世の中には知らない方が幸せなこともある。 呻き声のみが空間を支配する中、雑鬼の胸中は顔を引き攣らせながらそう思った。 はぁ・・・・・・・。 呻き声に交じって溜息の吐いた音が混じる。 酷くゆっくりと、溜息を吐いた人物が雑鬼達を振り返った――――――。 日常と非日常 事の起こりはあるお願いであった。 「―――でなぁ、孫ったらそこで漸く妖を調伏したんだよ」 「くすくす。へぇ、そうなの。でも、昌浩も大変ね・・・・・・」 安部邸の一角、彰子の自室で彰子と雑鬼達は話に花を咲かせていた。 話の中心は、晴明の孫こと安倍昌浩。 彰子の許可で安倍邸へと上がり込んだ雑鬼達は、彰子に乞われるまま夜警時の昌浩について話した。 彰子はずっと邸にいるので、夜の見回りで昌浩がどんなことをしているのかを知らない。 そう話した彰子に、雑鬼達は自分達が知っている限りの夜の見回りに出ている昌浩の様子を語って聞かせた。 その話を彰子は本当に嬉しそうに(といっても、怪我の話になると悲しそうな表情になるのでしない)聞くので、最近はちょくちょく夜警時の昌浩の様子を報告しにやって来ているのであった。 「そういえば・・・・・昌浩、最近とても疲れているように見えるけど、陰陽寮の仕事が大変なのかしら?」 「ん?孫がどうかしたのか??お姫」 「なんだ心配事か?」 「お姫に心配を掛けるとは・・・・・・孫のやつ許せん!」 今まで楽しく会話をしていた彰子が唐突に顔を曇らせたので、雑鬼達はここぞって質問する。 「えぇ・・・・・・何だか最近元気がないの。どうしたのって聞いても、『なんでもない、大丈夫だよ』ってしか言ってくれないから少し心配で・・・・・・・・・」 「お姫、心配するなって!なんだったら陰陽寮に、孫の様子を見に行って来てやってもいいぞ」 「そうだよ!俺達、喜んで入って来るぞ?」 「そういえば、陰陽寮で働く孫の姿は見たことないなぁ・・・・・・・・・」 「ほんと?ありがとう・・・・・・嬉しいわ」 余程心配していたのだろう。 昌浩の様子を見てきてやると口々に言う雑鬼達に、とても嬉しそうに笑いかける。 それに気を良くした雑鬼達は、早速と安倍邸を後にしたのだった。 「さあってと・・・・・・・・孫は一体どこにいるんだ?」 「わからん。でも、孫って直丁だろ?だったらあちこち駆け回ってるんじゃないのか?」 「とにかく、適当にそこら辺をさがしてみようぜ」 安倍邸を勢いよく飛び出してきた雑鬼達は、昌浩の職場である陰陽寮にやって来ていた。 内裏には妖の類が跋扈(ばっこ)しているので、誰も気に掛けないし払おうともしないので陰陽寮内を堂々と歩き回れる。 そうしてしばらくの間、昌浩を探してあちらこちらを散策したが、お目当ての人物は一向に見つからない。 「おっかしぃなぁ〜。一体どこにいるんだ?孫のやつ・・・・・・・・」 「もしかしてさぼってるのかぁ?」 「それはないんじゃないか?孫のやつ、あれで結構真面目だしな」 「ん?・・・・・・なんかあっちから物音が聞こえなかったか?」 「さぁ・・・・・俺は聞こえなかったけど・・・・・・・」 「俺も」 雑鬼の内の一匹が、ある方向を指差した。 そこは奥まっていて、用らしい用がなければ誰も近づかなさそうな所であった。 その雑鬼は確かに聞こえたのだと主張する。 残りの二匹はただ首を傾げるのみである。 が、耳をよく済ませば何やら話し声が聞こえてくる。 「もしかして本当にさぼってるのか?」 「どうだろうなぁ・・・・・・・」 「とにかく行ってみようぜ!!」 雑鬼達は取敢えず、話し声が聞こえてくる方へと向かっていった。 