許すものか。









暖かな手を、世界を奪った存在を。









忘れるものか。









赤に舐め上げられる己の住処を。









必ずこの手で制裁を加えてろうと、そう心に誓った――――――――――。


















朧月夜の還る場所〜捌〜


















「あばよっ!役目から外れた人形は壊れちまいな!!」








そう言って、昌浩と面立ちが似通った少年―――輝陽は凶刃を真っ直ぐに振り下ろした。しかし――――


ビュオォォォッ!!!


紅の刃が昌浩の喉に届くか届かないかの距離まで迫ったとき、突然突風が吹き荒れた。


「くっ!?」


ふいの突風に、輝陽は堪らず反射的に目を閉じる。
違わずに狙われていた刃の矛先も、それによって大幅に逸れた。

ザクッ!と音を立てて炎気を纏った刃が地面へと突き刺さる。


「―――っ、一体何なんだよ?!」


突風が収まり、目を漸く開けた輝陽は周囲へと視線を走らせる。
そうして視界に入ってきたのは宙に浮かぶ栗色の髪をした少女。

濃色の琥珀と菫がかち合う。


「ちょっと、あんた!何昌浩を殺そうとしてんのよ!!!」

「十二神将か・・・・・・ちっ!あと少しだったってのによぉ。邪魔しやがって・・・・・」


自分の行動を阻害したのが自然現象ではなく、十二神将の一人であると知った輝陽は苛立ちを隠さずに舌打ちをした。
そして何とはなしに下へと視線を向けると、そこにいたはずの昌浩の姿がなくなっていた。
それに気がついて慌てて視線を周囲へと向けると、少し離れたところに術を破った六合と共にいるのが見えた。
輝陽はそれを見て更に顔を歪めた。とその時――――





「輝陽―――――」





昌浩達がよく聞き慣れた声が少年の名を紡いだ。

声の聞こえてきた方へと視線を向けると、離魂の術で若返った姿をした晴明が、背後に玄武と天一を引き連れて佇んでいた。
輝陽は伺うような視線を晴明に向ける。


「あんたは・・・・誰だ?」

「この姿では初めてとなるか・・・・・。大きくなったな、輝陽。私だ、晴明だよ」

「!晴明お爺?!は?だって若いし・・・・・・・どうなってんだよ??」

「あぁ、これは離魂の術といってな、身体と魂を切り離す術なのだが・・・・それでこのように若い頃の姿をとっているのだよ」

「そんな人智を超えた技ってありなのかよ・・・・・・」

「ありもなにも、こうして私が使えてるんだ、ありに決まっているだろう」

「・・・・・・・」


さも当然といった風な晴明に、輝陽は呆れ半分感嘆半分の視線を向ける。
晴明はそれに緩く笑みを返すだけで、特に何も言わない。


「さて、私からも一つ質問をさせて貰おうか。・・・・・・何故、昌浩を殺そうとした?」

「その質問は愚問だぜ、お爺。お爺だって聞くまでも無くわかってるだろ?これは敵討ちさ。一族全員を殺したそいつに対するなぁっ!!!」



「――――え?」



ぎらりと今にも射殺さんばかりに向けられた刃のような視線と吐き出された呪詛にも似た言葉に、それまで二人のやり取りを傍観していた昌浩は全身を凍りつかせた。

何、何だ。一体、何を言っている・・・・・・・。

輝陽は呆然とする昌浩に、更にきつい言葉を投げつける。


「え?じゃねぇーよ!九年前、俺と親父を抜いた一族全員を殺したじゃねぇーか!お前が!その手で!!」

「輝陽!」

「殺した?俺が・・・・・・・?」

「そうだよ!お前がっ、全員の急所をザックリ斬り伏せてな!!!!」

「輝陽っ!!!」


昌浩を責め立てる輝陽に、晴明は強い制止の声を上げる。
しかし、輝陽は今度は怒りの矛先を晴明へと向ける。


「お爺もお爺だ。なんでこいつは俺のこと忘れてるんだよ!こいつ、本当に忘れたのかよ?!自分が犯した罪を!!!なんでこいつを生かしてるんだよ?!!」

「輝陽・・・・・それは誤解だ。九年前の事件に、昌浩の責はない」

「そんなことってあるかよ!皆殺したんだぞ?!」

「輝陽、それはだな・・・・・・・」

「俺が、殺したの・・・・・・?」


憤る輝陽に晴明が説明しようとしたその時、昌浩の呆然とした呟きが割って入った。


「さっきからそう言ってるじゃねーかっ!お前が全員殺したんだってな!!いつまで白を切るつもりなんだよ!!?」

「殺した・・・・・・俺が?ころ・・・・・・・・・・・・・・っ!!?」


ふいに、脳裏を赤色が掠めた。
視界が赤に染め上げられていく。

視線のその先、”今、ここ”ではない情景が、確かにはっきりと見えた。

足元に広がる赤の海。






「あ・・・・・・ぁ、ああああぁあああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」






それが見えた瞬間、昌浩の中の”何か”が切れた。


「昌浩?!」


突然叫び声を上げた昌浩に、輝陽を除いたその場にいた者達全員が焦りの表情を浮かべる。

散々叫び声を上げた昌浩は、ふつりと糸が切れた人形のように唐突に身体の力を抜いた。
それをすぐ傍にいた六合がすかさず支えた。

離れたところにいた紅蓮が、慌てて昌浩へと駆け寄る。
しかし、昌浩の視界に心配そうに駆け寄ってくる紅蓮の姿は映っていなかった。














暗くなっていく視界の中、最後に見えたのは輝陽の酷く愉悦に歪んだ顔だった――――――――――。

















※言い訳
なかなか話が進まない・・・・・・。今回はかなり短いです。次のお話は頑張って長めに書きたいと思います。
輝陽とじい様は面識があります。以前会っています。ですが、輝陽が会ったのは実体の方の晴明でであり、若晴明の姿は初めて見ます。だから若晴明と会ったとき、初めはじい様だっていうことに気がつかなかったわけなのです。



2007/3/27