広がる赤。 鼻につく悪臭。 山を成す気の残骸。 転がる肉塊。 これを作り出したのは一体誰であろうか―――――――? |
朧月夜の還る場所〜弐〜 |
業啓と呼ばれる男が去った後、晴明達は気を失った昌浩を速やかに邸へと運んだ。 「―――して、昌浩の様子はどうじゃ?」 「まだ眠っている。今は傍に天一がついている」 「そうか」 昌浩を褥へと寝かせてきた六合に、晴明はご苦労だったと労いの言葉をかけた。 それに六合は目線のみで返し、柱の内の一本前で腰を下ろしその背を預ける。 六合が腰を落ち着けるのを見計らってから、晴明はおもむろにその口を開いた。 「随分と、厄介な相手が出てきてしまったようじゃな・・・・・・・」 「くそっ!今更姿を見せるとは、一体どういう了見だ!!」 「落ち着け、騰蛇。奴らの目的ははっきりしている・・・・・昌浩が狙いだということがな」 「落ち着けるか!あいつが・・・・あいつが態々昌浩の前に姿を現したんだぞ?!またあの時のように―――!!」 「紅蓮よ。勾陳の言うとおりじゃ、ちと落ち着かんか」 「〜〜っ、・・・・・・・すまない」 苛立つ様を隠せない物の怪は、静かにひたと見据えられる晴明の眼差しを見て、幾ばくか冷静さを取り戻した。 居住まいを正した物の怪を見、晴明は改めて声を発した。 「お前の心配する気持ちもわかる。じゃが、そのように浮き足立った心では、護れるものも護れないぞ」 「・・・・・・・・・・」 「晴明、やはりあの男は・・・・・・九年前のあの者なのか?」 「・・・・・・・そうじゃよ。九年前、我が安倍の傍系の大きな一族を滅ぼし、昌浩を・・・・・捨てた本人だ」 勾陳の問いに、晴明は重々しい空気を纏いつつ肯定した。 九年前、とある邸が全壊しそこに住んでいた者達は約一名を除いて全員殺された。 その邸に住んでいたのは安倍の血の傍系で、人里より少し奥まったところに通常よりも広い住まいを構え、それなりに大所帯であった。 そんな邸に、あの男――業啓は婿養子として迎え入れらた。 業啓は彼の有名な安倍晴明の三番目の息子であり、晴明の次点に立つ者と実しやかに言われていた男であった。 その業啓が何を思って邸の者達を殺したのかは未だに知らない。 そして偶然邸を訪ねることとなった晴明が、十二神将と共にその虐殺現場に誰よりも早く足を踏み入れることとなった。 その時の光景を、晴明は――いや、その場にいた者達全員は決して忘れることができない。 むせかえるほどに濃厚な錆びた鉄の匂い。 足の踏み場が無いほどに広がる赤の海。 元は邸であったはずの木の残骸。 そして、元は人であったはずの―――肉の塊。 それは正に地獄絵図そのものであった。 いくら常日頃肝が据わっていると言われる晴明でさえ、そして長年生を送ってきた十二神将達でさえその光景に身体を強張らせた。 あまりにも惨すぎる光景。 何故という疑問を浮かべるよりも先に、とにかく生存者を探した。が、探せども探せども目に飛び込んでくるのは致命傷を負い、完全に息絶えている冷たい屍だけであった。 半ば生存者を諦めていた中、晴明達はとうとう生存者を見つけた。大人の半分にも満たない小さな体躯の幼子を―――。 子どもは全身血に塗れていたが特に目だった外傷も無く、浅い擦り傷や切り傷を負っているだけであった。 晴明は直ぐさま子どもを邸へと連れ帰り、介抱した。 目を覚ました子どもの話を聞くに、あの目を背けたくなるような光景を生み出した人物が、晴明の三番目の息子――業啓であることが判明した。 それを知った安倍家は、業啓という人物の存在を消し去ることに決めた。 家系図からの抹消―――その存在の完全消去であった。 こうして、業啓は安倍という姓を失うこととなる。 その後、身寄りの無い子どもを晴明は自分の邸へと引き取ったのであった。 