「なぁ、この光景は夢か?」
「そう思いたい気持ちもわかるで、招杜羅(しょうとら)。わいかて信じられへ
んのやから」

藍色の髪を肩下まで伸ばし、サイドの髪だけを後ろで束ねた青年に、肩下長さの
黄金色の髪を持つ青年は呆れながら問いに答えた。

「迷企羅(めきら)、招杜羅。僕達は睡眠を必要としないんだから、夢を見るわ
けないでしょ?」

そんな二人に向かい、焦げ茶色の短髪を持つ少年は呆れた眼差しを向けた。

「そうだよな、摩虎羅(まこら)…」





三人の眼前に広がるのは。





「こらっ!太陰!縁側は危ないから近付くなっ!」
「玄武!硯は遊び道具じゃないわっ!!」

ゆっくりと縁側に歩み寄る赤ん坊に、硯を掴みあまつ振り回そうとする赤ん坊。
それを押さえようとする漆黒の髪を束ねた少年と紫がかった銀髪を纏った愛しき
人。

「…フライパンが重い…」

フライパンを担ぐ鳶色の髪を持つ少年。

「だぁー!もううっせぇ!!静かにしろっ!!」
「貴様こそ静かにしろっ!!」

書類と睨めっこしていた青い髪を束ねた少年は叫んだ濃色の髪を持つ少年に怒鳴
った。

「「ふぎゃぁぁぁっ!!!」」

その声音に脅え、泣き叫ぶ栗色と漆黒の色を持つ赤ん坊。

「紅蓮っ!!怒鳴るなよっ!!あ〜、太陰も玄武も良い子だから泣かないで」




それは外見年齢よりも十近く若返った十二の姿だった。

















日差しが降り注ぐ中、二人の女性は安倍への帰路に着いた。
玄関を開けると直ぐに響き渡る甲高い声。

「?リビングの方が騒がしいですね。何かあったのでしょうか」

赤茶色の髪を腰辺りまで伸ばした女性は隣に佇む友人へと問いかけた。

「因達羅(いんだら)、大方安底羅(あんてら)と摩虎羅、波夷羅(はいら)が
太陰や玄武と遊んでいるだけよ」

深緑の腰まである髪をみつ編みにした女性は呆れながらも、訊ねた因達羅に何処
か楽しげに答える。
其処へ高く落ち着きのある声が放たれた。

「否、我、此処。額爾羅(あにら)、大方、外れ」

声の主は薄い茶金の髪を腰あたりまで伸ばした少女だった。

「波夷羅が此処に居るって事は摩虎羅と安底羅かしら」
「否、安底羅、珊底羅(さんてら)、共、図書館」
「摩虎羅でも此処まで騒がしくはしないと思いますが…」

因達羅が言葉を区切った途端、邸からあがる泣き声。

「此処に子供っていたかしら」
「いいえ。居たとしても昌浩が一番幼い筈よ」
「…今の、赤ん坊、泣き声」

三人は顔を見合わせると一目散にリビングを目指した。
そして眼前に広がる光景に息を飲む。
何なんだ、これは。

「あ、額爾羅、波夷羅、因達羅!助けて;;」
「良い子だから泣かないで?」

いち早く三人の姿を確認した昌浩は泣きそうな瞳で懇願し、瑠璃は泣いてしまう
太陰と玄武をあやしていたのだった…。

「瑠璃様、赤ん坊、何故」

と、波夷羅。
額爾羅と因達羅は同じく呆然としている三人に近寄った。

「招杜羅、摩虎羅、迷企羅。これは一体……」
「わい達やないでっ!!」
「あの晴明っておじいちゃんがやったんだよ」
「十二神将を若返らせたんだ…」


犯人は爺馬鹿炸裂のあの古狸でした…。




















昼食。
只でさえ人数が多く忙しく動き回っているのに今日はそんな訳にも行かない。
子供の姿ではできる事も全くできないではないか。
踏み台に立ちながら鍋を掻き混ぜる六合は流しにいる天后に声をかけた。

「天后、すまないが皿をくれ」
「ええ。六合、このお皿で良いかしら?」
「ああ」

コンロの後ろにある食器棚。
いつもは振り返ればとれるのにと思いながらも「ありがとう」と礼を言い、其れ
を受け取る。
知らず知らずの内に小さく息を吐き出していた。
身長が足りない所為でいつもより作業ペースが落ちている。