「まったく、いい気なもんだよなぁ〜。晴明様の孫だかなんだか知らないけど、目障りなんだよお前」 「本当になぁ。しかも”力”だってそんなに強いわけじゃないみたいだしな」 「しかも長期欠席はするし?一体何様のつもりなんだよお前」 「・・・・・・・・・・・」 「あ?ちゃんと人の言うこと聞いてんのかぁっ?!」 ダンッッ!!! 「――――っ!」 次々と詰り寄る彼らは、何も話さない昌浩に業を煮やして壁へと力強く叩き付けた。 手加減など一切なく力の限りに壁に叩き付けられた昌浩は、痛みに息を詰めた。 痛みに顔を顰める昌浩を見て、彼らは嘲笑を浮かべた。 「しかし、晴明様も吉昌様もさぞかし残念がったんだろうな〜。最後に生まれた奴がこんな能無しでさ」 「ほんと、ほんと!力もない。体もひ弱。全く取るとこなしだよなぁ〜」 「生まれてくる所、間違えたんじゃねぇの?」 「ははっ!そりゃあ言えてるな!!」 「全くだ」 「「「あっはっはっは!!!」」」 昌浩を取り囲んで、彼らは皮肉を浴びせ続けた。 大体、最初から気に食わなかったのだ。 晴明の孫だかという理由だけで、上の者達からちやほやされていることが。 その名前だけで位の高い人達から眼を掛けてもらえる。 はっきり言って、不平等この上ない。 自分達など歯牙にも掛けられないというのに・・・・・・・・。 「さっきから黙り込みやがって!何とか言えよっ!!」 下を俯いたまま、先ほどから一言も話さない昌浩に苛立つ。 苛々を抑えられない彼らの内の一人は、掴み上げていた首元をそのままに昌浩を遠くへと投げ飛ばした。 ズザザザァァァッ!!!! 投げ飛ばされた昌浩は、勢いそのままに地面へと倒れ込んだ。 「はっ!手応えのないやつだなぁ」 「びびっちまって声も出ないのか?」 「なっさけねぇ〜!!」 あっはっはっはっ! 馬鹿にしたような笑いが、その場に響き渡る。 「おい、こんな丁度いいものがあったぜ?」 「おっ!棒ねぇ・・・・・・一遍痛い目合わせるか?」 「いいんじゃねぇの?口で言っても分からないようじゃあ、体で覚えさせればいいってね」 へっへっへ! 実に下卑た笑い声を上げつつ、彼らはそれぞれ棒を持ち構えて地に倒れ伏したままの昌浩に歩み寄る。 「・・・・・・・・・・ろ・・・・・」 「あ?何か言ったか?」 漸く言葉を発した昌浩に、彼らはにやりと歪んだ笑みを浮かべる。 「いい加減にしろっつってんだよ!この軽愚野郎!!!」 昌浩の怒号が響き渡った。 「な、なぁ・・・・・どうする?」 「どうするって言っても・・・・・・・・俺らじゃどうしようもねぇぞ?」 「でも、どう見たって孫がやばいじゃん!」 「ああいうやっかみ野郎はやっぱりいるんだな・・・・・」 「孫も結構苦労してんだな・・・・・・」 話し声が聞こえてきた所へとやって来た雑鬼達は、見事お目当ての人物を探し当てることができた。 が、何処からどう見てもよろしい雰囲気の現場ではなかった。 昌浩を壁に叩きつけ、暴言の限りを尽くす。 はっきり言って、聞いている方が胸糞悪い気分になる。 「あっ!」 「孫っ!!」 「ひでぇ・・・・・」 一体どうしようかと慌てふためいているうちに、昌浩が投げ飛ばされてしまった。 昌浩は勢いよく、地面に滑り転ぶ。 とても痛そうだ。 「はっ!つうか式神はどうしたんだよ?!」 「そっ、そういえば・・・・・・あいつがこんなこと絶対に許さないもんな」 「あいつ、どこにいるんだ?」 「ここにいるぞ」 「「「Σうわぁぁぁっ?!!」」」 疑問を口々に言っていた雑鬼達は、突然現れた物の怪に驚きの声を上げる。 