少年魔術士















猫の爪のような細い三日月の夜。

皆が寝静まる時刻に、街の外れで轟音が鳴り響いた。


濛々と立ち上る煙の中、一つの影が動きを見せた。


「グ、ゴオアァァァッ!!」


咆哮と共に煙の中から姿を現したのは、一匹の巨大なゴブリン。
通常のゴブリンは小さな子ども位の大きさしかないのに、このゴブリンは大人――しかも筋肉隆々の大男並の大きさをしている。

そして、そのゴブリンを目にして悲鳴を上げる者がいた。


「うっそぉ?!あの攻撃でピンピンしてるの?!一体どんな頑丈な体の作りをしてるんだよ、あのゴブリン!!」


目を大きく見開いて驚いているのは十代半ばには少し届かない位の少年。
限りなく黒に近い茶色の長い髪の毛を首の後ろで纏め、同色の瞳はゴブリンを注視していて逸らされることはない。服装は闇に溶け込んでしまうかと思われるような濃い藍色のフードを羽織っている。彼の手には魔術士特有の杖が握りこまれていた。
そう、彼は魔術士なのである。といっても頭に”見習い”が付くが・・・・・・。

ジャンボゴブリンが昌浩に突っ込んでくる。が、そんなゴブリンに白い影が突っ込んでいった。
白い毛並みに猫のような体躯、夕焼けを切り取ったような目をした魔物。
その魔物がゴブリンの顔面目掛けて回し蹴りを放つ。

「もっくん!!」


昌浩は白い魔物をそう呼んだ。
一方、もっくんと呼ばれた魔物はギロリと昌浩を睨みつける。


「もっく言うな、晴明の孫!ぼやぼやとしてるな!!俺が詠唱の時間を稼いでやるから、さっさと攻撃しろ!!!」

「孫言うなっ!けど、わかった!」


条件反射でどなり返しつつも、昌浩は言われたように詠唱に入った。


火の精霊サラマンダーよ、我にその力の片鱗を貸し与えたまえ。生まれるは業火、生けるものを焼き滅ぼす灼熱。形作るは炎の龍!彼のものを討て、『煉獄の使者』!!


ゴアァァァッ!!

昌浩の詠唱と共に熱を孕んだ風が荒れ狂う。
昌浩の持っている杖の先に炎が生まれ、それは瞬間的に膨張し炎の龍と化す。


「もっくん!離れてっ!!」


昌浩はそう言うと同時に杖を一振りした。
生み出した炎の龍に攻撃の合図を送る。
白い魔物も同タイミングでゴブリンから距離を開ける。

キシャアァァァァッ!!!

炎の龍は鋭い叫びを上げると、ジャンボゴブリンへと突撃していった。
瞬間、龍はゴブリンを飲み込むと強大な火柱となって天を茜色に染めた。
火柱が収まる頃には、その場にゴブリンの影も形もなくなっていた。
あの火力では灰も残らず焼き尽くされてしまったのだろう。

焼け焦げた地面を見ながら、白い魔物は呆れたように言葉を漏らした。


「おいおい、たかがゴブリン如き相手にそんな強力な魔法を使う必要はないだろう?第一、そんな派手な魔法を使ったらいくら街外れだからって、気づく人だっていると思うぞ?」

「あぁ、それについては心配ないよ」

「あ?どうしてだ??」

「ん?ここら一帯に結界を張っておいたから」


昌浩はそう言うとパチンと指を鳴らした。
サワリと空気が動き、結界が解かれていく様子が感じられた。

魔物はそれを見て納得したように頷いた。

結界を張っていれば、外からは内の様子を窺い知ることもできない。いわば目隠しの役割がある。更に結界を挟んで外と内は完全に切り離されているので、轟音を立てようが、閃光を放とうが全く感知されないのである。ある意味お手軽な魔法なのである。

