時渡り―未来へ





 世の中には不思議なものがある
 これはそんなお話の一つ





 「ねぇ、昌浩。ちょっといいかしら?」
 部屋で調べ物をしていた昌浩に、なにやら包みをもった彰子がやってくる。昌浩は陰陽生へと昇進しており、その分仕事も増えた。ので、邪魔してはいけないと分かってはいるが、気になったものが現われたので、こうして部屋を訪れたのだった。

 「ん?・・・どうしたの、これ」
 作業を中断し、向き直った昌浩は、差し出されたものを見て首をかしげた。
 「それがね、唐櫃の隅にあったの。今までそこにあったなんて気がつかなかったのだけど・・・」
 彰子も不思議そうに説明した。布に包まれたそれは至って普通に見えた。

 「さっき露樹様に聞いたけど、分からないっておしゃっていたわ。いつの間に入っていたのかしら?」
 「・・・呪詛とかそういう気配は感じないから、危ないものじゃないと思うけど・・・開けてみるか」
 何かが飛び出してきてもいけないので、一応、軽く下がるように彰子に言うと、昌浩は静かに包みを開いていった。中から出てきたのはまが玉だった。
 「「まが玉・・・?」」
 昌浩と彰子の声が見事に合わさった。
 「俺は見たことないけどなぁ。・・・六合は見たことある?」
 危険がないと判断した昌浩は、傍にいた神将に尋ねる。
 「いや、ない」
 聞かれた六合は端的に答える。
 「天一は見たことある?」
 いつも彰子の傍にいる神将にも振り返りつつ問いかける。
 「いいえ。私も存じ上げません。朱雀、貴方は?」
 「いや、俺も見たことはないな。」
 天一が静かに答え、朱雀も同意する。
 「じゃぁ、大丈夫かな?彰子が気に入れば、持っていたらいいよ」
 昌浩はもう一度まが玉を見やると、微笑みながら彰子に渡した。

 だいたい危険なものなら晴明が気づいているだろう。
 「そう。じゃぁ、昌浩からの贈り物と言うことにするわ」
 彰子もにっこりと笑うとそう言った。
 「へ?なんでそうなるの?」
 聞いたほうはもちろん驚く。
 「なんとなくよ。じゃぁお仕事がんばってね」




 夕餉後、それぞれが休んでいた中、彰子が昌浩の部屋を訪れた。その首には先程の玉が飾ってあった。
 「早速つけてるんだ」
 「えぇ。とても綺麗だったから」
 今、昌浩の部屋には二人しかいない。彰子が入ってきた段階で神将たちは気を利かせて出て行ったのだった。

 昌浩が陰陽生になった頃、漸くお互いの気持ちに気づいた二人。それこそ初めのころはぎくしゃくしていたが、今では新婚夫婦そのもの。実際はまだ、婚儀を済ませてはいないのだが、その当たりも昌浩の兄を中心にひそやかに準備されていたりする。

 「ホント綺麗だよね。翡翠とは違うし・・・」
 「一色じゃないの。だから綺麗なのかも知れないわ」
 二人はまが玉に見入っていた。不意にそのまが玉が発光したような気がした。
 「今、光ったように見えたのだけど」
 彰子が首をかしげながら呟くように言うと、突如強い光を放った。
 「「!!!?」」
 二人が驚いている間に鏡から放たれた光は昌浩と彰子を取り込み、やがて静かに収束していった。







 「ん・・・」
 光が収まり、昌浩は閉じていた目を開いた。
 「何だったんだろう?」
 「わからないわ・・・」

 周りを見渡しても特に何も変わっていない。
 「俺の部屋だよねぇ・・・」
 確かめるように声を出す昌浩に彰子も頷く。
 「なんか居間のほうが騒がしいかな」
 「何かあったのかしら」
 お互い顔を見合わせると、どちらともなく動き出した。

 その騒がしさは宴を催しているような騒がしさ。
 「今日は何もなかったはずなんだけど・・・?」
 思い当たりのないことに首を傾げるが、そういう事は聞いたほうが早い。



 そこはまるで、ではなく本当に宴会が行われていた。
 「あ、父上。一体何なんですか?」
 昌浩がたまたま近くにいた吉昌に声をかけるが、何の反応も返ってこない。昌浩の声が聞こえていないような態度だ。
 「昌浩、誰も私達に気がつかないみたいなの。さっき露樹様に尋ねてみたのだけど、正面に立ったにも関わらず見えていないみたいだったのよ」
 「どうなってるんだ?」


