曼珠沙華はうち時雨に濡れる








「――――ふえっくしゅん!!」


真夜中の静かな大路に盛大なくしゃみが響き渡る。
ずずっ、と鼻をすすりながら晴明の孫こと安倍昌浩は夜警をしていた。
時季は葉月の半ばも過ぎようかという頃。秋もだんだん深まり、肌寒くなってきている。
夜中ともなればかなり冷え込むので、物の怪を温石代わりに首に巻いている。
温石代わりに首に巻かれている物の怪は夕焼け色の眼を眇めて抗議の声をあげているが、昌浩はそれを黙殺している。
そんなやりとりはいつものことで、大体見回りを終えた昌浩と物の怪は、安倍邸への帰路についていた。
「だんだん冷え込んできたなー。風邪なんかひいたりするなよ?晴名の孫」
「孫言うなっ!・・・・・・まぁ、大丈夫だとは思うよ?もっくんを首にまいてるしさ」
「そこだよなぁ、そこ。俺がこの姿をとってるのは、そういう意図とは違うって何度も言っているのに聞かないしな・・・・・・・」
「それはそれ!それとも何か?俺が風邪をひいても、もっくんはいいって言うの?」
「お前な・・・・・・・・・・・」
不毛な言い合いは何のその。毎日よくもまぁ飽きもせずにやるものだな、というのが周りの感想である。
そんなやりとりの最中、ふいに風向きが変わった。

「―――なんだ?」
かすかな違和感を感じて、昌浩は周囲を見回した。と、目を向けた先、約三丈程葉離れた所に女の人の姿を見つけた。
暗視術を行使しているおかげで、その女の人の身なりが見て取れた。
長い明るめの紅い髪をつむじの辺りで結い上げてあり、それが風にあそばれていて闇夜に鮮やかに翻っている。
そんな女の人がこちらに向かって歩を進めてくる。
「――――・・・・・・・・」
昌浩と物の怪は軽く身構えて、その女の人を見据える。
姿こそ、そこらへんにいる様な普通の女性だが、醸し出す空気が徒人のそれとは異なっていた。
「妖気?―――いや、なんか妖気とは違う感じが・・・・・」
相手の気配を探っていた昌浩が、かすかに眉を寄せながら呟く。
そうしているうちに、紅い髪の女の人がすぐ近くまでやってきた。一丈程の距離にまできた所で、女の人は歩みを止めた。
翡翠色の瞳が真っ直ぐと昌浩を見つめてくる。
その真っ直ぐな眼差しを正面から受けながら、昌浩は未だに相手の気配を窺っている。
悪い感じはしない―――と思う。たが、目の前にいる女の人は明らかに人外の存在であることはは確かである。
警戒を緩めない昌浩と物の怪の様子も気にせずに、その女の人は昌浩だけをじっと見つめている。
―――と、昌浩を見つめていた女の人は急に目許を和ませて微笑んだ。

「やっと会えた・・・・・・お久しぶりです。昌浩」

「え?」
「なに?」
女の言葉に昌浩と物の怪は疑問の声を上げる。
昌浩は驚きの眼差しで目の前にいる女の人を見る。
「昌浩、お前あいつにあったことがあるのか?」
「えっ?・・・・会ったこと――――」

会ったことあったっけか?

物の怪の疑問はそのまま昌浩の疑問でもあった。
最近に遭遇した相手ではなさそうだ。こんな妖に似て非なる気配をしている相手ならば、かなりの印象の強さで記憶に残っているはずだ。
そんな昌浩の困惑が伝わったのか、相手は微笑を少しだけ苦笑に変えてこう付け加えた。
「まぁ、覚えていなくて当然だと思います。私と会ったのは8年前ですからね・・・」
「8年前!?」
8年前といったら昌浩はまだ5歳の頃である。そんな小さい頃の記憶など今となってはほとんどないに等しいではないか。
しかし、昌浩は必死で記憶の糸を手繰ってみる。みるのだが、やはり覚えていないのか、思い出せない。
ひとしきり唸って悩んだ末に出た結果。全く綺麗さっぱり忘れてしまっていことがわかった。
「・・・・・ごめん、さすがに8年前のことは思い出せないみたい」
「そうですか・・・・」
昌浩の返事を聞いて女の人は少し残念そうに言った。
「えっと、その、思い出せなくて本当にごめん」
本当にすまなそうに謝る昌浩を見つめながら、女の人はゆっくりとかぶりを振った。
「いえ、気になさらないで下さい。今年でお会いできる機会が最後でしたので・・・・・・、どうしてもお渡ししたい物がありましたので
「俺に渡したいもの?」
首をやや傾けながら昌浩は女の人に近づく。この時、すでに警戒は解いていた。
「はい・・・・・これを」
そう言って取り出したのは小さな数珠だった。
「―――これっ!?」
その数珠を見て昌浩は目を見開く。
「見覚えのあるものか?」
昌浩が驚く様子を見て、物の怪は問いかける。
「うん、昔じい様に貰ったやつ。いつの間にか無くしちゃって諦めたんだけど・・・・・・」
「これを落としていかれたので、ずっとお渡ししたいと思っていました」
そう言って昌浩に数珠を差し出す。
「わざわざありがとう」
差し出された数珠を受け取り、お礼を言う昌浩をうれしそうに見る女の人。
物の怪は二人のやりとりを静観している。
「いいえ、最後に一目あなたに会いたかったので、ほんのついでです」
常に微笑みを浮かべたやさしげな顔で話す。
「最後ってどういうこと?」
怪訝そうな表情で昌浩は問いかける。しかし、女の人は少し哀しさを含んだ微笑みを浮かべるだけでなにも言わない。
その様子を物の怪はただ黙って見ている。
「それでは用も済みましたし、私はこれで・・・・」
「あっ、ちょっと待っ・・!」
昌浩は慌てて呼び止めようとするが、女の人は淡雪が溶けるような儚い笑みを残して姿を消した。

そしてその場にはただずむ昌浩と物の怪だけが残ったのだった。









※ 言い訳

はいっ!少年陰陽師の初小説です。
はっきり言って自分の文才のなさに思わずため息をついてしまいました!書いた本人も内容がさっぱり掴めていません!!(←ヲイ)
しかもしょっぱなから長編小説書いてるしよ・・・・・。
更新速度はまちまちですが、作者なりに頑張って更新していきたいと思います。

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2005/3/15