器の中に込められたものは・・・











「昌浩殿、ちょっといいかね?」

「?・・・・はい、何でしょう?」


頼まれていた巻物を届け終え、自分の仕事場へと来た道を戻っている最中に昌浩は陰陽生に呼び止められた。
声を掛けられた方へと視線を向けると、少し離れた所に陰陽生が二人佇んでいるのが見えた。うち一人は何やら封のされた両手に収まるくらいの大きさの箱を持っていた。


「実は君宛にこのような箱が届いていたんだが・・・・・」

「俺宛に、ですか・・・・・・?」


昌浩は陰陽生の言葉に、訝しげに眉を顰めた。全くもって心当たりがなかったからである。
昌浩の足元にいる物の怪も、胡散臭そうに陰陽生の持っている箱を見ている。

箱は小さめながらも、とても高価そうなものであった。
一点の曇りもない黒膝塗りで、ところどころに細やかかつ繊細な彫りの施された、一見質素ながらも上品で綺麗な造りをしていた。


「あぁ、渡すように言われていてね。これから君を探しに行こうと思っていた時に、丁度君が通りかかったというわけさ」

「はぁ・・・、わざわざありがとうございます」

「いや、たまたま時間が空いていただけだよ。それでは、私達はこれにて失礼するよ」


そう言うと、昌浩に箱を渡した陰陽生は、もう一人を引き連れてその場を去っていった。
後には手渡された箱を怪訝そうに見遣っている昌浩と物の怪が残されたのであった。











昌浩達と別れた陰陽生達は、ある程度の距離を歩いたところでその歩みを止めていた。


「―――おい、本当に良かったのかよ?嘘まで吐いて、曰く付きの箱を渡したりなんかして・・・・」


やや不安げな顔で、昌浩に箱を渡した方ではない陰陽生が口を開いた。
そう、彼らが昌浩に渡した上物の箱は、実は何かしらの強力な思念が取り憑いている、所謂調伏依頼をされた品であった。


「まぁな。本当は俺達があれの処理を頼まれたんだがな・・・・相手の方もどうすれば良いのか困ってて適当に俺らに押し付けたような物なんだ、誰の手に渡ったとしても気にしないさ」

「そりゃぁ、相手の方は『これをどうにかすることができる方でしたら、どなたにでもお譲りしてくださって構いませんから』とは言ってたけど・・・・・いくらなんでもあの直丁に渡すのは不味いんじゃないか?」

「いや、よく考えてもみろ。あの直丁は誰と暮らしている?」

「誰って・・・・それは父親である吉昌様や祖父の晴明様だろう?」


何を当たり前なことを聞くんだと、その陰陽生は怪訝そうな表情で聞き返した。
が、昌浩に箱を渡した方の陰陽生は、わかっていないなと首を横に振った。


「そう、吉昌様や晴明様だ。直丁殿はあの箱を自宅へと持ち帰るだろう?それを晴明様達が見たらどうなると思う?」

「それは・・・・その箱がそういった物だろうと気づくだろうな。直丁程度の彼ならまだしも、稀代の大陰陽師である晴明様が気がつかないはずがないだろう?」

「そのとおり。そしてそのことに気がついた晴明様方が、あの直丁がそんな物を持っているのを見逃すと思うか?」

「まさか!危ないだろうからご自分達でその箱を払うなり何なり・・・・・・って、まさか・・・・・」


陰陽生は同僚の言葉に、そんなわけがないだろうと首を横に振って否定した。
自分に兄弟がいたとして、その兄弟が何かが取り憑いた明らかに不審な物を持って帰ってきたら、それが自分で対処できる範囲のものであれば自分は間違いなくそれを処理するだろう。そんなもの、間違っても傍に置かせるわけにはいかない。いつ何が起こるか、どんな影響が与えられるのかわかったものではないから・・・・・。

そこまで考えた陰陽生は、はたとあることに気づいた。
もし、今自分が考えたようなことを晴明様達も同じように思ったとしたら・・・・・?


「まさか・・・・・遠まわしにとはいえ、晴明様達にあの箱の処理を押し付けようっていうのかっ?!」


馬鹿なっ!と、その陰陽生は、昌浩に箱を渡した陰陽生へと詰め寄った。よくもそんな恐れ多いことを、と・・・・・・。
しかし、箱を渡した陰陽生はしれっとした態度で更に言葉を紡いだ。


「あれは俺達の手には負えなかったものだ。いずれはもっと腕のいい陰陽師の人の手に渡るものなんだ、そしてその相手が晴明様方だという違いに過ぎないだろう?」

「それは結果論の話だろう?!俺達には手に負えなくても、例えば敏次殿などならもしかしたら払えた物かもしれないんだ。その考えは極端過ぎる!!」

「ま、もう直丁に渡してしまったのだ。今こうして騒ぎ立てても遅すぎる話さ」

「それはそうだが・・・しかし!」

「はぁ・・・お前も頭の固い奴だな・・・・・・・」


そうしてあれこれ言い合っている陰陽生の傍を、ひらりと一匹の蝶が飛んでいくのであった。
その蝶はひらりひらりと宙を自由気ままに飛んでいく。そしてその行き着く先は―――。












