ユダの進む道の先 |
「なんだハズレか」 粉々にしたイノセンスの粉くずを払いつつ、アレンの傍に転がっているスーマンのイノセンスを見たティキは、詰まらなそうにそう言った。 「ま。今回のオレの仕事は要人の暗殺だしな」 ティキは一歩、横たわるアレンに向けて足を踏み出す。 『デェ〜リイト〜』とセル・ロロンがしつこく繰り返すのに対して、『はいはい』と投げ遣りに相槌を返しながら・・・・・。 「逃げろティム・・・・・・・」 ふいに、アレンはそう言葉を漏らした。 「スーマンのイノセンスを持って逃げろ」 冷静に最も優先すべき事項を、アレンはティムキャンピーに指示する。 ティムキャンピーはそれに対して激しく頭(体?)を左右に振って拒絶の意を表す。 「行け」 しかし、アレンはもう一度強く、きっぱりとした口調でティムキャンピーに命じる。 「お前がいなきゃ・・・・・・みんなが師匠の所に行けないだろう」 一歩、また一歩と近づいてくるティキを見据えながら、アレンは静かに言葉を紡いだ。 綺麗に磨き上げらた黒革の靴が眼前にまで迫る。 「行くんだ」 駄目押しと言わんばかりに、アレンはもう一度だけ強い口調で命じた。 ティムキャンピーはほんの僅かの間逡巡した後、『ぱくんっ』とスーマンのイノセンスを口の中に取り込む。 「お」 ティキはその様を見て、やや面白そうに表情を動かす。 スーマンのイノセンスを体内に取り込んだティムキャンピーは、光の矢の如き速さでその場を飛び去った。 「ま。賢明な判断だな」 あっという間に遠ざかっていく金色のゴーレムを、ティキは余裕の笑みを浮かべながら見送った。 「ありがと、ティム・・・・・・・・」 アレンは飛び去っていく金色のゴーレムに、小さくそう言葉を述べた。 そんなアレンの隣で、ティキは今しがた飛び去って行った金色のゴーレムを追うようにアクマ達に命令を飛ばす。 そして命令を下し終わった後、くるりと地面に横たわるアレンへと向き直った。 「心臓に穴を開けるだけにしろよ、ティーズ」 ティキは手に持った食人ゴーレムにそう話し掛ける。 「こういう勇敢な奴は死ぬまでにほんのちょっぴり時間を与えてやった方がいい。心臓から血が溢れ出し、体内を侵す恐怖に悶えて死ねる」 そしてティーズを心臓へ向かって勢いよく押し付けた。瞬間――― ドシュッ!! 「うぐっ!?」 鈍い音と共に、ティキが呻き声を上げた。 「いい度胸ですね、ティキ?この僕の心臓に穴を開けようだなんて・・・・・・・死ぬ覚悟はとっくに出来ていると解釈していいですね?」 にっこりと、天使もとい悪魔の微笑みを浮かべたアレンが、そこにはいた。 ちなみに、彼の右足は現在思いっきりティキの鳩尾にのめり込んでいる。先ほどのティキの呻き声の原因はこれである。 「ア、アレン・・・・・」 ティキの頬を一筋の汗が流れ落ちた。 「大体にして『恐怖に悶えて死ねる』・・・・というくだりとか何ですか?マッドサイエンティストばりに狂ったものの言い様ですね。一度精神科に行った方がいいんじゃないですか?・・・あぁ、マッドサイエンティストでなかったらSですねぇ・・・。おかしいな、普段は僕に蹴って殴られてな貴方ですから、てっきりMだと思っていました。いやぁ〜、実に新しい発見ですねぇ♪」 「あ、あのな、アレン・・・・・・」 「はっきり言いますと、僕は今物っっ凄く腹が立っているんですよね。どっかの命知らずな馬鹿が僕に手を出そうとしてきましたから。えぇ、どこかのテで始まってクで終わる名前の大馬鹿が・・・・・・・」 アレンはそう言ってじっとティキの眼を見つめる。 ティキはそんなアレンに恐ろしいまでの戦慄を覚えた。 ヤバイ。口元並びに表情筋は笑っているが、眼が笑っていない!! だらだらとティキのかく汗の量が一気に増えた。 「し、仕方ないだろ?!これはお前の正体をばらさないための演技で・・・・・・」 「演技はティムがいなくなった時点で続ける必要がありません。そう、こんな茶番に付き合う要素なんてひとっっっつも!ないですから」 「いや、だからなぁ、これはちょっとしたノリってもんで・・・・・・本当に穴を開けようなんて思ってなかったって」 「そんなの当たり前です。これで本当に心臓に穴を開けた日には、ズタズタに体を切り裂いてサメの餌にでもしてやりますから」 「そんな過激な・・・・ぐおぉぉぉぉおぉぉっ?!」 のめり込んでいる足が更に奥深くへと押し込まれ、挙句にはグリグリと踏み躙られれば流石のティキでも呻き声の一つや二つ上げたくなる。 が、そんな苦しみ悶えるティキに対して、アレンはごっつええ笑みを浮かべている。それはもう、キラキラと輝く光が背景にオプションとしてつく位に・・・・・。 「何か文句でも?」 「イエ、メッソウモアリマセン・・・・・」 どちらの立場が上か。そんなもの火を見るより明らかである。 散々甚振ったのか、アレンは非常にスッキリとした表情でその場に立っていた。 「しかし派手に壊してくれましたねぇ。コレ(イノセンス)全然原型を留めてないじゃないですか!」 