

「仕上げる…?飛…ばす?」

「届けるんじゃなくてか?」

「うん。だってコレ、式にするんだし。」

「「……………式?!」」

「2人も…そんなに驚くこと?俺だって式くらい作れるよ?」



確かに…安倍家の後継者が式を作れないはずがない。

まして、昌浩は5つの頃には晴明から式の作り方を教わっていた。

…………しかも遊び感覚で。



「そっか…。送り先は成親か?昌親か?」

「兄上達とは仕事場で会えるから

 わざわざ文なんて送るような急用はないけど。」

「まさか…どこかの姫…とか?」

「俺には大切な姫が既にいるのに誰に送る必要があるの?」

「だよな…

 (頼むからその笑顔を俺に向けるな〜、目が怖いから…!)」

「…もしかして、陰陽生の誰か?」

「んっ…ほぼ正解、勾陳。

 まぁ、他にも普通の貴族とか色々いるけどねvv」

「「色々〜〜〜〜?!」」



いまいち昌浩の意図が掴めず、物の怪と勾陳は首を傾げた。

すると、ハッと何かを思い出したのか、物の怪はサーッと青ざめた。



「どうした、騰蛇?」

「いや……、別に…。なぁ、昌浩…まさかと思うが…」

「んっ?なぁに、もっくん…(ニッコリvv)」

満面の笑みを向けながらも

目だけが笑っていない昌浩を見た物の怪は、その場に固まった。

そんな昌浩と物の怪を横目に、勾陳は1人、納得していた。

そして昌浩が去った後、ようやく物の怪は硬直から解放されたのだ。



「昌浩も…あんな顔するんだな…。」

「んぁ、あぁ…。晴明の孫だからな…」

「んで、騰蛇。あの文は…呪詛か何か?」

「だろうな…」



先程、昌浩は「陰陽生や一般の貴族とかに送る」と言っていた。

そんな大量に文を送らなければならない相手は昌浩にはいない。

むしろ、仕事の依頼だったら送られてくる側だ。

だとすれば、理由はただ1つ………

文の送り先は彰子に好意を寄せる輩。

奴らを牽制するために送るのだろう。



「けど、呪詛なんて使ったらバレるのではないか?」

「いや、あいつの事だ…問題はないだろう…」



呪詛といっても、おそらく夢見を悪くする程度であろう。

重い呪詛をかけるとすると、その呪詛を浄めるために安倍家の面々、

もしかしたら昌浩の手まで煩わせることとなるかもしれない。

そうなれば忙しくなるのは明白。

そんな面倒なことをしようとは思わない昌浩のことだ、

軽いもので済ますのだろう。



本人にとっては軽いものでだが、徒人には重いものであろうが。



そして昌浩のことだ、絶対に痕跡は残さない。











「ふぅ……これくらいでいいかな。」



やっとのことで文(もとい式)を書き終えた昌浩は

ふぅ〜っ、と溜め息をついた。

最初は小分けをして送ろうかと思ったが

万が一、足元を見つかってしまうことを避ける為

一度に、迅速に終わらせることとしたのだ。



「(万が一でも痕跡がバレるなんてないだろう…)」

「何か言った、もっくん?」

「何も言ってないぞ!!(心を読むな〜)」

「昌浩。」

「どうしたの、勾陳?!」

「晴明が呼んでる。」

「はぁ………分かった。行くよ、もっくん。」

「お、おぅ……」







「何の用ですか、じい様。」

「おや、なんだか疲れてないか?昌浩や…」

「別に……そんなことありませんよ。

 (疲れているに決まっているでしょうが、この狸じじい…)」

「そうか、そうか。なら良かった。」

「はっ?!何がですか?」



「ちぃっとばかし面倒な事が来ていてな…昌浩行って来い。」

「申し訳ありませんが、じいさま。

 今日はやらなければならないことがありまして…」

「なんと…このじい様の頼みごとより大切なこととは…。

 昔はあんなに素直な子だったのに……

 あぁ、じい様は悲しい、悲しいぞ………」



――― ブチッ



「わかりました、わかりましたとも。

 行ってくれば良いのでしょう、じい様(クソじじいvv)。」

「そうか…行ってくれるか昌浩よ。では、ほれ…」

「なんですか、この紙?いや…式ですか?」

「いつもなら頑張っているお前を見守っているのだが、

 今日はちぃっとばかり調子が良くなくてな…。

 事が片付いたらその式を飛ばして知らせてくれぬか?

 霊力さえ注意すれば外から飛ばす方が何の痕跡も残らないしな、

 問題もなかろう。」

「…………?!そうですか。分かりました。

 今回のことは快くお受けいたします、じい様。

 じい様もごゆるりとお休みくださいねvv」

「そうかい?昌浩は優しいのぅ…、じい様は嬉しいぞ。」

「ありがとうごさいます。でわ、行ってまいります。」



どこか嬉しそうに部屋を出て行く昌浩を見て

物の怪の毛は逆立った。

いつもなら黒い口論をする2人だが

今日に限っては、あの昌浩が晴明を労わる様な言葉さえもかけたのだ。



「晴明、お前…気付いていたのか?」

「ふぉっふぉふぉ……」

「ったく、この似たもの同士が…」

「まぁまぁ、紅蓮よ…。

 そんなことより、あの昌浩が労わりの言葉をかけてくれるとは…

 本当にいい子に育ったのぅ。」

「(この爺バカめ……)」



完全に色濃く晴明の血を受け継いでしまった昌浩は

きっと将来、誰も敵わない陰陽師となるだろう。

力も晴明を超え、性格も晴明よりも黒く……。

この安倍の血は一体何代まで色濃く受け継がれるのだろうか、と。







そして、数日後。

陰陽寮に出仕すると、とある噂で持ちきりだった。



『邸の自分の部屋の前にいつの間にかに置かれた文があった。

 しかし、それを手にし広げてみると何も書かれてはおらず、

 何も気に留めずにその文を机に置いたり、

 捨てたりしたのだという。

 そして、その翌日。

 手紙を受け取った主は、汗びっしょりになりながら

 うなされていたのだ。』



そして夢の内容とは……『鬼が出た』ということ。

その夢を見た者によれば

夢の中で誰かに恐ろしい目にあわされた、

絶対にかの者に手を出すな、と鬼は言っていたという。



「あれ……お前だろう、昌浩……。バレないのか?」

「大丈夫でしょ。痕跡も追えないようにしてあるし。

 第一、俺のを破れる人はそうそういないと思うよ?

 それに……これが誰かの手によるものだと

 考えていないバカ…人たちばかりだしvv」

「まぁ、確かに……」



晴明からさりげなく教わった方法と昌浩の本来の力により

昌浩に余計な疑いもかかることなく

彰子への牽制もでき、平和な日々に戻っていった。







――― 文にはご用心



















『黒昌浩祭』に参加させていただきています、瀬月深耶と申す者です。
まさか、今回このような企画に参加させていただけるとは…
とても感激ですvv
瀬月自身、きちんと黒昌浩を書いたのは初めてで(いつも妄想ばかり)
微妙に黒くなりきっていないかもしれませんが
今の瀬月にはこれがいっぱいいっぱいで…。。。
しかも、式についての勝手な設定も作ってしまいました(笑
こんな文章でも読んで下さってありがとうございました◎


瀬月 深耶