からかい過ぎはいけません


















「昌浩、準備は終わった?」


昌浩の部屋の前で待機している彰子は、待ちきれないといわんばかりに部屋の中へと声をかける。
部屋の中からはわいわいと賑やかな声が聞こえてくる。

つい先ほどまでドタバタと暴れるような物音も聞こえていたが、今は女性達の楽しそうな声のみが彰子の耳に届く。

そうしているうちに話し声も途絶え、衣擦れの音しか聞こえてこなくなった。
衣擦れの音の発生源は移動しているのか、段々とこちらに近づいてくる。
そして几帳を挟んですぐ向こうというところまで来てその衣擦れも止まってしまった。


「昌浩?」


彰子はどうして動きを止めてしまったのかと疑問に思い、衣擦れの主――昌浩へと、不思議そうに声をかける。


「・・・・・・・・・・・・えっと・・・・・」


几帳の向こう側から、昌浩のとても戸惑った声が聞こえてくる。
それに焦れたのは彼を待っていた彰子ではなく、先ほどまで几帳の向こう側で騒いでいた者たちであった。


「んもぅ!じれったいわね!!さっさと観念して出なさいよね!!!」

「うわっ!ちょっと太陰!!」


ドン!と太陰に押されて、几帳の裏から十二単を着た少女が出てきた。

そう、十二単を着た少女―――――。


「わぁ・・・。とっても似合っているわよ、昌浩!」

「・・・・・・別に、似合わなくっても・・・・・・・・・」


さも楽しそうに笑いかける彰子に、少女―――のような格好をさせられた昌浩は情けなさそうに眉を八の字にしている。
一体どこの世界に女の格好が似合っていると言われて心の底から喜べる男がいるのだろうか、いやいない。(反語)

しかしそんな昌浩の心情に彰子は気づくはずもなく、にこにこと笑みながら近寄ってくる。


「ふふん!どう?なかなかの出来でしょ?」

「ふっ、我ながら会心の出来栄えだと思うな」

「やはり若菜様に似ていることのだけはありますね。違和感が全然しませんよ?」

「昌浩様・・・・・・・」


無理矢理押し出された昌浩の後から、太陰・勾陳・天后・天一が姿を現す。
天一だけが明言を避けていたが、それでも彼女らの視線は昌浩の艶姿もとい十二単姿が似合っていると雄弁に語っていた。
それほどに昌浩の十二単姿に違和感がなかった。

事の発端は彰子がふと漏らした純粋な疑問の言葉。
稀代の大陰陽師である安倍晴明の妻にして昌浩の祖母である若菜という人は一体どんな人であったのか。

許可を得て屋敷内に進入してきた雑鬼達の相手をしていた彰子の姿を見て、十二神将の面々が「こういう肝が据わっているところは若菜と全然違うな」という言葉を聞いた彰子が興味を持ったための質問であった。
そう聞かれて神将達が返した言葉は「昌浩に女物の着物を着せて、気を弱くしたような人だ」である。付け足しで「普段は小動物並に繊細な神経だが、それでもどこか変なところで腹が据わっている」とも言った。

そんな会話から何故か変な方向に発展して現状に至ったのである。
昌浩本人はともかく、生前の彼の祖母――若菜の姿を知っている者たちは皆が声を揃えて昌浩は若菜に良く似ていと言う。そう言うのだからそうなのだろうと何となく納得していたが、だからといってこれはあんまりの仕打ちだろう。


「ひどいよ、皆して・・・・・・」


昌浩はそんな彼女達の言葉を聞いてがくりと肩を落とした。


「安心しろ、よく似合っている。私が保証しよう」

「や、保障されても嬉しくないし・・・・・・・・」

「もぅ!ぐじぐじ言わないの!そこら辺にいるような馬面より、女装が似合うくらいには整った顔立ちの方が断然に良いに決まっているでしょ?!」

「それは・・・・・・そうかもしれない、けどさ・・・・・・・・・・・」


確かに、いかにもごつい男の人が女装するよりは自分みたいな子供の方がまだ見るに堪えるだろう。だが、やはり女装は女装。何が悲しくて男である自分が女物の着物を着て似合うと言われないといけないのか・・・・・・。

陰鬱な表情をする昌浩に、太陰は更に言い募る。


「そ・れ・に!あんたほどにないにしても、成親はちょっと厳しいかもしれないけど昌親あたりが女の格好をしても見苦しくはないと思うわよ!!」

「・・・・確かに、安倍の血筋の者たちは皆総じてそれなりに顔立ちは良いからな。そういう意味では太陰の言い分もあながち間違ってはいないだろう」

「女装が似合うとか似合わないとか、そんなことを論議してもしょうがない気が・・・・・・・」

「でも、本当に良く似合っているわ昌浩」

「彰子・・・・・・・・」


悪気はないであろう彰子の素直な賞賛の言葉が昌浩に止めを刺す。

喜べない。色々複雑すぎて素直に喜べないのだ。
そりゃあ、気持ち悪がられるよりはましなのであろうが、それでも女装が似合うなど男の沽券に関わってくるだろう。


「お〜い、言われたとおり晴明の奴を連れてきたぞ・・・・・・・って、若菜?いや、昌浩・・・・・か?」


昌浩がどこか遠いところへ意識を飛ばそうとしていた時に、ぽてぽてと物の怪がのんびりとした動作で姿を現した。が、部屋の中を覗いた瞬間、部屋にいた者達(厳密には十二単を着た昌浩)を見てその場にぴしりと固まりついた。
傷心真っ只中の昌浩にはそれだけで十分に追い討ちになった。


