昔 か ら の ・・・





 安倍昌浩は不思議人間だ。
 基本的に柔和で素直。人に優しく謙虚。交友関係が広く、人に好かれやすい性格で男女問わず困っている人がいると放っておけない性格をしている。時々しんどそうにしている時があるが根性があって肝が据わっている。
 欠点といえば優柔不断な所くらいだろうか?


 橘篤志はサラサラと流れるように動かしていた右手を止めて微かに首を傾げた。
 トントン、とシャーペンの上部で頬の辺りを軽く叩く。
 手元にあるのはB5の白紙だ。その紙には篤志の字で“安倍昌浩”と主題を打たれ、その下に「外見的特徴」「性格」「好きなもの」「嫌いなもの」など章立てを組まれている。篤志は今「性格」について文字を埋めていた所だった。
 ふ〜む、と篤志はいつになく真面目に考えこんだ。
 大体において篤志がこのような恐ろしいものを書いているのにはそれなりに理由があるが先に彼と昌浩の共通点というかこれを書かなくてはならくなくなった根本的理由の説明の方が先だと思われる。
 篤志と昌浩は一言で言ってしまえば幼馴染だ。今となっては安倍家のご近所に自身の両親が住んでいた事が橘篤志の運のつきである。
 昔から知っている昌浩なのだ、その家族とも面識はあるし近くを通るなり出会うなりすると心優しき者は篤志を気にかけてくれる。それはいい。だがその心優しき者含め安倍家には人ならざるモノが多い。というか大半がそうだ。まぁそれもいい。だって篤志に害はないのだ。あるとすれば安倍家に住む人である者だ。特に昌浩や昌浩の祖父。彼らはそっくりだ。そう言ってしまえば昌浩祖父は喜ぶだろうが昌浩はさらに恐ろしくなりそうだ。

(考えただけで寒気がっ!)

 鳥肌までたった腕を擦りながら篤志はさらに思考を進めた。本音としてはやめたいがこれも仕方がない。眼前に普段なら存在感の薄いB5用紙が今はこれでもか、と主張していらっしゃるのだ。さっさとコレを記入し終えて手放したい。
 そう、篤志は安倍家と面識があり、さらに人ならざるモノが住んでいることも知っており、さらに言えば篤志には人ならざるモノが視える。とはいっても昌浩の幼馴染みにして大切な大切な女の子、藤原彰子ほどでも昌浩ほどでもない。安倍家にいる人ならざるモノに関しては気配で察したのだ。そうして気配で察するモノは大抵において関わると厄介な事ばかりであると既に悟っている篤志は関わらないようにした。が、昌浩の自然のようで不自然なうっかりで発覚して以来、何かと昌浩祖父(ひっそりと昌浩も加わって)によって人ならざるモノで遊ばれている。

(あ、また思い出しただけで寒気が・・・)

 もはやこの思考は自殺行為ではないだろうか、と思い始めてきた。
 昌浩とその家族と面識を持ち、そうして遊ばれていると自然出会ったのが藤原彰子である。ぶっちゃけ彼女と昌浩の初対面時には篤志もいたのだ。が、それはそれ。幼いとはいえあらゆる意味で晴明(昌浩祖父)の孫だと言わしめている彼である。彰子の記憶からはすっかり初対面は昌浩と2人きり、が刷り込まれている。彰子の中では篤志は昌浩を通して知り合った、となっているのだ。実際は異なるというのに。だが篤志にとってはどうでもいいのだ。訂正なんてする気はない。だって我が身が一番可愛いのだから。
 そんなこんなで彰子とも知り合い、後に彼女の父とも知り合った。そうして昌浩の隣にいる篤志を一目見て彼は同類の気配を感じとったらしい。昌浩と晴明の目を盗んであれこれと良くしてくれた。

(うぅ・・・道長おじさん、俺もう泣きたい・・・)

 まるで足長おじさんのように影ながら親身になってくれる道長に篤志は人知れず愚痴をこぼす。今は道長自身忙しくなったこともあるが昌浩もその黒さに磨きをかけているので下手に接触できない。愚痴も精神的疲労も溜まる一方である。
 高校は絶対別々に・・・! と祈願して気づく。篤志と昌浩が通う学校は道長が理事を務める学園で幼等部から大学部までの一貫性なのだ。

(・・・・・・・・)

 もう俺コレ書かなくてもいいかな、と今更ながらに受け止めた現実に思考は停止した。

「あーつーし! 何書いてるのさ?」

 はぁ、と溜め息をつこうとした瞬間である。
 ひょい、と篤志の机を挟んで向かいから影が現れた。同時に聞こえた声に篤志はピシリと固まる。
 そろそろと視線を上げれば目に入る人畜無害そうな笑顔。あぁ、なのに何故だろう。篤志には悪魔に視えるその笑み。

「えぇっと何々? 安倍昌浩は不思議人間だ・・・?」

 こて、と首を傾げる様は愛らしい。小動物のようだ。だのに、篤志にはその浮かべられている笑みがより深まり悪魔が大魔王になったようにすら思えるのは何故だろう。

「ひっどいなぁ。俺ってはそんなに不思議人間じゃないと思うけど。篤志の方が不思議人間に思えるけどなぁ」

 ぶーぶーと膨れる昌浩に篤志の背には冷や汗が流れ落ちる。

「ところで篤志、今日うちに遊び来ない?」

 にこ、と笑いながらクシャリと潰されたB5用紙。
 昌浩の手の中で潰されているソレがまるで篤志の未来のように思われて・・・・・・引きつる頬を叱咤しながら篤志は項垂れるように首肯した。


 楽しそうに先を行く昌浩を追いながら、篤志は溜め息をつく。
 彼の中で何が一番昌浩を不思議人間だと思わせているのかと言えば、コレだ。どこからともなく篤志の眼前に現れる昌浩。それが例えセキュリティーも護衛のレベルも最高級だと言われネズミ一匹入れないような厳重の檻とも言えるこの屋敷内のこれまた一層強固な防犯がされている篤志の部屋であっても平然と。

(あぁ、今回は一体どれだけの被害が出たんだ・・・)








−Fin−