霞む過去。 何故自分は思い出せないのだろうか。 目の前の男は愉しげに囁く。 思い出させてやろうかと。 求めることは間違いではないよねと、誰ともなしに問いかけた――――――――。 |
朧月夜の還る場所〜拾参〜 |
昌浩が業啓に連れ去られた翌日、事情の知る神将達は晴明の部屋へと呼び出されていた。 「で、この面子を呼び出したということは、昌浩の居所がわかったのか?」 同胞を見遣り、代表して勾陳が口を開いた。 晴明はその問いに対して頷いて返した。 「そうじゃ。占いによるとあ奴等は右京の外れにある邸に根城を構えているようじゃ」 「そこに昌浩も?」 「あぁ、結果はそのように出ておる」 晴明は六壬式盤へと視線を落とし、力強く頷いた。 昌浩の居場所が判明したとわかった物の怪は、直ぐにでも助けに向かいたいのか、落ち着きなくそわそわとしている。 そんな物の怪の様子を同胞である神将達は珍しげに見たり、呆れた様子で見たりしている。これは最近の彼に接する回数の多さの違いで前者と後者にわかれる。 後者である六合はそんな物の怪の様子を気にすることなく(寧ろ慣れた?)、至って冷静に晴明に問いかけた。 「―――ということは直ぐにでも出かけるのか?」 「その通りじゃ。お前達、無論ついて来てくれるな?」 「言われずとも」 真っ直ぐに向けられた主の視線に臆することなく、神将達は確固たる意思を持って視線を返した。 全ては幼き子どもを取り戻すため――――――。 * * * 「・・・・・・・ぅ・・・・・・」 頬に涼風が当たってくるのを感じ、昌浩はその意識を表へと浮上させた。 ぼんやりと霞んだ視線の先には、古ぼけた畳が目に映った。 重い首をなんとか持ち上げて周囲を見渡すと、あまり生活感の感じられない部屋の光景が目に入ってきた。 「ここは・・・・・・・」 「私と輝陽が住処としている邸の一室だ」 「!!」 よもや応えが返ってくるとは思っていなかった呟きに返答があり、昌浩は驚きに肩を震わせた。 だるい体を気力で起こし、昌浩は声の聞こえてきた方へと体を向き直した。 そこには案の定というべきか、昌浩が気を失う直前まで対峙していた男の姿があった。 「お、前は・・・・・・」 とそこまで言葉を紡いだ昌浩は、後に続けるべく男の名を知っていなかったことに初めて気がついた。 不自然に口篭った昌浩の意図を寸分違わずに読み取った男―――業啓は、さも愉快気に笑った。 「なるほど?お前の保護者達は私の名さえお前に教えることを厭ったらしいな・・・・・・」 「・・・・・・どういう、ことだ?」 「あぁ、そういえばお前は覚えていなかったのだな。いや、忘れさせられたと言うのが正しいか」 業啓の何か含んだような言い回しに、昌浩は訝しげに眉を寄せた。 「忘れさせられた?何を・・・・・」 「お前の罪をさ」 「罪・・・・」 「そうだ。そしてお前の本当の過去もまた、同時に隠されたようだな」 業啓はそう言って嗤笑をその口に浮かべた。 笑っていないその眼が、忌々しいことだとありありと告げていた。 二人のいる部屋全体が、業啓の発する禍々しい気に満たされていく。 昌浩は呼吸のし辛さを覚え、喘ぐように浅く早い呼吸を繰り返した。 なんだこの気は、こんな穢れた気を発する人間がいるなど・・・ありえない。 しかし現実にそれを可能としている人間が目の前にいる。 暗く陰鬱な気が男を覆う様は、男を人外の何かのように思わせた。 昌浩はそれを見て思った、以前はこんなことはなかったのに・・・・・と。 そう思った瞬間、昌浩は激しく動揺した。 以前は?一体何を言っているのだ、自分は。 この目の前の男と初めて会ったのはこの間の夜。それ以前などありはしないはずなのに・・・・・・。 と、その時新たな気配の持ち主がこの部屋へと入ってきた。 「親父、お客さんが来たようだぜ?」 明るめの茶色の髪を揺らしながら少年―――輝陽は来訪者の存在を告げた。 