しかし、その代わりに結界の付加能力や強度、範囲などは術者の力によって変わってくるのである。下手糞な術者ほど強度や範囲が狭くなるし、ただ攻撃を防ぐ盾としかならない場合もある。
それに比べて、昌浩と呼ばれる少年の作り出した結界は内の様子を外には伝えないし、先程焦げていた地面も結界を解いた後には綺麗さっぱり元の地面が覗いているのをみるからに、彼の実力はそこそこにいっているものだということがわかる。


「うん、どこも破壊されていないよね?」

「あぁ、そのようだな。じゃあ、家に帰るぞ昌浩――っ!伏せろ!!」

「え?うわぁっ!!?」


白い魔物は何かに気づき、昌浩を慌てて地面に伏せさせる。
間髪いれて昌浩の頭があったところを”何か”が物凄い勢いで通過した。
その場に突風が吹き荒れる。


「な、何??」

「ちっ!奇襲なんて汚い手を使いやがって・・・・・・・」

「おやおや、これは異なことを申される。獲物を確実に仕留めるためには不意を付くのが最も効果的な方法ですよ?」


ばさりと昆虫のような翅をはためかせて、奇襲者はその姿を現した。
全身青みがかった黒色をしており、形としては人型であるがその背からは透き通った薄い昆虫のような翅が生えている。明らかに人外の存在だと告げていた。


「貴様は・・・・悪魔か?」

「そうだよ、使い間(ファミリアー)君?我が名はベルゼブブ。ちょっとそこの人間の子どもに用事があってね」

「俺に用事だと?」

「そう、用事。実は魔術士共から少々深手を負わされてね・・・・・どう回復しようかと考えていたところに丁度お前を見つけられたから、私の肥やしになって貰おうっていう寸法さ」

「ベルゼブブ・・・・・・・あぁ、思い出した。こいつ中の上あたりの悪魔だ。やっと思い出せたなぁ・・・・・・・」


昌浩とベルゼブブが会話している間、白い魔物は一人で何やら考え事をしていたようだが、思い出したと手をポンと打ち合わせた。
どうやらベルゼブブという名を聞いて、どの位のランクにいる悪魔かを思い出していたようだ。

そんなのんきな態度を見せる魔物へ、昌浩は視線を向ける。


「中の上?強いのかそうでないのか今一わからないところだね」

「あ?弱い弱い。つーか、俺にしてみれば大半が弱い奴だな」

「何だと?貴様如きが私より強いと、そういうのか?随分とふざけた事を言うな・・・・・」


手を軽くプラプラ振って断言する白い魔物に、ベルゼブブはぴくりと眉を動かす。


「だって本当のことだしな。俺は事実を言ったまでさ」

「ぬぅ、私をここまで見くびるか!よかろう、まずは貴様から始末してくれよう!!」

「昌浩っ!もう一度結界を張れ!!」

「う、うん!わかった!!」


昌浩は魔物の指示通りに再び結界を織り成す。


水の精霊ウンディーネよ、我にその力の片鱗を貸し与えたまえ。溢るるは守りの流水。全てを隠し、偽る壁となれ!『清澄結界陣』!!


目に映ることのない、透明な結界が辺りを覆いつくす。
白い魔物はそれを見遣ると、にやりとその口元に不適な笑みを浮かべた。


「貴様は運がいいな、俺の本当の姿なんてそう見ることはできないからな・・・・・」

「なんだと?」


ベルゼブブが魔物の言葉に訝しげに眉を顰めた瞬間、魔物を灼熱の気が包み込んだ。
気が膨張し、四散した後には白い魔物の姿はなく、代わりに濃色の紅い髪に金の瞳、尖った耳を持った青年が佇んでいた。
ベルゼブブは途端に増した魔力に慄いた。


