心配そうに覗き込んでくる瞳。 心配を掛けていることはわかるのに、現実感だけが遊離している。 自分は今何をしているのだろう? 起きてる?寝ている? あぁ、現実だけが遠いところに感じられた―――――――。 |
朧月夜の還る場所〜拾壱〜 |
「・・・・・・・・だれ?」 真っ直ぐ見つめてくる瞳。 些か拙い口調で、その言葉は残酷に紡がれた。 ぴしりと、瞬間的にその場の空気が凍てついた。 「な、何言ってるのよ?昌浩。あっ、あたしよ!太陰!!」 「た・・・・いい、ん?」 「そう!」 焦りを浮かべる菫色の瞳を、昌浩はぼんやりと見つめる。 たいいん、たいいん・・・・と何度も名前を口の中で呟き、昌浩はその響きを確かめる。 昌浩のそんな様子を、周りの者達は緊張した面持ちで見ていた。 しばらくした後、それまで茫洋とした視線であった昌浩の眼に光が戻ってきた。 「あ・・・・・れ?太陰、どうしたんだ?」 ぱちぱちと瞬きを数度繰り返し、昌浩今度ははっきりとした視線を太陰へと向ける。そして意識が戻ってくると共に、目と鼻の先まで顔を近づけている太陰に不思議そうに声をかけた。 いつも通りの調子に戻った昌浩を見て、当人を抜いて全員が内心で安堵の息を吐いた。 「どうしたんだ?じゃないわよ!人の顔を見て『だれ?』はないでしょう?!呆けるには早すぎるわよ!!」 「え?俺、いつそんなこと言ったんだ?」 「つい今しがたよ!全く、勝手に寝惚けるのはいいけど、不穏な発言はしないでよね!!」 「え?あ・・・・うん。ごめん」 「わかればいいのよ」 太陰は努めていつも通り(といっても半ば八つ当たりじみているが・・・・)の態度で昌浩に話しかける。 昌浩はどうやらさっきまでの自分の行動を覚えていないらしく、猛然と言い募る太陰に目を白黒させながらも頷き返している。 「それで昌浩、倒れたと聞いているが体の方の調子はどうなのだ?」 太陰の隣に座ったいた玄武は、何とか気を取り直して昌浩に尋ねた。 「あ、うん。何ともないよ・・・・・・」 未だに場の空気についていけないのか、少し戸惑いつつも昌浩は返事を返した。 その際に昌浩の瞳に翳りが走ったことに、視線を合わせて質問していた玄武以外は気がつくことがなかった。 玄武はそれに対しては特に追求はせず、起き上がろうとした昌浩の肩に手をかけてその動きを制した。 「まだ寝ていた方がいい。昨日今日とたて続きに倒れているのだ、大人しくしていることに越したことはないと我は思うぞ」 「それは・・・・・」 自分の意図したことではない。と言おうとした昌浩であるが、玄武の隣にいる太陰がじとっと睨んでいることに気がついてその言葉を呑んだ。 「俺も賛成だ。お前自身はそうだとは思っていなくとも、体に疲れが溜まっているかもしれない。今は夜中だ、そのまま寝たとしても何の不都合もない」 「私もそう思うわ、昌浩。疲れているのなら、きちんと体を休めなきゃ駄目よ」 「そのとおりだと思います。昌浩様、どうかそのままお休みになってください」 「と、満場一致の意見だからちゃんと寝なさいよ!」 上から六合、彰子、天一、太陰の順で口々に言われてしまい、昌浩はぐぅの音もでなかった。 こうして圧倒的多数によって、昌浩は褥から出ることは叶わなかった。 大人しく横になっている昌浩を見て、それぞれ満足したのか、今一度念を押すと昌浩の部屋を後にしていった。 そんな彼らと入れ違いで、物の怪が昌浩の部屋へと入ってくる。 「お!漸くのお目覚めか?晴明の孫」 「孫言うな!・・・・・ついさっき目を覚ましたところだよ」 顔を合わせて一言目には禁句を言う物の怪に、昌浩は憮然とした様子で返事を返した。 「どうだ?体の調子は」 「それ、さっき玄武からも聞かれたよ。・・・・・別に、どこが悪いっていうこはないんだけどね」 「ふーん?それは結構。あんまりほいほい倒れてんじゃないぞ。皆心配するからなぁ」 「うっ、それは・・・・わかってるんだけど」 「どぉーだかっ!お前は何ともない顔して平気で無茶をするからなぁ・・・・当てにはならん」 「酷い言い草だなぁ」 「それほどお前の言葉に信用度がないってことだ」 ふん!と鼻を鳴らして、物の怪は昌浩の言葉を一蹴する。 そんな物の怪の言葉に、昌浩はどこらへんが信用に置けないのだろうかと、真面目に悩んでいた。 「うーん、一体何がいけないんだろう・・・・・・」 「そんなことはどうでもいい。もう夜も遅いんだ、さっさと寝ろ」 「え〜」 「え〜じゃない!明日だって出仕があるだろう?寝不足顔で仕事に出る気なのか?」 「そうじゃないけど・・・・・・・」 物の怪の言っていることは正論なので文句をつける気はない。ただ・・・・・ 「なら大人しく目を閉じろ。目を閉じていれば自然と眠気も襲ってくるさ」 「・・・・・・うん。