紅蓮と太裳って仲いいの?









尋ねた相手は目を丸くし









やがて小さく微笑んだ。









どうでしょうね?









・・・笑顔が少し企んでいた様だったのは気のせいだろう・・・。












□月夜の秘め事□












昌浩は部屋から廂に出てくる。
今夜は満月だ。
いつも傍に居る物の怪の姿は今は無い。晴明に呼ばれてそのままどこかへと向った。
よって今昌浩の傍に居るのは天一、朱雀、玄武そして太裳。

「まったく・・・一言くらい声をかけてけよな。」

昌浩は憮然と呟いた。物の怪は昌浩に何も言わず、出かけていってしまった。
それを聞いて天一は笑う。

「きっとすぐに済む用事だったのでしょう。」
「でも天一、居なくなったら心配するだろう?」
「心配するほどの用事でもなかったんだろう。」

昌浩の答えに朱雀は天一の味方をしつつ答える。
その様子をみて朱雀に昌浩はさらに問いかけた。

「じゃあ朱雀は天一が黙ってどこかに行ったらどうするの?」
「無論、見つけ出すに決まってる。」

朱雀の「当たり前だ」と言うような答えに天一は頬を染め、昌浩と玄武は呆れの溜め息を出した。
太裳はその様子を見て微笑んでいる。
昌浩は太裳と一緒に居るのは初めてだった。

「太裳は紅蓮と仲いいの?」

昌浩が尋ねると太裳は目を丸くし、やがて小さく微笑んだ。

「どうでしょうね?」

昌浩はその笑顔が何かを企んでいるように見えた・・・。
太裳は昌浩の近くに来ると月を見上げる。

「騰陀とはあまり一緒に居ませんでした。まぁ騰陀は誰とも一緒に居ませんでしたけど・・・。」
「そうなの?何で?」

昌浩の素直な疑問に太裳は微笑む。
それもそうだろう。この子はここ最近の騰陀しか知らないのだから。
騰陀はここ13年の間で随分変わった。あの太陰が近づけるくらいなのだから。
太裳は昌浩をじっと見る。

「・・・騰陀の過去を知りたいですか?」

太裳の問いかけに昌浩は軽く瞠目し、少し考えた後首を振った。

昌浩の答えに太裳はただ、微笑んだ。





昌浩は夜の都を駆け抜ける。
隣りにいつもの物の怪は居ない。

「っとに紅蓮はいつまでかかってるんだ?!」

昌浩は悪態をつく。
あれから三日。紅蓮はいまだ帰らない。
今、昌浩は勾陳・太陰・六合・太裳と共に妖調伏に向っていた。
最初は六合と太陰だけだったのだが、「騰陀が居ないから」と言って勾陳と「お供したい」と言って太裳がついてきた。

「勾陳はともかく、太裳が出てくるなんて珍しいわね。」

太陰は昌浩達の上に浮きながら太裳に語りかける。
すると太裳は穏やかに笑った。

「以前、成親様が誇らしげに昌浩様のことを話していたのでこの機会にと思いまして。」
「兄上に?!」

太裳の予想していなかった答えに昌浩は思わず問いかける。それでも足は動いているのだからさすがと言えるだろう。
太裳の言葉に勾陳も肯く。

「あぁ。まだ昌浩が小さかった頃だな・・・。晴明が式につけていたんだろう。たしか昌親にもついていたな。」
「へぇ。そうなんだ。」

昌浩が感嘆すると太裳がかすかに笑う。

「昌浩様にだって、騰陀がついておりますでしょう?」
「あ、そっか。」

太裳の言葉に昌浩は納得がいく。

(いつも物の怪の姿だからなぁ。)

いつも紅蓮の姿ならかっこいいのに・・・。
自分を思ってのことだと理解しているが、そう思わずにはいられなかった。

前方に生じた気配に太陰は息を呑む。

「居たっ!!」

昌浩も前方を見つめる。妖怪は疾走してくる昌浩達を見つめ、舌舐めずりをした。
妖怪に追い付き、対峙すると、太裳は一歩下がった。それを不思議に思い、昌浩は太裳を見る。

「私には戦う術は持ってません。でも昌浩様をお守りする結界なら築くことが出来ます。」
「天一や玄武みたいな神将ってこと?」

昌浩が問うと太陰が腰に手をあて、誇らしげに言った。

「太裳は天空の次に強い結界をつくれるんだから!!」

玄武が居たら「太陰の事ではないだろうに…」と言うだろう。あえて突っ込まないが。
昌浩は数珠を手首に巻きつけながら、それぞれに指示を出す。

「太裳は周りに被害が及ばないように結界を。勾陳と六合は奴の動きを止めて。」
「分かりました。」
「分かった。」
「・・・。」
「昌浩!私は?!」

三人はそれぞれ返事をし、妖怪を捕らえんと動き出す。ただ一人指示の無かった太陰だけが昌浩に聞く。

「太陰は空中で待機。」
「え――。」

昌浩の言葉に頬を膨らませて不満げな声を出す。
昌浩はその姿を見て、溜め息をついた。

「・・・敵がこっちに向ってきたら攻撃してもいいよ。」
「本当?!分かったわ!!」

太陰は嬉しそうに叫ぶとそのまま中空へと飛び上がった。

(太陰の攻撃は大味すぎるんだよなぁ・・・。早く片付けないと・・・)

