葦のように強く、陽光のように暖かに―後編―















昌浩はうねり迫る妖気をかわし、妖気を切り払う真言を放つ。
漂う妖気を浄化しつつ、己へと向けられた真言を孟極はその場を飛びのいてかわし、その鋭い爪を相対する方士へと振り下ろす。
昌浩はそれを目の前に障壁を作ることで防ぐ。そしてすかさず結んでいた刀印を孟極へ向けて振り落とす。
孟極はそれを身を捩って間髪に避ける。避けた時の反動を利用して再び方士へと躍り掛かり、その髑髏(しゃれこうべ)を噛み砕くべく顎を開く。
昌浩は咄嗟に横へ転がることで、その鋭く尖った歯から逃れる。
が、すぐに体勢を立て直そうとする昌浩に、暇を与えることなく孟極は襲い掛かった。


「!昌浩っ!!」


昌浩の窮地に気づいた紅蓮が、咄嗟に昌浩の名を呼びつつ炎蛇を繰り出す。
紅蓮の炎蛇が孟極の身を焼くよりも、その研ぎ澄まされた爪が昌浩に振り下ろされる方が断然に早い。

間に合わない!

その場にいた全員の胸中にその思いが駆け巡る。

ザンッ!

切り裂かれた瞬間、熱い飛沫が飛び散った。


『なっ・・・・・・!?』

「・・・・・・・あ・・・・」


意外にも驚愕の声が漏れたのは孟極の口から。
昌浩の口からは呆然とした響きの声が零れる。

飛び散った飛沫は『赤』。
しかし、昌浩の視界に広がる色は・・・・・・・・『蒼』。


「・・・・・何をぼけっとしている。さっさと立て」


多大に不機嫌そうに眇められた深海のような蒼い眼が、昌浩を見下ろしてくる。


「ちっ!さっさとしろと言っている!!」

「あ・・・・うん、ありがとう青龍」

「青龍?!どうしてお前がここに・・・・・」

「・・・・・・・・」


仲間の十二神将の問いかけに、青龍は沈黙を返すのみである。


『ぐっ・・・・・まだ式神がいたのか、全く小賢しい・・・・・』


青龍の不意打ちによって、深い切り傷を負った孟極はボタボタと血を垂れ流しながら再び昌浩達に対峙する。


「・・・・・おい・・・・・」

「え?」


ふいに青龍から声を掛けられた昌浩は、反射的に視線を上げた。
底の見えない冴々とした蒼と真っ向からぶつかる。


「貴様、俺に言ったことをよもや違えないだろうな?」


聞くものを凍えらせるような、とても冷えた声で青龍は昌浩に問う。

唐突に既視感に襲われた。
そう、あれはじい様が亡くなって間もない頃。晴明の後釜である昌浩の下につくかつかないかで十二神将達が揉めていた時のこと・・・・・・・・。









《・・・・・・俺のことは認めなくてもいい。命令も、聞かなくていい》

《・・・・・・・・・・・》

《ただ、見ていてほしい。俺は必ずじい様を超えるような、そんな立派な陰陽師になってみせる》

《はっ!戯言を・・・・・・・・・》

《うん、今の俺じゃ全然駄目なのはわかってる。けど、今は無理でも・・・・・どんなに時間が掛かっても、俺は大陰陽師になるって決めたんだ》

《だからそれが戯言だと言っている。晴明を超える者などいない》

《でも、俺はじい様を超えるって決めたんだ。》

《そのようなこと、俺には全くもって関係ない話だ》

《それでも聞いて欲しい。・・・・・・・・・もし、じい様と比べられても遜色がないくらいになった時。・・・・・・・・その時は、少しだけ認めて欲しい》

《・・・・・・・俺は晴明以外の何人たりとも主などとは認めない》

《・・・・・・・・・・》

《だが、いいだろう。貴様の望み通り見ていてやる。認めることなど万に一つもないだろうがな》

《青龍・・・・・・ありがとう》

《礼を述べられる筋合いなどない。勘違いするな、俺は貴様を決して主になど認めていない》

《うん・・・・・・それで十分だよ》











その遣り取りを境に、青龍は異界へと引き篭もってしまった。
だが青龍は、昌浩の望み通り、時たま姿を現してはしばらくの間昌浩の動向を黙視し、そして異界へと帰るという行為を行うようになった。
昌浩は主として認めて貰えなくとも、その行動だけで十分に思えた。


「うん・・・・俺は、自分で口にした言葉は決して破らないよ」

「なら、何をぐずぐずしている。さっさとこんな小者くらい始末しろ。晴明だったらとっくの昔に払い終わってるぞ」

「うん、そうだね」

「昌浩!大丈夫?怪我とかしてない?!」


太陰はゴォッ!っと激しい風を巻き起こし、孟極を昌浩から引き離して牽制しつつ昌浩に駆け寄る。
昌浩の直ぐ傍にいた青龍に少々近寄り難さを感じなくもないが、それよりも昌浩の安否の方が気になる。