「六合、天后。家事なら私達がやるわ」
「その体では辛いでしょう?」
「因達羅、真達羅(しんだら)。しかし…」

台所の出入り口に立つ二人の影に六合はすまなそうな声を上げた。
本来なら二人は客人だ。
手伝わせる訳には行かない。
そんな六合の思考を読み取ったのか因達羅が口を開いた。

「どうしても、と言うなら手伝ってくれますか?」
「すまない。そうさせてくれ」

因達羅から出された交換条件。
自分達が家事を放棄する訳ではないので本の少しばかり甘えさせて貰おう。
小さく頷くと二人は微笑み作業に取り掛かる。
二人が動く度、赤茶色の髪と若葉色の髪がふわりと揺れた。














縁側に置かれた碁盤。
其れを二十代前半の姿をした二人の神将が囲む。
白虎に天空だ。
そして、それを所々跳ね上がる橙色の髪を肩下の長さで揃えた青年、毘羯羅(び
から)が覗き込む。

「にしても、君達の主は何でこんな事をするんだい?」
「わしの方が聞きたい。あやつめ、説教しなくばなおらんじゃろう」

天空が答えながらぱちっと石を置くと、白虎は些か眉を寄せ石を打ち返す。

「翁は唯一晴明に勝てるからな」
「白虎は?」
「俺は勝てないな。俺達でも翁を恐い所はある」
「そっか」

事実、翁にはあの青龍も勾陣、ましてや騰蛇さえ敵わないのだから。












時を同じくして安倍邸玄関。

「珊底羅。此処は安倍邸だよね?」

リビングから聞こえるのは紛れもなく招杜羅、迷企羅、摩虎羅の声。
それに合わせ赤ん坊の声が聞こえてくる。
短髪より長めの水色の髪を持つ、左目を眼帯で覆った珊底羅に訊ねてみる。

「ああ。でなくば此処には帰っては来ないぞ」
「じゃぁ」

言葉を区切り声のするリビングを覗くと。

「なんでこんなに子供が多いんだろうねぇ」

十に届くか届かないかぐらいの朱雀と天一。
周りに構いなく振りまかれるオーラにあたるまいと離れた場所にて三人が小さな
赤ん坊と戯れていた。
先程まで相手をしていた昌浩と瑠璃は一時休憩と言わんばかりにソファーにもた
れている。
あの、栗色と漆黒の髪。
見間違えでなければ太陰と玄武の髪色と酷似している。

「安底羅。夢か?」

肩につくかつかないかくらいの白髪を纏った少女に問いかけると。

「現実逃避は頂けないな」

安底羅が口を開きかけた瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
普段透き通る様な声は些か高くなっている。

「夢ではありませんよ」

視線を巡らせれば腕を組み、壁に持たれた勾陣が微笑んでいた。
十四、五くらいの彼女の隣では同じくらいになった太裳が苦笑していた。















「伐折羅(ばさら)、私は疲れているのだろうか」

肩の位置よりも長い銀髪を持った青年は額に手を当てて一つ息を吐き出した。
気のせいだろうか。
毎日常日頃気に入らない神将騰蛇が幼く見える。

「安心しろ宮毘羅(くびら)。俺にもお前と同じ光景が見えるぞ」

瞬く事すら忘れて漆黒の前髪を伸ばし、片目を覆った伐折羅はそう答えた。
騰蛇が宮毘羅と同列に嫌う青龍までもが幼い姿をしている。
これを夢だと言い切る自信はない。

「「これを夢で済ませられる程、貴様等の眼は節穴かっ!!」」

紅蓮と青龍は呆然と立ち尽くす二人に吠えたのだった。



今、全員の思いは初めて一致した。

「早く元に戻してくれ」





それが叶ったのは一週間後だったとかじゃなかったとか。







※言い訳
またまた睡眠症候群の 葉月凌様から素晴らしい小説を頂きました!
凄いですよね!十二神将・夜叉大将を全員登場させてくれたんですよ?!もう努力の結晶と言って差し支えない作品です。 葉月凌様、どうもありがとうございました!!