水のように優しく、花のように激しく。震える刃で貫いて・・・。




刻は月も傾く真夜中。
穏やかな筈の朱雀大路には、禍々しい瘴気が渦巻いている。
そんな瘴気が発せられている中心ともいえる場所には数名の人影があった。



「昌浩・・・」



長い黒髪の青年が呟く。
彼こそが、大陰陽師、安部晴明。
もちろん、現在の彼ということはない。魂魄姿の彼だ。

晴明の横には、彼が従える十二神将が一人、火将騰蛇。二つ名を紅蓮。
青龍もまた、晴明の後ろに控えている。
彼らに向かい、そして瘴気を発している少年が安部昌浩。
晴明の孫にして、晴明の後継となり得る唯一の人材である。

昌浩は薄く笑った。



「・・・素晴らしい力だ。貴様には及ばぬが、貴様も式神も手出しはできまい?
いい体を手に入れた。今宵の俺は運がいいようだな、晴明よ」



発せられる声は昌浩のものであるのに、紡がれる言葉はまったく異なっていた。

* * *

京の都では最近、人格が急に変わり、変わったかと思えば数日後には息絶える
という不可思議な事件が続いていた。
もちろん、人の成せる技ではない。
そこでいつもの如く晴明の所に以来が舞い込んできた。
そして、これもまたいつもの如く愛の鞭と称して昌浩に退治命令が下された。
嫌々ながらも、物の怪を連れて夜の朱雀大路を歩く昌浩。



「どーしてじい様はあーいう言い方しかできないんだ!?」

「普通に言ってもお前が眉間に皺を寄せたからだろう」

「・・・じい様の頼みは反射的に眉間に皺が寄るんだ!」

「だったら文句言うな!」

「だってさぁ、
『こんな小物相手に怯えておるんじゃあるまいな?じい様は悲しいぞ。
あんなに手塩にかけたお前が、こんな小物一つにも立ち向かえぬとは・・・』
って・・・」



昌浩は握った手にさらに力を込める。



「俺は・・・じい様の命令が嫌なだけで、妖が怖いんじゃなーい!!」

「叫ぶな、うるさいぞ。まーご」

「孫って言うなー!」



昌浩の雄叫びが木霊した。



「あれ?」

「どうした?」

「あそこ・・・」



昌浩の指差した先には、殿上人の姿をした一人の青年が佇んでいた。



「・・・おかしいな」



物の怪の声が硬くなる。



「うん。この時間に一人で立っているなんて・・・」



昌浩も警戒するように歩み止めた。
しかし懐の札に手をかけた瞬間、殿上人の体は崩れ落ち強い風が吹いた。



「なんだ!?」

「う・・・くっ・・・・」



叫ぶ物の怪の隣で、昌浩が頭を抱えてうずくまった。



「おいっ、昌浩!?昌浩!!?」

「に・・・逃げ・・・・」

「昌浩!・・・っく」



再び吹いた強風に、物の怪は吹き飛ばされる。
地面に叩き付けられた物の怪は、一瞬の間に青年の姿へと変わった。



「昌浩!!」

「・・・十二神将か・・懐かしい」

「何だと!?」

「この子供の体は俺が支配した。晴明を呼べ・・・いや、そこに居たか」



冷たく笑う昌浩の視線の先には魂魄の姿となり、青龍を従えた晴明が立っていた。



「晴明・・・」

「紅蓮」

「・・・晴明、すまない」

「不吉な占が出たから来てみれば。紅蓮よ、気に病むことはない。未熟な昌浩にも責任はある」



騰蛇に声をかけてはいるものの、視線は昌浩を捕らえたままで険しい。
昌浩の方も妖しく微笑んだまま、晴明を見据えていた。

* * *

「破っ!」



昌浩のかざした手から強烈な風が発せられ、晴明と十二神将の体に傷を作る。



「ちっ・・・」



小さく舌打ちした青龍は大鎌を取出した。



「待て、青龍!」

「貴様の指図は受けん!」



止める騰蛇を振り切り、青龍は昌浩に向かっていく。
理のために昌浩を傷つけることはないが、敵によって昌浩が人質に取られているというのも事実なのだ。
何をされるか分かったものではない。