「!あぁ、帰ってきたみたいだね。ご苦労様」


机に硯と墨を取り出してしゃこしゃこと墨磨りを行っていた昌浩は、机の端にひらりと舞い降りた蝶を見てそう言葉を紡いだ。
蝶は再びひらりと羽ばたくと、今度は昌浩が差し出した指先へと留まった。
翅をひらひらと開いては閉じてを繰り返す蝶をしばらくの間見つめていた昌浩は、ふっとその口元に嘲笑を浮かべた。


「ふーん?何考えているのかと思えば・・・・・随分と小賢しいことを考えていたんだね」

「・・・・昌浩、何かわかったのか?」


一人納得顔をしている昌浩に、その様子を見ていた物の怪は声を掛けた。
昌浩は物の怪の問いに一つ頷くと、「あ、戻っていいよ」と蝶へ声を掛けた。すると、蝶は姿を一枚の紙へと転じさせた。
ひらり、と紙――元は蝶であったそれが畳の上へと舞い落ちた。
昌浩はそれを無造作に拾い上げると、ぐしゃり!と握りつぶした。


「まぁ、要約して言うとだね、自分達の手に余る代物だから他人に押し付けちゃえ!・・・・かな」

「なんだそれは。もう少し、わかりやすく話せよな;;」


あまりに話を言葉少なに纏めすぎていて、ちっともその概要が見えてこない。いや、確かに言っている意味はわかる。わかるのだが、それがどうして昌浩こと直丁へその品を手渡すことになるのかがわからないのである。
呆れたように半眼になる物の怪に、昌浩は軽く肩を竦めただけであった。


「だから要約してっていたでしょ?で、もう少し詳しく話すとだね、調伏依頼をされた品を自分達はどうすることもできないので、丁度目の前を通りかかった直丁に押し付けて、果てはその直丁の祖父である稀代の大陰陽師に何とかして貰おうという、実に自分本位で他人迷惑を省みない愚劣な考えの下に起こした行動だった。・・・・・これならわかる?」

「あ〜、・・・・大体はな」

「はぁ〜、こんなんで陰陽寮は本当にやってけるのかな?じい様がいなくなっちゃったら、その時はどうするんだろうね?」


もしかしたら都どころか国自体もあっさりと滅んじゃうんじゃないかな?
昌浩はそう言って嘲りを含んだ笑みを零した。

晴明がいない状態で、陰陽寮の者達だけで窮奇や黄泉の軍勢や遣り合ったとして、勝敗はどちらに上がるか・・・・・・その結果は言われずとも見えてくる。
今までの大きな困難は、それこそ晴明や昌浩、そして十二神将達が陰となって誰とも知れずに取り除いてきたのだ。
それが表舞台へと出てきた時、彼らは如何ほどの対応ができるのだろうか?まぁ、それも見てみたい気もしないことはないが、今自分が思い描いている結果とほぼ相違ないものとなるだろう。

そんな風に思考を廻らせる昌浩に、物の怪は一応思ったことを口に出してみた。


「取り敢えず、お前がいるだろうが・・・・・・・」

「俺?はっ、冗談!俺はじい様みたいに広い仏心なんて持ち合わせてないからね。そんな物は当人に叩き返してやるよ、『自分の不始末は自分で何とかしろ』ってね。俺は俺と周囲の人達の安全を図れたらそれでいいの!」

「それはまた、利己的な発言だな・・・・・・・」

「そう?利己的というのは自分の利益のみを大事とすることだよ?俺の場合は条件としては”その周囲の人達”も含むから、少し意味合い的には違うんじゃないかな?・・・・まぁ、最終的に行き着くのが『俺の心の安寧』なんだから、利己的と言われればそれまでだね」


昌浩は物の怪の言葉を肯定とも否定とも取れるような、何ともあいまいな言葉を返した。
本人としても十分に自覚のある発言だったのだろう。そしてその言葉の真意を受け取るのは本人ではなくて、その相手であるということも・・・・。

物の怪はそんな昌浩の言葉に、やや渋い顔をした。
この歳でこのような物の考え方をするとは・・・・・この年代の子どもと比べたのなら、昌浩の思考はかなり大人びているものであるだろう。いや、これは最早老熟とも言っていいかもしれない。


「・・・・まぁ、俺としてはお前がその心の安寧とやらを保っていられればそれでいいんだがな」


そう、物の怪にとってはこの目の前の子どもが笑って日々を過ごせていられるのなら、その他のことなどどうでもいいのだ。
物の怪が一番優先するのは、この子どもが人生を幸せに送ること。その心に陰を落とすことなく、心穏やかに歳を重ねていくことを望む。
どこか育て方を間違えたのか、今でこそやや捻くれた物の考え方をするが、それでもその心根はとても優しい子なのだ。長年傍にいる物の怪には、それがわかっている。

