裏切り者のユダ













    とある高級レストラン。
    そのレストランの一室、広々とした部屋の中心に綺麗に装飾されたテー
    ブルが置か
    れている。
    部屋に二人連れが店の者に案内されて入ってきた。
    そのテーブルには先客がいた。


    「よぉ、ティッキー。Hola」


    先客―――ノートを組んだ足の上に置いて、片手にペン・片手は頬杖
    をついている
    状態のロードが声を掛けてきた。


    「うげ・・・・・・・・」


    その部屋へ入ってきた二人連れの片方、ロードにティッキーと呼ばれた
    浅黒い肌をし
    た若い男の方が部屋の惨状を見て思わず呟いた。
    食事をするはずのテーブルの上には山のように積まれた問題集。
    本来そこは料理の盛られた皿が並べられているはずなのだが・・・。


    「何してんのよ?」


    わかってはいるが一応聞いてみる。


    「見てわかんねェ?ベンキョォー」

    「学校の宿題、明日までなんですってv」


    (明日まで・・・・・・・って、これ全部をか?)

    山のように積まれている問題集をティッキーことティキが半眼で眺め
    る。
    問題集はどれもかなりの厚みを持っているので、とても一日だけでは終
    わらせること
    ができない量だ。


    「やベェのv手伝ってぇ」

    「
ハァ?学無ェんだよオレは」


    ロードがティキに応援を要請する。
    ティキはそれに渋面を作るだけで手伝おうとしない。


    
「字くらい書けんだろ」
   

    そう言ってロードは問題集の一つをティキに手渡す。
    問題集を手渡されたティキは溜息を一つ吐く。


    「今夜は徹夜でスv」

    「ねぇチョット、まさかオレ呼んだのって宿題のため?」


    隣でガリガリと物凄い勢いで書いている伯爵にティキは声を掛けた。
    ちなみに伯爵は額に
必●勝と書かれたハチマキを巻いているが、明
    らかに使用の意図を間違っていると思うのは自分だけだろうか?


    「フフフッ。それはどうでしょうかネv」

   
    
伯爵はキィキの質問には答えず、山のように積まれた問題集の
  消化に勤めている。

そりゃあもう、凄い勢いで。


「相変わらず宿題を溜めているんですねぇロード」


そう言ってティキの背後から白髪の少年が姿を現した。その少年に気づいたロードは嬉しそうに目を輝かせた。


「あっ!アレンだ〜v」

「アレンだ〜vじゃないですよロード・・・・・。一応、お久しぶりと言っておきます」


イスから勢い良く降りて自分のもとへやってくるロードに、白髪の少年―――アレンは呆れたように言う。
そんなアレンにお構いなしにロードは飛びつく。


「うわっ!もう、いきなり飛びつかないで下さいロード。あ。ありがとうございますティキ・・・・・・」


ロードに飛びつかれたアレンは勢いを殺せずに倒れがかったが、そこをすかさずティキが支え転倒を防ぐ。


「それは別に構わないが、俺としてはこのままの体勢でずっといてくれると嬉しいな・・・・・・」


このままの体勢とは、アレンがティキに抱きすくめられている状態を指している。


「支えてくれたことには感謝しますが・・・・・寝言は寝てから言って下さい


自分よりも背の高いティキを見上げる構図で、にっこりと微笑みながらアレンは痛烈な言葉をティキに浴びせ、その腕の中からするりと抜け出す。
ちなみに、ロードは二人がやり取りをしている間にちゃっかりと抜け出して少し離れた場所に立っている。


