黒昌浩な朝









どこか遠くで鳥の囀る声がする。
陰陽寮に出仕する昌浩達の朝は早い。

まず部屋の主――昌浩よりも早くに目を覚ました物の怪は、ぐぅっと褥の上で伸びをした。
ぱしぱしと何度か瞬きをした後、次いで昌浩を起こす作業へと取り掛かる。


「おい、起きろ!昌浩。朝だぞー」


物の怪はそう言って、いまだにすやすやと寝息を立てて寝ている昌浩を軽く揺すった。
しかし、昌浩は起きる様子もなく、もぞもぞと僅かに動きを見せるだけであった。
そんな昌浩を見て、物の怪は「むぅ・・・」と唸る。そうして僅かながらに逡巡した後に、再び昌浩の体をゆっさゆっさと揺り動かした。


「おーい、起きろ〜。まっさひろくーん?おーい、晴明のま・・・・・」


どげしっ!


「うおっ?!」


晴明の孫と言おうとした物の怪は、間髪入れずに繰り出された昌浩の蹴りに、避ける間もなく見事に蹴り飛ばされてしまった。
物の怪はそのままの勢いでころころと床を転がった後、漸くその動きを止めた。部屋の端まで転がっていき、『ごんっ!』という音が立っているあたり、どうやら壁にぶつかって止まったらしい。


「〜〜っ、いってー!っ、昌浩!何しやがる!!」


どうやら頭を壁へとぶつけたらしく、物の怪は長い鉤爪の備わった前足でその箇所を摩っている。
そんな物の怪の言動は完全に無視を決め込み、昌浩は緩慢な動作でその状態を起こした。


「ふあ〜ぁ、おはようもっくん。・・・・・取り敢えず、孫言うな物の怪」


欠伸を一つした後、昌浩はそう言ってにっこりと実に清々しい笑みを浮かべた。が、その清々しさとは裏腹に、彼から醸し出される空気は酷く重い。
物の怪は思わずじりっと後退りをした。


「あのねぇ・・・・俺、昨日寝るのが遅かったことはもっくんも知ってるでしょ?」


目を半眼にし、薄っすらと血管を浮き立たせながら昌浩が物の怪へと詰め寄る。
そんな昌浩に対し、物の怪も同様に怒りの様を露にした。


「あぁ、それは知ってるさ!だがなぁ、そのことが俺がお前に足蹴にされるのと、どう関係があるっていうんだ?!」


があっ!と吼える物の怪に、しかし昌浩はふっと得意げな笑みを浮かべてこう言い切った。


「そんなの、俺の気まぐれに決まってるじゃない?き・ま・ぐ・れ!」

「気まぐれかよっ!?」


はんっ!と鼻で笑う昌浩に、物の怪は思わず突っ込みを入れる。
何だその理由は。理由が理由になっていないにも程がある。それじゃあ、何か。俺はお前の気まぐれの所為で頭にたんこぶを作ったってことなのか?!なぁ、おい!


「うん、そう」

「って、人の心を読むなぁっ!」

「や、読んでないって。もっくん、思ってること全部顔(表情)に出てるよ?」

「Σなにぃっ!?」


目を丸くして驚く物の怪を見て、昌浩は面白げにくつくつと喉を鳴らして笑った。


「(くすくす・・・)からかい甲斐があるなぁ、もっくんは」

「あーそうかよ。俺で遊んで楽しいか?」

「まぁね。だって暇つぶしだし?」

「うげっ・・・・・」


にやりと口の端を吊り上げて哂う昌浩を見て、物の怪はげんなりとした様子で呻いた。
そんな物の怪を見て昌浩は更に笑みを深めた。
やっぱり物の怪をからかって遊ぶのは楽しいな・・・と、その心内では思っていたりするのだが、全ては物の怪の預かり知らぬところである。

意地の悪い笑みを浮かべる昌浩と、そんな昌浩に冷や汗をたらたらと流しながら物の怪が対峙していると、遠くからぱたぱたと誰かが小走りにやって来る足音が聞こえてきた。
昌浩はその足音に気がつくと、はっとなってその意地の悪い笑みを奥へと引っ込めた。
と、同時に、足音の主が柱の影からひょっこりと顔を覗かせた。


「昌浩、起きてる?」

「うん、起きてるよ。・・・・おはよう、彰子」


昌浩は彰子へと顔を向けると、物の怪に向けていた笑みとは別種の・・・・本当に純粋に綺麗な笑みを浮かべて返事を返した。
物の怪はそんな昌浩の笑みを見て、うわー・・・と呆れを多大に含ませた視線で見ていた。
しかし、そんな物の怪の様子などは他所に、二人は会話を続けていた。


「朝餉の準備ができたのだけれど・・・・・」

「そうなんだ?それじゃあ、彰子は先に行っててくれるか?俺も直ぐに着替えてそっちに行くからさ」

「そう?着替えるの、手伝わなくても大丈夫?」

「だ、大丈夫だよ!だからさ、彰子は先に行って母上の手伝いをしてくれないかな?」

「えぇ・・・わかったわ。それじゃあ、先にいってるわね」

「うん!」


そうして彰子が部屋から遠のいていくのを確認すると、昌浩は今まで浮かべていた笑みをふっと消した。
そんな昌浩を見て、物の怪は思わずぽつりと言葉を零していた。


「昌浩・・・・・・彰子の前だけはほんと白いよな、お前・・・・・・・」

「ほっとけ!」


昌浩はぎっと物の怪を睨みつけると、いそいそと着替えの準備を始めるのであった。
彰子に直ぐに行くと言った手前、その言葉を翻すことはしたくないのだろう。


彰子、お前は本当に偉大だと思うぞ・・・・。


何せ、ここまで捻くれて育った昌浩でも、素直に対応する数少ない相手なのだから。
ほんと、一体どこで間違ったのだろうな・・・・。
物の怪は急いで着替えを終わらせようとしている昌浩を見遣りつつ、密かに溜息を零した。






こうして、黒昌浩の一日が始まるのであった―――――――。












※あとがき
はい、この黒孫祭の主催者こと皇 紫陽(すめらぎ しよう)です。
今回は黒昌浩の作品ということで、短めの小説を二つほど書き上げました。
さて、一作品目は『黒昌浩な朝』です。もしかしたら知っている方もいるかもしれませんが、このお話は実は以前コピー本に四コマとして描いた作品を文章化、そして色々と手を加えて書き直したものなのです。実際セリフなどは大いに異なっている部分がありますので、簡単に言ってしまえば話の流れだけが似たような作品となります。別に持ちネタがないっていうわけではありませんので悪しからず。
祭に参加してくださった皆さんと一緒に、こうして自分も黒昌浩の作品を出すことができて嬉しいです。他の方の作品もゆっくりとご覧になってください。では。