憎い。 始めは下火であった憎悪の炎が段々激しく燃え上がっていく。 何故忘れた。 何故何食わぬ顔で生を送る。 その存在全てが到底許せぬものであった――――――――。 |
朧月夜の還る場所〜玖〜 |
「あ・・・・・・ぁ、ああああぁあああぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」 絶望に染まった叫び声を、輝陽は心地よい楽の音色を聞くかのように光悦とした気分で聞いていた。 音を紡いでいた人形はやがてふつりと意識を途切れさせた。 意識を失う寸前に己へと向けられた虚ろな瞳を見て、輝陽は己が胸の内が爽快感に満たされるのを感じた。 ざまぁみろ。 それが昌浩に対する輝陽のたった一つの感想であった。 自分の犯した罪を忘れてのうのうと生を送るなど、厚顔無恥にも程がある。 目の前にいる人形は、輝陽と父である業啓を除いた彼の家族全員を殺した。 血縁者から邸で雇われていた召使達まで全員、一人残らず血の海に沈めた。 自分と業啓の命が助かったのは、惨劇があったその日にたまたま邸を空けていたに過ぎない。 きっとその場に自分もいたのなら、殺された他の者達と同じように凶刃に倒れ付していただろう。 自分は遠めに邸の様子を見ただけであるが、実際にその地を踏んで様子を見てきた父の話を聞くからにはかなり酷い有様だったらしい。 その惨殺を行ったのが、目の前に居る自分の顔と似通った存在。 正直言って、こんな奴と顔が似ているなど吐き気を催すほどに不愉快だ。 怒りと憎しみだけが胸中をぐるぐると渦巻く。 その勢いたるや、内腑を引き裂いてまで外へと出ようとするほどの衝動であった。 憎い。 目の前で神将どもに護られて眠るそれが。 ギリッと力加減を忘れて握り込まれた輝陽の拳から、血がポタポタと滴り落ちる。 「晴明お爺、もう一度聞く。どうして、こいつを生かしてるんだ?!」 「もう一度言おう。あの件に関して、この子に責はない。一つとしてな・・・・・・・」 「一つも?!はっ、馬鹿な!俺と親父を抜いた数多の人を殺して一つも罪はないだと?一体どこをどう解釈すればそんなことが言えるんだよ!え?!!」 随分とおかしなことを言うと、輝陽は晴明を嘲笑する。 それに敏感に反応したのは嘲笑された本人ではなく、彼を取り囲む神将達であった。 皆一様に鋭く目を細め、未だに嘲りの笑みを浮かべる子どもを見遣る。 が、それに対し子どもは全く意にも返さず、ただ只管祖父の返答を待った。 だが、晴明は輝陽の問いには答えず、別の言葉を口にした。 「・・・・その前に私も一つ聞こう。どうして殺したのが昌浩だと言い切れる?」 期待していた言葉とは違うものを返された輝陽は途端白けるが、言葉を吐き捨てるように晴明の問いに答えた。 「簡単なことだ。”氷姫《ひょうき》”があったんだよ。血塗れの・・・・・一人じゃなくて何人もの血を吸った状態のなっ!!!」 「それだけでは証拠にはならんだろう。もしかしたら他の者が・・・・・・・」 「それはない。氷姫は俺の持っている炎姫と対の刀。己が意思を持ち、主と認めたたった一人にしか使われない特別な道具。そしてその氷姫のたった一人の主がそれだ。何よりも変えがたい証拠だ」 「成る程な・・・・・では、もう一つだけ質問をしよう。今のお前の話を聞いた上でも尚、この子に責はないと私が答えた場合、お前はどうする?」 「・・・・・何?お爺、それはどういう」 ピィィィィィッ! 晴明の言葉に輝陽が問いかけようとしたその時、彼らの頭上で鳥の鳴き声が響き渡った。 はっとして全員が空を仰ぎ見た。 そこには月影によって辛うじてその姿を浮き上がらせた、一羽の闇色の鳥が旋回していた。 輝陽はその鳥を見てチッと悔しげに舌打ちをした。 「くそっ!もう時間切れかよ。仕方ねぇ、今回はこれくらいにしておいてやるよ」 「っ!待て!!」 さっと身を翻す輝陽に神将達が鋭く制止の声を上げるが、その姿は直ぐに暗闇の中へと溶け込んで行ってしまった。 いつのまにか空を滑空していた鳥もその姿を消している。 