ひそかに心の中で誓う昌浩だった。




「昌浩!」

勾陳の叫びに目で肯くと。昌浩は真言を唱える。

「オンキリキリセンダマカロシャワタウン!!」

霊力が見えない鎖となって妖怪を縛る。
それでも妖怪は器用にかまいたちを昌浩に向って放った。

「昌浩に手を出さないで!!」

太陰が襲ってきたかまいたいを風の鉾で叩き落す。
かまいたちを操るこの妖怪のせいで昌浩の衣はあちこち裂けているが太裳の結界のおかげだろう。周りに被害は及んでないようだ。

「縛ってる今のうちに、調伏・・・」
『オォォォっ!!』

突如、妖怪が妖気を爆発させ、昌浩の術を解く。
そのままかまいたちを神将たちに向って放った。
突然の反撃に神将の反応が遅れる。
妖怪は地を蹴るとそのまま昌浩めがけて飛び掛った。

「何っ!?」

昌浩が慌てるが今からじゃ間に合わない。
と、突然目の前で何かが光った。
それは実体を結び、強固な結界となる。
太裳が作った結界だ。
しかし慌てて作ったせいだろう。妖怪は器用に結界のほころびを見つけ、それを粉砕した。

「「昌浩っ!!」」

神将たちが叫ぶ。
誰もが最悪の事態を予想した。


ゴォォォォォッ―――・・・


突然、灼熱の炎が妖怪の体を包み込む。

『ギャァァァァァ!!!』

その炎に焼かれ妖怪は悶え、やがて灰となって風に飛ばされた。
昌浩はゆっくり後ろを振り返る。
そこには見知った紅い髪の神将が立っていた。

「紅蓮。」
「無事か?昌浩。」

紅蓮の言葉に肯き、昌浩はほうっと息をついた。
紅蓮はその様子を見ると、周りの者たちをきつく見据える。

「お前らが居ながら、昌浩を危険な目に・・・。」
「紅蓮、それは違うよ。俺が力不足だから・・・。」

紅蓮の言葉にはじかれたように昌浩が顔を上げ、首を振る。
その様子に太裳が昌浩と視線を合わせて、首を振った。

「いいえ、昌浩様。これは明らかに我々の失態なのですよ。騰陀が怒って当たり前なんです。」
「でも・・・。」

太裳の言葉に言いよどんでいると、勾陳も腕組を解きながら言った。

「昌浩を危険な目にあわせたことに変わりは無い。下手をすれば昌浩は殺されていた。」

勾陳の言葉に昌浩は口をつぐむ。
その様子を見て六合は昌浩の頭に手を置いた。

「昌浩が気にする必要は無い。」
「うん・・・。」

六合の言葉に昌浩は小さく肯いた。


安倍邸への帰り道。紅蓮は今、物の怪の姿となって前を歩いている。
勾陳と太陰は晴明に報告する、といって先に帰った。

「ねぇ。太裳・・・。」
「はい?」

名を呼ばれて太裳が顕現する。
昌浩は物の怪の背を見つめながら問いかけた。

「もっくんはどうしてみんなと居なかったのかな。」
「・・・昔の騰陀は今よりもう少し怖かったですから。」

いや、少しどころかなりなのだが。
そこはあえて言わないが。

「じゃあどうして変わったのかな。」
「それは・・・騰陀自身に聞いてみては?」

太裳の言葉を少し考え、やがて昌浩は肯いた。
そのまま「もっくん――。」といいながら物の怪に駆け寄る。
その姿を見ながら太裳はひそかに笑った。

あの頑なだった騰陀を根本からかえた少年。

鋭くとがった氷塊のような心を溶かしたあの笑顔。

そしてあの少年が騰陀に寄せているのは皆が抱く「畏怖」では無く絶大な「信頼」だ。

「昌浩様は本当にいい子ですね。」

太裳のこの呟きをきいたら、成親が満面の笑みで肯くだろう。そのことを考えつつ、太裳は月を見上げる。


「昌浩様の未来が楽しみですね。」





その呟きは誰にも聞こえない。








聞いたのは空に輝く月だけ。








これは月夜に起こった








小さな、小さな秘め事・・・。










―END―