その子どもが、昌浩であった―――――。 「話には聞いていたが、本人の姿を見るのは初めてだったな・・・・・」 「あぁ、俺達は見たことが無かったからな」 勾陳の言葉に、六合も同意する。 何故勾陳や六合が業啓の顔を知らなかったのか、それは至って単純。晴明は業啓と会う際には、いつも神将達を下がらせていたからだ。 だから、彼らが邸へとついては行くが、ある限定の時間――つまりは晴明と業啓の邂逅の時間のみは晴明の傍から離れることとなっていた。 故に神将達の中に業啓の顔を知る者はいなかったのであった。 「何のために昌浩を狙うのかまではわからなかったが、それでも良い事のようには思えん。晴明、一体どうするんだ?」 先ほど業啓が昌浩に吐いた言葉でも思い出したのだろうか、苦虫を噛み潰したような表情で物の怪は晴明へと問いかけた。どうやら、漸く冷静さを取り戻したようだ。 それに晴明はしばし考え込んでいたが、軽く息を吐くとおもむろに口を開いた。 「あちらの意図が読めん限りにはどうにもできないじゃろうて、今は昌浩の周りを固めるしかないじゃろう。お前達、あれのことを頼むぞ」 「「「言われなくとも」」」 晴明の言葉に、闘将三人は力強い返事を返した。 その返事に晴明が満足そうに頷いた時、昌浩の傍についていたはずの天一が酷く慌てた様子で晴明の元に顕現した。 「晴明様!昌浩様が―――っ!」 瞬間、その場の空気に緊張が走った―――――――。 * * * 木々の姿がほとんど無い荒野の中、男は横たわっている大きな石へと腰掛けている。 男は目を閉じ、静かに瞑目していた。 「あいつに会えたか?」 ふいに聞こえてきた若干幼さの残る声に、男――業啓は閉じていた瞼を持ち上げた。 開けた視界の先には、十代半ばに達するかどうか位の容姿をした子どもが立っていた。 子どもは色素の薄い茶色の髪に、焦げ茶と言うよりは濃い琥珀色を有していた。 子どもの問いかけに、業啓は首肯を返した。 「あぁ、九年前に死んだものと思っていたが、随分としぶとい・・・・・・・そうは思わぬか?輝陽よ」 「あっはははっ!そんなこと言うもんじゃねーよ、そのお蔭で消費できる手駒が一つ手に入りそうなんだろ?儲けもんじゃないのか?」 「ふんっ。捨てたはずの人形が、独りでに動き出したことが癇に障ってしょうがない。さっさと黄泉の旅路へつけばいいものを・・・・・・あれは禍しか招き寄せぬ」 「・・・・・・・九年前、か・・・・・・・・・」 輝陽と呼ばれた子どもは、意識をどこか遠くへと飛ばした。 遠くを見つめるその瞳には、黒く燻るような暗い焔が宿っていた。憎悪という名の焔が・・・・・・・・。 「あいつの姿がないってことは、今回は連れてこれなかったのか?」 「あぁ、式神どもの護りが思っていたよりも固い。・・・・・あれは随分好かれているようだったがな」 「ふ〜ん?あれが、ねぇ・・・・・・・」 「どうする?今度はお前が行ってみるか?」 「えっ、まじっ!?俺が行っていいのか?」 業啓の言葉に、輝陽はさも嬉しげに笑う。 そんな輝陽のようすに、業啓も酷薄な笑みをその口元に浮かべた。 「いいさ。存分に甚振ってから連れてきて構わん」 「うわっ、ひっでーの!血が繋がってる奴に言う台詞じゃないな」 「何を言う。私の子はお前一人だけだ、輝陽・・・・・・・・」 業啓はそう言ってやや荒っぽい仕草で輝陽の頭を撫でた。 そう。我が子と呼べる存在は、目の前にいる子どものみなのだ――――――――。 ※言い訳 何か色々とすっ飛ばしてお話を進めているような気が・・・・・・・。いや、いつも通りに書いてしまったら、それこそ洒落にならないほど長い文が出来上がってしまう;;少し詰めながらも、なるべく読みやすい文章が書けたらなと切に思います。まぁ、こんなんで良ければ、どうぞ貰っていってください。 2007/3/11 |