「ひどいや、もっくんまで・・・・・・・・俺、そんなにばあ様に似てる?」

「似てるっていうか・・・・・あ〜、もう瓜二つだな。お前がもう少し成長して髪を伸ばせば、見た目上はまんま若菜だな」

「ほっほっほっ!何やら随分と賑やかじゃのぅ・・・・・・おや?なかなか面白いことになっとるようじゃな。のぅ、昌浩?」

「・・・・・・・・・・・・・」


もう、最悪だ。よりにもよって一番見られたくない人物に今の自分の姿を見られた。
からかわれる。ずぇっっっったいに!からかわれる!!そして後々酒の肴にされるんだ、きっと!!!

絶望的な表情を作る昌浩。が、周りはそんなことに気づかない。
その証拠に、太陰がさも誇らしげに胸を張って自信満々に語る。


「どう?私達(十二神将女性陣)で着飾ってみたの。予想以上の出来栄えでびっくりしてるけど・・・・・・」

「そうだな、正直言ってここまで若菜に似るとは思わなかったな。まぁ、それも外見の話。中身はお前(晴明)よりだがな」

「本当にそうですね。血を感じます」

「えぇ、よく似ていらっしゃいますね」

「もしかしたらぁ、昌浩は生まれ変わりだったりして・・・・・・な〜んて!」

「だとわしも嬉しいのぅ。昌浩や、いっそのことじい様のところに嫁いでみるか?」


ピシリ。

思いもがけない言葉に、その場の空気が凍りついた。
問題発言をぶっ放した当人を抜かしたその場にいた者達が動きを完全に停止させた。
涼風通り越して冷風がその場を駆け抜けていく。


「・・・・・・・・じ・・・い様・・・・・・・・・・」


時間の流れが停止した中、最初に声を発したのは以外にも昌浩であった。
昌浩は俯けていた顔をゆらりと上げた。


「ん?なんじゃ?まさ・・・ひ・・・・ろ・・・・・・・・・」


ぽつりと声を零した孫に、晴明は楽しげな顔を向けたのだが、それも途中までのことであった。
そう、孫の目の端から零れる透明な雫を見るまでは・・・・・・・・・・。


「ひっ、ひどい!ぐすっ!いくら冗談にしてもっ、そんな言葉って!お、俺・・・ひっく!男なの、にっっ!!」

「ま、昌浩?!」


ぽろぽろと零れる涙を指先で必死に拭っていた昌浩であったが、仕舞いには衣の端に顔を埋めてしまった。
そんな昌浩の様子に周りの者達(彰子は別の意味で)はひどくうろたえた。
泣いて顔を伏せる昌浩に、別の影が重なって見えたから・・・・・・・。


「ま、昌浩や、何も泣かなくとも・・・・・ちぃとばかり悪ふざけしただけじゃろうに・・・・・・・」

「ちょっと!ちょっとって・・・・・俺には過去最悪にして最低のおちょくりにしか思えません!!」

「ま・・・・・」

「じい様なんて・・・・・・・
大嫌いだっっ!!!!!!


昌浩はそうあらん限りの声で叫ぶと晴明(+その他大勢)を強制的に部屋から追い出したのであった。


締め出された者達はそれぞれ気まずげな表情を作った。特に今回の騒動の発端となった彰子はひどく落ち込んでいた。


「私が若菜様のことについて聞かなければ・・・・・・・・」

「彰子姫お一人の責任ではありません。ここにいる者全員が悪いのです。ですからそんなにご自分をお責めにならないでください」

「天一・・・・・・・・・」

「そうだな、今回のことについて一番悪い者は別にいるからな・・・・・・・・」


勾陳のその言葉で一斉に皆の視線が晴明へと集中する。


「・・・・・・・・わしが一番悪いと?」

「何処からどう見てもそうだとしか思えないぞ。・・・・・・・かなりの怒りようだったな、覚悟しておいた方がいいぞ?」

「何を?」

「この先数日は口をきいてもらえないくらいは思っておいた方がいいと言っている」

「・・・・・・・・・そうかも、しれんのぅ・・・・・・・・・・・」


先ほどの昌浩の怒りようを思い出した晴明は、深く溜息を吐いた。

















その後、勾陳が予想したとおり昌浩は晴明と口をきかなかった。それは十日間にも渡って続いたのであった――――――。

















※言い訳
まず最初に、このお話はリクエストしてくださった雪那様のみお持ち帰りが可能です。
今回はギャグで昌浩の女装話というリクをいただいたのですが、ギャグになっていたでしょうか?うーん、いまいちギャグになりきらなかった気もします。こんな話でよければどうぞ貰ってください。

2007/3/3