「昌浩!無事かっ?!」


孟極の手下を大体片付けた紅蓮が、心底心配した風情で駆け寄ってくる。
本当はすぐにでも昌浩の傍に駆けつけたかった紅蓮だが、進路を無数の妖に阻まれてすぐに駆けつけることができなかった。
それに、青龍が突然顕現して孟極の昌浩への攻撃を防いだのが何よりの要因だろう。
紅蓮は不承不承に昌浩のことを青龍に任せ、目の前に立ちはだかる妖とその周囲を取り巻く妖を召喚した炎蛇で一掃してから昌浩のもとへ向かった。

他の神将達も同様に昌浩を中心として集まる。


「太陰・・・・・大丈夫だよ。青龍が助けてくれたから」

「助けたわけではない。死なれたら不都合が出る、ただそれだけだ」

「青龍、それを助けたとは言わないのか?」

「・・・・・・・・・」


笑顔で見上げてくる昌浩に、青龍は不快そうに言葉を吐き棄てる。
そんな青龍に、勾陳は何かを含ませたような食えない笑みを口に乗せ、事実のみを指摘する。
勾陳の言葉に青龍は微かに眉を動かしたが、もう用はないといった態度で無言でその場から姿を消した。


「―――さて。粗方は貴様の部下を殲滅したが、どうする?」


金色の瞳を鋭く煌かせて、紅蓮は口の端を微かに持ち上げた。それはとても冷然とした笑み。


「ふ・・ざけるなぁぁっ!貴様ら如きに我が消し去られるわけがなかろう!!」


これが正真正銘の本気だと言わんばかりに、孟極は濃厚で強い妖気を放出した。
昌浩達も隙なく身構える。


「・・・・・窮奇には劣るな」

「?六合??」


ふいに呟かれた言葉に、昌浩はその発信源である六合を仰ぎ見た。

言われた言葉の意図が掴めず、昌浩は不思議そうに首を傾げた。


「あぁ・・・・それなりに力はあるみたいだがな、あの窮奇よりは数段劣る。昌浩、遠慮無く叩きのめしてやれ」

「え?」

「私は生憎窮奇とやらとは相対したことがないから何とも言えないが、昌浩。大丈夫だ」

「は?」

「そうよ、そうよ!あんな奴ちゃちゃっと払っちゃいなさい」

「うむ。相手の実力の程は知れた。これならさっさと調伏できるだろう」

「へ?ちょ、ちょっと皆、何を言ってるんだ?」


いきなりこの程度ならさっさと払えるだろう?と言い出す神将達に、昌浩は目を白黒とさせる。


「何を言ってるんだって・・・・・それはこっちの科白だぞ?いつまで霊力を抑えているつもりだ?」

「あ、ばれてた?」


紅蓮は呆れたような表情で昌浩を見る。
昌浩は悪戯がばれたと、軽く気まずげな笑みを浮かべた。

そして懐から一枚の札を取り出すと、ビリビリと破り捨てた。
札を破り捨てた瞬間、今までの比にもならない位に凄絶な霊力が昌浩から溢れ出す。


「ったく、一体何をやっていたのかと思えば・・・・・・」

「えへへっ!一体どこまで霊力を温存してやれるのか、実験してみたかったんだよね〜」

「はぁ〜。それで危機に陥っていては元も子もないだろう?」

「ごめん、勾陳。皆も」

「するなとは言わない。だが、時と場合を考えてやって欲しい・・・・」

「はははっ、以後気をつけるよ」

「「「「「(本当か?)」」」」」


図らずとも、その場にいた十二神将全員が同じことを胸中に思い浮かべた。

何とも言い難い、微妙な空気が辺りに流れる。
が、そんな空気も唐突に襲い掛かってきた妖気の塊に吹き飛ばされる。


『貴様ら・・・・我を無視するとはいい度胸だなっ!!』

「「「「「「(忘れてた・・・・・・・)」」」」」」

『その余裕、直ぐに無くならせてやるわっ!!』


くわりと牙を剥き、孟極は正に襲い掛からんと身構えている。


『そう言えば、窮奇と言っていたな?何故貴様らが奴のことを知っている?』

「はっ!そんなこと、説明するまでもない。知っていて当然だ。何せあの窮奇を倒したのが(六年前の)昌浩だからな」


訝しげに睨み付けてくる孟極を、紅蓮は鼻であしらいつつも質問に答えてやる。


『馬鹿な!古より名を馳せている大妖だぞっ!人間如きが倒せるはずがない!!』

「貴様がいくら叫ぼうとも、事実が変わることはない」


信じられぬと叫び返す妖に、紅蓮は冷ややかに言葉を返す。


「結構な時間を潰しちゃったね。そろそろ終わりにしようか」


それまで静観していた昌浩が改めて口を開く。


『そうだな、終わりにするか・・・・・・・貴様を殺してなぁっ!!!』

「せっかちだなぁ・・・・まぁ、いいや。陽姫(ようき)!月姫(がっき)!敵を滅しろっ!!」


襲い掛かってくる孟極に向かって、昌浩は懐から札を二枚取り出してそれを投げやる。
昌浩の号令を受けて札が青白く発光し、狼のような獣の姿を模った。
二匹の獣は孟極へと突っ込んでいく。