「青龍!」



晴明の声とともに青龍は動きを止める。



「・・・下がっていろ」

「だが!」

「命令だ」



硬い晴明の声に、青龍は大鎌を消した。
逆らうことは許さない、今の晴明からは自然と感じられる。



「力はあっても手出しができぬとなれば・・・恐るるに足らぬ!」



再び叩きつけられる旋風に、血が流れていくばかりだ。



「「晴明!」」



騰蛇と青龍の声が重なる。



「大丈夫だ。早まった真似はするな」



ふらついていても晴明の視線は、昌浩を捕らえて放さない。
何とか昌浩を無事救える方法をと考えているが、焦りからか良い解決法が見つからない。
晴明の焦りもどんどん増していく。



「おい、昌浩!しっかりしろ!!孫だろうが!」



晴明を支えながら騰蛇が叫ぶ。



「聞こえるはずがなかろうに・・・無様だな。もういい・・・・・死ね」



手をかざす昌浩。
固唾を飲む晴明に騰蛇、青龍。



「さらばだ・・・ぐっ・・・ぅ!?」



昌浩が頭を抱えて座り込む。



「な・・何だ、これは・・・・黙れ!お前は眠ってい・・ればいいんだ・・」



呻きながら座る昌浩を呆然と見守る三人。
しばらくすると、ふらふらと昌浩は立ち上がった。



「昌浩!」

「・じい様・・紅蓮・?もう・・いい、よ。あり・・・がとう・・・・俺、もう・いいから」



顔を上げ、色の無くなった顔で微笑む。


“殺して”


声こそなかったが、昌浩の唇は確かにそう囁いた。



「ま・・さ・・・・ひろ?」



心臓を抉られた様な衝撃が晴明を襲う。
同じように騰蛇もまた、目を開き絶句している。



「・・ぅ、・・・はや・・く、紅蓮!」



騰蛇は昌浩の声で我に帰った。
そして、叫ばれた言葉を反芻させる。

殺す・・・?昌浩を、何よりも、晴明よりも大切で、己が唯一愛した子を・・・・・



「ぐ・・蓮!」



昌浩は叫ぶ。
俺が俺で無くなる前に、早く。

分かっている。再び自分が紅蓮に過ちを犯させ、そのせいで紅蓮を辛い目に合わせるということは。

だが、最期は紅蓮に。
言葉にはしないが大好きなじい様よりも、自分が最も愛した男に。
これが最後の我侭だから・・・。

騰蛇の手がゆっくりとかざされる。その手を取り巻く炎蛇。
騰蛇の顔はうつむけられていて、昌浩には見えない。

きっと、痛そうな顔をしてるんだろうな・・・

そんな考えが頭をよぎった。
昌浩は目を閉じる。
一筋の涙が頬を滑っていくのを感じた。



「騰蛇!」

「紅蓮よ・・・」

「許せ、晴明・・・」



それがあの子の望みならば。

騰蛇は炎蛇を放った。

* * *

昌浩はいつまでたってもこない衝撃に目を開けた。
目の前には輝きを放つ人物が立っている。
その人物から発せられる神気で、瘴気は跡形もない。
晴明に騰蛇、青龍もまた呆然としている。