「あぁ、わかっているよ。・・・・・出迎え、頼めるか?」 「いいぜぇ?お爺でも流石に俺の命を取ったりはしないだろ?神将なんて論外だしな」 「なるべく長く頼む」 「りょーかい!」 軽い調子で返答した輝陽が踵を返そうとした時、業啓は徐に呼び止めた。 「あ?何だよ??」 「念のためだ、これを身に付けておけ」 業啓はそういうと懐から簡素な作りの腕輪を取り出し、輝陽へと放って遣す。 輝陽は危なげなくそれを受け取ると、しげしげと見つめた。 「なんだこれ?」 「特別な術を掛けてある。いざという時はそれが発動するだろう」 「って、どんな術だよ」 「それはその時になってからだ」 「ふーん・・・・。ま、大人しく付けておいてやるよ」 「是非そうしてくれ」 輝陽は貰った腕輪を腕に通すと、今度こそその部屋を去っていった。 それを見送った業啓は、再び昌浩へと向き直る。 「どうやらお前を取り戻そうとやって来たようだな。はっ!こんな人形を助けようなどと、随分と愚かしい真似にはしったものだな・・・・・・・」 「ど、うして・・・・・・・・」 俺を人形と呼ぶ? 昌浩の声無き疑問を聞き取ったのか、業啓はうっそりと暗い笑みを作って答えた。 「お前は生まれた時からこの私の人形だ。お前に自由意志などありはしない。役に立つか、立たないか。使い道がなければお前という存在はただの塵だ」 「なっ・・・・・・・」 「ふっ、反論したげだな?それはお前が過去の記憶を失っているからに過ぎない。思い出せばそのような口など利くことはできぬさ」 嘲笑を浮かべながら、業啓は昌浩へと歩み寄ってくる。 「さて、そろそろ本題に入ろうか」 「本題・・・・・・」 「過去の・・・・九年前より以前の記憶、はっきりと思い出せないことの方が多いのではないか?」 「っ!なんでそれを・・・・・・」 「それを知っているか?あぁ、知っているさ。何せ晴明が封じた過去の記憶は私や輝陽―――お前の本当の家族に関することなのだからな」 「な・・・・んだって」 この目の前にいる男と家族?この自分がか? ふと、先日の輝陽と名乗った少年の言葉を思い出す。 『なんだぁ?久々な兄弟との再会だっていうのに、随分とつれないじゃねーか』 確かにそう言っていた。 彼の少年の言動から自分のことを知っていたことはよくよく伝わってきたし、彼の言葉に偽りはないと思われる。 ということは、だ。目の前にいる男の言葉も間違っていないということである。 「自分で記憶を封じてもらうように頼んだか?それとも封じた方が良いと判断されたか・・・・まぁ、いい。どちらにしろ無意味になるからな」 「・・・・・何をする気だ」 昌浩は警戒心を高め、ゆるりと歩み寄ってくる男からなるべく距離を取るように背後へと下がる。 が、それも限られた空間のことだ、直ぐに部屋を仕切る壁へと辿り着いてしまった。 最早距離を取ることが叶わなくなった昌浩を見て、男は愉悦の笑みを浮かべた。 そして昌浩の問いに答えた。 「簡単なことだ。その封じを破り、お前が気にしている過去の記憶を取り戻してやろう」 素早い動作で昌浩を捕らえ、片手で昌浩の目元を覆う。 昌浩は抗おうともがくが、如何せん大人と子どもの体格さではどうすることもできない。 更にがっちりと身動きを封じられる羽目となる。 そんな中、業啓は聞き慣れぬ呪文を唱え始めた。 その眼が爛々と輝いていることなど、視界を遮られている昌浩知る由もない。 「今一度役に立って貰うぞ」 術が完成したのか、低く紡がれる声と共に業啓の霊力が部屋全体へと放たれた。 再び、赤き夢へと沈むがいい――――――――。 ※言い訳 はい、久々の更新となります。一体いつになったら連載が終わるんでしょうね、これ・・・・・・。 なんとか二十話以内に収めたいな・・・・というのが希望。長すぎるよ;; 頑張って更新していこうと思います。 2007/5/19 |