冷たい夜風が大路を吹き抜ける。







時刻は戌の刻。







人々は皆帰宅し、広い通りには人影は全く見られない。仮にいるとしても極少人数であろう。







そんな中、通りの物陰に息を潜めて辺りの様子を窺っている影が一つ。







平常よりも忙しない呼吸。静まり返っているこの場では酷く大きな音に感じられる。







こんなことではやつに見つかってしまう。







そう考えていたら、ふいに背後に気配を感じた。







「ふっふっふっ!・・・・みぃ―つけたVv」







ひどくご機嫌な、それでいてとても不気味な声が聞こえた。







恐怖に駆られながらも、それは恐る恐る背後を振り返った。







「―――――!!!」







振り返った背後。








そこにやつはいた―――――冷気霊気を纏って・・・・・・・・。







「覚悟はできでんだろうなあ?おい!」












寝不足にはご注意を












―――数刻前。





「大丈夫か?晴明の孫」

「孫言うなっ!物の怪のもっくん」

「もっくん言うなっ!!俺は物の怪と違うと何度言えば・・・・・・・って、話を聞け!!」

「んあ〜・・・・・眠い。眼がちかちかするし・・・・・・」


どこかぼんやりとした風情の昌浩は、しきりに瞬きをしている。
う〜と唸りながら頭を振ったりなど、どうにかして眠気を吹き飛ばそうと必死だ。
ここのところ毎晩のように夜警に出ていて睡眠時間が大幅に削られていたためと、陰陽師としての仕事が忙しい時期とが重なってしまったために、どうやら極度の寝不足になっているようだった。


「・・・・・・今日は夜警に出ずにさっさと休め。明日は久々に物忌みで仕事は休みなんだろう?」

「ん〜、でも明日物忌みで一日中邸にいないといけないんだったら、今日見回りに行って明日一日中大人しくしてた方がいい気も・・・・・・・・・・いや、やっぱり止めとく」

「おぅ!そうしろ。無理はいけないぞ?晴明の孫」

「だから孫言うなっ!―――はぁ、邸に帰ってさっさと寝よ」


重い足取りで昌浩は家路を急ぐ。
物の怪も昌浩の歩調に合わせて隣を歩く。
夕闇はすぐそこまで迫っていた。




*    *    *




夕餉を食べ終わった昌浩は、晴明に呼び出されて祖父の自室へとやって来ていた。


「じい様?昌浩です」

「うむ。入りなさい」


許可を貰って入室した昌浩は、適度な距離を置いて腰を下ろす。
その隣に物の怪もちょこんと座る。
二人(一人と一匹)が腰を下ろしたのを見計らって、晴明はおもむろに口を開いた。


「最近、妖が頻繁に人を襲っているらしい。幸い、大事に至るようなことはまだ起きてないらしいのじゃが・・・・・・・早急に解決するに越したことはないじゃろうて」

「はぁ・・・・・・」


この後の展開が容易に想像できてしまう。

あぁ、なんか頭痛までしてきたな・・・・・・・。

睡魔でぐらつく視界をなんとか堪えつつ、祖父の続きの言葉を待つ。


「というわけで昌浩、お前ちょっと行って払ってこい」

「・・・・・・・・・・・・」


予想的中。
思わず昌浩はじと眼になる。
それを見た晴明は、ぱん!と扇を広げそれで口元を隠す。
これは・・・・いつものあれがくるか?
晴明本人以外のその場に居合わせたもの全員(昌浩達以外にも隠形しているが六合・勾陳がいる)が同じ事を思った。


「昌浩や。いくら最近忙しかったといえど、それほど明らさまに嫌な顔をするなどと・・・・・・・」


う〜、眠いな・・・・・・・・。


「都の人たちの不安に比べたら寝不足の一つや二つや三つや四つくらい我慢できるじゃろう?」


眠い・・・・・・眠い眠い眠い眠い眠い!!!


「ちゃっちゃか払ってきなさい」


ぷっつん!!!

