敵わないのは笑顔の貴方
















「貴様・・・・・・いい加減にして貰おうか」

「へっ!何がだよ?俺は昌浩の害になりそうな奴を予め排除しようと思っただけだ」

「なにっ・・・・私があの子どもに害をなすとでもいいたいのか?とんだ戯言を吐くのだな、お前は・・・・・・」

「よくもまぁぬけぬけと言うなぁ?昌浩を拉致った挙句、あちこち連れ回して極限にまで衰弱させたことがある前科持ちが言える科白かよ」


物の怪と肩より下くらいの長さの銀髪に蒼い眼をした人物――宮毘羅(くびら)は、互いに険悪な顔で睨みあった。
この二人、毎日顔を合わせる毎に上記のような喧嘩じみた会話を繰り広げている。
最早周囲の者たちにとっては日常茶飯事の遣り取りとみなされている。本人達は決して認めないであろうが・・・・・・・・・。


「二人とも、喧嘩なら他所でやってよね」


そんな最悪に悪い空気に割ってはいる者がいた。
昌浩である。
二人は同時に昌浩へと視線を向ける。


「けどよぅ、昌浩・・・・・・」

「もっくん煩い。今は安底羅(あんてら)が寝てるってこと、忘れてない?宮毘羅も・・・・・折角気持ちよく寝てるのに起こしちゃ可哀想でしょ?」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・」


昌浩に厳しく注意を受けた二人は、揃って閉口せざる負えなかった。
物の怪が昌浩に甘いことはもちろん、宮毘羅も先日の事件で散々昌浩に迷惑掛けたことに対して引け目を感じているのか、今一歩強く出ることができずにいる。

昌浩に言われてかれの視線の先を見ると、確かに安底羅は気持ち良さそうに寝ている。昌浩の膝を枕にして。
それを見た二人はじと目になることを否めない。

何なんだ、このほのぼのとした光景は。

更に言ってしまえば、昌浩の両隣を彰子と赤茶色の髪の毛を腰の辺りくらいまで伸ばし、新緑色の瞳をした人物――因達羅(いんだら)が固めており、その正面には太陰と玄武が座り込んでいて、少し離れたところで六合と漆黒の前髪を伸ばして青灰色の片目を覆っている人物――伐折羅(ばさら)が壁に背を預けて彼らの様子を静かに見守っている。
それがほのぼのとした空気に拍車を掛けている気がするのは気のせいか?

何とも言えない緩んだ沈黙を破ったのは騒々しいまでの喧騒。


「かぁ〜っ!姐さん手加減してくれたってええやろ?!お陰で生傷が絶えんやないか!!」

「なに、数日も立てば綺麗に治るだろう?男が細かな傷で一々文句を言うな」


やって来たのは勾陳と肩より少し下くらいの長さの黄金色の髪に、榛色の瞳をした人物――迷企羅(めきら)であった。
彼らの会話を聞くからに、手合わせを終えた直後なのだろう。

折角物の怪と宮毘羅を黙らせたのに・・・・・と、昌浩が諦めたように息を吐いたのを彼の近くにいた者達は聞いた。
もぞり・・・・と、昌浩に膝枕をしてもらっていた安底羅が身じろぎをした。目を覚ます一歩手前なのだろう。


「治す間もなく傷が上塗りさせられりゃあ、いくらなんでも抗議の一つや二つしたくなるわ!」

「喚くな、何ならもう一戦やってもいいんだぞ?――!」

「もう勘弁してなぁ。そないな殺生なこと言わんといて、俺限界や・・・んぐぅっ!」


部屋に先に入ってきた勾陳が状況を察知して、咄嗟に迷企羅の口を手で塞ぐ。
いきなり口を塞がれて迷企羅は驚いたが、視線の先に心地良さそうに眠っている安底羅の姿を見つけてその意図を理解した。
そのことを目線で勾陳に伝え、手を口から離してもらう。


「すまん。安底羅が寝とったとは思わんかった・・・・・・」

「いいよ・・・・・もう、起きちゃったし」

「え゛っ」


昌浩の言葉を聞いて安底羅へと視線を向けると、丁度目を擦っているところであった。


「んっ・・・・・・うぅ・・・・」

「よく眠れた?安底羅」


半分寝ぼけ眼な安底羅に、昌浩は声量を抑えて問いかける。
安底羅も段々目が覚めてきたのか、こくんと頷いて堪えた。


「うん・・・・昌浩の気って気持ちがいいし・・・・・・」

「そう、ならよかった」

「ってかあんたいつまで昌浩にべったりくっついてんのよ!さっさと離れなさいよ!!」


ほのぼのと笑い合う二人に、太陰は癇癪を起こしたように話し掛ける。
先程までは安底羅が眠っていたために声を張り上げることもなかったが、起きてしまえば話は別だ。
昌浩との付き合いは自分の方が長いのに、横から割って入るような安底羅の態度に苛立ちを感じずにはいられなかったからだ。