「・・・・・・・・」 その場をえも言えぬ沈黙が包み込む。 しかし、次の瞬間には晴明が明からさまな息を吐くことで再び音を取り戻した。 「昌浩の様子も気になる。一旦邸へと戻るぞ」 「あ、あぁ。わかった・・・・・・」 踵を返す晴明の後に、戸惑いながら神将達が続いた。 そして一同は安倍邸へと早々に帰りついた―――――――――。 * * * 暗闇の中、同色の鳥が翼をはためかせて飛んで行く。 目指す先は一人の男。 黒鳥は男の下へと辿り着くと、一枚の紙切れへと身を転じた。 男は足元にはらりと舞い落ちた紙切れを無感動に見遣る。 と、同時にボッと紙切れが突然燃え上がり、瞬く間に灰燼へと帰した。 燃え滓が地面へと落ちるのと、ザッと足音が聞こえたのは同時であった。 「おい、何で呼び戻すんだよ?あいつを壊せるかと思ったのにさ」 「だからだ。あれでも無いよりはましなのだ、勝手に壊されては困る」 「どうだか!親父が必要なのはあくまで外見である器だろ?中身である心は要らないも同然なんじゃないのか??」 「そうでもないな、余興の一つにでも使えるだろう。・・・・それよりも、危うく人形を壊しかけていたようだな?私は甚振る許しは与えていても、壊す許しは与えていなかったはずだ」 すっと男―――業啓の眼が眇められる。 輝陽はそれに対し、軽く肩を竦めて返した。 「しょうがねぇだろ?あいつを前にしたらこう・・・ふつふつと怒りが込み上げてきたっつーか・・・・・・・。大体何であいつは俺のこと忘れてるんだ?そこが一番気に食わねぇし」 「お前のことと言うよりは九年前のことだろう?・・・・・恐らくは父上―――晴明が忘却の術か何かを施したのだろう」 「お爺が?なんでだよ?!だってあいつ・・・・・・・」 「殺すには惜しいと思ったのではないかな。あれで勿体無いほどに強い霊力を保持しているからな。手元に置いておけばそれなりに役に立つとでも考えたのだろう」 「そんな理由で・・・・・・・・」 「だが妥当な考えだとは思わないか?それくらいしか、あの人形を手元に置く理由はないからな」 そう言って業啓は酷薄な笑みをその口元に浮かべた。 やや顔を顰めて悩んでいた輝陽も、その笑みを見て己を納得させた。 「そう・・・だよな。それくらいしかあいつの利用価値なんてないし・・・・・・」 「だろう?あれにそれ以上の存在価値も無い。生きていたことに関しては確かに予想外だったが、ならばそれこそ有意義に使えばいい。所詮、あれは消耗品に過ぎん」 「で、俺達が有難くも使ってやると?」 意を理解したと言わんばかりに、輝陽がにやりと不適な笑みを浮かべる。 業啓も大きく頷いてそれを肯定する。 「その通りだな。我等が家族達を殺した存在を生かしておく理由など、それしかあるまいに」 「はっ!確かにな」 「だからあれを壊してくれるような真似だけはしてくれるな。・・・・・私が言いたいことはそれだけだ」 「ちっ!わかったよ・・・・・・あいつをこの手で殺せないのは気に食わねぇがな」 「それでいい」 不承不承といった風な顔で了承する輝陽を、業啓は満足そうに見た。 輝陽は話が終わったとばかりに背伸びをすると、肩や背骨をコキコキと鳴らす。 「んじゃあ俺は休ませて貰うぜ?今回、久々に炎姫を使ったからな・・・・・・気疲れしちまったぜ」 「あぁ、早々に休むといい」 「そうさせてもらうさ」 輝陽はそう言うと、休息をとるためにさっさとその場を後にした。 後には業啓一人だけが残された。 「そう、人形は操者にいいように操られていればいいだけのことだ・・・・・・・・・」 なぁ?霞月。 全てを知る男は、ただ哂い続けた――――――――。 ※言い訳 す・す・ま・な・い!毎日更新すると言っていたのに、全然更新できていなくて本当に申し訳ないです;; 予定を大きく裏切ってかなり長くお話が続いています。どうしてこんなに延びるのか、自分でもよくわかっていません。一体いつになればお話が終わるのかわかりませんが、お付き合いの程よろしくお願いします。 2007/4/6 |