『いやぁ、漸くまとまってくれたな』
  『傍から見ていたものとしてはもどかしかったですから。でも、兄上、いろいろと策していたでしょう』
 『当たり前だよ。何せ人のことには敏感なくせに、自分のこととなると、まるっきし鈍いのだから』
 普段家にいることのない成親と昌親の声がきこえ、昌浩は瞠目した。
 「あ、兄上たち!?」

 『まぁ、鈍いと思っていたのは私達だけではないみたいですけどね』
 『あぁ、十二神将たちも天然夫婦には呆れていたらしい。特に騰蛇なんかはアレのすぐ傍らにいたからな』
 『ある意味、それでよかったかも知れませんよ。なにせ相手は藤花殿ですから。おかげで外掘りを埋めるのに時間は十分でした』
 『確かに。あ、父上』
 成親と昌親は父、吉昌を見つけるとそちらへと行ってしまった。
 後に残った昌浩と彰子は呆然としていた。

 先程の会話からするに自分たちの事を話していることは分かった。そしてこの宴が自分たちのものだという事も。
 「あはは・・・もしかしなくても、俺達の婚儀・・・だよね」
 「えぇ・・・」
 二人とも顔が赤い。
 「ってことはこれは未来なのかな」
 「だったら、他の人に私達が見えないのもわかるわ」
 自分達はこの時代の人ではないのだから。


 「・・・本当にこうなるか分からないけどさ、いつか迎えられたらいいね」
 「うん」
 なんだか恥ずかしくて、お互いの顔を見れないまま、それでも言葉を交わす二人だった。
 そのとき辺りが強い光に包まれた。





 再び光に包まれた昌浩たちが目を開けると、そこは安倍邸の昌浩の部屋だった。が、どこか雰囲気が違う。
 「また別の未来なのかなぁ・・・」
 「でも、この雰囲気どこかで・・・」
 喜ばしい出来事を待っているようで、どこか張り詰めた気配も感じられる。この独特の様子は・・・。

 「とりあえずこの部屋を出ましょう」
 彰子はそう言って昌浩を促した。

 彰子は誘われるままに自分の部屋へと向かった。
 「あぁ、これ、お産だわ」
 彰子が一人ごちる。
 ぐるっと見回した彰子は、そこに成長した愛しい人を見つける。
 「昌浩、あれ」
 指差して同じものを見せる。
 「あれって、俺!?」
 「そうみたい。昌浩が祈祷していて、安倍邸の私の部屋でお産があるという事は・・・?」
 にっこりとしながら彰子は昌浩に問いかけた。
 「え?えっと・・・・えぇぇぇ!!!!」
 当てはまる事実に行き当たり、昌浩は大いに叫んだ。
 「もう、何をそんなに驚いているの」
 「いや、だって・・・というか彰子はなんでそんなに落ち着いているのさ」
 「だってありえない話じゃないもの」
 彰子にきっぱりと言われ、昌浩はがっくりと肩を落とした。

 二人がほのぼの(?)と会話していると産声が上がった。
 「女の子かしら?男の子かしら?」
 彰子はそれはもう、うきうきとしながら言った。
 「彰子はどっちがいいの?」
 「ん・・昌浩との子供ならどちらでもいいわ。元気に育ってくれるなら」


 『どっちだ?・・・男の子か』
 遠くで声がした
 「男の子ですって」
 「みたいだね」
 顔を見合わせると笑いあった。こんな素敵な未来があることを切に望む。そんなことを思っていると再び強い光が放たれ、二人は目を閉じた。






 「「ん・・・」」
 昌浩と彰子は同時に目を覚ました。目覚めた場所は元の場所。
 「夢・・・だったのかな」
 ぼんやりとした状態で昌浩が呟く。
 光を発したはずのまが玉はいつの間にか消えていた。
 「あら、同じ夢を見るものなの?」
 「どうだろう?」
 呪いをすれば別だろうが、偶然の世界では分からない。昌浩が首をかしげていると彰子がいった。
 「でも、あんな未来が来るといいわね」
 「そうだね」
 本当に起こることなのか、それとも二人の望みだったのか分からないけど、幸せな気分になったのは確かだった。

 願わくば、望むままに。











互いの思いを知っている上での未来です。
昌浩はとにかく驚きすぎで、逆に彰子は冷静と言うか開き直っています。
こんな二人を向かえれたらいいですね。

サイト1周年記念のフリー小説です。
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