「じいさま〜。じいさまどこ〜?」


時刻は午の刻半ばを過ぎた位。場所は安倍邸。

トタトタと、小さな足音が響く。







遊びの時間







足音の主は稀代の大陰陽師・安倍晴明の末孫、安倍昌浩。
歳は数えで三つ。
つい先日、着袴の儀<ちゃっこのぎ>を終えたばかりである。

昌浩は今、彼の祖父である晴明を探しに邸中を歩き回っている。


「呼んだかの?昌浩」

「!じいさま!!」


あちらこちらに顔を巡らしながら歩き回っていた昌浩に、背後からやって来た晴明が声を掛ける。
昌浩はお目当ての人物を見つけ、その懐に飛び込む。

昌浩に飛びつかれた晴明は、とても嬉しげに目許を綻ばせながら可愛い末孫の髪を撫でる。
昌浩は頭を撫でる感触が心地よいのか、目を細めつつその余韻に浸っていた。


「一体どうしたのじゃ?」

「じいさま、わすれちゃったの?きょうはまさひろとあそぶって、やくそくしたでしょ?」


自分よりも背の高い祖父を一生懸命見上げながら昌浩はそう言った。


「おぉっ!そうじゃったな。じい様は昌浩との約束をちゃんと覚えておるぞ」

「ほんとう?じいさま、おしごとにいったりしない?」

「大丈夫じゃ。今日は何もお仕事は入っとらんからのぅ」


少し不安げに瞳を揺らし、昌浩は聞いてくる。
晴明はそんな昌浩を安心させるために微笑みながらそう告げた。

晴明のその言葉を聞いた瞬間、昌浩は”ぱあぁっ!”と顔を明るくした。
晴明はそんな昌浩を見て、更に笑みを深めた。


「それじゃあ、じい様の部屋に移動しようかの?昌浩」

「うん!!」


部屋へ行くよう促す晴明に、昌浩は元気よく返事を返した。











「・・・・・・それでは昌浩。じい様と何して遊ぼうかの?」

「ん〜と、おんみょうじのつかうじゅつ!じいさまおしえて!!」

「ほぅ、そうかそうか。昌浩は術の勉強をしたいのじゃな?よいぞ、じい様がうんと教えてあげるからな?」

「わーい!!」


晴明の自室にて、晴明と昌浩のやり取り。

その会話を、晴明の背後に控えていた勾陳と六合が聞いていた。
二人の神将がこの会話を聞いて思ったことはただ一つ。

(それを遊びと言うのか?晴明よ)

そして、そのことを遊びだと言った昌浩・・・・・。
絶対に教育方法を間違っていると思う。

どこか常識感覚がずれている二人のやり取りを止めれる者は――――残念ながら誰もいなかった。
ここに騰蛇こと紅蓮がいたのなら、少しは違っていただろう。
彼なら溜息を吐きつつも、そう指摘しただろう。効果があるとは見込めないが・・・・・・・・。


「しかし、昌浩は勉強熱心じゃのぅ」

「うん!だって、まさひろがじゅつをいっぱいおぼえて、はやくおっきくなったらじいさま、いまよりいそがしくなくなるでしょ?」

「うん、うん。そうだのぅ・・・・・昌浩はじい様思いじゃの〜」

「えへへへっ!/////」


晴明はとても嬉しそうに昌浩の頭を撫でる。
もう、爺馬鹿っぷりが暴走している。
大好きなじい様に褒められた昌浩は、とても嬉しそうに笑う。

二人の間に流れる空気は、とてもほのぼのとしたものになっている。


((爺馬鹿・・・・・))


それを見ていた神将二人の内心の呟きは、図らずとも一致した。

彼らがそんなことを思っているとは露とも知らずに、晴明の指導の下、遊びと称した勉強は進んでいく。











それから一刻した後、晴明の自室で小さな寝息が聞こえ始めた。


「昌浩・・・・・・・?」

「すぅー、すぅー」


書物に落としていた視線を上げ、末孫の様子を窺うと、そこには気持ちよさそうに寝息を立てながら眠る昌浩の寝顔があった。

昌浩が寝てしまったことに気づいた晴明は、やれやれと息を吐きながら立ち上がり、一枚の袿を取り出してきて昌浩にそれを掛けてやる。

心地よさそうに眠る昌浩の髪を、節くれだったその手でゆっくりと撫でてやる。
すると、心地よさそうに眠っていた昌浩の寝顔が、ふにゃりと嬉しそうなものに崩れる。
晴明はそれを見て、目尻にしわを寄せる。



二人の間を、さわやかな風が通り抜けていく。







ある日の昼下がりの出来事であった――――――。













※言い訳
初めに、この小説はキリリクしてくださったYuui様だけがお持ち帰りをすることができます。
キリリクの内容が、幸せそうな昌浩と清明を書いて欲しいとのことだったので書かせて頂きました。
テーマは昼寝をする昌浩と、それを見守る晴明。・・・・・だったのですが、昼寝の場面なんて最後の最後にしか出てこなかった・・・・・・。
一応、全体的にほのぼのとしたお話を目指して書いてみたのですが、どうでしょうか?

2006/3/13