「なっ、この膨大な気は・・・・一体どうなっているんだ?!」

「さっきまでのは力を脚力抑えるための仮初の姿だ。これが俺の本来の姿」

「もっくん!元の姿に戻るんだったらそう言ってよ!結界の範囲をもう少し広くしないといけないじゃないか!!」

「もっくん言うな!この姿の時は紅蓮だと言っただろっ?!大体、結界の範囲を広くする位、お前には造作もないだろう?」

「そりゃあ、そうだけどさ・・・・・・・」


二度手間じゃん。

昌浩はそうぶつぶつ文句を言いながらも、結界の範囲を広げる。
それを見届けた紅蓮は、これで気に病む要素はなくなったと手に炎を生み出した。


「炎・・・・貴様!イフリートか?!」


ベルゼブブは紅蓮の生み出した炎を見てそう叫んだ。
ちなみに、イフリートとは炎の魔人のことを指す。


「違う、俺の名は騰蛇。こう言えばわかるだろう?」

「騰蛇?!馬鹿なっ!火の精霊でも上位に位置する貴様が何故そんな子どもについているっ?!」

「それこそ俺の勝手だ。貴様の与り知らぬ話だ。・・・・・・この子どもに手を出そうとした己を恨むんだな」


紅蓮は無感情な瞳でそう言うと、炎蛇を召喚してベルゼブブへと攻撃を仕掛けた。


「馬鹿な、そんなことが・・・・・う、ウギャアアァァァッ!!」


逃げる間もなく、炎蛇に食いつかれたベルゼブブはその身を焼き尽くされた。
炎が広範囲に飛び散る。

それを見て昌浩が怒声を上げた。


「紅蓮!炎が気に燃え移っちゃうよっ!!」

「あのなぁ、俺がそんなヘマをするか!燃え移らないギリギリの範囲で燃やしてるんだよ」

「心臓に悪いことをしないでよ!もう・・・」


跡形もなく消滅した炎を見遣り、昌浩は周囲に張っていた結界を解いた。


「あ〜、で?あのベルゼブブって悪魔は何のために出てきたの?」

「さぁな。どうせさほど強くないんだ、やられ役だろ、やられ役」

「うわ〜、可哀想・・・・・・」

「そんなこと微塵にも思ってないくせに」

「まぁね」


紅蓮が目を眇めて見返すと、昌浩は軽く肩を竦めて答えた。

ふと、紅蓮は空へとその視線を向けた。


「!おい、昌浩。例のアレがやって来たぞ」

「例のアレ??・・・・・げっ、じい様の使い魔(ファミリアー)・・・・・・・」


紅蓮に言われて空へと視線を向けると、一羽の鳥が真っ直ぐこちらへと向かってくる。
鳥は昌浩の頭上まで来るとその身を一枚の紙へと転じさせた。

昌浩は引き攣る頬を何とか押さえつつ、ゆっくりと紙に書かれた字を目で追った。


『昌浩や、いくら結界で目隠しをかけているとはいえゴブリン程度の相手に”煉獄の使者を使うとは、まだまだ見極めの目が足りんようじゃのぅ。あぁ、これもじい様の教え方が悪かったせいなのか・・・・じい様は悲しい、遣る瀬無いぞ・・・・・・。と言うわけじゃ、しっかり精進しなさい。ばーい、晴明』


「・・・・あ、あんの〜(怒)」

「あ〜、例の如く覗き見してたんだな、晴明の奴」

「だぁーっ!今に見ていろ、クソ爺〜っ!!!」


昌浩は晴明からの手紙を握り潰し、夜天に向かって大声で叫んだ。











彼の妥当狸爺の道は長い――――――。















※言い訳
はい!パラレルとのことだったので、少年陰陽師のキャラで魔法使いパロをやってみました。こんな話でいいんですかね?(汗)
しかも勝手にmy設定で、十二神将のキャラは四大精霊(サラマンダー、ウンディーネ、シルフ、ノーム)の次あたりには強い設定にしちゃいました☆いや、本当はありえないんだけどね。そもそも西洋の魔物の話に東洋の神様出してる時点でおかしいから;;めちゃくちゃな設定で申し訳ありません。
このお話は夜月様のみがお持ち返りができます。

2006/9/12