薄氷に手を添える。









氷の中に閉じ込められた新しい芽は未だ目覚めることはない。









開花の季節が訪れて尚、その芽は眠ったまま。









子どもはその芽が花を咲かせるのを待っている。









季節はもう春――――――――。















まだ来ぬ開花時期














「はぁ〜。こんなに天気はいいのになぁ・・・・・・・」


今は春の入り始め。

冷たい雪がとけ、その下から新しい命の息吹が芽吹く。

そんな生命力も活発的に感じられる環境なのに、溜息を吐いた紫色を帯た銀髪を高い位置で結い上げ、晴れた空を切り取ったような碧い眼をした人物――舜麗(しゅんれい)は気鬱げにしている。

彼女が頭を悩めているのはお気に入りの子どものこと。
子どもに長年付き添っていた(子どもはこのことを知らない)十二神将騰蛇こと紅蓮が、子どものことを忘れてしまったことに原因がある。

子どもは知らない騰蛇の氷河時期を。
子どもが生まれたからこそ、あんなにも良い方向へ騰蛇が変わることができたということを。
知らない冷たい騰蛇。
子どもにはどれだけその差が大きいものに見えるか、それは本人のみしか知ることはできない。

はっきり言って、舜麗にとってはこの現状は不服の一言に尽きる。

舜麗は普遍とか退屈というのが嫌いだ。楽しいこと、面白いことは好きだし、一番好きなのは可愛いもの。

だから今の騰蛇にあまりいい気はしないし、悲しみに沈んでいる愛しい子どものことを考えたのなら尚のこと面白くなんかない。
それよりも段々と心を衰弱させていく子どもが心配で、楽しさを追い求めることも忘れがちだ。
最近ではそっけない態度を示す騰蛇に、八つ当たりじみた感情を抱いて睨みつけることもしばしば。
あぁ、本当にらしくないことをしている。


「だって、騰蛇が悪いのよ・・・・・・・」


少し前までは紅蓮と呼んでいたが、今はその名を呼んでやる気はさらさらない。
むしろ今の彼は騰蛇で十分。紅蓮という名など不釣合いだ。
紅蓮の名に相応しいのは子どもを慈しみ優しげな視線を送っていた彼であって、凍てつくような視線を送り子どもに心を痛めさせるような彼ではない。
無理矢理な理論だろうが何だろうが、舜麗にはそう思えたのだ。


「早く思い出しなさいよ・・・・・でないと昌浩が壊れちゃうわ」


痛々しい程に皆に心配掛けさせまいと気丈に振舞う昌浩。
本人はその姿こそが皆の心配を煽っていることに気がついていない。そこまで気が回らないのだ。

時々物の怪の姿をとった彼の行動に胸を痛めているのがわかる。
微かに揺らぐ瞳。
それは注意して見ていなければわからないほど、本当に小さな変化なのだ。
手を伸ばせば届く距離なのに、心は全く遠く離れてしまっている。
その事実が何よりも重く圧し掛かっているのだろう。
彼の心が軋み、悲鳴を上げているのが手に取るようにわかる。

わかっているのに自分は助けてやることができない。
これは彼ら二人の間で解決させなければならない問題だからだ。

物思いに沈んでいた舜麗の耳に、カタンと物が動く音が聞こえた。


「・・・・・舜麗?そんなところに立っててどうしたの?」

「昌浩・・・・・・いいえ、何でもないわ。ただ、あまりにも天気が良かったから日光浴をしてたのよ」


音のした方を見遣ると、褥から起きてきた昌浩が立っていた。

昌浩は軒先で佇んでいる舜麗を見て、不思議そうに首を傾げる。
舜麗はそんな昌浩に何でもないように返事を返して、昌浩の下へ軽快な足取りで歩み寄った。


「そうなんだ。確かに今日はとっても暖かいね」

「あら、そう言ってずっと日向ぼっこをしようなんて考えてないでしょうね?昌浩、病人だっていう自覚ある?」

「病人って・・・・・・・そんな大げさな。少し体力が落ちてるだけだって」

「言ったなぁ〜!今もふらふらな足取りの奴の科白かしらねぇ、それは。そんな強がりを言う子はこうしてやるぅ〜♪」

「うわっ!何するのさ舜麗!!」

「ふふっ!素直じゃない昌浩がいけないのよ〜!」


舜麗に突然抱き寄せられて髪の毛をくしゃくしゃと掻き混ぜられた昌浩は、舜麗へと抗議の声を上げた。
舜麗はそんな昌浩の言葉に耳を貸さず、楽しげに昌浩の髪を玩んでいる。

昌浩はそんな舜麗を見て、諦めたように溜息を吐いた。


「心配掛けてるのはわかってるけど・・・・・・・・」

「へぇ〜、自覚してるのに昌浩は心配を掛けさせるようなことするんだぁ〜?」

「そんなつもりは無いんだけど・・・・・・・俺だって早く良くなりたいと思ってるしさ」

「(くすっ)・・・・・焦らなくていいわ、昌浩。どうせ成親と合流するまでは動くこともできないんだから。今のうちにゆっくり尚且つしっかりと休息を取っておきなさい」

「舜麗・・・・・うん、わかった」

「昌浩ぉ〜っ!んもう素直で良い子なんだからぁ〜Vv」


こくんと頷いて舜麗の意見を聞き入れる昌浩に、舜麗は可愛さ余って昌浩をぎゅっと抱きしめる。
昌浩はそんな舜麗の行動にあたふたして頬を微かに赤らめる。
そんな昌浩を見て、舜麗はさらに悶えるという状況に至る。

そんなほのぼのとした遣り取りが、ある天気の良い日に行われていた。





「紅蓮。早く戻ってこないと、私が昌浩を独占しちゃうからね!」





今は姿なき青年へ、独りでに宣戦布告を告げる。















銀髪の保護者の子どもに対する愛情は、更に深まったようだ――――――――。
















※言い訳
初めに、このお話はゆりん様のみがお持ち帰り可能です。
シリアス風味でオリキャラ出現でもOKというリクの内容を頂いたので、”久遠の光華”で登場するオリキャラの舜麗を登場させてみました。時間軸は焔の刃〜真紅の空の間くらい。”薄氷の瞳”シリーズのAnother Storyとして読んで頂ければすんなり読むことができるかもしれません。
少し昌浩の出番が少なくて申し訳ありませんが(この場合オリキャラが出張っているのか?)、気に入っていただけたら幸いだと思います。

2006/9/13