脳裏を過ぎ去っていく映像。









それは自分にとっては見覚えのないもの。









全ての世界が赤に染まる。









激しく鳴り響く警告音。









思い出してはいけないと、頭の片隅で囁きが聞こえた――――――――。



















朧月夜の還る場所〜肆〜

















「あ・・・・・ぁ、ああああぁあああぁぁぁっ!!!」







「昌浩様?!」

「昌浩?!」


今まで苦しげに眠っていた昌浩が、唐突に叫び声を上げた。

昌浩を傍で見守っていた天一と朱雀が、尋常ではない昌浩の様子に眼を瞠った。
一体何が起こったのだ―――?
叫び声を上げてもなお眠りの淵より覚めないのか、昌浩は目を閉じたまま頭を振っている。


「と、とにかに晴明様に知らせてきます。朱雀、その間に昌浩様を起こしてあげてください」

「わかった」


晴明の元へと向かった天一を見送りつつ、朱雀は目の前で魘されている昌浩を起こすべく彼に近寄った。
朱雀は肩に手をかけ、少し強めに揺さぶりながら昌浩に声をかける。


「おいっ、昌浩!目を覚ませ!!」

「あぁぁ・・・ぅ、――――っ!!」

「!気がついたか・・・・・」


魘されていた昌浩が目を覚ましたことに気がつき、朱雀は軽く息を吐いた。
一方昌浩はというと、目を覚ましたままの状態で一向に身動きをとらない。ぼぅ・・・・・っと宙へと視線を泳がせるのみであった。
が、それも短い間のもので、すぅっと瞳に光を取り戻して正気へと返った。


「あ、れ・・・・・・ここ俺の部屋?」

「はぁ・・・・・やっと目を覚ましたか」

「朱雀・・・・・・?」


漸く正常に思考が働き出したのか、昌浩は普段あまり自分の傍にいない彼がいることに不思議そうな顔をしている。
そんな昌浩に、朱雀は軽く説明してやることにした。


「細かい事情は知らないが、夜警先でお前は倒れたらしいな。で、今まで寝ていたわけだが・・・・・・何か嫌な夢でも見たのか?」

「嫌な・・・・夢?」

「あぁ、覚えてないのか?たった今まで酷く魘されてたぞ?」

「えっと・・・・・覚えて、ない。夢を見てたのは何となくわかるけど・・・・・・・・」

「そうか。まぁ、覚えてないものは仕方がないな」


嫌な夢と評するのは生易しいくらいに酷い魘されようであったことには、深く追求しないでおく。肝心の本人が覚えていないのだ、態々蒸し返すような真似をする必要もないだろう。

そうこうしている間に、天一から知らせを受けた晴明達が昌浩の部屋へとやって来た。


「漸く目を覚ましたか。やれやれ、夜警先でいきなり昏倒するとは・・・・・お前はそんなにじい様の寿命を縮めたいのかのぅ?」

「うっ・・・・すみませんでした」

「まぁ、よい。して、気分はどうじゃ?天一の知らせでは酷く魘されていたと聞いたが」

「はぁ。朱雀からも聞きましたが、俺には全く覚えが・・・・・・・」

「ほぅ、夢の内容を覚えていないと?お前はそう言うのじゃな?」

「う・・・・・・・」


やばい、いつものあれがくる。

昌浩が気まずく思っている中、晴明はこれ見よがしに大げさに溜息を吐いてみせた。


「昌浩や、お前は天一や朱雀が心配するほど酷く魘されていた内容の一欠片も覚えておらぬのか。あぁ、じい様は嘆かわしく思うぞ。陰陽師の見る夢には意味があるものが多いというのに・・・・・お前はそれを見逃したがために都が軽く滅んでしまったらどうするのじゃ?これもじい様が陰陽師の心得というものをしっかりと叩き込まなかった所為かのぅ・・・・・・・」

「そんなこと言われても、思い出せないものは思い・・・・・・・・・」


刹那、昌浩の脳裏を赤の残像が掠めた。


「・・・・・・赤・・・・・・・・・・・」


ふいにぽつりと昌浩の口から、一つの言の葉が零れ落ちた。
唐突に昌浩の口から紡がれた言葉に、晴明達ははっと顔を上げた。


「昌浩・・・・・・・?」


物の怪が心配になって一歩踏み出そうとしたが、それをすかさず晴明が静止を掛けた。それに物の怪は不満そうな表情を浮かべたが、主の命は絶対なのでしぶしぶその場に止まった。

