布越しの体温













ひゅんと唸る風。



唐突もなく抉れる地面。



虎視眈々と状況を見つめる視線。



知らず知らずに頬を汗が流れ落ちた。






「くっ、見えないっ!!」


昌浩は視線を周囲に巡らせつつ、悔しげに呻いた。
彼の纏っている衣は、所々刃物にでも切り裂かれたかのようにぱっくりと裂けている。
今のところは衣一枚で済んでいるが、気を抜くとあっという間に大きな切り傷を貰う羽目になるだろうことは必須だ。


「ちっ、せこい奴だな・・・・。姿が見えなければ手がせない」

「動き自体はそんなに速くはないはずなのに、どうして見えないんだろう?」

「さぁな。もしかしたらそういう特殊能力を持っているかもしれないな・・・・・・」

「えっ、姿を消すことができる能力ってこと?うわぁ、最悪・・・・・・」

「へたっている場合じゃないぞ?さっさと調伏しないと、被害が拡大するぞ」

「わかってるけどさ・・・・・・・・・」


物の怪の姿から人型へと戻った紅蓮と昌浩は、背中合わせになって互いの死角を補い合う。

真っ暗で静かな大路。
襲撃者の姿を眼に捉えることはできない。
きりきりと糸を張り詰めたような緊張感が辺り一帯を支配する。

さわり・・・・・。

空気が動いたような気がした。


「!来るぞっ!!」


僅かな変化を捉えた紅蓮が鋭く声を上げ、その場から飛び退く。
昌浩も紅蓮とは反対方向に、同じように飛び退いた。

その瞬間、二人が先ほどまでいた空間を”何か”が通り過ぎた。


「っ!大分慣れたけど・・・・・きついのはあまり変わりないかも・・・・・・・」

「あぁ、姿が見えないのは厄介だな・・・・・・・・ん?」


昌浩の言葉に頷いた紅蓮は、はたと気がつく。

昌浩の背後の闇。
それが微かに揺らいだような気がした。


「っ、そこから離れろっ!昌浩!!!」


本能にも似た感覚が警鐘を打ち鳴らした。
無意識の内に昌浩へと手を伸ばす。


「え?―――っ、ぁあぁぁっ!!?」

「昌浩っ!」


ぱっと、夜目にも鮮やかに昌浩の背中に紅が咲いた。

紅蓮は慌てて前のめりになる昌浩を抱きとめて、その背中へと視線を落とす。
昌浩の背中は斜めに大きくばっさりと切り裂かれていた。
しかし、紅蓮が咄嗟に昌浩を自分の方へ引き寄せたので、見た目よりも随分と傷は浅かった。
命に関わるような大怪我ではないことに紅蓮は内心息を吐いたが、それでも怪我を負ったことに変わりはないのでその表情は険しい。


「すまない。もう少し早く気づいていれば・・・・・・・」

「ううん、そんなことないよ。紅蓮が咄嗟に腕を引っ張ってくれたお陰でざっくりとはいかなかったみたいだし・・・・・・・」

「あ、あぁ・・・・・。だが、このまま血を流し続けたら不味い。何とか早めに妖を退治しないと・・・・・・・!そこかぁっ!!」


ふと周辺に視線を遣った紅蓮が、何かに気づいたように反射的に炎蛇を召喚してある場所に向かって放った。
一見して何もない所に放たれたように見えた炎蛇だが、その顎(あぎと)は確実に何かを捕らえた。

ギィギャアァァァッ!!!

紅蓮が召喚した炎蛇の餌食となったのは、今まで散々梃子摺らせてくれた妖。
灰も残さず、跡形もなくその体は炎に焼き尽くされた。

昌浩はその光景を呆気に取られたように見つめる。


「ふっ、当たりか」

「・・・・・・紅蓮、どうして妖の居場所がわかったんだ?」

「ん?それは奴が完璧に姿を隠すことができなかったようだからな。あぁ、ある意味お前のお陰でもあるぞ?」

「へ?何で??」


自分のお陰だと言う紅蓮ではあるが、昌浩は何もしていない。
疑問に思って紅蓮に怪訝そうな視線を昌浩は送った。
そんな昌浩の疑問に、紅蓮は簡素に答えた。


「血だ」

「・・・・・血?」

「どういう仕組みなのかは知らんが、お前を切り裂いたときにあいつは少量の返り血を浴びたようだ。お前の血が付着した部分だけ周囲の景色に溶け込めてなかった」

「そうだったの?けど少量って・・・・・・よくわかったねぇ・・・・・・・」

「たまたまだ。見つけられたのは運が良かったな。・・・・・・・・さてと」

「・・・・へ?うわぁっ?!」


問題はすっきりさっぱり解決したと言わんばかりの爽やかな表情をした紅蓮は、そのままの表情で昌浩の体をひょいっと持ち上げた。
背中の傷に響かないよう、腕に腰掛けさせるような形をとる。

もちろん、いきなり抱き上げられて慌てるのは昌浩。


「ぐっ、紅蓮?!」

「っと・・・・・暴れるな。背中の傷に響くぞ」

「や、足は怪我してないんだから自分で歩けるよ」

「駄目だ。途中で貧血を起こして倒れられたら困る。いいから大人しく運ばれておけ」

「うん・・・・」


ぽんぽんと紅蓮に優しく頭を撫でられた昌浩は、紅蓮の首に腕を回してその肩口に顔を埋めた。
布越しに伝わる体温がとても心地よい。

紅蓮は大人しくなった昌浩を優しげな視線で見、安部邸への帰路を急いだ。











安部邸までの短い道のり、二人は幸せな気分を堪能したのだった――――――。
















※言い訳
うーん、これは紅昌と言える代物なのか・・・・・。私としては紅昌のつもりで書いたんですけどね・・・・。なんか甘いというよりはほのぼの?どっちだろう・・・・?
えと、リクの内容は紅昌で昌浩がピンチのお話ということだったので、頑張って書かせて貰いました。カップリングって難しい・・・・・;;ご期待通りのお話を書けたかどうかはわかりませんが、これが私の一杯々でした。
さやか様のみ、このお話の持ち帰りが可能です。

2006/9/15