「つれないなぁ〜アレン。家族として当然のコミュニケーションを俺は取ろうとしてるのに・・・・・」

「いくら家族と言えどセクハラは許されないと僕は思いますが?」

「え〜、いいじゃん。俺ら恋人だし?」

「意に沿わないスキンシップは不快にほかなりません」

「そんな〜(泣)」


付け入る隙も見せない物言いにティキは肩を落す。
そんなティキを無視してアレンは空いている席に座る。
席に着いたアレンをロードはじっと食い入るように見つめる。


「・・・・・僕の顔に何かついてるんですか?ロード」

「ん――、いや。ぶっ刺した眼、治ってるな〜ってv」


ロードは自分の左目を指しつつそう言った。
全く悪気なさそうに(実際ない)言われて、アレンは眼を半眼にした。


「・・・・・そういえば、よくも派手に怪我させてくれましたね。お蔭で完治までかなりの時間が掛かりましたよ?」

「え〜、でもアレンだしぃ・・・・ノアの一族ならすぐに傷も治るだろう?」

「状況を考えて下さい。僕はエクソシストとしてあちらに潜入している身ですよ?常人離れした回復力を見せたら怪しまれますって!」

「いや、眼潰されて治ってる時点でおかしいし・・・・(汗)」


そう、実はアレンはノアの一族だったのだ。
エクソシスト内部の様子を把握するためという目的のもと、一族の中で唯一、それでいて異例であるイノセンスを持っているアレンが潜入調査を現在進行形で行っているのだ。
そういう理由から重傷でも短時間で治ってしまうようなことがあってはまずいのだ。
だから常人の自然治癒速度に近い程度に意図的に合わせ、かなりの時間を掛けて傷を治し、最近漸く完治したばかりだったのだ。


「頼みますから不必要な接触は止めてください」

「え〜、それじゃあほとんどアレンに会えないじゃん!」

「こうして経過報告の時に会えるでしょう?」

「それじゃあ物足りないよぉ〜〜」


小さい子どものように我が儘を言うロードに、アレンはほとほと困ったように溜息を吐く。
それを見ていたティキも苦笑している。
彼はロードみたいに我が儘を言うことはしないが、アレンを(もちろん生)見たいが為に同じ列車に乗り、エクソシストの一人をしめてまで会おうとしたことはついこの前――というよりも今日のことだ。


「我が儘もそれ位にしておきなさい、ロード。経過報告の時は必ず会えるんですかラv」

「ぶぅ〜〜」

「それとも、アレンに迷惑を掛けたいのですカ?」

「そんなわけないじゃん」

「それでは我慢することですネv」

「ちぇ!」


伯爵の言葉にロードはつまらなさそううに口先を尖らせる。
そこで会話は一旦途切れるが、再び伯爵が口を開いたことによって話は再開する。


「ところでアレンvあちらの動きはどうなっていますカ?」


アレンがこの場所を訪れた当初の目的でもある経過報告をするように促す。
それにアレンは肩を軽く竦めて答えた。


「特には・・・・・何もありませんね。エクソシストたちが総動員して元帥たちの護衛にあたっているのはもうすでに知ってますよね?だったら報告するようなことはないです」

「なるほど・・・・・ところで、今のところ正体がばれているような様子はありませんよネ?」


ばれているなんてそんなことは万が一にもないだろうが、伯爵は一応問い掛けてみる。
それにアレンは憮然として答えた。


「当たり前です。あちらは使徒の中にユダがいることにも気づいていませいから」


裏切り者のユダ。

エクソシストであるのに、実はノアの一族である異端者。
ノアの一族であるのにイノセンスを持っている異形の者。
それがアレンの正体だ。
問い掛けた伯爵はアレンの言葉に納得したように一つ頷いた。


「そうですか。わかりました、引き続き調査を頼みますよ?アレン」

「わかっています。精々ばれないように努めますよ」


軽い調子で答えたアレンは紅茶を一口、口に含む。
と、そこにロードが覆いかぶさるように乗っかってきた。


「―――っ!危ないじゃないですかロード!あなたの宿題に紅茶がかかっても、僕は知りませんよ?」

「ヘーキ、ヘーキ!・・・それよりさぁ、いつまで白くしてんの?アレンの黒い髪見たい〜〜!」


一体何を根拠に平気だと言うのか・・・・。
小さい子どものように強請るロードにアレンは頭痛を感じつつもその要望に応えた。
毛先から徐々に白い髪が黒に染まっていく。


「んv白い髪も悪くないけど、やっぱ黒い方がいいや」

「それはどうも。・・・・ところで、いつまで乗っかっているつもりですか?いい加減にどいて下さい」

「ぶぅ―――!」

「いいからどけ」


段々不機嫌になっていくアレンに、ロードは渋々身を離す。
漸く圧迫感から開放されたアレンは、肺に溜まった空気を吐き出す。
くしゃりと顔にかかる髪をかき上げる。
白から黒へと色が変わったことによって全体的に印象が、がらりと変わる。
更に常は襟足くらいの長さであったが、色を白から黒に戻す際に長さまでも変わっていた。
今は肩より少し下くらいの長さまで伸びている。
それだけの変化であるが、頬の特徴的な傷さえなければ見る人からは全くの別人に見える。
たとえよく知った仲の人達でも、一発で見分けるには難しいだろう。