どこか窺うような表情で見つめてくる晴明達。しかし、そんな彼らの様子に昌浩は気づくことはなかった。
普段勝気な光を浮かべる力強い黒の瞳は今、薄い紗で覆われたかのようにひどく虚ろなものへと変化していた。


「暗い・・・・・夜?人の、声がする・・・・煩い。何かに、慌てて・・・・・・・・」

「昌浩?何を”視ている”?」

「熱い・・・・・邸が、燃えてる。赤いな・・・・・・・邸も、空も・・・・みんな・・・・・・・。地面も、赤い。濡れてる・・・・・・」

「っ?!昌浩!意識をこちらへと戻すのじゃっ、昌浩!!」


昌浩の呟きに耳を傾けていた晴明は、その言葉が意味するものに気がつき、慌てて静止の声を上げた。しかし昌浩の耳に晴明の声は届かず、昌浩は視界に”映る”断片的な光景を視ていた。


「水?・・・・・違う。これは・・・血?何で、こんなにいっぱいながれてるの?みんなはどこ?ねぇ、へんじしてよ!どこにいるのっ?!」

「昌浩っ!!」


段々と幼い口調へとなっていく昌浩に、否応無しにその場の空気は張り詰めていく。
晴明は昌浩の肩に手を置き揺さぶりをかけてみるが、一向に昌浩の意識が現へと戻ってくる気配がない。
晴明は一瞬顔を顰めた後、「すまぬな」と一言詫びを入れると、昌浩の頬に容赦無く平手を翻した。

パシン!

乾いた音が、空気を振動させた。
そして沈黙が降りる。


「―――っ!・・・・ぁ、じ・・・・い様?俺、今何を・・・・??」

「しっかりせんか。・・・・・すまなかったな、無理に聞き出すことではなかったな。少し、眠りなさい」


数瞬前まで酷く取り乱していた様子など微塵も感じさせず、昌浩は不思議そうに強く己の肩を掴んでいる晴明を見上げた。
そんな昌浩の正常な反応を見、晴明は肩の力を抜くとそっと昌浩の目を掌で覆った。
晴明が短く呪を唱えると、間を置かずに静かな寝息が聞こえてきた。


「・・・・・・晴明、これは一体どういうことだ?」


晴明が寝入った昌浩を再び横たえさせていると、朱雀が常より硬い声が問いかけてきた。
眠る孫の髪を梳いていた晴明は、徐に朱雀へと視線を移した。
金色の瞳が、困惑を隠せずに揺らいでいた。


「そういえば、あの時お主は不在だったかの・・・・・・」

「あの時?」

「・・・・わしが昌浩をこの邸に連れ帰った日じゃ。あの時は確か天一と勾陳、六合と玄武と太陰、そして紅蓮がおったかのぅ」


青龍もおったが、顔は出さぬかったしな・・・・・・。

どこか遠くへと視線を飛ばしながら、晴明は感慨深げに呟いた。


「その時はこの子もここまで酷くは取り乱さなかったが・・・・・・・それでもわしらはそのことがあったことをこの子から聞いた」


今でも覚えている。とても怯えを孕んだ瞳で見つめてくるその様を・・・・・・・・・。


「昌浩を引き取ることと、大雑把な経緯はその場にいなかったお前達にも話たが、より深い事情を知っているのは先に名を述べた者達だけじゃな」

「じゃあ、天貴や騰蛇達は知っていると?」

「あぁ・・・・・」


朱雀は頷く晴明を見、次いで事情を知っているだろう同胞へと視線を向けた。
彼らは一様に厳しい表情や、苦々しい表情を浮かべている。


「まぁ、そのことについては後で天一に聞くといい。一先ずわしの部屋へ戻ろうとするかの。紅蓮や、昌浩の傍についていなさい」

「あぁ」


晴明の言葉に、物の怪は言われなくともといった様子で短く返事を返した。









晴明はもう一度昌浩の顔へと視線を落す。

そしてしばらくした後、物の怪以外の者達を連れて静かにその部屋を去っていった――――――――。














※言い訳
う〜ん、今回も細かい説明をすっ飛ばした穴だらけの文章になってしまった気が・・・・・・。話が進まない。けど、これ以上場面を端折るわけにもいきませんしね・・・・・どうしよう;;



2007/3/13