「たまたま勝ち残ることができたからって、いい気になるなよっ!?」



「えぇ、わかっていますよ。ご指南のほど、よろしくお願いしますね?先輩」



険しい表情を作る相手とは対照的に、昌浩はにっこりと笑顔を作って答えた。



昌浩のその笑顔を見た瞬間、昌浩を知っている者達の背に冷たい汗が流れた。



そして思う。



相手は確実にヤられるな・・・・・・・・。












道化師の憂鬱と解消法













ここ最近の昌浩の機嫌は悪い。

そりゃあもう、悪いと一言に言い尽くせない位にどん底をいっている。


「なぁ、晴明の孫よ・・・・・・・」

「なぁに?見てくれだけは(自称)愛らしい物の怪のもっくん?」


いつもの如く、昌浩の最も嫌がる呼び方で話しかけた物の怪。
しかし、気持ち悪い位に眩しい笑顔と毒を含ませた返答に、つい今しがたの自分の行いを深く悔いる羽目になる。


「・・・・・・すまない」

「わかればいいんだよ。で、何?」

「お前、ここ最近本当に不機嫌だぞ?雑鬼達だって数日前から近寄ろうともしなくなったし・・・・・ご機嫌になれとは言わんが、せめて平常に戻ってくれ」

「冗談。もっくんはこの環境下で常に好機嫌を保っていられるの?へぇ〜、それは凄いね。いくら気の長い俺でも切れる一歩手前で何とか踏み止まってるっていうのにさ」


そう、ここ最近の昌浩を取り巻く生活環境は最悪だ。

日毎に昌浩に対する嫌がらせもとい、傍迷惑極まりない仕事の妨害行為が多いのだ。
硯や筆を隠されるのはまだ対処できる。
しかし、昌浩の仕事が終えないうちに「下らない」の一言に尽きるような量だけは多い雑事を山のように押し付けたり、常に動き回らねばならないように言伝を頼むのを増やしたりなど本当に多いのだ。
お陰で昌浩はここ数日間かなり遅くまで寮に残って、仕事の消化に努めなければならない状態が続いている。
朝も通常より早めに来てその日の仕事を早くに片付けておかなければならない程だ。
それが如何に神経の図太い者でも音を上げそうな現状なのだ、昌浩とて堪えないはずがない。

夜は遅くに邸に帰宅し、休む間もなく都の夜警、それで朝の出仕も早くに出てきてる。そのことから昌浩の睡眠時間は極限にまで削り取られている。
十分な休息もろくに取らないで働き詰め。いい加減嫌気もさしてくる。
本人は敢えて意識の外へ追いやっているが、体の不調も段々と現れてきている。
はっきり言うと歓迎できない状況なのだ、今は。


「んなわけあるかっ!俺だって腸煮え返ってるんだよ!俺はただ、お前のそのめちゃくちゃ笑顔のくせして目だけ笑ってない顔が心臓に悪いだけだ!!」

「嫌だなぁ、もっくん。唯でさえ風当たりがきついのに、俺にこれ以上酷い状況に陥れと?そう言うんだな?あ゛ぁ!?」


笑顔の中にくっきりと浮かび上がる青筋。
昌浩の物言いの後半ではかなり柄が悪くなっている。
物の怪はそんな昌浩に尻込みつつ、何とか踏み止まって言い返す。


「いや、ほら、お前普段は皆に隠してるけど呪術とか得意だろ?相手の夢見をちょーっと悪くして嫌がらせを止めさせるくらい、わけないだろ?」

「ふふっ!今の俺がそんなことしたら、相手の人、精神破壊起こしちゃうってv」

「・・・・・・つまり、手加減するつもりはないと?」


完全に切れてしまった己では歯止めが利かないと言う。
だからこそ、手を出そうとしない。
でも、それでは現状の解決にならない。

一体どうしたものかと、物の怪は深く息を吐くのであった。









しかし、ここで漸く事態に動きが見られた―――――――。









「安倍殿は知っておられるか?この度武術大会が行われるのを」

「武術・・・・大会ですか?いえ、知りませんけれど・・・・・・」


一体何を言い出すんだこいつら。と思わなくも無かったが、彼らの意図をつかめないので素直に質問に答えておく。
そんな昌浩の内心など知らず、彼らは馬鹿にしたような視線を昌浩に向けてくる。


「ほぅっ!安倍殿は武術大会について何もお知りにならないと!こんなに皆の話題に上っているというのに?」


いっぺんしめたろか?!


「・・・・・申し訳ありません。ここのところ仕事の方で手一杯なものでしたので・・・・・・・」

「なんと!自分に割り当てられた仕事も十分にこなせないとは嘆かわしい、気が弛んでいるのではないかね?」

「・・・・・・はぁ」


誰の所為だと思ってるんだよ!だ・れ・のっ!!!!