物の怪はそんなことを考えつつ、視線をどこか遠くへと飛ばした。
昌浩はそんな物の怪を、ふっと表情を柔らかいものにして見ていた。
もちろん、己の思考へと意識を浸している物の怪がそれに気がつくことはなかったが・・・・・・。


「・・・・・ま、どうやらこの箱は貰えるらしいから、後でその取り憑いているやつを払って、清めてから彰子にあげるとするよ」


箱自体はかなりの業物であるから、きっと彰子も喜んでくれるだろうと昌浩はそんな結論に至った。
それを聞いた物の怪は、少しばかり頬を引き攣らせた。


「あげるって・・・・その曰くつきの物をか?」

「そう。清めた後に俺の霊力を込めれば、(良い意味での)呪具になるからね。何だったらもっくんもやる?そうしたら神具になるね。ほら、器の中に込められるものによってその存在もまた別物になるんだからいいじゃない」

「まぁ、それは確かにな」

「大体、この箱自体に問題はないでしょ。これに何かが憑いているだけで、それを綺麗に取り除いたらただの箱なんだしさ。それに、そういうことって彰子はあんまり気にしなさそう・・・・・・・」

「あ〜、それも・・・・・何となくわかる」


昌浩の言うこと全てが尤もと言えば尤もなので、物の怪はそれ以上のことは言わなかった。

さて、邸に帰ったら気合を入れて払わなくっちゃ!
そう言って昌浩は、己の脇に置いてある箱へと視線を投げ遣るのであった。








その後、その箱は無事に清められ、彰子の手へと渡り大事に扱われたそうな――――――。










※追記という名のおまけ。

結局陰陽生達の行いは陰陽頭に知られることとなった。無論、昌浩が陰陽頭に報告したわけではない。
昌浩が陰陽寮を退出する際に、偶然陰陽頭と会ったのであった。
陰陽頭は、昌浩がもっている例の箱を見て訝しげに眉を寄せた。その箱には見覚えがあったのだから仕方ない。
その箱はつい昨日、ある陰陽生達が報告に上げていたものであった。自分達で何とかしてみせます!と宣言し、その問題の箱は彼らが引き取っていったことを彼は覚えていたのである。

では、その箱が何故直丁である彼の手の中にあるのだろうか?

疑問を抱いた陰陽頭は、すぐさま昌浩に問うた。
その箱は一体どうしたのかと・・・・・。

もちろん昌浩はその箱を貰うまでの陰陽生達との遣り取りを、包み隠さず全部話した。
別段、彼らに口止めされていたわけでもなく、更に言ってしまえば昌浩が式でその後の彼らの遣り取りを聞いていなければ、昌浩が疑いようもなく話したことであったのだからどのみち昌浩が話す内容に変わりはないだろう。
昌浩から話を聞き終えた陰陽頭は驚きと共に憤りも感じた。
よもや事情も何も知らない者に(嘘を吐いてまで)問題の箱を押し付けたのである。
自分達の責任を放棄し、あまつさえその箱の処分を(何も知らない)他人に任せたのである。これほど無責任な行いはないだろう。

陰陽頭は(事情を知らないでいると思われる)直丁に、それは曰くつきの代物であり、彼に対しての贈り物ではないことを説明した。そして、その箱を自分に渡すようにとも・・・・・・。
すると、直丁は首を横に振ってこう答えた。


「いえ、この箱はどうか俺に任せてはもらえないでしょうか?私自身の修練にもなるでしょうし、もしどうしてもだめなら、父か祖父に払ってもらうように頼みますので・・・・・・・」


この言葉を聞いた陰陽頭はそれならば・・・と納得し、直丁にその箱を任せることにした。それと共に、箱の処分を押し付けられたにも関らず、嫌な顔を一つもせずにこれも修行になると言い切った直丁に感嘆の思いを抱いた。
そして彼らはそこで別れたのであった。

後日、全く無関係の者(昌浩)に箱を渡したことにとても腹を立てた陰陽頭は、彼らを呼び出し、厳しい罰を与えたらしい・・・・・・。
自業自得である。












※あとがき
もう、書いていて黒なのかスレなのか、よくわからなくなってしまいました;;まぁ、黒ってことでよろしくお願いします。
後半部分しか黒昌浩らしい昌浩を書くことはできませんでしたが、私としては満足しております。所詮は自己満足の作品ですからね・・・・・。ですが、こんな作品でも皆さんが楽しんで読んでいただけるのであれば、これほど幸いなことはありません。文章の表現も各キャラの性格の捉え方も十人十色です。執筆者が異なれば、同じようにそれぞれ異なった黒昌浩が出来上がります。そういった違いを楽しんでいただけたらなというのが、この祭を開催した理由の中に含まれております。(読み終わってから言うのもあれすが・・・・)どうぞ、お楽しみください。