手始めに、陽姫と呼ばれた獣が口から炎を吐いて攻撃する。
それに気がついた孟極は、進路を変更して横へと飛び退いた。
着地した孟極は、再び動き出そうとして己の足が動かないことに気づいた。


『なっ・・・・・?!』


己の足元を見ると、四肢が全て凍りつき大地に根を張っていたのだ。

実は、陽姫が妖へと炎を吐いたのは、月姫が妖の動きを封じるための攻撃を気づかせないための囮だったのである。
目論見は成功し、孟極は体の自由を奪われた。

そこまでくれば後は簡単。
二匹は同時に攻撃を仕掛け、鋭く尖った爪で孟極をずたずたに切り裂いた。


『――――っ!』


孟極は断末魔を上げる暇さえなく、塵たくとなって消え去った。

それを見届けた陽姫と月姫は、満足そうに尾を揺らして昌浩の元へと駆け寄ってくる。


「ご苦労様。戻っていいよ」


擦り寄ってくる二匹の頭を優しく撫でてやった後、昌浩はそう言った。
シュンという音と共に、二匹は二枚の札へとその姿を戻した。

はらりと地に落ちたそれを、昌浩は腰を屈めて拾い上げた。


「ねぇ、ねぇ!それって昌浩の式?」


興味津々な態度で、太陰が昌浩の手元を覗き込んでくる。
昌浩はそれに対し、頷いて返答を返した。


「うん、そう。俺が作ったんだ。まだ試作段階だからあれで完全ってわけじゃないけど、丁度いい機会だったから試してみたんだ」

「あれだけの戦闘能力で試作段階・・・・・・・・・・」


試作段階の式の相手を、それこそ窮奇には及ばないがそれなりの強さを持っていた孟極と定めるとは、何とも飛びすぎた話である。
更にはその式で孟極を倒すことができてしまったので始末が悪い。
一体どれだけ強いのだ。


「しかし、なにゆえ戦闘能力の備わった式を作り出したのだ?諜報目的ならともかく・・・・・・」


我ら十二神将がいるだろう?

玄武が怪訝そうに昌浩に問う。


「あぁ・・・・俺も最初は諜報目的で式を作ってたんだけど、長距離離れていても自己で動いてくれる式を作ろうかなぁ〜って思ったんだ。そうすれば十二神将の誰かに、遠出の調査を頼まずに済むでしょ?」


そうなるとただ動けるだけではなく、闘う力も備えた方がいいかもって考えたんだ。

昌浩は満面の笑顔でそう言った。


「はぁ〜。そう思って考えた通りの式を作れるのはお前くらいだぞ?」


妖の姿へと転じた物の怪が、呆れたように昌浩に言った。


「ふっ。その位の方が頼もしいではないか、騰蛇」

「俺達のことを考えて行ってくれたことだ」


勾陳が鮮やかに笑みを浮かべ、六合もそれに調子を合わせる。

そんなこと、言われずともわかっている。
物の怪は視線のみで二人に答えた。


「それじゃあ、邸に帰ろうか」


うーん!と伸びをしつつ、昌浩は邸へと踵を返した。
十二神将達もその後に続く。




こうして昌浩達は、日々都のために暗躍しているのであった。













『―――もし、お前が苦に思わないのならば、日向となり日陰となりこの都を朋友達と護り続けてくれんかの・・・・・・・?』


晴明の最後の言葉が、ふいに耳元を掠めた。















こうして大陰陽師、安倍昌浩の暗躍生活は今日も無事に終わりを告げた―――――――。













葦のように強く、陽光のように暖かに彼は生きていく。

※言い訳
はい!昨日に引き続き、後編をUP致しました!!どうぞご自由にお持ち帰り下さい。
後編はなんだかギャグ調(ほのぼの?)なお話展開になってしまいました。や、これのお話はシリアスですよ?
私は主人公最強説(スレとか、黒とか・・・・・でもこのお話の昌浩は白です)が大好きなので、今回のお話はそんな感じに仕上げてみました。
以前徴収したアンケで、昌浩が敵設定の次に票数が多かった内容で書いてみました。どうでしょうか?

2006/9/1