薄紅色の花弁。









ひらひらと舞い踊る。









太い幹。









天に向かって大きく広げられた無数の枝。









そして千という時が経っても継続している拍動―――――――。
















桜舞イ踊ル
















「じいさま、だいじょうぶ?つかれてない??」


三つ位であろうか、幼子がやや上目遣いに大きく開かれた眼が、心配そうに見つめてくる。
そんな子供の様子を見て、子と手を繋いで隣を歩く老人―――稀代の大陰陽師・安倍晴明は嬉しげに目を細めた。


「大丈夫じゃよ、昌浩。簡単な厄払いを頼まれただけじゃからじい様は疲れとらんよ・・・・・・それよりも、昌浩は疲れとらんか?」

「だいじょーぶ!おれ、このくらいへーきだよ!!」

「そうかそうか。しかし、疲れたらすぐにじい様に言うのだぞ?」

「うん、わかった!」


晴明の言葉に昌浩は素直に返事を返す。
にっこりと笑う孫の様子を見て、晴明は視線を再び前へと戻す。

暖かく、穏やかな天気の中、二人は会話もなくただのんびりと歩を進める。

簡単な厄払いを頼まれた晴明は、散歩と称して昌浩を連れに伴っていたのである。

片道が一刻の道のり。
はっきり言って三つ位の子供が歩くにはかなりきついものがある。
しかし昌浩は文句も言わず、むしろ楽しそうに周囲の景色を見ながら歩いている。

しばらくの間、辺りをきょろきょろと見回していた昌浩は、ふとあるものに気づき祖父の手を引いた。


「ねぇ、じいさま」

「ん?どうかしたかの?昌浩」

「あそこ、はなびらがいちまいだけおちてるよ?」


昌浩があそこと指差した場所には、確かに薄紅色の花弁が一枚だけぽつりと落ちていた。


「なんでこんなところにおちてるの?」

「本当じゃのぅ・・・・上から風にでも運ばれてここに落ちてきたのかもしれんのぅ・・・・・・・」


そう言って晴明は長く続いている階段の先を見上げる。
花びらが落ちているところは、丁度階段の一番下の所であった。

しばらく薄紅色の花弁を見つめていた昌浩は、何かを思いついたように急にぱっと顔を上げた。


「じいさま。まさひろ、おはながみたい!」


祖父を見上げる昌浩の眼は、期待に満ちてきらきらと輝いている。
そんな眼を向けられたのなら、何としてでも願いを聞き届けてやりたくなってしまう。
しかし、晴明はどうしたものかと少々思案に暮れていた。


「しかしのぅ、昌浩。お前がこの階段を登るには、ちときつくないか?」


逡巡する理由。それは歩きっぱなし(しかも漸く歩けるようになったばかり)である昌浩にとって、この目の前にある階段は少し急で長いように思えたからだ。


「だいじょうぶだよじいさま!それよりおはながみたい!!」


けれど晴明の心配をよそに、昌浩は元気にそんな返事を返す。
そんな孫の様子に、晴明は折れざるおえなかった。


「わかった、わかった。お前がそこまで言うのなら行ってみようかの・・・・・」

「ほんと?!やったぁ!!」


許しの言葉を得た昌浩は、その顔に満面の笑みを浮かべた。

早く!早く!!と急かす昌浩を晴明は微笑ましく見つつ、その石段を登るのであった。






「うわぁ〜。おっきぃ〜〜〜!!」

「これは・・・・・見事じゃのぅ・・・・・・・・・・・・」


石段を登りきり、少し奥まった所には桜の木があった。
それも見事の一言に尽きるような大木。

どっしりと構える太い幹。
しっかりと根付く根っこ。
空を覆いつくさんばかりに四方へ広がる枝。
そしてそこに咲き誇る無数の薄紅。
この様子だと樹齢は二百や三百ではきかないだろう。


「すごいねぇ〜。ね、じいさま?」

「そうじゃのぅ。これほどまでに立派な桜の木はわしもついぞお眼にした事がないわい」

「きれい〜vvv」


昌浩はひらひらと舞い踊る花弁に手を伸ばしたり、追いかけたりしている。
花と戯れる末孫を、晴明は柔らかな眼差しで見つめる。
さあぁぁぁっと、心地よい風が吹き抜けていく。


「・・・・・?ねぇ、じいさまぁ〜?」


花びらを追いかけるのを止め、枝に咲いている桜を眺めていた昌浩は視線をある一点で留め、軽く首を傾げた後に祖父を呼び寄せる。
晴明はゆっくりとした足取りで昌浩のもとにやってくる。


「何じゃ?昌浩」

「あのねぇ〜、あそこ!あそこに咲いてるやつ・・・・・・」

「ん?・・・・・あぁ、四弁桜じゃな。これまた珍しい・・・・・・・・」

「しべんさくら?」


昌浩が指差す先の桜を見遣った晴明は、納得したように笑った。
通常、桜というのは花びらは五枚ある。
しかし昌浩が指差した桜は、花びらが四枚しかない。だから違和感を覚えたのだろう。
よくもまぁ見つけられたものだと、晴明は感心する。
四弁桜などそうそうあるわけでもない。故にそれは縁起のいいものとして見られることもある。


「ほれ、花びらが四枚しかないじゃろうて。だから四弁桜と言うんじゃ」

「へぇ〜」


晴明の説明に、昌浩は興味深げにその桜をしげしげと見ている。


「きょうはほんとうにいいひだね!」

「うん?何故じゃ?」

「じいさまといっしょにでかけられるし、こうやっておはなをみることができたんだよ?ぜったいにいいひだとおもう!!」

「そうか、そうか」


にぱっ!っと笑う昌浩の頭を、晴明は優しく撫でる。

互いに笑い合い、舞い散る薄紅色を飽きるまで眺めてるのであった。







それはある春の日の出来事――――――――。













※言い訳
久々の短編です。
今回のテーマは”桜”です。最近道を歩いていると、桜の花がちらほらと眼につくようになったので桜に関したお話を書いてみました。
時期としては着袴の儀よりほんの少し前位です。昌浩と晴明のお話・・・・・一応ほのぼのを目指してみました。

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2006/4/14