「ちと、面白くなくてな・・・」

「・・・高於神・・?・・・ぅ」



高於はそのまま昌浩の体へと憑依する。

体の中が焼けるように熱い。
自分を乗っ取った何者かが強烈な神気によって滅せられていく。
昌浩の意識はそこで遠のいた。



「昌浩!」



倒れた昌浩にいち早く駆けつけた騰蛇が抱き上げる。
しかし、昌浩は目を開けて騰蛇の腕から出た。



「面白くないのだよ。見て楽しめるこの子がいなければな」

「高・・・」

「今回は楽しみのために我が勝手にこの子を救ったが、次はない。ちゃんと守っておけ、神将」



それだけ言うと昌浩の体は再び崩れ落ちた。

* * *

暗い。あたり一面が闇だ。右も左も分からない。
自分はどうしてしまったのだろう。
大好きな物の怪と一緒に妖探しに夜道を歩いていたのに・・・。
あれ、どうして・・・妖なんて探していた?
あー・・・、そうか。じい様に押し付けられたからだ。
だったら、嫌味が飛んでこないうちに帰ろう。
そして文句のつけ様がないほどにちゃんと払ってしまおう。

昌浩は闇の中で目を開けた。



「・・・・・孫だろうが!」



孫言うな!何度言っても孫の呼び名を改めない大切な神将。
その神将が傷ついている。その手には血を流す祖父が居る。
駄目だ、自分のせいでこれ以上大切な人たちを傷つけたくなどない。
けれど、自分を支配しているものを追い出す力は自分にはない。

だったら・・・。

昌浩は静かに真言を唱え始めた。
少しでいいから、少しでも自分が体を支配して告げよう。


“殺して”と。


昌浩は目を覚ました。
自分が寝ているのは自宅で、自分の部屋だ。



「・・・目が覚めましたか、昌浩様」



天一が微笑んで声をかけた。
昌浩はゆっくりと上体を起こした。
辺りを見回しても、白い物の怪の姿はない。



「騰蛇でしたら、縁側に座っておりましたよ」



目が覚めて真っ先に同胞の姿を探す昌浩が微笑ましく天一は口元を押さえた。



「ありがとう・・・」

「いいえ、無理はなさらぬように」

「うん」



天一の姿が見えなくなったのを確かめると、昌浩は立ち上がり外へと出た。
少し離れた場所に騰蛇が座っているのを見つけ、ふらつきながらその後姿へと近づいた。



「紅蓮!」

「・・・昌浩?・・・・もう平気なのか!?」

「うん、あの・・・昨日のことなんだけどさ、」



振り返った騰蛇の顔が強張った。
昌浩の懇願だったとはいえ、唯一無二の存在を手にかけようとした。
やはり、蔑みの言葉や非難を浴びせられるのか・・・・。
それ以前に自分を拒絶するようになるのだろうか・・・・。
騰蛇には耐えられないことだ。

そんな騰蛇の変化に気づいた昌浩は、騰蛇の首に腕を回して抱きついた。



「昌浩・・・?」

「ごめん。俺、紅蓮を傷つけちゃったんだよね?辛い思いさせたんだよね?」

「昌・・」

「俺の力不足でまた痛い思いさせた。ごめんなさい・・・」



首に回された腕が震えている。
騰蛇は腕を回し、昌浩を力強く抱き返す。



「俺は・・・お前を手にかけようとしたんだぞ?なぜ・・・非難しない」

「俺は、俺の手でじい様や紅蓮を殺してしまうくらいなら紅蓮の手で殺してほしかった。
じい様や青龍じゃなくて、最期は紅蓮にって思ったんだ。
だから、紅蓮が決断してくれたとき、嬉しかった」



結局は高於神に助けられちゃったんだけどね、昌浩は苦笑した。


太陽が昇っていくのが見える。そろそろ家のものが起きてくる時間だ。
騰蛇は昌浩の暖かさを肌に感じ、目を閉じる。
失いかけた温もり。これからも守り通す、愛しい温もり。

昌浩も騰蛇の温もりに目を閉じる。

もしかしたら、彰子が昨夜の事件を聞いて飛んでくるかもしれないな・・・

昌浩は騰蛇の腕の中で小さく息を吐いた。





水のように優しく、花のように激しく。震える刃で貫いて・・・。
定められた涙を瞳の奥閉じても、あなたを瞼が覚えてるの。

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