時渡り―過去へ





 世の中には不思議なものがある
 これはそんなお話の一つ





 「ねぇ、昌浩。これ何か分かる?」
 部屋で調べ物をしていた昌浩に、なにやら包みを抱えた彰子がやってくる。
 「ん?・・・どうしたの、これ」
 作業を中断し、向き直った昌浩は、差し出されたものを見て首をかしげた。
 「それがね、部屋の隅にあったの。今までそこにあったなんて気がつかなかったのだけど・・・」
 彰子も不思議そうに説明した。
 「何かに使う道具なら、勝手に触ってもいけないと思ったのだけど」

 布に包まれたそれは多少埃にまみれている以外は至って普通に見えた。
 「う〜ん・・・呪詛とかそういう気配は感じないから、危ないものじゃないと思うけど・・・開けてみようか」
 何かが飛び出してきてもいけないので、一応、軽く下がるように彰子に言うと、昌浩は静かに包みを開いていった。中から現れたのは銅鏡だった。

 「「鏡・・・?」」
 昌浩と彰子の声が見事に合わさった。
 「こんな鏡、見たことないけどなぁ。・・・もっくん!」
 危険がないと判断し、手に持って表裏を眺めた昌浩は相棒を呼ぶ。
 「もっくん言うなと言ってるだろうが。で、何の用だ?」
 「これなんだけど、見たことある?」
 物の怪の文句をすっぱり流し、問題のものを見せる。
 「何だ?・・・鏡か。いや、俺はないな」
「そっか。何かに使う物だったりするのかと思ったんだけど」
 じい様とか、父上とか、じい様とか、はたまた兄上とか、じい様とか・・・
 昌浩がそう言うと物の怪は苦笑した。何気に晴明が多いのは食えない狸爺だからだろう。

 「あんまり昔は知らないが・・・天一、お前はどうだ?」
 ふと仲間の神気を感じ、振り返りつつ問いかける。
 「いいえ。私も存じ上げません。朱雀、貴方は?」
 「いや、俺も見たことはないな。少なくとも陰陽道に関するものではないと思うが」
 天一が静かに答え、朱雀も同意する。
 「じゃぁ、大丈夫かな?彰子が気に入れば、持っていたらいいよ」
 昌浩はもう一度銅鏡を見やると、微笑みながら彰子に渡した。
 「そう。じゃぁ、部屋に置いておくわ」
 彰子もにっこりと笑うと大事そうに鏡を抱え、部屋を後にした。





 「彰子、いい?」
 夕餉後、それぞれが休んでいた中、昌浩は彰子の部屋を訪れた。
 「どうぞ・・・どうしたの?」
 入室を了承し、入ってきた昌浩に声をかける。
 「いや、特にって言うか・・・さっきの鏡?」
 昌浩は頬をかきながら、なぜか疑問系で答える。なんとなく言いたいことを理解した彰子は置いといた鏡を取りにいった。

 「なんかね、何もないって分かったんだけど、何か惹かれるものがあって」
 「えっ、昌浩も?私もね、何か気になるの。気配・・・とは違うのだけど」
 お互い気になっていたという事で顔を見合わせる。
 「ほんと、何だろう・・・?」
 昌浩が鏡を手に取り覗き込む。その隣で彰子もまた鏡に触れたそのとき、銅鏡が光を放った。
 「「!!!?」」
 二人が驚いている間に鏡から放たれた光は昌浩と彰子を取り込み、やがて静かに収束していった。







 「ん・・・」
 光が収まり、昌浩は閉じていた目を開いた。
 「何だったんだろう?」
 「わからないわ・・・」
 何が起きたのかと周りを見渡す二人。そこで違和感を覚えた。
「ここ、彰子の部屋じゃない・・・?」
 昌浩は首をかしげながら呟いた。

 部屋の造りが変わっているわけではない。しかし、調度品などが違っているのだ。

 「・・・ねぇ、昌浩。何か向こうの方が騒がしくない?」
 昌浩が室内の変化に目を奪われている間、彰子は周りの様子を伺っていたのだった。そこで感じた雰囲気。全体的に深刻な雰囲気ではないのだが、どこか慌しさもあった。
 「あっちは・・・父上と母上の部屋のほう?行ってみようか」
 ここにいても何も分からないので。確かめにいこうという事になった。


 部屋を出た途端、視界に少年が飛び込んできた。昌浩と同じ年齢ほどのその少年は昌浩たちに目をくれる事もなく走り去ってしまった。
 その後姿を見ていた昌浩は、どこか似たような顔を考えていた。
 「あ、まさか兄上!?」
 「え!?昌浩のお兄様って・・・成親様?」
 「うん。今の子がすごい似ていたんだ」
 でも、本人なら昌浩より一回り以上年上のはずだ。どうなってるんだ?と考え込んでしまった昌浩に彰子が驚きのことを言った。
 「もしかして、過去にいるのじゃないのかしら?そしてここに人たちは私達が見えてないんじゃないかしら?」
 「へ?過去?」
 思いもしなかったことに驚いたが、そう考えると辻褄が合う。
 「だとしたら何年前なんだろう」
 「向こうにいってみれば分かるわ」