もっくん、ちょっとこっち来て」 「あ?何だ・・・・・おわっ!?」 手招きする昌浩を訝しく思いつつも、物の怪はぽてぽてと昌浩に近づく。 目の前にまでやって来た物の怪を、昌浩はがしっ!と捕まえてそのまま褥の中へと引きずり込む。 「ぷはっ!おい、こら!いきなり何するんだ晴明の孫!!」 「うるさい・・・・・」 「・・・・・・昌浩?」 突然のことにじたばたと抵抗する物の怪だったが、ぎゅっと己を抱える腕に力が込められたことに気がつきもがくことを止める。 「おい?」 「・・・・・・・・」 「ま・・・・・・・」 昌浩。と名を呼ぼうとした物の怪だったが、回された昌浩の腕が小刻みに震えていることに気がつき、咄嗟に口を噤んだ。 二人の間に沈黙が流れる。 が、それも昌浩が徐に口を開くまでの間だった。 「・・・・ねぇ、何を隠してるの?」 「な、何って・・・・・何をだ?」 「はぐらかさないでよ。その”何”がわからないから聞いてるんだろ?」 「って言われてもだなぁ・・・・・・・・」 まさかいきなり確信を突いてくるとは思ってもいなかった物の怪は、どう返事を返したものかと思案する。 返答を渋る物の怪に痺れをきらしたのか、昌浩は更に言葉を繋げた。 「もっくん達は知ってるんじゃないか?あの輝陽っていう奴のこととか・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「双子の兄って言ってた・・・・。九年ぶり、とも言ってたよね?俺、そんなこと全然覚えてないよ・・・・・・・・」 「そりゃあ仕方ないだろ?九年前と言えばお前は五歳なんだし・・・・・・・・」 「でも、向こうは覚えてた。それに兄弟って・・・・・・しかも双子の兄がいることを覚えてないなんて、変だよ」 「・・・・・・・・・」 昌浩は気づき始めている。 己の記憶の違和感に。 意図的に隠された記憶の欠片の存在に。 そのことに気がついた物の怪は、激しく心が波立つのを止められなかった。 必死に平静を取り戻そうとする物の怪の耳に、「それに・・・・・」とか細く紡がれる昌浩の声が届いた。 「俺が・・・・・・・・・・・人を、殺したって・・・・・・・・・・」 「・・・・・・昌浩、相手の言葉を真に受けるな」 「うん・・・・・・。でも、きっと輝陽が言ってた言葉は本当だと思うんだ」 「昌浩っ!」 淡く微笑む昌浩を見て、物の怪は焦ったように声を荒げた。 昌浩はそんな物の怪を宥めるように、ゆっくりとその背を数度撫でてやる。 「わかってる。・・・・・・・ありがとう、俺のために嘘吐いてくれて」 「な、にを・・・」 「皆の様子を見てればね、何となくわかるよ。それに、輝陽のあの様子は嘘を吐いているようには見えないしね・・・・・・・・。ただ、俺にその記憶が無いのはどうしてなんだろうって、そう思うけど」 「・・・・・・・・昌浩」 「ふっ・・・。ごめん。もっくんにそんな顔、させたかったわけじゃないんだ・・・・・・・。ただ、本当のことを聞いてみたかっただけ。それだけなんだ」 「・・・・・・・すまない」 物憂いげに目を伏せる昌浩に、物の怪はそう一言返すだけで精一杯であった。 「いいよ。もっくんが俺に話せないのは、きっと何か理由があってのことだと思うし・・・・・・・」 「・・・・・・・すまん」 「ふふっ!だったら今日は一緒に寝てくれる?一人だと、寝れそうにないから・・・・・・」 「・・・・あぁ、わかった」 もっくん暖かいし、これだったら寝れそうだよ。とややちゃかした物言いで言ってくる昌浩を、物の怪は切なげに見遣った。 依然として腕の震えは収まっていない。 必死でいつもどおりの態度を振舞おうとしている子ども。いっそのこと泣いてしまっても構わないのに・・・・・。 そう心底思ったが、物の怪はその思いを口にすることはなかった。 言っても無駄だから。 言葉にしたとて、はいそうですかと素直になれるような性格を、この子どもはしていないことを知っていたから。 だから一言だけ。 「おやすみ。昌浩・・・・・・・」 「うん。おやすみ、もっくん・・・・・・・」 己の温もりで子どもが眠りにつけるのであったのなら、この子どもの腕の中で一晩を過ごすことくらい安いものだ。 それが例え一時しのぎの対処法であっても・・・・・・。 「おやすみ」 昌浩――――。 どうかその眠りが安らかなものでありますように――――――――。 ※言い訳 はい!のろのろと更新しています。 今回何故か太陰が出張っていた気がします。六合とかかなり影が薄いし・・・・・・。 もっくん、昌浩の抱き枕になっています。昌浩、かなり精神が不安定の状態。 なのでもっくんに一緒に寝てくれるように頼みます。抱き心地良さそうですねぇ♪ 2007/4/19 |