「いや、マジでゴメン。だが、こうでもしないとあいつらに怪しまれるだろ?先にスーマンのイノセンスを壊したって、結局はアレンのイノセンスを壊さないとハートかどうか判別なんてつかないしさ・・・・・」 「だからって僕のイノセンスを粉々通り越して塵に返す理由にはなりませんよ?」 「あ〜・・・・、それもそう、か?」 頬をポリポリと掻きながら、ティキは視線を明後日の方向に向ける。 アレンはそんなティキの様子を見て、目を半眼にしてじとっと睨みつける。 「もう、ほんと、すみませんでした」 「・・・・・・・。仕方ないですねぇ。二度目はないですから、そこのところをよ〜く肝に銘じておいてくださいね?」 「ははっ、了解・・・・・」 超絶な笑顔で忠告してくるアレンに、ティキは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。 「で、何か大きく変わったことはありませんか?一応、怪しまれないためにもそちらとのコンタクトは脚力控えていますし・・・・・・」 「ん?そうだな・・・・・・取り敢えずは二つ。伯爵からとある関係者の抹殺命令が出されてるのと、伯爵は今日本にいるってことぐらいか?」 「日本へ?どうしてまた・・・・・・」 「さぁね?でも、あの国にはアレがあるだろう?それ関係じゃないのか?」 「ノアの箱舟、ですか・・・・・・」 ティキの言葉によって脳裏を過ぎる光景。 ノアの箱舟。 人類の生まれ故郷にしてノアの故郷。そしてアクマのプラントたる場所・・・・・・。 「そうなんじゃねーの?ロードの奴も連れて行ったみたいだしさ。あいつ箱舟の「奏者」の資格を持ってるし」 「それはまた・・・・今度は何をおっぱじめようっていうんですかね」 「オレに聞くなよ。ま、取り敢えず伯爵からの伝言を伝える。『江戸に来なサイv』だとさ」 「随分と大雑把な指示ですねぇ・・・・。それでは任務が中止なのか、続行しつつなのか判断のつけようがありませんね」 「どっちでもいいんじゃないか?状況によって正体をばらすかばらさないか、お前が判断すればいい」 「ん〜。臨機応変に、ですか?何ともまた面倒な・・・・・仕方ありません、そうしましょう。出るタイミングを外さなければいいんですが・・・・・・・」 恐らく、仲間達は日本へと向かうだろう。何せ案内役であるティムキャンピーを彼らの元へ行かせたのだから。 ティムキャンピーがこの場を去るまでの映像とて見るだろう。はっきりと死んだところを撮ってあるわけではないが、イノセンスを砕かれたアレンの様を見れば助けるよりも進むことを選ぶだろう。アレンが生きていることを願いながらも・・・・・・。 となれば、アレンが彼らと会うのは日本ということになる。上手くすれば江戸で。後は彼らの前に現れるタイミングを計ればいいだけのことである。 「それはどっちの意味でだ?」 アレンが敵として彼らの前に現れるタイミングか、”仲間”として合流するために現れるタイミングか。 そのどちらなのだとティキはアレンに面白そうに聞いているのだ。 「さぁ?どちらでしょうね?」 何せ臨機応変に、ですから。 そう言ってアレンは実に綺麗な笑みをその顔に浮かべた。 おー、怖っ!とティキは大げさに肩を竦めてみせた。 「ティキはこれからどうするんです?」 「あ〜、オレはこれのリストに載ってる奴らを全員殺ってからだな」 「そうですか。ところでティキ、いい加減にそのリストから僕の名前を消してくれますか?いくら演技のためだとはいえ不愉快です」 一度塵へと返されたはずのイノセンスを再び左腕として形成しなおしながら、アレンはちらりとティキの傍を浮遊しているカードへ視線を飛ばす。 「ん?あぁ、ワリィワリィ。・・・・おい、消せよ」 ティキは不機嫌そうな(実際に不機嫌)顔をするアレンに軽く詫びをいれると、セル・ロロンに名前を消すように命じる。 命じられたセル・ロロンは、『デリィ〜ト〜』と言いながら、書き込まれていたアレンの名前を綺麗に消し去る。 「これでいいか?」 「えぇ、これで苛つきは完全に解消されました」 そう言ってアレンは清々しい笑みをティキへと向ける。 そんな笑みを向けられたティキはというと、こっちは引き攣った笑みを浮かべるしかなかった。 「さて、僕は指示通りに江戸へ向かうとします」 「あぁ・・・・・。んじゃ、オレもさっさと仕事を終わらせるとしますか」 「さっさと終わらせてくださいね?僕はあんまり気の長いほうではありませんからv」 「誠意、努力させていただきます」 そうして彼らはその場に背を向ける。 後に残されたのは散らばるトランプ達のみ―――――――。 ※言い訳 久々にDグレの小説を書きました。ノアアレン話が以外にも好評であったため、シリーズとして続行することにしました。といってもそんなにホイホイと連続して書けるかどうかはわかりませんが・・・・・。多分、続きが読みたい!という要望の声が聞けたらまた書こうかと思います。ノアアレン、書くのはとても楽しいです。 2007/4/6 |