求めるは白の温もり













遠くにある白の体躯。






頑なに向けられる背。






届くはずがないとわかっていても伸ばされる手。






阻む見えない壁。






痛めることも省みずに振るわせ続ける喉。











いやだ。


いやだっ!


置いて行かないで!!


一人に、しないで!!









あんな思いなど、もうたくさんだから・・・・・・・・。










「―――っ!」


音にならない悲鳴が、喉の奥で不自然に滞る。

悪夢と呼ぶに相応しい夢の世界から逃れてきた昌浩は、すっかりと血の気の失せた手を動かした。が、それは力なく震えるだけで、力を込めた指先にある袿を皺寄せる程度のことしかできなかった。
冷え切り、感覚のない身体。
唐突に不安が掻き立てられて、頭だけを動かして直ぐ傍で眠っているであろう白い体躯へと視線をやる。


「・・・・・・・ぁ・・・・・・」


が、視線の先に白い影を捉えることができなかった。
慌てて更に周囲に視線を走らせる。
けれども、どうしても望む白を捉えることができない。

心が音を立てて凍りつく。
理由も無しに叫び狂いたい衝動に駆られる。
いや、理由ならある。求める白がない、たったそれだけのことで十分なのだ。


「・・・・ぉこ?・・・・」


どこにいるの?

白のいない空っぽな黒の空間と、過去の―――つい最近まで白がいなかった虚無の空間が重なって見えた。
それに気づいた瞬間、心臓がこれ程かというほどに跳ね上がった。
眼の奥がガンガンと痛み、熱を孕んでいく。


「・・・・い・・・・・ぁだ!」


嫌だ!

姿を消さないで!

あんな思いは沢山だ。

遠ざかっていく温もりも。

拒絶の意思を表す冷然とした瞳も。

掴めるはずもない月影を求めていたあの日々が。

何もかも掌から零れていってしまいそうな、そんな不安定な時間が。

それら全ての事象がとてつもなく恐ろしいのだ!


まるであの辛く耐え難い時期に戻ってしまったかのような錯覚。
白がない。
たったそれだけのことに激しく揺れる自分の心が、ひどく滑稽なものに思えた。

一度失ったからこそ、二度目の喪失を恐れる。
一度離れていったからこそ、再び離れていかれることに耐えられない。
そして・・・・・一度知ってしまったからこそ、その記憶を忘れることなどできはしないのだ。


どこ?

どこ?

求める白はどこにいる?


呼吸が上がる。


「―――ろっ!」


頭の奥が黒に侵食されていく。


「――ひ、ろ!」


視界が

世界が

徐々に色味を失っていく。







「このっ、昌浩!!」







ぴしゃりと、鋭い痛みが頬をはしる。

意識を取り戻した視界の先に、求める白があった。


「もっ・・・・く・・・・・」

「どうした?どこか、具合が悪いのか?」


心配そうに歪められた夕焼け色が、そっと自分を覗いてくる。

暗がりに浮かび上がる白の毛並み。
それがそこに確かに存在した。


「おい?昌浩・・・・・?」


瞬きもせず、眼を見開いたまま固まる子どもに、白は戸惑ったように声を掛ける。
正気づかせようと、その白い尾がぺしぺしと頬をくすぐった。
その瞬間、あぁ現実なのだと実感した。


「おわぁっ?!・・・・・・・おい、本当にどうしたんだ?」


長い静から唐突な動。

突発的な昌浩の動作に、白は困惑の声を掛けるしかなかった。

昌浩はその疑問には答えず、ただひたすらにその柔らかい白の体躯を掻き抱いた。
ぎゅっと、強すぎず弱すぎない程度の力を込めてその腕に閉じ込める。

もう、二度と離さないと言わんばかりに・・・・・・・・・・。


「まさ・・・・・・・」

「目が覚めたら、どこにもいなかったから・・・・・・・・・・心配した」

「・・・・・・・そうか、それは悪かったな」

「・・・・・・・うん・・・・・・・・・」


碌な抵抗もせず、大人しくされるがままの白を、黙ってしばらくの間抱き続けた。
かなりの時間が過ぎた後、昌浩は漸く白を囲っていた腕の力を抜いた。
が、白は動く気配もなく、そのまま昌浩の腕の中に留まる。


「少しは落ち着いたか?」

「うん・・・・・・」

「俺はもう、どこにも行かない」

「うん・・・・・・」

「わかったのならもう寝ろ。明日も早い」

「・・・・・・・・・うん・・・・・・・・」


仕方がないから今日はこのまま眠ってやる。

不遜な言い回しの中に見え隠れする優しさに、ほんのりと心の底が暖められていく。
うん、と嬉しげに自分が笑えば、夕焼け色がほっとしたように和んだ。


大丈夫。もう白は自分を置いてどこかに行ったりはしない。


そう理解し安堵したら、自然と眠気がやって来た。
柔らかく温かい白の毛並みに顔を埋めて、そのまま眠気に任せて瞼を閉じた。








もう、悪夢は襲ってきたりはしなかった――――――――。











※言い訳
まず初めに、この小説はリクエストしたご本人である藤堂綾香様のみお持ち帰りが可能です。
このお話の時間軸は、真紅の空〜光の導の間になります。
どこかぎくしゃくした関係の昌浩ともっくん。そんな中の昌浩視点でのお話と言いますか独白です。
ご希望通りに切ない系の文章を目指してみましたが、いまいち自信がないです;;
藤堂様、こんなお話でよければどうぞ貰っていってください。


2007/2/18