彼らの間に挟まるように、いつの間にか物の怪がちょこんと座っていたのだ。 (((い、いつの間に・・・・・・;;))) 「―――って、そんなことは今はどうでもいいんだよ!」 「そう、そう!式神、昌浩が大変なんだって!!」 「あのままじゃあ、大怪我させられるぞ?!」 昌浩を助け出すことができる人物の登場に、雑鬼達はここぞって訴える。 このままでは昌浩は蛸殴りである。 そんな焦る雑鬼達とは対照的に、物の怪は『お〜。命知らずなやつらだなぁ』などとのんびり構えている。 「何をそんなに悠長なっ!」 「そうだぞ、式神!助けなくっていいのかよ?!」 「見損なったぞ、式神!!」 「まぁ待て。黙って見てろ。あいつらが如何に愚か者であるかがわかるぞ」 「は?どういう―――」 「いい加減にしろっつってんだよ!この軽愚野郎!!!」 どういうことだと問いかけようとした雑鬼は、突然響き渡った怒声に思わず首を竦めた。 怒声の聞こえてきた方を見ると、昌浩が丁度真ん中に立っていた相手を殴り飛ばしたところだった・・・・。 「ふぐっ!」 くぐもった呻き声を発しつつ、相手は地に沈んだ。 殴り飛ばした相手が手放した棒を拾い上げ、昌浩は手馴れたように棒を持ち構える。 「さっきから大人しく聞いてりゃあ・・・・・目障り?何様ぁ?それはこっちの台詞だっての!何偉ぶって人を詰ってるんだよ?!お前らそんだけ講釈ぶれるほど偉いのか?努力してるってのかぁ?その割にはみみっちい霊力だね!はっ!」 ここまで一息で昌浩は話してしまった。 昌浩を取り巻く空気が黒く、禍々しく、刺々しいものに変わっていく。 「口で言ってもわからない?体で覚えさせればいい?それもこっちの台詞。毎回毎回ちまちまとくだらない嫌がらせしやがって、こっちの忍耐の強さに感謝して欲しいくらいだね。んなことしてる暇があったら修練の一つや二つや三つや四つ位しなよ。今よりも何万倍かましになると思うよ?全く、敏次殿の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいだよ」 「なっ・・・・・なっ・・・・・・」 「あぁ、そう。これで痛い目見せるって言ってたよね?そんな下手糞な握り方とへっぴり腰で俺に敵うと思ってるの?はん!ちゃんちゃら可笑しいね」 昌浩の毒舌は止まるところを見せない。 これには昌浩に危害を加えようとした彼らも、傍観者になっている雑鬼達も口をあんぐりと開ける羽目になった。 「くすっ!何?どうしたの?さっきまであれだけ饒舌だったのに・・・・もしかしてこの程度で怖気づいたの?」 「くっ・・・・黙って言わせておけば〜!覚悟はできてんだろうなぁ?!」 「覚悟?そうだね・・・・・・貴方たちを叩き潰す覚悟だったらとうにできてるけど?そう、ごきぶりを叩き潰すが如く、遠慮も・・・手加減も一切なしに渾身の力を込めて叩きのめしてあげるから安心していいよ?」 ふっふっふっ! 昌浩は暗い笑みをその顔に浮かべて、すっと棒を構える。 「――っ!その減らず口、すぐに閉じらせてやる!やるぞっ!!」 「お、おぅっ!!」 掛け声と同時に、二人は昌浩に襲い掛かった。 一人は昌浩に正面から棒を打ち込み、もう一人は僅かに時間を置いて横薙ぎに棒を振る。 昌浩は一人目の棒をそのまま後ろへと流し、その反動を利用してその場でくるりと一回点して横から襲い掛かってくる二人目の棒を受け止めた。 力のせめぎ合いになったところで一旦棒を引き、相手が体勢を崩したところに容赦ない棒の突きを鳩尾に決める。そしてその間に体勢を直し、背後から襲い掛かってきた一人目の顎に向かって棒を薙ぎ払う。 