そんな太陰に、安底羅はつんと顔を背けてきっぱりと拒絶の言葉を紡いだ。


「嫌よ。大体、何であんたに一々指図されなきゃいけないのよ?私がそれを聞いてあげる義理なんてないわ」

「何ですって!あんたって本当にムカつくわね!」

「それはお互い様でしょ?」

「(くすくす)ほら、二人とも喧嘩は止めた方がいいわ、昌浩が困った顔をしているから・・・・・」

「あっ、ごめんね?昌浩。迷惑だった??」


困り顔の昌浩に、安底羅は幾分焦ったように問う。
昌浩はそんな安底羅に首を横に振ってそんなことないよ、と答えた。


「ううん。ただ、皆には仲良くしていて欲しいから・・・・・・俺の身勝手な願いだけどね」

「そっ、そんなことないわ!ただ、馬が合わないっていう相手がいるのは仕方ないと思うの。ほら、あそこの仏頂面の二人なんて正にそれだし・・・・・・・・」


そう言って安底羅が指差したのは、簀子で睨み合っている物の怪と宮毘羅。
なるほど、いい例えだ。
そう思ったのは昌浩以外のその場にいた全員。
昌浩と言えば、「そうなの?」と実に哀しげな視線を二人に送っていた。


「う゛っ・・・・・し、仕方ないだろ?昌浩。そんな目で見られても、俺とこいつは俺と青龍並に相性が悪いんだって!」

「貴様と青龍とやらの仲など知ったことではないが、相性が悪いことについては同意してやる。貴様みたいな性情のやつとは一番そりが合わん!」

「ふふっ!つまりは自分と似たような性情のものは苦手だということかしら?宮毘羅」

「!瑠璃様・・・・・・・・」

「ねぇ、珊底羅(さんてら)。貴方もそうは思わない?」


紫がかった銀髪に、瑠璃色の瞳をした人物――瑠璃が傍にいた水色の髪は短髪よりはやや長めの、片目に眼帯をした人物――珊底羅にそう問い掛ける。
問い掛けられた珊底羅は、返答を窮したように言葉を詰まらせた。


「はぁ・・・・・。似ているといえば、似ていると言えるかもしれませんが・・・・・・。我には何とも言い難い・・・です」

「なぁに、遠まわしな言い方をしてるのさ。同属嫌悪だって、いっそのことはっきり言ってやればいいのに」

摩虎羅(まこら)、それはあまりにも真っ直ぐな物言いだ。お前の言葉は少々きついものがある」

「あんたは回りくどすぎるんだよ、はっきりと口が悪いって言ったら?中途半端な気遣いほど迷惑なものはないよ」

「・・・・我には何とも言えぬ・・・・・・」

「あっそう。僕はどうでもいいんだけどね、そんなこと」


諭すように話し掛けてくる珊底羅を、摩虎羅は鬱陶しげに見遣る。
だが、それも仲間の気遣いから寄るものだとはわかっているので、己の言い分がきついことは否定しないでおいた。ようは素直にはなれないということだ。


「けれど、本当にここは楽しいですね。宮毘羅はどう思います?」

「否定だけはしません。一部を除けば確かに居心地がいいですから、ここは・・・・・・・」


宮毘羅は”一部”の部分で物の怪をちらりと見遣る。


「てんめぇっ!喧嘩売ってんのか?!」

「ふんっ!沸点の低い奴の相手は疲れるな」

「っんの野郎!!」

「もっくん!喧嘩しない!!!」

「宮毘羅も・・・・大人気ないと言いますか、見ていて呆れてしまいますよ?」

「「・・・・・・・・・」」


再び言い合いを始めそうになった二人に、昌浩と因達羅が鋭く制止の言葉を掛ける。
二人は罰が悪いのか、言い合いをするのは止めて互いに顔を背けた。


「ふふっ、二人とも仲良くしてとは言いませんが、日毎言い争いをせずに済むくらいにはなって欲しいですわ」

「あ、俺もそう思います」

「でしょう?」


瑠璃の言い分にすかさず昌浩が同意する。
瑠璃もそんな昌浩に笑い掛けてしきりに頷いている。


「・・・・・・・・善処は、する・・・・・・・・」

「不本意ではあるが、な・・・・・・・・・」


物の怪と宮毘羅は、苦虫を噛み潰したような渋い表情で苦しげにそう告げた。
結局、彼らにとって逆らい難い存在は目の前で笑っている二人なのである。












これが、現在の彼らの日常である―――――――。














※言い訳
というわけで、相互記念の贈り物として睡眠症候群の葉月凌様へお礼文を書かせて貰いました。
葉月凌様から頂いた文章が、「沈滞の消光を呼び覚ませ」の全ての事件が終わった後の日常風景のお話だったので、同設定でお話を書かせて貰いました。
こんな駄文でよければ貰ってやって下さい。

2006/9/11