自分は『神の子』で―――・・・








あの社に住むモノは『異質』なモノ―――・・・。








ずっとそれだけが真実だと信じてた。








社に住む者を見るまでは―――・・・。









夢は痛みと共に去る5










「あそこには何が居るの?」

幼い亜羅耶は無邪気に聞いた。
問いかけられた巫女は少し困ったように笑いながら
亜羅耶と視線を合わせ、説明する。

「いいですか。あそこには『贄の巫女』様がいらっしゃいます。」
「にえ・・・?」
「そうです。贄の巫女様はこの世の不浄の一切を身に纏っておられます。亜羅耶様は『生き神』様で在らせられますから、いつか贄の巫女様の不浄を取り払う儀式をします。それが生き神様になるための儀式ですよ?」
「ふーん・・・。」

亜羅耶の言葉に巫女は苦笑した。

「いつか分かるときが来ますよ。」
「・・・。」

亜羅耶はそっと社を盗みみる。
亜羅耶は産まれた時から『生き神』として敬われていた。
大古の昔、この国が『豊葦原』と呼ばれる頃に存在した、『天津神』の血を継いだ唯一の存在として。
何処にいても神に等しい自分が、唯一してはいけないと言われたのがあの社に近付く事だった。
亜羅耶は暫く社を見るとそっと離れた。


これから起こる出来事を知らずに―――・・・。



服を着飾り、亜羅耶は宮を出た。
今日は正式に、『生き神』になるための儀式が待っている。
亜羅耶は大巫女に連れられてあの社に向かっていた。
亜羅耶は不思議な高揚感に包まれていた。
ずっと言われ続けていた『生き神』についになれるからかも知れないし、あの社に近づけるからかも知れなかった。

亜羅耶が社に入ると大巫女が振り返った。
その手には短刀が握られている。

「儀式を始めましょう。」
「え…?」

亜羅耶は訳がわからず、大巫女を見た。
大巫女は奥に据えられている祭壇を見た。つられて、亜羅耶も見上げる。
そこには紅い袴を穿いた白い巫女装束の少女がいた。

「その短刀で、『贄の巫女』を刺すのです。」

言われたら言葉に亜羅耶は瞠目した。
自分と年の離れていない少女を刺せと言ったのに、大巫女のその瞳には憐れみも何もなかった。

「さぁ。」

再び催促され、亜羅耶は震える足を叱咤し、祭壇に近付いた。

少女は気だるそうに顔を上げ、強い眼差しを亜羅耶に向けた。
それは『殺意』に近かった。

「私を殺すのか?」

尋ねられた言葉に亜羅耶は息を呑んだ。
短刀の切っ先を下げると大巫女を振り返る。

「どうしてもやらなきゃいけないの?!」
「ならぬ。」

大巫女は厳かに言う。
しかし亜羅耶には反発心しか起きなかった。

「どうしてっ!!」
「あなた様には『天津神』の血が流れていらっしゃる。」

今更の言葉に亜羅耶は何にも思わない。
しかし次の言葉には目を見張った。

「しかし、反対する力『国津神』があなた様の血に僅かながらも流れているのです。」
「え・・・?」
「だからこの世の不浄の一切をその身に纏い、『国津神』の血が流れている『贄の巫女』をその御手で絶つことで初めて純粋な『天津神』の力を手に入れるのです。」

亜羅耶はそっと少女を見た。
そのまま小さく質問する。

「あの社にずっといたの?」
「当たり前だ。あそこが私の『世界の全て』であり『世界の果て』だったのだから。」

返ってきた答えに亜羅耶は顔を歪める。

「私は殺されるために生かされた。でも・・・」
「え・・・?」

亜羅耶は聞こえてきた小さな呟きに目を見張った。


殺されるつもりも、ない――――・・・。

呟きが聞こえてきた瞬間、亜羅耶の近くですさまじい力の爆発が起こった。
力の中心にいるのはあの少女だった。

「亜羅耶様っ!!あなた様の『天津神』力で抑えてくだされっ!!」

大巫女が亜羅耶に向って叫ぶ。
その言葉を聞き、亜羅耶は自分の胸に沸々と湧き上がる力がある事に気がついた。
その力は出口を渇望していた。
亜羅耶は本能の命じるままにその力を爆発させた。

亜羅耶の『天津神』の力が少女の『国津神』の力を徐々に凌駕していく。
亜羅耶は力の中心に立つ少女を見た。
少女は亜羅耶を見た。
その瞳には「生きたい」という想いが滲み出ていた。
しかししばらくすると小さく微笑んだ。
少女は知っていたのだ。自分が力を出すと太刀打ちなんか出来ないことを・・・。

「・・・っ!!」

それを悟った瞬間、亜羅耶は力を消した。
少女の力が村を破壊しつくす。
気がついたときには亜羅耶が生まれ育った村は壊滅していた。

少女に亜羅耶はそっと近づく。
二人は無言だったが、やがて亜羅耶がその沈黙を破った。

「・・・名前は?」
「・・・・・・朧・・・。」

それから少年と少女はただの「亜羅耶」と「朧」になった―――――・・・。


幾つもの刃が昌浩に向かって放たれた。
動かない昌浩に舌打ちをし、紅蓮は炎蛇を召喚させ、刃を相殺させようとするがいくつかは昌浩に当たり、衣は破け頬は裂傷を負った。

「――――っ。」
「昌浩っ!?」

昌浩は唐突に後ろへと倒れる。
紅蓮が寸前で気付き、昌浩の身体を支えた。

「おいっ!!昌浩っ!!!」

目を閉じた昌浩の頬を叩き、紅蓮はその名を呼ぶ。
その様子を朧は冷めた目で見ていた。

「朧っ!」

亜羅耶は朧に近づき、その手を掴んだ。
朧はゆっくりと振り返る。その瞳は冷め切っていた。

「邪魔をするの?」
「朧・・・。」
「私の願いで、あなたの願いじゃない。」
「朧。」

朧は亜羅耶の手を振りほどく。
そのまま倒れた昌浩に止めを射そうと手を振り上げた。

一陣の風と甚大な霊力がその場に降り注いだ―――・・・。

「晴明・・・。」
「まったく。お前は無茶をする。」

晴明は黒焦げになった紅蓮の体を見て、小さく嘆息した。
そのまま手をかざし、治癒にかかる。

「安倍晴明・・・。」

朧は小さく呟くと舌打ちをし、蛍火に飛び乗ると姿を消した。
それを見た亜羅耶も陽炎に飛び乗った。

姿の消した二人を見つめながら晴明は嘆息した。

「やれやれ。我が孫はまた大変な目にあうらしいな―――・・・。」













やっと書けた第五弾です・・・。

今回は今までに比べ長いです。
主に亜羅耶と朧の話かな?
次からやっと物語は進みだします!次はもうちょっと早く更新できると嬉しいなぁ。

これはフリー小説なので自由にお持ち帰りください☆