実に流麗な動きで、あっという間に二人を伸してしまった。 その場には昌浩に詰り寄ってきていた三人が醜態を曝していた。 「・・・・・・・・・・・・・・・孫、強かったんだな」 「同感。というか武術の心得なんてあったのかよ、孫・・・・・・・・」 「俺はそれよりも孫があんなに弁が立つとは思わなかったな・・・・・・・」 「・・・・・・お前ら、さっきから黙って聞いてりゃあ孫孫孫孫って連呼しやがって」 「「「うわあぁぁぁっっ!!?」」」 ふと背後に気配を感じたと思ったら、昌浩がその背後で仁王立ちをしていた。 目が据わり、片頬が引き攣り、その米神には青筋が立っている。 「びっ、びっくりしたじゃないか孫!」 「そうだぞ孫!今ので三十年分は縮まったぞ?!」 「なっ!え?てか、孫はあそこに・・・・・・・・一体どうなってんだ??」 「お前らなぁ〜!・・・・・・・・はぁ、もういい。なんか疲れた」 孫と言うなと言っても聞かない雑鬼達に、昌浩はとうとう疲れたように溜息を吐いた。 「なぁなぁ、孫が二人いるんだけど・・・・どうなってるんだ?」 「あ?・・・・・あぁ、こういう事だよ」 すぐ横にいる昌浩と、足元に人を転がしながらこちらへと視線を向けている昌浩を雑鬼達は訝しげに見比べる。 雑鬼達の疑問に昌浩がそう言って指をパチンと鳴らすと、三人をぶちのめした昌浩が煙となって姿を消した。 それと同時にひらりと人形に模した紙が地面に舞い落ちた。 「なんだそれ??」 「式。俺が作ったやつ」 「は?これ、お前が作ったのか??」 「そ!なかなかの出来だっただろう?完全とまではいかなかったけど、それなりの攻撃にも耐えられるように強化を施した式なんだ♪」 時間を掛けて作った甲斐があったなぁ〜! 昌浩は式を見て、そりゃあもう嬉しそうに笑った。 「完全じゃないって・・・・・・どこらへんが?あっ!口が悪かったり、やたら強かったのってそういうことなのか?!」 だったら納得がいく。 いつもと様子が違う昌浩は、きっと術が不完全だったからに違いない!! 雑鬼達は、内心声を揃えて叫んだ。 しかし、昌浩はそんな彼らの心の声をあっさりと砕いた。 「は?いいや、違うけど??まだ五分の一程度しか力がだせないなぁって・・・・・・・」 「五分の一?」 「うん」 「何が?」 「あの棒術!!いまいちキレがないんだよね〜。あと、全体的に動きの移行が遅いし・・・・・うん、あんまり出来はよくなかったのかも・・・・・・・・」 (((あれで五分の一?つまりは本気じゃなかったと・・・・・・?))) たらりと冷や汗が流れる。 あんなに強いのに本気には程遠いと言うのだ、末恐ろしいことこの上ない。 「う〜ん・・・・・まだまだ改良の余地はあるね」 「「「ははっ、あはははっ;;」」」 未だに納得していない昌浩に、雑鬼達はから笑いで精一杯だったのであった。 「それで?昌浩はどうだったの??」 再び邸を訪れた雑鬼達に、彰子は期待を込めて見つめる。 「あ〜・・・・・多分、お姫の気のせいだよ。孫は逞しく働いてたぞ・・・・・・」 「そう・・・・・」 雑鬼達はもう、そうとしか答えようがなかった。 世の中には知らない方が幸せなこともあるのである――――――。 ※言い訳。 というわけで、40000hit記念フリー配布小説です。どうぞご自由にお持ち帰り下さい!! 今回はスレ昌浩のお話を書きました。 スレ昌浩:実はめちゃくちゃ強い!賢い!毒舌!腹黒い!!!etc・・・。 という設定で書いたらどうなるかなぁ・・・と思って書いて見ました。うん、思っていたより口が悪くなったな・・・・・。 2006/6/23 |