 人が集まっている場所へとついた二人は目を瞠った。
 「これって・・・」
 「昌浩、これはお産よ」
 末っ子の昌浩は良く知らなかったが、下に弟妹がいる彰子にはすぐ分かった。
 「お産・・・?誰のときだろう・・・・って、もしかして俺!!?」
 先ほどの成親の年齢を考えて当てはまる安倍家の人間はただ一人。その事実に行き当たった昌浩は思わず叫んだ。
 「まぁ、昌浩なの!じゃぁ、昌浩の赤ちゃんの時が見れるのね」
 彰子はどこか嬉しそうに言った。
 「え、ちょっと・・・あ、彰子?」
 そんな反応を返されるとは思ってなかった昌浩はしどろもどろになる。

 そのとき産声が上がった。
 「あ、生まれたみたい。でも、吉昌様、すごい慌ててない?」
 「あ〜。俺ん時、なんか大変だったみたいで父上がおお慌てで祈祷していたって聞いたことがある・・・」
 「そうなの?」
 「兄上の時から時間が経っていたせいだろうって」
 「ふぅん。それより昌浩、見に行きましょう」
 彰子は昌浩の手をとると駆け出していく。昌浩は慌てて足を動かした。



 赤ん坊の昌浩は晴明に抱かれていた。
 「ふふ。かわいいわね」
 「そうかなぁ・・・」
 対照的な考えを持つ二人。自分の事なのだから仕方がないと言えば仕方がない。


 彰子は微笑ましく。昌浩は若干照れながらその光景を眺めていると、景色が白濁していった。そしてまた強い光に包まれたのだった。







 光が収まったのを見計らって二人は眼を開けた。戻ってきたのかと思ったが、安倍邸とは様子が違った。それに雰囲気はさきほどと同じ。
 「戻って・・・ないみたいだね」
 「えぇ・・・」
 とりあえずここがどこかを知るためにあたりを見渡す。過去にいるのか、それとも現代のどこかにいるのかも分からないのでうかつに動けない。
 「もしかして・・・」
 どこか懐かしい風情を持つこの屋敷に彰子はある答えを見つけた。
 「東三条殿じゃないかしら」
 そこは彰子の生まれ育った邸。
 「東三条殿?・・・そういわれればそうかも」
 数回しか訪れたことのない昌浩だが、庭を眺めて納得する。
 「という事は、今度は彰子のときかな?」
 どこか楽しそうに昌浩が言った。

 たいした根拠はないのだが、東三条殿でお産は現代ではなかったはずだ。それに先程の繋がりでいくなら彰子と考えるのが妥当だった。
 「そう、かもしれないわね」
 「んじゃ、見に行こう」
 安倍邸での二人とは逆に今度は昌浩が彰子の手を引いた。



 「あ、じい様だ」
 祈祷を行っていたのは当代一の陰陽師、安倍晴明。
 「やっぱり頼りになるんだなぁ・・・」
 「あら、昌浩だって十分頼りになるわよ」
 嘆息気味に呟いた昌浩に彰子は激励する。
 「うん・・・。そう言えばさ、彰子のときはどんなのだったか聞いたことある?」
 自分の出生のときの事を話していた昌浩は不意に尋ねる。
 「そうねぇ・・・お産自体は普通に済んだみたいだけど、ほら、私、妖が見えるじゃない。その当たりは大変だったみたい」


 そんな会話をしていると、産声が上がった。しばらくすると赤ん坊を抱いた道長が出てきた。
 「あれが彰子だね。ちっちゃくて可愛い」
 「そうかしら?」
 安倍邸のときとは正反対な言葉を発する二人。微笑ましい空気が流れていたが、不意に昌浩が眉をひそめた。
 「どうしたの、昌浩」
 「・・・惹かれている。彰子を狙ってきたみたい」
 妖気が近づいてくるのを昌浩は感じ取ったのだった。
 しかし、それもすぐ霧散する。晴明が結界をはり、浄化を施したからだろう。
 「これで安心だね」

 昌浩がそう言うとそれがきっかけだったかのように再び景色が白濁し、光に包まれたのだった。






 「「う、ん・・・」」
 再び目を開ければそこは彰子の部屋だった。
 「やっと戻ってきたみたいだね」
 「そうみたい。・・・あれ?」
 苦笑しながら言葉を交わすと、彰子が声を上げた。
 「鏡がないわ・・・」
 「え?・・・ほんとだ」
 彰子に言われ、周りを見渡した昌浩だったが目的のものを見つけることは出来なかった。

 「結局何だったんだろうね、あの鏡」
 「でも、いいものが見れたからよかったわ。あそこで私達が生まれたから、今こうしてここにいられるんですもの」
 「そうだね」
 そう言うとお互い笑いあった。











過去を見せる鏡。
お互いの誕生の瞬間に居合わせることとなった昌浩と彰子。
この瞬間があるから今があり、これからがあると思った二人でした。

2万打記念のフリー小説です。
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