「しかし久々だよなぁ〜黒髪のアレン。つっても白い髪してんの、さっきの列車の時にしか見てないけど・・・・・・」


そう言いつつティキはアレンの髪を一房手に取り、まじまじと見る。


「見世物じゃありませんから、あまり不躾な視線を寄越さないで下さい、ティキ。簀巻きにして海に沈めますよ?」

「・・・・・それは困る・・・・・」


アレンの容赦ない言葉にティキは手に取っていた髪を手放す。


「(クスクス)人気者ですねぇ〜アレンはv」

「先程も言いましたが、あまり過剰なスキンシップは好みません」

「とか言いつつ実はとっても嬉しいんだろ?」

「絞殺と毒殺、どっちがいいですか?」

「ゴメンナサイ・・・・・」


気温が二度〜五度位下がり、冷ややかな冷気がアレンから漂ってくる。
ティキは今言われた方法を実行されないうちに素早く謝罪する。


「分かればいいんです。僕をからかおうなんて思わないで下さいね?」


かわいらしくにっこりと笑っているアレンだが、その眼は笑っていなかったりする。
オプション効果で背後に黒い靄が漂っていれば、脅し効果は倍増だ。
ティキが固まっている間にアレンはカップの中の紅茶を飲み干し、席を立ち上がる。それを見たロードが残念そうな声を上げる。


「え〜〜、もう行っちゃうの?」

「仕方ないですよ。こっちはこっそり抜け出して来たんですよ?あまり長く留守にして不在がばれたら後か大変ですから、もう戻ります」


そう言ってアレンは扉へと足を向ける。
それと同時に、黒い髪がまた白へと変じていく。
扉の前にまで来ると、室内に向き直り一礼する。


「それでは行ってきます」

「「「いってらっしゃい」」」


それに他の三人が挨拶を返す。
それを聞いてアレンは嬉しそうに頬を緩ませ、その場を去っていった。




◆  ◆  ◆




「ん――、今日もいい天気さ!」

「朝っぱらから元気ですね、ラビ・・・・」


元気一杯のラビに比べ、アレンは少々覇気に欠けているようだ。


「なぁ―に朝からそんなに辛気臭そうにしてんだよ、アレン!」

「うわっ!」


バシン!とラビが景気良くアレンの背中を叩く。
そんな二人の様子をクロウリーは少々心配気に、しかしどこか微笑ましそうに見ている。


「・・・・・痛いですよ、ラビ」


アレンは叩いたラビを恨めしげに見る。


「気にしない、気にしない!」


恨めしげな視線を送ってくるアレンに、ラビは至ってマイペースに答える。


「少しは気にして下さい・・・・・」


アレンはわざと大袈裟に溜息を吐く。
そんなアレンの態度もラビにとっては左程気にするようなことでもないので、相変わらずのんびりとした様子で笑っている。
そんな日常的なやりとりを、アレンは呆れつつも何処か暖かく感じている。
いくらアレンがノアの一族で、しかもスパイのようなことをしていようとも、彼自身は基本的に人間は好きなのだ。
だからこうして普段の何気ないやりとりでも嬉しく思うのは、彼の嘘偽り無い本心なのだ。
彼らに自分のしていることを知られるわけにはいかないが、隠し事をしていることにほんの少しだけ罪悪感を感じていたりするのもまた事実。
内心、嘲笑しつつもこの心地よい日常が少しでも長く続くようにアレンは祈っていた。


「行くぞ、アレン!」

「はい!」


差し伸べられたラビの手をアレンは掴む。
ラビの体温が繋いだ掌を通してアレンに伝わる。
今はもう少しだけこの優しい作り物の日々に浸っているとしよう。
アレンは口元にうっすらと笑みを浮かべた。




そして彼らは再び歩き出す。

元帥の一人を求める旅へと。










己が中に裏切り者がいることに気づかないまま、神の使徒達は時を過ごす。




彼らがユダの存在に気づくのは、一体何時になるのだろうか?




その時はすぐそこにまでやってきている――――――。











※言い訳
はいっ!初のノアアレンです。どうでしたか?
このお話はイベントでコピー本に載せたお話です。
時期としてはアレンたちとティキが列車で会ったすぐ後位のものです。
本当は黒アレンでいこうと思ったのですが、灰色止まりです・・・・・・。
はぁ、もっと文才が欲しいな・・・・・・・。

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2005/12/25