ぴちゃん。









水の雫が跳ねる音。









ぴちょん。ぽちゃん。ぱちゃっ。









幾重にも重なって聞こえる音。









その音色はさながら子守唄のよう――――――――。














五月雨の子守唄
















しとしとと天から降り注ぐ雨。


庭に植えられた牡丹もその雫に濡れて常に無い艶を出し、その鮮やかなまでの赤を主張する。



昌浩は簀子へと出て、腹這いになりつつ雨の奏でる涼やかな音色に耳を傾けていた。
梅雨という時期は常に雨が降っていることが多いので、人々からは疎まれがちである。
しかし昌浩は思いの外この時期というのを気に入っている。



雨が降ることによって木々や草花、土の匂いが常よりも濃く嗅ぎ取れること。

肌をくすぐっていく涼やかな風。

雨の降る音以外は何も音が聞こえないくらいに静かであること。

雨が地面や水溜りに落ちて、絶え間なく漣のように密やかに響く音。

静かな中にしっかりと感じ取れる生命の息吹。



そういった様々なことを自身の体で感じ取れることが気に入っている理由だろう。


眼を閉じ、視覚以外の感覚で辺り一帯を占める自然の鼓動を感じ取る。

昌浩が簀子へと出て、ただじっと外を眺めている時間はゆうに一刻を過ぎていた。
一体何が面白いのやらと、それにつき合わされている物の怪は呆れ気味に首を傾げる。
今は晴明に呼ばたためにこの場にはいない。

ふと空気が揺れる気配がして、昌浩は気配がした方向へ視線を向ける。


「・・・・・・・六合?」


最近では馴染み深くなったその気配に、昌浩は声をかける。

名前を呼ばれた六合は顕現してその姿を現す。


「・・・・・何をしているんだ?」

「何をって・・・・・・・うーん、雨、眺めてるだけだよ?」


六合は黄褐色の双眸で見つめ、微かに首を傾げて昌浩に問いかける。
首を微かに動かしたことによって、鳶色の髪もさらりと動く。

昌浩はそんな六合の動作を眺めつつ、彼の疑問に答えた。


「ずっとか?」

「あ〜、一刻は経ってるみたいだし、ずっとになる・・・・・・・・・かな?」

「・・・・・・・・何か面白いことでもあるのか?」

「うーん。面白いっていうより、飽きない」

「・・・・・そうか」


昌浩は視線を六合から庭へと戻し、また只管魅入ったように茫洋と見る。

六合はそんな昌浩のすぐ傍までやって来て、そこに腰を下ろす。



そしてしばらくの間とても静かな時が流れる。



「・・・・・・飽きない?」

「いや・・・・・・・・」


頬杖をついた昌浩が、唐突に六合に話しかけた。
六合は視線を庭先から目の前の昌浩に移し、見上げてくる昌浩に短く返した。


「・・・・・どうした?」

「ううん、六合は飽きないのかなぁって思って・・・・・・・・もっくんは嫌いじゃないみたいだけど、流石にあんまり長いと飽きちゃって寝たりするから・・・・・・・・・・」

「・・・・・・そういえば騰蛇はどうした?」

「じい様に呼ばれてそれっきり帰ってこない。何か頼まれごとでもあったんじゃないかな・・・・・・・?」

「そうか・・・・・・・」


昌浩の言葉を聞いて六合は納得したように頷いた。


「―――で?」

「?」

「なんで飽きないの?」

「・・・・・・・・・」


上目遣いで聞いてくる昌浩を、六合は黙って見つめる。
黄褐色の瞳に、逡巡する気配が窺えた。

そのまま二人は数呼吸分の間、黙って互いを見詰め合った。


「ねぇ・・・・」

「お前がいるから・・・・・・・・・・」

「え?」

「昌浩を見ているから、別に飽きない」


昌浩が再三問いかけようとした言葉を遮って、六合は静かに言葉を紡いだ。
昌浩は不意打ちをくらったかのように動きを止めた。
瞬きをすることを忘れたかのように、眼を見開いたまま硬直した視線を昌浩は六合に送る。

瞬きをしないと眼が乾燥してしまうんではないかと、あまり関係ないことを六合は心配する。

六合のそんな心配を余所に、昌浩は未だ固まったまま六合を見ている。
が、漸く言われた意味を理解したのか、頬を紅く染めて慌てて視線をあらぬ方向に逸らす。
そんな昌浩を見ていた六合は徐に手を伸ばし、その小柄な体を引き寄せた。


「わっ!・・・・・・・いきなり何するんだよ、六合・・・・・・・・・」

「あんまり体を冷やすと体によくない」

「・・・・・だからって何も抱きしめる必要はないんじゃ・・・・・・」


困惑気味に六合を見上げてくる昌浩の今の体勢はというと、六合の膝の上に乗せられ、ずり落ちたりしないように体の前に腕を回されてしっかりと固定された状態である。
更に外気に触れないように宵闇色の長布にすっぽりと覆われ、互いの体温が直に感じられる。


「・・・・・・・恥ずかしいんだけど(汗)」

「気にするな」

「いや、気にするし・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・はぁ」


言外に放してくれと訴えても、肝心の六合が全く取り合わない。
昌浩は諦めの溜息を一つ吐くと、大人しく抱かれていることにした。



再び静かな時間が流れる。



「・・・・・・昌浩?」


ふと昌浩に視線を向けた六合は、昌浩の小さな変化に気がつき名前を呼ぶ。
しかし名前を呼ばれた昌浩は何も反応を返さない。

訝しげに思った六合は、昌浩の顔をそっと覗きこむ。
するとそこにあったのは、静かな呼吸で眠りについている昌浩。

昌浩が眠っていることを理解した六合は、ふっとその黄褐色の瞳を和らげる。
きっと人肌の体温が心地よかったのだろう。
昌浩は大層心地よさげに眠っている。

昌浩の寝心地が悪くないように体勢を整え、再びその寝顔を静かに眺める。
年相応か、それよりも弱冠幼い寝顔。
こういう姿を見ると、まだ子供であるということに改めて気がつく。
昌浩のあどけない寝顔を見て、六合は口元を微かに綻ばせた。




「おやすみ・・・・・昌浩」




眠る愛し子の耳元で六合はそう囁き、その黒く艶やかな前髪に口付けを落とした。












雨は静かな子守唄を唄い続けた――――――――。











※言い訳
葉月様のリクエストで六昌を書いてみました。
自分で書いておいてなんですが、めちゃめちゃ恥ずかしかったです////
私は基本的にCPなしで書いているので、あんまりそういった話を書いたことがありません・・・・;;まぁ、CPだから甘く書かないといけないなどということはないのでしょうが、自分で書いていて悶えました(爆)
まぁ、限りなく+に近い×は書けるみたいです。
では、ご期待に添えられたかはわかりませんが、どうぞ貰ってやってくださいまし。

2006/5/13