護りたい。 この平穏な日常を。 暖かな陽だまりを。 その温かな笑顔を。 そのために小さな偽りを吐くことなど、自分は厭わないのだから―――――――。 |
朧月夜の還る場所〜碌〜 |
「だ・か・ら!今日ぐらいは夜警をするのを止めろと言ってるだろーがっ!」 黒に限りなく近い紺が天を覆う中、静まり返った大路に怒声が響き渡った。 「煩いよ、もっくん。別に俺は病気になったわけでも、怪我をしたわけでもないんだから。どうして邸に篭ってないといけないのさ!」 「もっくん言うな!晴明の孫!!昨日いきなり昏倒した奴がそんなことを言っても、ちっとも説得力がないんだよ!俺はだなぁ、大事をとって一日くらい休んだらどうかと言ってるんだ!!別に何日も休めと言っているわけじゃないだろう?!」 「孫言うなっ!・・・・それはさぁ、確かに昨日はいきなり倒れちゃったけどさ。別にどこも悪いところなんてないし、俺だって倒れちゃった理由は思いつかないし・・・・・。最近、睡眠時間が少なかったからその所為かもしれないけど」 「だったら尚更だ!今日ぐらい邸でのんびり睡眠を貪ったって別にばちなんか当たらないだろーが!!」 邸に戻れ! 嫌だ! 先ほどからこの遣り取りがずっと続いている。 ぎゃいぎゃいと口論する二人(一人と一匹?)を、少し離れたところで勾陳と六合が見ていた。 相変わらずだなぁと呆れ混じりの感嘆を内心に抱きつつ、周囲への警戒を怠らない。 昨晩、彼らの前に姿を現した男――業啓。 奴の狙いが目の前で騒いでいる子どもである以上、周囲に向ける意識を緩ませることはない。 子どもを、連れて行かせないためにも―――。 物の怪が先ほどから邸へ引き返すようにしつこく言い募っているのも、昌浩の安全を図りたいがためなのである。 「それにしてももっくん。今日はやけにしつこいね。・・・・・何か訳でもあるの?」 「・・・・・・・・・」 「昨日の男の人」 「!」 ふいに昌浩からぽつりと漏らされた言葉に、物の怪ははっと顔を上げる。 真っ直ぐに向けられた昌浩の瞳が、物の怪の瞳とかちりと合わさる。 真顔を崩さず、昌浩は探るような視線を物の怪や後ろに控えている二人の神将へと向ける。 「あの人と、何かあったのか?もっくんや勾陳や六合・・・・・じい様とか皆、何かぴりぴりしてる」 「そ、れは・・・・・・」 「昨日、俺直ぐに気を失っちゃったからあの男の人ともっくん達がどんな会話をしたのかは知らない。皆に聞いたって、何があったのか教えてくれない」 昨日の夜何があったのか、それがわからない。 妖を退治して、ちょっと失敗してじい様に助けてもらったことは覚えている。 最後まで気は抜くなと窘められたことも、からかわれたりしたことも覚えている。 その後に暗闇から男が姿を現したことも、もちろん覚えている。 その後は・・・・・・・・・・・・・・その後は、覚えていない。 『帰って来い。”霞月(かづき)”』 意識を失う前、最後に聞いた男の言葉。 あの時、己が内をえも言われぬ衝撃が奔った。 あの時抱いた思いは、一体何だったのであろうか? 今となってはもう、掴み取ることができない・・・・・。 その後、一度だけ意識を取り戻したことも覚えている。 その時は朱雀が傍に居て、直ぐ後に祖父達もやって来た。 でも、覚えているのはその辺りだけで、一体どんな会話をしたのかもあやふやで記憶に残っていない。 つまりは、昨日気を失ってからの遣り取りはほとんど覚えていないも同義。 そこのところを周りの者に問いただしても、皆が皆曖昧な表情を作るだけで何も教えてはくれなかった。 それでも、自分以外の者達が気を張っていることぐらい、事情は知らない昌浩とて直ぐに感じ取ることはできた。そしてそんな彼らを見ていれば、何とはなしに察することができた。 