誤 り を 告 げ る






 その知らせを受けたのは昌浩が夜警からの帰路についた時だった。

 今日も雑用ばかりだったし無駄な影口を叩く奴らは居なくならないし、要領の悪い人間ばかりだし、ていうかああして顔を作るのも四六時中だとやっぱり疲れるなぁ。唯一の救いはもっくんで遊べる事とやっぱり彰子手製の匂い袋だよなぁ。あぁ、ホント、彰子は良いお嫁さんになるよ。ていうか俺のお嫁さんとしては最高だよね! 彰子しか考えられないよね!

 胸中で一人何かに主張しながらぽてぽてと昌浩は歩いていた。すぐ傍では物の怪のもっくんが不審気な表情で昌浩を見上げているが全くもって気にしない。
 もうすぐ屋敷に着く、という所で昌浩は白い物体が空から舞い降りてくるのを見た。

(すっごい嫌な予感がっ・・・!)

 こういう嫌な予感ほど毎回当たるんだよな、と昌浩は遠い目をしながら白い物体を手の平で受け取った。
 物の怪が何だ何だ、と興味津々と昌浩の肩にひょい、と身軽に飛び乗って手元を覗き込む。

「えぇっと? ・・・・・・っ」
「・・・今すぐ内裏に行ってちょいと厄介な妖の相手をしてきなさい。共として六合をつけてやるから人目に触れぬように且つちょちょいと祓ってくるのじゃぞ・・・と」

 おぉう、これはまた不憫な、と物の怪は昌浩の手元で盛大な皺を作り始めた紙に書かれた内容を読み上げて昌浩に目をやった。

「くっそー! 今夜こそはゆっくりできると思ったのに!」

 じい様め、じい様め、と恨みを屋敷でのほほん、としているだろう老人に向ける。それでもこの手紙を無視できないのは彼が一応は尊敬するに値するであろう陰陽師であり祖父であり師であるからだ。そうして内裏という場所がまた無視できるものではない。

「つーか内裏で妖を祓うんだったら夜とはいえ顔がバレないようにしねぇとだよな」

 ん、あ、それで六合をつけるのか、と物の怪は一人納得している。

「もっくん、六合、さっさと行ってちゃっちゃと祓ってとっとと屋敷に戻るよ!」

 今日は折角早く帰って久し振りに彰子とまったりしようと思っていたのに! と胸中で泣きながら昌浩は内裏目指して身を翻した。
 物の怪は一人頷いていた時に昌浩が身を翻して走り始めたためとっさに反応できず少々の遅れをとる。
 それでもさすがは四足走りか、距離を置かずして昌浩に追いつくとそのままの勢いで昌浩の肩に飛び乗った。










 昌浩は内裏に到着する前に六合から長布を借り受けて顔を隠した。
 念には念を、というやつである。
 バサリ、と六合の長布を頭から被って全身を多い、視界を開けるようにして昌浩は内裏の中へと進んだ。

「う〜ん、多分こっちの方角であってると思うんだけどなぁ」

 これといって何の気配を感じないため昌浩は陰陽師の直感とやらを頼りに先を進んでいく。
 頼りなさ気な声を出しつつもその足はしっかりとしていて本当に勘で進んでいるのか、と思わせるほどだ。

「おい、昌浩。微かにだが妖の気配を感じるぞ」

 ぴく、と長い耳を揺らめかせて物の怪がとある方角を睨みながら囁く。
 昌浩は物の怪の言葉に反応して物の怪が見据える方角に目をやった。
 それはさすがというべきか、昌浩が進んでいた方角だった。

「さっすが俺! もっくん、さっさと行くぞ」

 たっ、と足音をたてないように注意しながら昌浩は駆けだした。
 物の怪がその後ろを数瞬遅れて追う。




「ここか!」

 クル、と角を曲がってすぐに昌浩は眼前に在る姿に確信の笑みを浮かべた。
 素早く胸元から符を取り出して構える。

「さぁとっとと調伏されろよ!」

 言って、妖の反応など気にせず昌浩は呪を唱え始めた。

「ちょ、ちょっと待て昌浩! 何だか様子が変だぞ!」

 それを物の怪が慌てて止める。実際に昌浩が現れ、それに気づいた妖は目を見開いて硬直し、戦意も殺意も感じられなかった。
 むしろ恐怖でぶるぶると震えている。

「む。何だよ、もっくん。早く調伏しないと彰子が眠れないだろ!」

 それでなくてもいつもいつも寝ずに帰りを待ってくれているんだよ。彰子が寝不足で倒れたらどうしてくれるんだ! と説教を垂れてくる昌浩に物の怪は落ち着け、と二本足で立って説得を試みている。
 最早妖そっちのけの2人に六合は軽く溜め息を吐いた。

<<何よりもまずはあの妖を優先すべきだろう>>

 六合の指摘にぎゃあぎゃあと他愛もないことで言い争っていた2人はぴたりと口を閉ざした。

「そうだった! それで、一体何がどうしたっていうんだよ」
「何がどうしたも、こいつ只の雑魚妖だろ。だってのに何で晴明のやつは調伏してこいなんて言ったんだ?」
「確かに言われてみればそうだね。しかも厄介とか言ってたけど・・・まぁここまで雑魚だと違う意味で厄介?」
「・・・いや、それはいくらなんでも哀れだろう。お前それ、あの妖を全否定してるようなもんだぞ」
「だってさぁ〜あの妖がいなかったらもしかしたら今頃は彰子と話せてたかもしれないんだよ? 最悪、おやすみくらいは言えたのに・・・ちっ」

 ・・・・・六合は昌浩と物の怪の会話に思わず遠い目をした。
 何をどう育てたらこうなるのだ、騰蛇よ。

 舌打ちをして悪態を惜しみもせず曝け出している昌浩に対して物の怪が何やら嘆きつつも教育的指導をしている。
 だがそれも特に意味をなしているようには見受けられず、六合は物の怪が昌浩に遊ばれているようにみえてそっと目頭を抑えた。





 それにしても、と妖は思う。
 結局こいつらは一体何をしにきたのかと。
 舌戦を繰り広げる一人の人間と一匹の物の怪を前に、妖はそっとその場を抜け出し内裏の外へと逃げ出した。

 あぁ、全くついていない。ただちょっと内裏とはどんなものなのかを見にきたらこれだ。一体全体自分が何をした。こんなか弱く力も持ちあわせていない妖を調伏しようだなんて、あの人間もまだまだだな。

 うんうん、と一人真暗闇の京を駆けながら、未だ内裏で舌戦をしているであろう人間と物の怪を思い浮かべ、そうして身震いをした。

 それにしても、あの人間、目がマジだった・・・・・











−Fin−