瞬発的にこめかみに青筋が浮かび、咽喉がひきつけを起こしたが、昌浩はそこをぐっと堪える。
ここで切れても相手を喜ばせるだけだ。


「それで我らも参加しようという話をしていたのだよ」

「はぁ、そうですか・・・・・・・」


あっそ、だから何?
もう、どうでもいいと投げやりな気分の昌浩。


「それで君は参加しないのかと思ってね・・・・・・君の兄上たちはそれはもう武術に優れた方達だそうじゃないか、だから君も武術の心得があるのではないかと思ったのだか・・・・・・・・おっと、これは失礼。君は元々体が弱いのだったね?それではこの大会にも参加できないのか・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


相手は”参加しない”ではなく”参加できない”と言った。
これが昌浩の導火線に火を付けた。


「それは誠に残念だなぁ・・・・・・・」

「・・・・・いえ、皆さんがそこまでご興味を持たれている大会なのでしたら、私も一度参加してみたいと思ったところです。皆さんも参加なされるのでしょう?それでしたら、どうか私に武術の手ほどきをして頂きたいのですが・・・・・・・・・」

「ほぅ、我らに武術の手ほどきを・・・・・・・・」


そこで彼らは仲間内の間で視線を交わす。
これで正当な理由で気に食わない直丁を痛めつけることができる。
そう思っているのがばればれである。


「ふむ。君がそこまで言うのなら、大会でもし当たるようなことがあった時は全力で相手をしよう」

「ありがとうございます!それでは、私はまだ仕事があるので・・・・・・」

「あぁ、引き止めてすまなかったね」


昌浩は彼らに一礼すると、くるりと反転して背を向けて歩き出した。

彼らは知らない。
その背けられた顔の口元には凶悪な笑みが浮かんでいたことを・・・・・・・・。
それを知っているのは共にいた物の怪のみであった。










そして武術大会当日。

昌浩は周囲の期待を裏切って、決勝戦まで駒を進めていた。
これに周囲の者たちは大きく目を瞠った。
体が弱いと噂されている安倍晴明の末孫。
彼はそんな噂などないものとするかのように実に素晴らしい剣術を披露してくれた。
観戦に来ていた晴明も、満足そうな笑みを浮かべている。

実は昌浩、武術と名のつくものはほとんど習得しているのである。
剣術に始まり槍術、棒術、弓道・・・・・果てには格闘術にまで手を出している。
その中でも剣術と槍術は得意中の得意な武術である。
彼が様々な習い事に手を出して「趣味に止めなさい・・・・・」と言われる大半の理由は、晴明の根回しによるものでしかない。彼は基本的に万能型なのだ。

今回の大会で見せた剣術も実に無駄のない、流麗な動きで周囲の者達を唸らせた。
そして決勝戦。
昌浩と先日昌浩のことを馬鹿にした相手は互いに向き合っていた。

そして冒頭の会話が成される。

向かい合った二人は、同時に武器を構えた。
二人とも武器は同じ剣。
つまり、純粋にその剣術の力量のみが問われるのだ。この場合武器の違いで言い訳をすることなど不可能なのだ。


「勝負は一本勝負。・・・それでは、始めっ!!」


審判役の声が鋭く響いた。


「りゃあぁぁぁっ!」

先に動いたのは昌浩ではなく、相手の方。
上段に真っ直ぐ振り上げた剣を昌浩へと躊躇なく振り下ろす。
いくら稽古ように刃を潰した剣といえど、当たればそれなりに怪我をすることは否めない。


「ふっ!」


昌浩は力技で叩き下ろされた剣を少し横に移動することで避け、振り切ってがら空きになっていた相手の懐に峰打ちを叩き込む。
勝負は一瞬で決まった。
峰打ちを叩き込まれた相手は、声を出すことも出来ずに地に沈んだ。
場に沈黙が落ちる。


「―――ぁ、勝者!安倍昌浩!!」


はっと正気に戻った審判役が昌浩の勝利を告げた。
それと共にざわめく声も戻ってくる。




「・・・・・はぁ、これで少しは懲りてくれるといいんだけどな・・・・・・」




昌浩は誰にも聞こえないような小さな声で、そうぽつりと呟いた。

武術大会は熱が冷めないうちに閉じられることとなった――――――。











「あ〜、平和っていいよねぇ・・・・・・・」

「全くそうだな」


後日、昌浩と物の怪の実にのびのびとした声が零れることとなる。

あ、これは余談であるが、昌浩に嫌がらせを行っていた者達全員は原因不明の夢見の悪さに一週間ほど悩まされることとなる。
その影には孫の苦難に顔を顰めていた爺馬鹿の姿があったとかないとか・・・・・・・・・・。








真実を知っているのは当人のみである―――――――。










※言い訳
リクで昌浩が中心のお話を書かせて頂きました!このお話は捺紀様のみが持ち帰ることができます。
今回は嫌がらせに悩む昌浩が、武術大会で鬱憤を晴らすというテーマでお話を書いてみました。昌浩が何気に黒くても、そこはご愛嬌だと思ってください☆
あと、文中で剣と記されていたものは、刀だと思ってください。
このお話を書いててつくづく思うのですが、私って本当に黒(スレ)昌浩のお話が好きなんだなぁ・・・。

2006/9/11