昨日のあの男との間で、何かしら不快に思うような遣り取りが行われたのだろうと。 しかもそれに多少なりとも自分が関わっているのだろうということも。 彼らの態度はそれくらいに明らさまなのだから――――。 「あの男の人、俺を見て『霞月』と言った。・・・・・・・・それと、何か関係ある?」 「ない。お前の考えすぎだ。・・・・・確かにあいつの言動に苛つかされはしたがな」 すいと逸らされた視線に、昌浩は物の怪が嘘を言っていることに気づいた。 言動に苛つかされたのは本当のことなのだろう。苛つかされたと物の怪が言った時、妙に刺々しい空気に変わったから・・・・・。 ただ、ないと即答した時だけ、妙によそよそしい感じであった。 それは背後に佇んでいる勾陳や六合にも言えたが・・・・・・・・。 「・・・・・・・・・・俺に、知られたら困ること?」 「いや、それは・・・・・・・」 「そこまでにしておいてやれ、昌浩。騰蛇はなにも意地悪で口を閉ざしているわけではない。・・・・・・ただ、お前のことを慮って故のことでしかない」 「そんなに、俺が聞いたら嫌な言葉だったの?」 「まぁ、そういうことだ」 男が”人形”と言い、蔑むような視線を向けてきたことを覚えている。 確信はないが、きっとあれに類似したようなことを言ったのだろう。 そう判断した昌浩は、これ以上彼らにことの事情を追及することを止めた。 「そっか、なら仕方ないね。ごめん。困らせるつもりで、質問したわけじゃないんだ・・・・・・・」 「わかっている」 「そうだな。私達も、少々態度が顕著すぎた。すまない」 眉を八の字にする昌浩。 そんな様子を見て少し困ったように笑いながらも、勾陳は頷いて返し六合はぽんと掌を子どもの頭に乗せた。 何やら随分と甘やかされている気がしなくもない。 心の片隅でそう思いつつも、昌浩は足元で未だ困り顔の物の怪へと視線を動かした。 「もっくんも・・・・ごめん」 「別に気にしていない。俺も、少し言葉が足りなかった・・・・・・・・」 昌浩は足元にいる物の怪をひょいと持ち上げる。 物の怪は大人しく抱えあげられつつ、ぼそりと返事を返した。 「さて、まだ見回りも終えていない。早々に終わらせるとしよう」 「うん、そうだね。今日は少し早めに切り上げるよ」 どこかの誰かさんが心配するからね。 少し悪戯っぽく笑いながら、昌浩は勾陳の言葉に同意した。 勾陳もそれに薄く笑みを浮かべて返す。 そして止めていた足を再び進めようとした昌浩達は、しかし進めることができなかった。 「あっ、見ぃーつけた!」 この場にそぐわない程に明るい声が聞こえてきたために。 ざっと神将達は直ぐさま戦闘態勢をとる。 「誰だ!姿を見せろっ!!」 昌浩の手から離れた物の怪が、声の聞こえてきた方へと向かって鋭く叫ぶ。 物の怪の声に合わせてか、暗闇の向こうからゆらりと人影が現れてきた。 暗がりでも見て取れる色素の薄い明るめの茶色の髪、そして茶色と言うよりは濃い琥珀色と称した方がいい瞳。年は十代半ばあたりの年頃の子どもが姿を現した。 その姿を現した子どもを見て、その場にいた者達は全員驚きに眼を見開いた。 「なっ、その顔・・・・・・・・・・まさか」 「え・・・・・・・」 物の怪達は確信めいた困惑、昌浩はただ目の前にあるそれに純粋に困惑して顔を強張らせた。 「よぉ、久しぶりだな。霞月?」 雲の隙間より漏れ出た月影によって照らされた子どもの顔は、昌浩と似通っていた――――――。 ※言い訳 あ〜、なかなか進まない。それより、この展開にデジャビュ?う〜ん、でも設定上仕方ない。 お話の流れ上ここで区切るとちょうどいいので、少々短めの文になってしまいました。 どうしよう、当初の予定よりかなり長い文になりそうな気がします・・・・・・。 2007/3/18 |