何かが派手に切れた音がした。


「・・・・・・・わかりました。
今すぐ即行で迅速に跡形もなく徹底的に潰してくるので・・・・・・・。それでいいですよね?じい様vvv


昌浩がきれた。

正直に言って怖い。
笑顔で祖父に念押ししてる昌浩だが、その纏う空気はひどく不穏だ。
全開の笑みなのだが眼が笑っていない。
何故か彼の背後に黒い靄が見える。

あまりの居辛さに、彼からそろそろと距離をとる。


「う・・・・うむ;」


孫の全開の黒い笑顔に、晴明もやや気圧され気味だ。


「それじゃあ行こうか?もっくん」


昌浩は立ち上がり、部屋を退出しようとする。


「ど、どこに??」


条件反射で問い掛けてしまった物の怪は、己の軽率な発言に直後後悔をする。
問い掛けられた昌浩は、歩みをぴたりと止める。
物の怪の背中に滝の如く冷や汗が大量に流れ落ちる。
昌浩はゆらりと振り向き、一言だけ言った。


「どこって・・・・・・・
外だよ

「っ!そ、そうだよな!!は、ははは・・・・・・;;」

「さっさと終わらせる。俺の貴重な睡眠時間を削った罪は重いぞ・・・・・・・・ふふっ、首を洗って待っていろ妖・・・・・」


完全にいっちゃってるよこいつ。だれか止めてくれ;;
黒い気を振りまきながら準備の為に自室に戻る昌浩の背中を見送りつつ、今から払いに行くであろう妖にちょっぴり哀れみを抱いてしまった一同。


「・・・・・・晴明」

「なんじゃ、紅蓮」

「今度から昌浩が寝不足の時に妖退治を頼むのは控えてくれ;;」

「私もそれが懸命だと思うぞ、晴明」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・そうだのぅ」


神将三人からそう言われた(六合は無言の肯定)晴明は、神妙に頷くのであった。




*    *    *




そしてぶちきれたまま調伏に出かけた昌浩達は件の妖を早々に見つけ、追い掛け回し(もちろんわざと)今まさに払おうとしていた。
それが冒頭の話になる。


恐怖のあまりにがたがたと震える妖。
目の前にいる幼い陰陽師は満面の笑み。

じりっ(一歩踏み出す)

ざっ(一歩後ずさる)

じりっ(一歩踏み出す)

ざっ(一歩後ずさる)

じりっ(一歩踏み出す)

ざっ(一歩後ずさる)

以下略


あ〜あ、遊んでるな・・・・・・・・。
上のやり取りを見ての物の怪と六合の感想。

しばらくそのやり取りをしていた昌浩は、ふいにぽつりと呟いた。


「・・・・・・・飽きた」

「!!!!!?」


今まで笑顔の大盤振る舞いだったのが一変して無表情になった昌浩にびびる妖。
そんな妖をきれいさっぱり無視して、昌浩はおもむろに刀印を組む。


「オン、アビラウンキャン、シャラクタン!」

「―――――ッ!!」


真言が唱えられると共に、妖の全身に無数の亀裂が生じる。


「降伏!!」


振り上げた刀印を勢いよく振り下ろす。
と同時に妖の体が塵となって崩れ落ちる。


「ふぅ〜。じゃ、帰ろっかv」

「お・・・・・・おぅ・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」


なにやら出番が全くなかった神将二人。
機嫌よく邸へと駆けて行く後ろ姿を見つつ、彼の健康管理(特に睡眠)をしっかりしようと心に決めるのであった。





その後、帰宅した昌浩が満面の笑顔で

「じい様なんか大っ嫌いv」

と言って晴明を石化させるという事件が起こるのだが、今の彼らには知る由もなかった。









本日の教訓:昌浩の睡眠は十分に取らせましょう。













※言い訳
久々に短編書きました。しかも初のギャグ!皆さん如何だったでしょうか?
無邪気に黒い昌浩が結構好きだったりします。
今月の地域のイベントには、この話を漫画にしたコピー本を出そうと考えています。
あんまり時間がないな・・・・・・・・。

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2006/2/5